ポケットモンスタードールズ   作:水代

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お祭り騒ぎもほどほどに

 

 

 お祭りの醍醐味とは何だろう。

 お祭り騒ぎ、なんて言葉があるくらいだ、結局それは普段とは違う空気の中で熱気に呑まれて一緒に騒ぐことなのではないだろうか。

 

 静かで落ち着いた……と言えば聞こえはいいが、結局ひなびた田舎町のミシロだが、年に一度のこのお祭りだけは誰もが普段の静けさを忘れて騒ぐ。

 

 毎年毎年よくまあこれだけ騒げるものだと思いつつも、そういった『人の熱気』は個人的には嫌いでは無いため、毎年のように家族と一緒に、或いは一人でも歩いている。

 特に自身がチャンピオンになった二年前から他の街からわざわざミシロにやってくる人も増え、余計に賑わっているようにも感じる。

 

 元々オダマキ博士の研究所があるということでホウエン『御三家*1』を求めるトレーナーが時折訪れる以外では人の往来がほぼ無い町である。トレーナーでは無い一般人からすれば『ミシロ? どこそれ?』である。

 とは言え元々ホウエンの中にあっても下から数えたほうが早いような知名度の街だったのが、現在チャンピオンの地元というネームバリューのお陰で今ではそれなりに知られた町となっている。

 今年で言えばミツル君がホウエンリーグを優勝、チャンピオンリーグにおいても地元の雄同士の激突に知名度はさらに上昇した。

 まあだからと言ってこんな何も無い町に住みつくような人間も少ないが。

 

 閑話休題(まあそれはおいておいて)

 

 今のミシロは年始祭に限定して言えばそれなりに賑わっている。

 地方チャンピオンとはその地方の雄であり、注目は当然集まる。その地元を見てみようとする人間は多いし、年始祭はちょうど足を運ぶための理由にもなる。

 そして人が集まるならそれを対象とした商売というのも増えるし、そうなればさらに町は活気づく。

 元より人の少ない閑散とした町だったのだ、商売のためのスペースならいくらでもあるし、場所代が安いのに人が集まるならと屋台を率いてやってくる人も多い。

 ミシロの住人だって、普段は余り使い道の無い金の落としどころが出来て財布の紐も緩む。

 

 ホウエンでは基本的にトレーナーでも無ければ遠出というものを余りしない。

 

 地元の町だけで大抵行動範囲が完結していたり、出稼ぎに行くにしても隣の町だったりで何だかんだ行動範囲が狭いのだ。

 以前にも言ったが町と町を繋ぐ道が整備されておらず、車などの移動手段が余り普及していない。なので基本的に徒歩や自転車、ポケモンなどがもっぱらの移動手段となりそれが行動範囲の狭さに影響しているのだと思われる。

 

 そういうわけで年始祭の開かれる一月一日からの三日間は、ホウエンで下から数えたほうが早いくらいのドのつく田舎町であるミシロにとってはカナズミやキンセツ、カイナやミナモから入って来る珍しい品々を買う絶好の機会となっていたりする。

 

「お、これって……」

 

 地面に敷物を敷いて天幕を立てただけの簡素な露天だったが、そこに並べられた品に思わず目を丸くする。

 石だった。透き通った琥珀色の不思議な石。中に文字のような模様のような黒い何かが見える。

 その隣にはビー玉のような透明な石、中には白と赤の模様。

 ホウエンでは時折こういう『いしや』が露店を開いている。実機でもそうだったが、特に『りゅうせいのたき』付近で多い。

 

 大半は何の価値も無い石だったりするのだが、時折本物の『いんせき』やメガストーンなどが混じっていたりするから油断ならない。

 とは言えそれっぽいだけの偽物も多いし、売ってる店主たちすら何に使うのか分からないような物もある。

 多分綺麗なだけの石でもダイゴのような人種が買って行くため成り立っている商売なのだろう。そもそも人手は必要になれど元手はゼロである。それが1個1500円以上……時には10万円以上で売れるというのならばぼろ儲けだろう。

 

 さすがに祭りにそんな大金持っている人間がいないと思っているのが1個2000円と低価格ではあるが、視た限りほとんどただの石である以上いくつか売れるだけでもそれなりに利益になるのだろう。

 まあ自身はダイゴと違ってただの石は必要としていないので、多分『アタリ』だろう物を買っていく。

 

「本物なら儲けだね……後で試してみないと」

 

 手の中で二つの石を弄びながら道々に並ぶ屋台を見ながら歩いていると、雑踏に紛れて聞きなれた声が耳に届く。

 

「あの、すみません……本当に結構ですので」

 

 はて、どこからと視線を彷徨わせて。

 

