年始祭は日本でいうところの『三が日』に相当するが別に三日間ずっとお祭りをしなければならないというルールは無い。
カナズミやミナモなどでは三日どころか一週間近く続く祭りもシダケやコトキ、ハジツゲなど人の賑わいも少ない小さな町では二日、ないし一日で終わってしまうことも珍しくない。
というかミシロタウンだって元は一日だけだった。それが近年の人の賑わいに合わせて三日に伸びたというのが正しい。
なのであと二日、今日のような騒々しさが町に訪れるわけだが、それでも夜になると他所の町の人間は帰って行く。
ミシロに宿泊施設なんて無いので当然と言えば当然。
何せポケモンセンターすら無いのだ、この町は。
そうして他所から来た人間たちが帰路に着き、屋台も畳まれ明日に向けて物置代わりに貸し出された倉庫へと投げ込まれると昼間あれだけ人と物でごった返していた町が一転して物寂しい……元のミシロの町の姿を取り戻す。
―――とはならない。
毎年毎年、一日目の夜だけはミシロの町にも明りが消えない。
夜は子供が眠る時間だ。
そうして大人の時間が始まる。
―――という名目で、大人……というか男たちが好きなだけ飲める日である。
今日だけは家庭で妻の目を気にしながらちびちびと飲む夫たちもハメを外して好きなだけ飲むし、妻たちもまた年に一度今日くらいはとお目こぼししながらママ友と組んでちびりちびりと酒を嗜みながら旦那の愚痴をこぼし合う。
そういうことにはなっているが、まあ以前のチャンピオン就任時の大宴会のようにその時々で名目みつけて飲みまくっているんだからもう好きにしてくれ、と言ったところ。
用は気兼ねなく酒が飲める口実が欲しいのだ、大人たちは。
「俺は飲まないけど……」
なんて呟きながらきょろきょろと周囲を見渡しながら酒が入ってテンションが振り切ってしまった大人たちの乱痴気騒ぎを抜けて歩く。
本来なら俺としてもこんな酒臭いところごめんこうむるのだが、それでもやってくるのには理由がある。
二年前のリーグ戦の時。
チークの悪戯でうちのパーティが酒飲んで乱痴気騒ぎしたことがあったが。
あれでリップルが酒に目覚めてしまったのだ。
一応外見的にも、精神年齢的にも一番高いリップルだけに飲んでいても別に法に反するようなことは無い、というかポケモンが人間の酒の飲むことに関する法なんて無いので、飲むこと自体は別に悪いことじゃないのだが。
さすがに家でまたあんな乱痴気騒ぎされても困るので飲み過ぎるなと言った結果、普段はちょびちょびと嗜む程度に自制しているらしい。
とは言え好きなことを我慢させ続けるのも悪いので、年一回。この日だけは好きにして良いぞ、と言った結果。
去年は朝まで飲み続けて一緒に呑んでいたらしい
父さんも、オダマキ博士も割とバイタリティあるはずの人たちなのだが、翌日は完全にダウンして一日中動けない様子だったので、一体どれだけの飲んだのか、考えるに恐ろしい話である。
そしてそれだけ飲んでも翌日にはケロっとしているリップルはウワバミ通り越して、ザル……いや、ワクかもしれない。
因みにリップルに付き合って丸一日ダウンするほど飲んだダメな大人二人は妻から雷を落とされ、二日酔いで痛む頭を抑えていた。
さすがに今年もあの悲劇を繰り返すわけにも行かないので、適当なところでリップルを引き取らねばならないとやってきたのだ。
さらに言うなら今年はアクアもいる。
アクアは太古に生きたラグラージのヒトガタだ。そのせいか実年齢も精神年齢もとても高い。それが理由かどうかは不明だがあいつも酒好きの一人だ。
というかリップルから分けてもらってハマったらしい。しかも相当な酒豪らしいのでリップルと合わせて今年は大惨事が起きる予感がすでにあった。
「さすがに止めないとな」
少しだけ気を急かしながら歩いていき、町の中央のほうでやっているキャンプファイヤーのような丸太を組んで作っただけの焚火を囲って飲んでいる集団の元へとやってくると、その中に見知った顔を見つける。
「父さん」
焚火の傍にどっしりと腰を下ろし、ちびりちびりと杯を傾ける父さんを見ながらやはり渋いなあと思う。
オダマキ博士が缶ビール片手に陽気に笑って良そうなイメージなら、こちらはお猪口を傾けながら独り静かに飲んでいるようなイメージだろうか。
実際に持っているのは酒瓶とコップだが、酒を飲むという行為が実に様になる男である。
声をかけると酔っているのか少し顔を赤くした父さんがこちらを見やり破顔する。
「ハルトか……どうしたこんな時間に、お前も飲むか?」
「いや、飲まないよ……うちのやつら探しに来たんだけど、見なかった?」
「ん……リップルなら確か向こうのほうに行くのを見かけたぞ」
そう言って指さすのは祭りで使われていた休憩所代わりに張られた白い天幕だった。
祭り行われていない今はあそこには誰もいないはずだ。
「アクアは?」
「いや、そっちは知らんな」
問うた言葉に首を振る父さんに礼を告げて別れる。
「あんなところで何やってんだあいつ」
思いつつ、天幕へと歩いて行く。
近づくと確かに天幕の中に明りが見えた……本当にいるらしい。
そっと近づき、入口から中を覗くと。
「んく……んく……んく……ぷはぁ」
