こつん、と空洞に足音が響いた。
こつん、こつん、と足音が続き。
ぴたり、と止まる。
シン、と辺りが静まり返り。
「……はぁ」
吐き出した息は白く、
神殿、のはずだ。例えほとんどむき出しの岩と土で壁が覆われていようと。
例え天井からぱらぱらと砂と土が零れてきていようと、確かにここは神殿と呼ばれる場所のはずだ。
床一面氷ついた洞窟のような場所だった。
普通に歩けばスケート靴でも無いのに摩擦も無く滑ってしまいそうな場所だったが、足元の摩擦を『反転』させて歩けば土どころかゴム質の床を歩いているような物だ。
けれど氷は氷であってゴムではないのでその足音はこつん、こつんと硬く、軽い。
「…………」
部屋の中央に座す像の前までやってくる。
部屋の隅々まで見渡してみるがけれどさらに下へと降りれそうなところは無い、つまりここが最奥であり、そしてここが『目的地』だった。
―――いわのからだ
―――こおりのからだ
―――はがねのからだ
―――3つのポケモンがあつまりしとき
―――おうはすがたをみせる
「そう」
だが残念ながら自分はこのポケモンを覚醒させるために必要な『鍵』を持っていない。
だからと言ってこのまま帰るなんてことはあり得ない。
わざわざこんなシンオウの果ての地まで自分は観光に来たわけでは無いのだ。
「少し痛いかもしれないけれど」
呟き、ボールに手をかける。
「無理にでも叩き起こさせてもらうわよ」
覚醒に『条件』があるならば話は簡単だ。
『鍵』が無ければ『覚醒しない』、というのならば。
『鍵』が無いなら『覚醒する』、と条件を『逆さ』にしてやれば良い。
理と法則を『書き換える』のが異能者である。
その干渉能力は伝説に劣るとは言え、休眠状態でありその力を閉ざした今の状態ならば自身の力とて届くはずだ。
故に。
「始めるわよ」
背に負ったバッグから転がり出した五十にも及ぶボールから次々とポケモンたちが放たれる。
異能の力に干渉され、強制的に覚醒させられた像がごご、ごごごご、ごごごごごご、と地響きを立てながらゆっくりと起動していき。
「叩き潰しなさい」
真っすぐ、像へと向かって振り下ろされた腕に、完全覚醒など待つ必要もないと次々にポケモンたちの攻撃が叩き込まれた。
* * *
それが
よもやこんな形での『再会』だとは思いもしなかったが、レックウザが目の前の少年を探していたのは事実である。
「おま、えは……」
驚きに目を見開きながらも自らを見つめる少年を視線で射抜く。
その金の瞳が少年をじっと見つめれば少年が僅かにたじろぐ。
数秒見つめ……その瞳の奥すら見据え。
「ふむ」
小首を傾げる。
数秒考え、未だに戸惑うようにこちらを見る少年へと再び視線を向け。
「お前、名は?」
そんなレックウザに未だに対応を図りかねているのか悩むように少年が口を噤む。
沈黙が続く。その間に互いに視線を交わしあう。
十秒か、二十秒か、続いた沈黙はやがて少年によって破られる。
「ハルト」
それが少年の名であると理解すると、レックウザがなるほどと頷いた。
そうして再度、
ただの少年だった。
本当に、どこにでもいそうな……十把一絡げのただの人間。
悠久の時、人間というものをずっとずっと見てきたレックウザだから、分かる。
人間というのは基本的に弱い生き物だ。
ポケモンという脅威を前にして、同じポケモンの力を借りなければ対抗できない程に、力の無いか弱い存在だ。
たった二体のポケモンが暴れ回るだけで為す術も無く、レックウザに祈り、縋るほどに弱い存在だ。
それでも時たま、力を持った人間が生まれてくることをレックウザは知っている。
超越種と似た『理を書き換える力』を持った人間だったり。
特別ポケモンの力を引き出すのが上手い人間だったり。
その身一つでポケモンと対等に戦うことができる人間だったり。
一言に力と言ったとてその内容は様々ではあるが。
矛盾したような言い方ではあるがその誰もがその身に大きな『力』を持っているのは確かな話である。
そんな人間たちをレックウザは長い間ずっと見てきている。
だからこそ、一つ断言できることがある。
「信じられんな」
―――この目の前の少年はそんな特別な『力』の一つたりとも持ち合わせていない。
少なくとも、レックウザの目から見て、少年……ハルトの内に『力』の
