闇が晴れた先に見えたのは『光の奔流』だった。
後ろから前に、一直線に流れていく光に照らされて見えたのは陽炎のように揺らめく青のトンネルだ。
薄暗く奥すら見通せない景色ではあるが、先ほどまでの闇の中よりは各段にマシと言える。
いや、だがそれよりもっと重大なことがある。
「浮いてる……?」
足元に何も無い。にも関わらず体が浮かび上がって落ちることが無い。
自身の異能で重力を反転すれば似たようなことはできるが、これはどちらかと言うと。
「重さが無くなった、みたいな……」
無重力空間、とでも言えば良いのか。
その割に地上と同じように体は動くし呼吸だってできるのだが。
否、超越種の生み出した空間に今更そんな普通なことを言っても意味は無い。
「レックウザは……いるわね」
先ほどまで空にいたはずのレックウザだったが、空間自体から空が無くなっているためこちらまで移動させられたのだろうか。
それはどうでも良いとして。
問題はここからどうすればいいかだ。
と言っても見渡すかぎり、前に進むしかないようだが。
後ろは……なんというかあからさまに戻ることはできない、と言った感じに渦巻いた闇が壁となって塞がれている。
あそこに突っ込むとどうなるのか、というのを考えるのは前に進んでみてからでも良いように思う。
「と、なると……」
前方……見える限りずっと続く青と黒のトンネルにしか道は無いということになる。
胸に抱いた少年が落ちることの無いようにぎゅっと抱きしめる力を強める。
行くしかない、そんなシキの思考を知ってか知らずか、レックウザがこちらを振り返り。
「行かないのか?」
無機質な瞳でシキを見つめてくる。
何の感慨も抱いて無さそうな、何とも思ってい無さそうな。
言うなれば……。
「……行くわ」
その言葉にそうか、とだけ返しふわりと浮かんだまま宙を泳ぐように進み始めるレックウザを見て嘆息する。
その後ろ姿を見ている限り、本当にシキのことなど眼中に無いのかもしれない。
或いは、視界に入っていても、その注意はシキの腕の中で眠る少年一人へと向けられているのかもしれない。
昨年の戦いにおいて、自分たちの為したことを考えれば、それを相手の目線から見れば、確かにそうなるのかもしれない。
二度、三度と続いたダークレックウザとの戦いだったが、特に主力として戦っていたのは二体の伝説を操るハルトだった。
レジギガスという伝説を持つシキやヒードランやレジスチル、レジロックを持つダイゴもいたが、けれどゲンシグラードン、ゲンシカイオーガ、そしてダークレックウザという規格外の怪物たちが猛威を振るう戦場の中においてどれほどの貢献が出来たかと言われると大きな声を挙げることを躊躇してしまう。
伝説と呼ばれるポケモンたちの中でも明らかに格というものがある。
レックウザというポケモンは間違いなくその中でも最上位に位置する存在であり、グラードン、カイオーガもまたそれに続く存在であることは言うまでも無い。
そしてレジギガスという伝説がその逆に最下位に位置する存在であることは、シキ自身が良く分かっている。何せだからこそレジギガスを捕まえようとしたのだから。
まして『超越種』ですら無いヒードランやレジスチル、レジロックたちなどダークレックウザという暴竜の足元にも及ばない。
ハルト自身そんな風には思わないだろうが、あの戦場において実際に『戦っていた』トレーナーというのはハルトだけだろう。
シキもダイゴも、ハルトが戦いやすいフィールドを作り上げることを手伝うことはできても、ハルトたちのパーティとレックウザの戦いを手伝うことなどほとんどできていないのだから。
まして最後の最後、瀕死寸前だったレックウザが空へと昇って行った時、それを最後まで追い詰め、ついに打倒したのはハルトが最も信頼するだろう彼のエースただ一人だったのだ。
野生の理とはつまり純粋な力だ。
強い者が上、弱い者は下。
そういう意味で、レックウザが自らを打倒したエアやその主であるハルトを認めるのはある種当然であり、戦力という意味でそれほど力になれなかっただろうシキを認めていないのもある種当然だった。
とは言え、だ。
そう、とは言え、なのだ。
ふわふわと浮かび上がる体を前へと進めようと悪戦苦闘しながらもレックウザの背を追う。