「いえ……ですから、必要無いと先ほどから」

 

 視界の端、人混みに紛れて見慣れた姿を見つけて近づいていく。

 

「いえ、もう失礼させていただきたいのですけれど」

 

 シアだった……誰かと話している、のだと思う。

 というのもぱっと見た限りだと相手が見えない。

 まるで誰もいない空間に話かけているかのようであり。

 

「シア?」

「え、あ……マスター!」

 

 声をかけるとシアがこちらに気づく。

 助かったと、傍から見て分かるくらいに大きく安堵の息を吐き。

 

「キュ~?」

 

 直後に聞こえた声に視線を向ければ水色と青の特徴的なポケモン……グレイシアがそこにいた。

 グレイシアがシアへと視線を向け、何度か鳴き声を発する。

 その鳴き声に応えるようにシアが頷き。

 

「はい、私のマスターです。なのでアナタと一緒には行けません」

「……グレイシア?」

 

 もしかして先ほどから話かけていたのはこのグレイシアなのだろうか?

 そんな疑問に答えるかのようにシアがグレイシアへと視線を向けてそんなこと言った。

 

「シア、この子どうしたの?」

「いえ……こちらの方もトレーナーからお祭り中好きにしてて良いと言われたらしいのですが、そこの屋台でばったり出会ってから一緒にお祭りを回らないかとしつこく誘われまして」

「へー……」

 

 因みにだが、イーブイというポケモンの雌雄の割合は7:1である。

 ただでさえ珍しい6Ⅴのそれも♀のグレイシアというシアは、この世界において極めて珍しい存在だと言える。

 

「この子、もしかして雄?」

「え、はい、そうですけど」

 

 まさかのナンパだった。

 

「ダメだよー、シアは俺のだからね」

「キュキュ~?」

 

 しゃがんでグレイシア(♂)と視線を合わせ窘めるに告げるが、不思議そうに首を傾げるグレイシア。

 

 ―――うん。

 

「可愛いなあ」

 

 グレイシアは雄と雌で姿が変わるわけでは無いのでやっぱり愛くるしい外見だと思う。

 『つぶらなひとみ』で自身を見つめるその視線に思わず頬を緩む。

 

「ねえねえ、触っても良い?」

「キュ?」

 

 そーっと手を伸ばすが特にこちらを警戒する様子はない。

 『おだやか』な子なのかな? と思いつつ、その頭にそっと触れる。

 ひんやりとした体温が手を通して伝わってくる。

 逆こちらの手のひらの熱がくすぐったいのか目を細め身をよじる姿がとても愛くるしかった。

 

「ん~やっぱ可愛い」

 

 頬に手を当てるとごしごしと頬をこすりつけてくる動作に『メロメロ』になりそうだった。

 そう言えばエアからもらったきのみのグミが残っていたなと思い、ポケットから取り出してグレイシアの前に持って来る。

 

「食べる?」

「キュ~♪」

 

 嬉しそうな鳴き声を上げて手の中のグミを食べるグレイシアに今自分の頬が人に見せられないくらい緩んでいるだろうなあと自覚して。

 

「……むぅ」

 

 ふと後ろで聞こえた声に振り返ろうとして。

 がばり、と後ろからシアが手を伸ばし、自身を抱える。

 

「ダメです……この人は、私の、ですから……渡しません」

 

 そんな言葉と共にそのまま体を抱きかかえられて連れていかれる。

 外見は少女とは言え立派にポケモンであるシアの力に多少大きくなってきたとはいえまだまだ子供の自身が敵うはずも無く抱きかかえられたまま近くの空いたスペースに連れていかれて―――。

 

「むぅ」

 

 祭りの喧騒から少しばかり離れた無人の広場の草原の上、座り込んだシアの膝の上に乗せられたまま抱きしめられる。

 まだ子供の身だからかシアの懐の中すっぽりと納まったこの状況にさすがに気恥ずかしさを覚えなくもないが、ぷくーと頬を膨らませていかにも私不機嫌です、と全身で主張するシアにそんなことも言えるはずも無く、苦笑いするしか無かった。

 

「あの……シアさん?」

 

 頬を膨らませたまま、ぎゅっと自身の体を包み込んで離さない柔らかい感触に少し戸惑う。

 名前を呼んでみるが反応は無く、強く抱きしめられその抱擁から抜け出せる術も無く。

 

「もしかして、怒ってる?」

「…………」

 

 仕方なくされるがままにしつつ、少し考えてそう尋ねてみればシアがこちらへと視線を落とし。

 けれど何も答えない。ただその表情から見えるのは怒りというより不満だった。

 その顔を見て理解する。何よりも絆がその内心をありありと教えてくれる。

 