そうなるとハルトは正真正銘ただの『凡人』でしかない。どこにでもいるただの人間の一人でしかないということになる。
だがそんなことはあり得ない。
ただの人間がいくらポケモンたちがいたからとて、あの猛る陸の覇者と荒ぶる海の王を鎮め、さらに先の二体の力を借りたとは言え狂化したレックウザ自身をも打倒したなどということはあり得ないとしか言いようが無い。
だが現実にそれは起こったことなのだ。
どれほどあり得ないと言おうと、レックウザ自身が
ただ理解ができない。どれだけ考えても勝てる可能性なんて無かった。
絶対にあり得ないとしか言いようの無いはずの戦いだった。
だが現実にそれは起こったのだ。
だからこそ、レックウザは目の前の少年を特別視せずにはいられない。
少なくとも少年は、ハルトは。
死力を振り絞ったレックウザに勝利したのだから。
* * *
目の前でレックウザ……らしき少女が云々と唸っているがこっちとしては気が気ではない。
多分今は正気なのだろうが、一度は狂った挙句『ダーク』タイプ化して暴れまくった状態を見ているのだ、正直腰が引けても仕方ないと思う。
とは言え先ほどから多少の会話を試みてはいるが今のところ理性的であり、狂うような様子は無い。
まあそもそもあの時は原因が原因だったのだから、今になって突然暴れ出したり、というのはないのだろうが。
とは言え相手は
怒らせるような真似はしたくないというか敵対するようなことにはなりたくない、というのは本音だった。
ただ正直、期待もある。
―――レックウザは人界の守護者だ。
「レックウザ」
「何だ」
「頼みがある」
「……ふむ?」
視線がこちらへと向く。
本人にそのつもりがあるのか無いのか分からないが、目力が非常に強いためその金の瞳を見ているだけで吸い込まれそうになる。
一度視線を切って、軽く息を吐く。ゆっくり吸って心を落ち着かせ。
「力を貸してくれ」
告げる言葉にレックウザは目を細めた。
「この異常事態をどうにかしたい。正直こっちは何がどうなっているなんて分かってもいないし、どうにかしようにもこの船から一歩も出れん。挙句仲間も全員手元に居ない」
手詰まり感が酷い。というかシキが居なかったら完全に詰んでいた。
―――異能者でなければ、理に絡めとられる。
船の外の闇を指してシキは確かにそう言った。
逆に言うならば異能者は無事でいられるということ。
どうして? 答えは簡単だ、異能者はこの闇の『ルール』に捕らわれない自分だけの『ルール』を持つから。
つまり目の前の少女の姿をした龍ならば異能者と同じ……いや、それ以上の『ルール』を持って動けるということだ。
もしアクアやサクラがここに居たとしてもこの闇がある限り使うことができなかっただろうがレックウザならば違う。
何せ『超越種』なのだ。理を超越し、世界を超越し、自らの超越した法則を持って生きることのできる規格外存在。
「つまり、お前の力が必要なんだ。今一時で良い、協力してくれないか?」
故にこの状況に置いてレックウザの協力は不可欠に近い。
こくり、と喉を鳴らす。
細められた目の奥に覗く金の瞳は爛々と輝きを放ちながらじっと自身を射抜く。
背筋が凍るような思いをしながら、それでもレックウザの答えを待つ。
五秒、十秒と沈黙が続き、それがやがて一分にも到達しようかという頃。
「一つ尋ねたい」
沈黙を割って、レックウザが口を開く。
その視線は相変わらず鋭く、目力は強かったが、その声音は敵対的というよりは猜疑的と言った印象を受けた。
少しだけこちらを探るような様子を見せたレックウザだったが、不意にふっと視線を逸らし。
「
「え……ああ、そうだけど」
「では」
逸らされた視線が再び自身を射抜く。
気のせいでなければ先ほどよりも圧が強い。
まるで嘘や誤魔化しは許さないと言わんばかりの態度で。
というか今グラードンとカイオーガを凄い呼び方した気がするのだが……まあ多分気のせいだろう。
「あの二匹を、お前はどうするつもりだ?」
「……どう、とは」
「決まっている。あの二匹の力は個人が持つには強大過ぎる。かつての力を取り戻せば個で私と互するやつらを二匹も集めて、お前は一体何をするつもりだ」
「……特に何もするつもりは無いよ」
それは事実である。
そもそもグラードンとカイオーガをゲットしたのは対レックウザのためであり、ホウエンの危機が回避された今となっては別に逃がしても良いのだが。