幸いというべきか、こちらに気を使うようにゆったりとしたペースで進んでくれているのでどうにかこうにか置いて行かれずに済んでいる。
―――人間臭いな、と思う。
言動の端々に『ポケモンらしさ』が足りないというか。
いや、ポケモンなのは間違い無いのだが、なのにその精神性というか在り方というか、そういう根本的なところにどことなく人間らしさが見え隠れする。
少なくとも同じホウエンの伝説たるグラードンやカイオーガはもっとこう野生味があったはずなのだが、レックウザの場合ハルトととの会話を聞いているだけで分かるくらいに『人慣れ』しているように感じる。
今も何だかんだでちらちらとこちらを見ながら置いて行かないようにペースを抑えてくれているその姿はとてもではないが伝説と称されるポケモンの態度とは思えなかった。
そんな疑問を抱いた、その時。
ふと気づく。
進むべきトンネルの先にいたソレに。
レックウザも同様にそれを視界に収め。
「ケキャキャキャ」
ソレが嗤った。
* * *
「っ!!」
「摑まれ!」
見つけた、そんなことを思うよりも早く、くるり、とフーパがその場で反転し飛んでいく。
驚きの感情と共に息を飲む、直後に聞こえたレックウザの言葉に咄嗟に手を伸ばす。
人の姿から竜の姿へと変じたレックウザのその背にしがみつくと同時に急加速が始まる。
「あ、ちょ……もう! 待ちなさい!」
だがこちらの言うことなど聞く気も無いと言わんばかりの荒っぽい泳ぎだった。
腕の中の少年を落としてしまわないように必死に抱きしめ、その背に縋りつくようにして背びれの一つを強く握った。
ぐねぐねと曲がりくねった青のトンネルの中を上へ下へと移動しながらフーパを追う。
だがどういう原理かは分からないが、フーパの移動速度はレックウザを上回っていた。
そのことにレックウザが苛立つようにぐんぐんと加速を重ねるが、両者の距離は一向に縮まる気配が無かった。
「キリュウウアアアァァァァ!」
苛立ちを紛らわせるようにレックウザが咆哮する。だがフーパはそれを嘲笑うだけでさらに加速を重ねていく。
さらに開く両者の距離、さすがにその背を見失いそうになった、その時。
目の前に突如としてオレンジ色の輪っかが現れる。
フーパの使うリングとはまた違う、オレンジ色の光が輪の形となり、その内側をシャボン玉のような薄い膜が張っていた。
突然現れたそれに驚きながらも、目と鼻の先に飛び出した輪を最早避けることなどできるはずも無く。
ふわり、と体が膜を突き破るようにして輪を潜った……瞬間。
ぐん、とレックウザが加速する。
「なっ、これ、な……に……?!」
先ほどまでとは明らかに違う速度。
まるで背中にジェットエンジンでも取り付けたかのような急加速、刹那にも満たない時間で流れていく景色を見ながら遠くのほうに同じようなオレンジ色の輪があることに気づく。
つまりそれがこの空間における理なのだと、シキは気づく。
「レックウザ! あの輪を潜って!」
叫ぶシキに、レックウザも同様のことを思ったのか輪のほうへと視線を向ける。
その身をよじりながら少しずつ方向を修正し、再び輪を潜ることができるような軌道を取ることに成功すると、再びその輪を潜り抜けさらに加速。
それを二度、三度を繰り返すと見失いかけていたその背が徐々に迫ってきていた。
加速に加速を重ね、今となっては最早音よりも早く移動しているのではない、と思うほどの速度。
だが不思議とシキの体に圧は無いし、腕の中のハルトもまたそれを感じている様子は無い。
考えれば考えるほど無茶苦茶な空間ではある。そしてその無茶苦茶ぶりはそのままこの空間の主の力に直結するのだ。
そうしてフーパを追っている内にトンネルの中に『
否、それが本当に孔と呼べるものなのかは分からない、ただそれを見たまま言うならば『孔』としか言い様が無かった。
赤い孔、青い孔、緑色の孔、黄色の孔、白い孔……そして黒い孔。
いくつもの色の『孔』があって、どうやらその『奥』があるらしいことが分かる。
『孔』自体が周囲の物を引き寄せる力を持っているようで、『孔』の周囲を通るたびにレックウザはともかく、その背のシキはしがみつくのに必死だった。
だがそうしてトンネルを進んでいくと、少しずつだがフーパとの距離が縮まっていく。