「嫉妬してるの?」

「っ!」

 

 ぴくり、とその表情が揺れる。

 その反応がまさに自身の言葉が正解だと告げていた。

 先ほどグレイシアに構っていたのを見て嫉妬しているらしい。そう思うと笑みを零れてくる。

 

「ふふ……キミたちホント可愛いよね」

「……知りません」

 

 ぷい、と顔を逸らして拗ねた様子のシアにあらら、と苦笑し。

 

「どうしたら許してくれる?」

 

 尋ねる言葉にけれど返事は無く、代わり自身を抱きしめるその腕に力が籠る。

 

 ―――しばらく、こうさせてください。

 

 無言ではあったが、言外にそんな内心が伝わってきて。

 

「ふふ……好きなだけどうぞ」

 

 呟き、そのまま身を預けた。

 

 

 * * *

 

 

「ふう……そろそろ良い時間だなあ」

 

 一時間近くシアに抱きしめられていたせいか、少しばかり冷たい。

 シアもあれで『グレイシア』という種族なので、人の形をしていても体温がやや低いのだ。

 ただでさえ一月の寒空の下なのに、シアのひんやりとした体の包まれていたせいで何か温かい物が欲しかった。

 

 適当に麺類の屋台でも無いかなと視線を彷徨わせていると。

 

 あったのは『甘酒』と書かれた看板。

 前世における知識だが、ホウエン地方のモチーフは日本の九州だと言われている。そのため気候的にも九州……というか日本に近いものがあり、結果的にそこで育つ植物なども似たものになる。

 そして以前にも言ったかもしれないが、ホウエン地方における主食というのはもっぱら米だ。つまりホウエンというのは『稲作』が盛んな地方だったりする。

 米があるということは米を原料とする加工品も盛んであり、清酒などはホウエン地方の特産品と一つだったりする(因みに芋焼酎みたいなものも特産である)。

 そのためか毎年年始祭には必ずのようにどの街でも『甘酒』の店というのがある。

 神社などが無いので酒造業者がやっていることが多いのだが、これをやっているのがホウエンを除くとカントーやジョウトくらいしかないらしい。

 元となった人間の記憶のせいか、感性が比較的日本人に近い自身としてはホウエン地方というのはとにかく水が合っていた。

 

「あれにするかな」

 

 それなりの人数並んではいるが鍋に入った甘酒をコップに入れるだけなので待つのもすぐだろう。

 ホウエンに住んでいるなら、年の始まりにこれを飲まないと始まらないだろう。

 そんなことを思いながら行列の最後尾へと向かい。

 

「あ……ご主人様」

「お? シャルじゃん」

 

 ちょうど行列に並ぼうとしていたシャルとばったり出会い、折角なのでそのまま二人で並ぶ。

 

「シャルも飲みに来たんだ」

「えへへ……ちょっと寒くなっちゃって」

 

 言葉通り、寒そうに手を合わせてこすり合わせている。

 毎度思うがこいつ『ほのお』タイプのポケモンじゃなかったっけ、と首を傾げる。

 シアが『こおり』タイプで体温が低いように、『ほのお』タイプのポケモンというのは体温が高いはずなのだが……。

 

「うわ、本当に冷たいなお前」

「ふぇっ!?」

 

 その指先を握ってみれば確かにすっかりと冷えてしまっていた……と思っていたのだが。

 

「ご、ごごご、ご主人様、てて、て、手」

 

 未だにこういう接触が恥ずかしいのが顔を真っ赤にしてあわあわしているシャル。

 感情が昂ったせいか一気にその指先がじんわりと温かくなってくる。

 

「お、いいなこれ……良い湯たんぽだわ。ほら、シャル、おいでおいで」

「あわわ、あわ、あわわわわわわわわ」

 

 少女の指先を離すとそのまま少女の肩を抱いて、先ほどのシアのように後ろから抱きしめる。

 多分今シャルの顔を見れば『オーバーヒート』しそうなくらい真っ赤になっているのだろうが、それに合わせるように全身が発熱していてぽかぽかしている。

 

「あったかい……」

「はわわわわわわわわわ?!」

 

 パニくるようなシャルには悪いが、行列に並んでいる間こうさせてもらおうとシャルの体をぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

*1
キモリ、アチャモ、ミズゴロウの初心者用ポケモンの三匹のこと。




グレイシアをポケリフレとかで可愛がると最高に可愛い……俺もなでなでしたいです。
そして頬を膨らませたシアちゃんが尊い。
そしてあわわするシャルちゃんがかわゆい。


ところで自分で書いててこれリップルの話の始まりのはずだったんだが、なんでこうなったんだろうね……。
シアとシャルの可愛さに惑わされてしまった感ある。

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