「逃がしたら逃がしたで絶対に面倒になるだろ?」
単身で地方一つ容易に滅ぼすやつらである上に
どう考えても野生の中で大人しくしているとは思えないし、賭けても良いが絶対に何かやらかす。
そしてちょっとした気紛れレベルのことでも、あの二匹の場合大惨事に直結しかねない。
「だから俺が保護してるだけだよ」
幸いアルファは今の生活に順応しているし、家の庭の大穴が地下水道経由で海に繋がっていることを除けば基本的に問題行動を起こしていない。
オメガは気性的に何か問題を起こしそうではあるが、基本的にクッションを与えておけば大人しくなるので今日もうちのリビングでクッションの山に沈んでいるはずである。
それでいいのか伝説たちと言いたくなるような光景かもしれないが、こいつらの場合やる気になられても災害が起きるだけなので無気力くらいのほうが平和で良い。
そんな俺の言葉に納得したのかしていないのか、ただレックウザがこちらを見る視線から圧が抜けたのは事実だった。
「ああ……良いだろう、一先ずは」
目を閉じ、嘆息する。
随分と人間臭い反応だと思いながらもそれを見ていると。
「何やってる。早くボールを出せ」
目の前の少女の姿をした龍にせっつかれるので空のボールを一つ、手に取って掲げるとレックウザが指先にそれに少し触れる。
途端に赤い光が飛び出し、少女の姿がボールの中へと消えていく。
かた
一度、揺れる。
かた
二度、揺れる。
から
三度、揺れて。
かちん
捕獲が完了した音がした。
* * *
「何となく分かってきたわね」
目の前に迫った巨大な船を見てシキが独り言ちる。
ハルトに奇跡と称されるレベルの方向音痴であるシキが視界の一切効かないこの闇をかき分けて正確に船へと戻って来れた。
これはある意味奇跡と呼んで差し支えない、と思っていたのだが。
「とことんまともじゃないわね、この場所」
音も無く、視界も効かない。
それのみならず感覚を狂わす効果でもあるのだろうか、恐らく闇のことが無くても普通の人間なら知らず知らずの内に迷わされているだろう。ここはきっと
だが方向音痴の感覚を狂わせる……そうマイナスにマイナスを掛けたところでそれはプラスに。
というのは冗談だ。
実際には通常とは『歩き方』が違うだけである。
最も重要なのは恐らく『イメージ』である。
目的地へのイメージを思い描くことこそがこの空間の『歩き方』なのだ。
実際問題この空間に『距離』という概念があるかどうかすら怪しい。
覆われた闇のせいで周囲の光景が見えないだけに、もし何のビジョンも無く無作為に歩き続ければ永遠と闇の中を彷徨うことになる可能性だってあった。
「目と鼻の先なのに、随分と遠く感じるわね」
歩数にして十歩ほど。
視界には闇しか映らないが、確かにそこに『船』があるというのが感じられる。
故にその感覚をそのまま『手繰る』。それはあくまで頭の中で、というだけではあったが。
「……やっぱり」
一歩、足を踏み出せば手を伸ばしただけで触れられそうなほどに船へと近づいていた。
やはりそうなのだ。イメージなのだ。この空間に置いて想像こそが歩みを進めるための鍵なのだ。
それを理解したところで船の中へと入る。
歩き方は理解した、がそれは後で良い。
先ほどの轟音の正体、確かなければならない。
もし万一、ハルトに何かあれば。
そう思いながら歩いているとちょうど目の前に忙しそうに船を駆ける船員がいたので声をかける。
船員が言うにはやはり先ほどの轟音は船に何かが落ちてきた音らしい。
そしてその原因をハルトが探しに行ったと。
「無茶するわね」
見たところポケモンを一体も持っていない様子だったのに、もし危ないポケモンがいたりしたらどうするつもりなのだろう。
そんなことを思いながらハルトの向かったらしい船内の倉庫へと足早に移動し。
「ハルト」
倉庫の入口で立っていた少年に声をかければ少年が振り返り。
「あれ、シキ……ちょうど良いところに来たね」
手の中でボールを一つ弄びながら、ハルトが笑みを浮かべた。
Q.せんせーなんでレックウザくんちゃんさんはあっさり仲間になったの?
A.レックウザくんちゃんさんはグラカイたちと違って本質が『人間の守護者』だからです。その意味は次回(多分きっと恐らくメイビー)説明されます(作者が忘れていなければ