だが縮まっていくフーパとの距離に反するように高まって行く緊張感。
フーパがちらり、とこちらを見やる。
すでにかなり接近している、そのことに気づいたフーパが。
「っ、レックウザ! 止まって!」
嫌な予感がした。
だからそう叫んだ。
だが一つ……勘違いしてはならないことが一つ。
シキはレックウザのトレーナーでは無い。
ハルトならいざ知らず、シキの言葉をレックウザが聞く必要が無い。
だから『黒い孔』へと入ったフーパを追い、真っすぐ突き進んで。
ふわり、と真下から浮かび上がるようにしてレックウザの進路上に青と緑の電流を球状にしたような物体。
咄嗟、それを避けようとレックウザが身を捻る。
だがここまでに加速を重ね過ぎていた。
その身に宿した推進力は簡単には変わらない。
避けきれない、そのことをシキが理解すると同時に衝突。
衝突の際に球が弾ける。
エネルギーの塊のようなそれが弾け、強い衝撃を生む。
とは言えレックウザの巨体からすれば些細な物かもしれない。
だが。
その上に必死になって摑まっている側からすれば、その衝撃は致命的だった。
どん、と衝撃と共にシキがレックウザの背から跳ねる。
投げ出されそうになるその身だったが、咄嗟に背びれをもう一度掴んだお陰か辛うじてレックウザと同じ方向へと飛ばされて。
代わりにその腕の中の少年があらぬ方向へと放たれた。
「ハルトォォォォォー!!」
絶叫し、少年へと手を伸ばそうとして。
慣性のままに投げ出された少年がその先にあった別の『黒い孔』へと吸い込まれていった。
それを見届けると同時に、レックウザとシキもまた残されたその勢いのままにフーパと同じ『黒い孔』へと消えていき。
そうして後には誰も残らなかった。
* * *
勢いのままに孔から放り出された先は『宇宙』だった。
否、シキが実際に宇宙空間を見たことがあるわけでは無いので、一般的なイメージでの話ではあるが。
無限に広がる空間、散りばめられたような星々。
遠くから眩いほどの光を放つのは太陽だろうか、そして反対で陽光を照り返しているのは月だろうか。
空間の性質自体は先ほどと同じ無重力。
それから、少なくとも呼吸はできている。
先ほどの空間との決定的な違いはその尺度だろうか。
上も下も無い、全方向に無限に広がるがごときこの膨大な空間。
後ろを見やれば今しがた自分たちが通ってきたはずの孔が徐々に小さくなっていっていた。
もし潜っている最中にあの孔に挟まったら……どうなるのだろうか。
そんな恐ろしい仮定を考えているのは手の中から失った温もりを探しに行こうと思って
だが残念ながらそんな余裕は無いようだ。
「……さすがに、冗談きついわ」
自身の視線の先では真っすぐ前を見つめ、睨むようにソレらを威嚇するレックウザ。
そのレックウザの視線の先にいたのはシキたちを嗤う黒いフーパ。
そしてフーパを囲むように佇む三体のポケモン。
一体は青。
青い体色をし、その足や顔、背に銀の装飾のようなものを付けたポケモン。
一体は赤。
赤みがかった紫の体色に、肩に赤い宝玉のようなものがついたポケモン。
一体は灰。
灰色の体色、体を覆う角は黄色く、そしてその羽は黒。
そして三体ともその目が『黒く』塗りつぶされている。
直接見たわけでは無いが、特徴としてシキはその三体を知っていた。
なにせかつて一度は各地の全ての伝説を調べたのだ。
残念ながら資料が足りずに分からなかったものもハルトから聞いて知識に補足をした。
だからこそ、分かる。
じかんポケモンディアルガ。
くうかんポケモンパルキア。
はんこつポケモンギラティナ。
シンオウ地方に名を残す、或いは歴史に隠された三体の
そんな伝説たちが今、『黒』に染まってフーパと共に明確にシキたちへと牙を剥いていた。
明日、また明日ってやってたらいつの間にか十日以上も時間開いてた。
はい、というわけで。
劇場版ドールズ、 前 座 戦 のラストバトルです。
闇に染まった三体の伝説。
トレーナー不在のレックウザ。
嗤うフーパ。
さすがに伝説三体はやばくないか、この圧倒的不利な状況でどうするシキちゃん。
そしてお前ラストバトルまで寝こけてるつもりなのか、それでいいのか主人公、いい加減起きろよハルト君。
といったところでまた次回(予告風