酒瓶をひっくり返して丸々一本飲み干す
「うわあ……」
一本、二本と目に見えた範囲だけでもすでに数本、酒瓶が転がっている。しかもまだ未開封の瓶も見える。
一体こいつどれだけ飲む気なのだろうと戦慄しつつも、当の本人を見れば喜色満面と言った様子でまた一本、酒瓶の中身を空にして床に転がした。
まあ分かってはいたが、全く酔ったような様子は無い。
去年の時点でそうじゃないかと思っていたがやはりこいつワクである。
こいつの場合、酒を飲んだ後寝るのは酔ったからではなく満足したからだ。
問題はその『満足』する量が大の大人二人酔い潰してもまだ足りないということだが。
「あ、マスター。どうしたの、こんな時間に」
天幕に入ってきた俺に気づいたリップルがにへら、と笑う。
その手にしっかりと酒瓶を抱いている姿に何とも言えない気分になりつつ。
「去年みたいなことになっても困るからな。取り合えず見張っておくのと、後はまあ適当なところで連れて帰ろうかと」
えぇ……と不満そうなリップルの声を黙殺しながら転がる酒瓶をどかし、近くに置いてある椅子に座る。
「良く飲むなあ……」
「美味しいからね~」
ぐびぐびと美味しそうに酒瓶を傾けるその姿は、飲む屋に通う酔っ払いのそれである。
嘆息しつつもまあ楽しそうなら良いか、と思う。普段からこんな暴飲してるようならさすがに止めるが、年に一度くらい……今日くらいなら。
「ま、それはそれとして」
座椅子の上で頬杖を突きながらリップルを見やり。
「リップル」
「んー? なーに?」
少しだけ、言葉を溜めて。
「お前、最近俺のこと避けてない?」
瞬間、リップルの目がほんの一瞬だけ、きゅっと細まった。
* * *
今更誤魔化しても偽っても無意味だし、そもそも俺自身それを偽ったことは無いが。
―――俺は俺の家族たちが何よりも大切であり、俗に言うなら愛している。
エア、シア、シャル、チーク、イナズマの五人にはすでに伝えたし、伝えられた。
気持ちを通じ合い、言葉を交わし合い、思いを交わらせた。
同様の感情をリップルにも抱いていると、今ならそうはっきりと言える。
覚悟を決めろ、とエアは言った。
言われたからじゃあ決めよう、なんてそんな物では無いけれど。
少なくとももう二年以上も待たしている彼女たちのために、ちゃんと答えようと向き合おうと、そう決めたのは事実で。
そうは言っても当然ながらイナズマに思いを伝えたその次の日にリップルに、なんてことはしない、当たり前だが。
さすがにその程度の『良識』やデリカシーは持ち合わせているつもりだ。
いやまあすでに五股しておいて今更良識やデリカシーなんて言葉どの口で、と言われそうではあるが。
それでも俺は彼女たちを傷つけるようなことをするつもりは無いので、気遣うのもまた当然だ。
とは言え、すでに長い間待たせた彼女たちを何時までも待たせるわけにもいかないとリップルと話合うための機会を作ろうとしていたのだが、どうにも捕まらない。
毎回毎回途中で脱線してふらりとどこかに行ってしまう。
いつものこと、と言えばそうなのだが、ただどうにも不自然というか無理矢理いつもらしさを演出して逃げられているような、そんな気がしていた。
ただその理由が分からない。
そして理由を問い詰めようにもするりするりと逃げてしまうので問い詰めることもできない。
だが、だ。
「ちょうど良いから、話合おうか」
天幕の唯一の入口に椅子を置いて、リップルと向きあうように座る。
先ほどまで一瞬だけ、自身を睨むように目を細めていたリップルだったが、けれどすぐにまた笑顔に戻り。
「…………」
黙していた。
「…………」
ニコニコと『いつも通り』笑みを浮かべながら、酒瓶を傾ける。
語るつもりはない、という意思表示なのか。
それならそれで構わないと、椅子に腰かけ、入口を塞いだままじっとリップルを見つめる。
ごきゅ、ごきゅとまた一本酒瓶が空っぽになる。
中身の無くなった酒瓶をゆらゆらと揺らしながら床に置き。
「……はぁ」
珍しく、リップルが困ったように嘆息した。
いつもの緩い笑みではない、心底困ったような戸惑ったような……苦笑。
「参ったなあ」
俯き、もう一度嘆息。
「分かったよ……降参。リップルの負け」
両手を上げ、そんなことを言いながら。
「それで、お話ってなあに?」
くすりと笑う。
そんなリップルの態度に、少しだけ違和感を覚えながら。
「さっきも聞いたけど、最近俺のこと避けてない?」
「気のせいじゃないかな?」
「嘘だな」
とぼけた様子で空々しいことを言うリップルに断言する。
「何年一緒にいると思ってんだ……
「…………」
瞬間、ふっとリップルの目が細められる。
すっとその表情から笑みが消え失せ。
「……へぇ」
嘲るように口元が弧を描いた。
* * *
「……だったらどうしてかな?」
弧を描くように吊り上げられた口元。
「どうしてそんなこと言うのかな?」
笑っているはずなのにどうしてだろう、その瞳から感じるのは……怒り。
「リップルのこと分かってるなら……何でそんなこと言うの。どうしてそんなこと言おうとするの」
怒っている。
ああ、間違いなく、怒っている。
一体何に?
