四世代で初めて登場してから、六世代に至るまでガブリアスというのは環境のど真ん中を突っ走ってきたポケモンである。
圧倒的な物理火力、物理受け相手に十分なダメージが期待できる程度には高い特殊火力、大半のポケモンを抜き去る素早さ、そして四倍弱点すら不一致なら耐えることもある耐久能力。
そして大半のポケモンに通る『じめん』タイプのタイプ一致で放たれる『じしん』と極めて威力の高い『げきりん』の相性補完の良さ。それすら耐えるような相手には隠し技に『だいもんじ』。『みがわり』などの補助技もある上に一度でも『つるぎのまい』を積んでしまえば最早この圧倒的火力を誰が止められるというのか。
特性『すながくれ』は天候変化が永続していた五世代までは極めて凶悪な運ゲーを強いてきたし、天候変化がターン経過で終了するようになった六世代になると今度は特性『さめはだ』によってタスキ潰しや『ねこだまし』、接触系の連続技に対する極めて凶悪なカウンターを備えた。
大半のポケモンはどこがしか『これいらないよな』と思われるような要素を持っている中で完成され尽くしたと言われるようなバランスで組み上げられている。
その余りの強さにガブリアスの最上の対策はスカーフ*1を持たせたガブリアスである、なんて意見すらあるほどにガブリアスというポケモンはいつでも環境の中心にあって『対策される』側の強力なポケモンだった。
この世界においてもガブリアスというのは凶悪なポケモンである。
否、現実に存在する分、データ時代よりもさらに凶悪なポケモンであると言える。
データ上ではどんなポケモンも等しく持ち得るスペックを十全に発揮できる。
だが現実にはポケモンはデータの塊でも無いし、数字と数式で表される存在でも無い。
ポケモンは生物であり、れっきとした命を持った存在である。
ならば戦意というものがある。
戦う意思、或いは意志。
単純にモチベーションと言い換えても良い。
これはバトル中にポケモンに対して大きな影響を与える。
実機でいうところの乱数ダメージなど、耐えれるか耐えれないかの境界、その一線を分けるのがモチベーションである。
というより、精神論が実効力を持つこの世界である。
モチベーションの有無は単純な実力にまで影響してくる。
だからトレーナーはポケモンのバトルに対する意欲を引き出す必要がある。
そしてガブリアスというのはここが非常に優れていると言っても良い。
気性が非常に荒々しく、戦うこと、争うことに飢えていると言っても過言ではないほどの強烈な闘争心を持つガブリアスはバトルに対して非常に意欲的だ。
だが同時にそれはトレーナーがしっかり手綱を取らなければ暴走する危険性をも孕む。
だからこそガブリアスというのは簡単には扱えないポケモンではある。
だがその強さは折り紙付きであり、飛躍を目指すトレーナーたちに絶えず求められるのだ。
* * *
「アース! ぶった切れ!」
「ヴァイト! プランB!」
“ファントムキラー”
“げきりん”
初手から互いの最大威力の一撃をぶつけ合う。
『ドラゴン』タイプに対して『ドラゴン』タイプの技は弱点となる。
それ故に互いの耐久性能を差し引いても致命的な一撃と言えるだろう。
「何考えてる?」
だがそれは互いの攻撃能力が同じの場合だ。
ランクを最大まで積んだこちらのガブリアスと積みの無いミツルのガブリアスでは圧倒的な差がある。
実際放たれたアースの一撃はミツルのヴァイトの一撃を呆気なく蹴散らしている。
弾かれるように後退したヴァイトにトドメの一撃を与えようとアースが迫る。
“ファントムキラー”
“げきりん”
ギリギリのところで追いついたヴァイトが再び一撃を繰り出し、相殺……しきれず大きくダメージを受ける。
“ファントムキラー”
“げきりん”
二度、三度と繰り返すがまだ倒れない。
アースが手加減しているというよりはヴァイトが上手く凌いでいるという印象。
だがジリ貧でしかない。あと二度も三度も持つわけがない。
そんなことミツルだって分かっているはずなのに、何も言わない。
何故?