「…………」
考えて、感じて、辿って、繋げて。
「好きだからだよ、お前が」
そうして理解して、けれどそれでもはっきりと言葉にした。
「そもそもお前が言い出したんだろ?」
―――私たちみんな、マスターのことをそう言う意味で好きだからさ。
俺の記憶が確かなら、最初にそれをはっきりと言ったのはこいつだ。
「……好きだよ? リップルだって、マスターが好きだよ」
そう、今でも絆は教えてくれている。
こいつは今確かに俺と同じ想いを持ってくれている。
だから確かに今この瞬間俺たちは両想いであり。
「
だからこそこいつは自身の想いも、俺の想いも拒絶した。
恋はあやふやだから。その好きはとても不安定で、未熟で、ちょっとしたことで揺らいでしまうから。
だから。
「リップルの一方通行で良い。それはリップルの中にだけあれば良い。通じ合わせるのは嫌だよ。そんなものをリップルとマスターの間に作るのは嫌だ」
理由は分かる、理解できる。だが納得できるかと言われればまたそれは別の話。
何よりこうも明確に拒絶されるとショックは隠せない。
だが今は打ちひしがれている場合ではない。
何せ。
今リップルの意見を覆せなければ、きっと
今日この問答を終わらせた瞬間からリップルの中で結論が出てしまう。リップルがリップル自身の想いを飲みこんでしまう。
そういう予感がある。
故にここだ、今この瞬間に、説き伏せなければならない。
リップルを『心変わり』させなければ、この想いは届かない。
だが、どうやって?
エアも、シアも、シャルも、チークも、イナズマも。
彼女たちとは想いが双方向であり、お互いを受け入れるだけで良かった。
問題はいくつもあったかもしれないが、それでも互いに求めあっていた。
だがリップルはそうじゃない。リップルだけは違う。
リップルは求めてなんかいない。求める感情すら自分の中で完結させてしまっている。
故に俺の想いはリップルには届かない。受け入れられない。拒絶されている。
どうやって?
その答えを導き出すには余りにも足りない。
経験が足りなさ過ぎる。
残念ながら俺は、女の口説き方なんて知らないのだ。
どうする?
考えても分からない。
分からない。
分からない。
分からないから。
「リップル」
立ち上がり、目の前の少女へと歩みを進め。
「あのね」
両の手を伸ばし、その体を抱きしめる。
「信じて」
呟いた一言に、ぴくり、とリップルが震えた。
酒のみリスト
ハルト:一口でダウン(激弱)
エア:すぐに酔って絡みだす(弱)
シア:付き合いで嗜む程度にちびちびと(強)
シャル:一口で目が回って陽気になる(弱)
チーク:酔ってるのか素か分からない(謎)
イナズマ:酔うとぶつぶつ愚痴り出す(普通)
リップル:ホントは水飲んでんじゃないの?(激強)
アース:酒を飲む時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……(強)
ルージュ:まあ付き合い程度に、酔わない程度にね(強)
サクラ:実兄が絶対に呑ませないがみんな美味しそうに飲んでるのでこっそり機会を伺っている。
アクア:酒? いやいや、これは命の水じゃよ???(激強)
アルファ:酔うと非常に陽気になってゲンシカイキして『はじまりのうみ』しだすので禁酒された(弱)
オメガ:酔うと気が強くなってマグマが噴き出し始めるので禁酒された(弱)