そんな疑問を抱き。
“げきりん”
“ファントムキラー”
「何?!」
アースのあの技は溜めがやや少ない。 さらに『しゅくち』の効果で距離まで潰せるので『フェイント』とほぼ同じ速度……実機でいうならば優先度+3程度の速度で放たれている。
馬鹿の一つ覚えのように繰り返す『げきりん』が何故それと並ぶ速度で放たれるのか。
その理由を考えて。
「アース!」
その直後に気づく。
“プランニングオーダー”*2
気づけば簡単な話だ。
やってることは簡単なことなのだ。
或いは最初からこの指示の時はこういう動きをする、みたいなことを決めているのかもしれない。
このバトル中にミツルの言っていた『プラン』という言葉、恐らくあれだ。
ポケモンバトルにおいて、トレーナーがポケモンに指示を出すには僅かなタイムラグがある。
当然だ、広大なフィールドの上でどったんばったんとバトルし合っているのだ、一旦トレーナーの傍に戻らなければうるさ過ぎて指示する声が聞こえないことだってある。
だから普通のバトルでは互いに一発ずつ技を放つと一度仕切り直しのために後退する。
リアルタイムバトルなのに奇しくも実機のようなターン制のような状態になっているのはそのためだ。
言ってみればそれは隙と言えば隙なのだ。
だが実際にそれを突くトレーナーというのを俺は見たことが無い。
理由なんて簡単だ。
毎ターン毎ターン最新の情報をトレーナーに入って来る。
トレーナーは後退し態勢を立て直したポケモンにその情報を基にして指示を出す。
それが基本なのだ、先行して複数指示を出すというのは別にできないわけでは無いが、それが『正しい指示』になるかと言われると微妙な話。
例えば交代のため敵がいないのに攻撃技を指示されてもポケモンだって戸惑うだけだし、敵がガンガン攻撃してくるのに何度も積み技*3を使うように指示されればそれはただの無駄な行動となる。
故にそれをするならば相手の手を読み切ってそれに対応する指示をし、
もしでれきばタイムラグも無く攻撃できる。ほんの少しの間ではあるが、確かにその利点は大きい。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
先手先手を奪われ始めたことにアースが
「待て! アース!」
引き留めるより早く、アースが飛び出し。
「ヴァイトオオオオオオオ!」
ミツルが絶叫した。
* * *
場が整った。
その手応えを確信し、拳を握り込む。
結局のところこれはヴァイトとアースの
いくら先手を取れたと言っても結局能力自体はヴァイトのほうが圧倒的に劣っているのだ、だからそのままあと二回か三回相打ちを繰り返せばヴァイトに耐えれる道理は無かった。
何度も何度も何度も、耐え続けるためにヴァイトにはあの狂ったような威力の一撃を捌き、ダメージを最小に抑えるための訓練を化してきたのはこの瞬間のためだ。
ブチギレたアースがその全ての力を持って切りかかる。
今まで攻撃する瞬間と攻撃される瞬間、両方に裂いていた意識を完全に攻撃に回した。
「殺す!」
“ファントムキラー”
放たれた一撃をヴァイトの体を深々と切り裂く。
絶叫を上げながらヴァイトがたたらを踏んで。
“ふるいたつとうし”*4
そうして、返す刀でその爪を振り上げ。
“けっしのかくご”*5
「打ち倒せ、ヴァイト!!!」
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
“げきりん”
振り下ろされた一撃がアースを
―――きゅうしょにあたった!
急所を抉る一撃がアースの積み上げた『能力補正』の全てを無視してその耐久力を奪い。
「ぐ……」
膝を突く、それでもまだ倒れまいと顔を上げて。
「ルアアアアアアアアアアア!!!」
“パーフェクトプラン”*6
“げきりん”
再び放たれた一撃をその小さな体躯を吹き飛ばし、完全に沈黙させた。
* * *
「マジかよ」
アースがやられた、というのはかなりの驚きだった。
正直こいつが伝説のポケモン以外にやられるというのは考えられないと思っていたから。
それくらいの強大であり、強力であり、強烈なポケモンだと自負していた。
挑戦者のことを舐めていたわけではないが、それでも、どこか昔のミツルのことを引きずっていたのかもしれない。
自らが手ずから仕込んだトレーナー。自身の弟子。
だが今自身の目の前に立つ、最強の挑戦者。
追い詰められていると実感する。
数だけ見れば同じ四対四。
だがメインアタッカーのアクアは大きなダメージを受けているし、チークとリップルはそもそもアタッカーではない。
そう考えれば状況はかなり不利と言える。
だがまだ負けたわけでは無い。
「ま……楽に勝てたことなんて無かったしな」
それもまた楽しい。
そう思えばこんな状況だって何てこと無い、そう思えるから。
「行こうか、サクラ」
呟き、ボールを投げる。
そうして。
「ゆ!」
飛び出したサクラが満面の笑みでそれに答えた。
* * *
能力を積んで交代で繋げていくバトンパーティというのは割と良くあるスタイルではある。
だがミツルが考えるに、その中でもチャンピオン……師匠のパーティは取り合わけ完成度が高い。
その最たる理由が
交代する時に能力を引き継ぐ、くらいならそれなりにいる。
無条件に引き継げるのは強みではあるが、あっても無くても同じような緩い条件をつけての交代ならば実質的に差異など無いに等しい。
場に出た時に能力を上げそれを引き継ぐスタイル。
確かに強い、強いがそれだけならきっと師匠はチャンピオンにはなれなかった。
師匠のパーティの最も優れたところは、『ひんし』状態からでも能力を引き継げることにある。
倒しても積み上げた能力がリセットされないのだ、バトルが長引けば長引くほどにその差が顕著に出ていく。
だからこそミツルはハルトが考えているほど有利を取ったとは実感していなかった。
互角とは言わないが、それでもまだ6:4程度。
一つ何か読み間違えればあっさりと覆される程度のリードだ。
油断などできるはずも無い。
そうして、次のポケモンが繰り出され。
「……そう来ましたか」
満面の笑みを浮かべて浮遊する少女を見つめ、苦虫を潰したような表情でミツルが呟く。
すでに指示は一周してしまっている。
そうすると再び指示を『セット』し直す必要があるため先ほどのように先手を取ることは不可能となり。
「サクラ」
「あい!」
“シャドーボール”
少女が手元で形成した黒い球体が放たれ、ヴァイトが吹き飛ばされる。
元々限界の状況で気力を振り絞っていただけにそれでヴァイトは『ひんし』となる。
こちらの手持ちは残り『グレン(ゲッコウガ)』『サナ(サーナイト)』そしてもう一匹。
正直言えばどれもあの少女と相性が悪い。
だが攻略しなければ勝利は無い。
「勝ちたい……」
呟き、拳を硬く握りしめる。
そのために考えろ、考えろ、考えろ。
自身が師匠に勝っている点など、それしか無いのだから。
ガブリアスは七世代で一気に落ちたね。一番面白いのは、ガブリアス自身は一切下降修正受けてないんだよなあ。周りの環境が変わったからガブリアスが相対的に落ちただけで。
ミツル君のデータはバトル決着後に。