「キャハ?」
黒いフーパが小首を傾げる。
―――何でそいつがそこにいるんだ?
言葉にするならそんなところだろうか。
黒いフーパ……ダークフーパの力は『空間接合』だ。元々がフーパなのだからそこは変わらない。
だがダークタイプ化……正確に言えば『
故にダークフーパが攻撃するたびに少しずつ空間が軋む。
ただリングを使うだけならともかく、攻撃の意思を伴った能力の使用は『
そうして例え自らが形成した空間であっても、その限界を超えた瞬間確かに空間の一部に『穴』が開く。
とは言え『
例え一部が崩れてもそう簡単に崩落はしない。すぐさま空間は再接合され、修復される。
空いた穴の分くらい全体の『体積』が減っているかもしれないがこの広大な空間のさらに一部に空域に僅かな穴が開いた程度誤差に等しい。
だが確かにその瞬間、そこには『穴』があるのだ。
穴が修復されるまでのほんの僅かな時間、そこには確かな綻びがあって。
純粋な空間接合の能力を比べるならば、ダークフーパはフーパに一枚劣る。ダークフーパの能力は『破壊』に傾いている分、凡庸的な空間干渉能力が落ちているのだ。
とは言え例えばフーパとダークフーパが一対一で戦えばまず間違いなくダークフーパが勝つだろう。
『ダーク』タイプと化したダークフーパのほうが戦闘に向いているのは当然の話であり、多少能力に差があろうとそれは『ダーク』タイプの利を覆せるほどではない。
だが同時にダークフーパにとって最も相性が悪いのはフーパだった。
空間という概念に干渉できるポケモンは現状アルセウスを除けばフーパとパルキアの二体しか存在しないが、パルキアの空間干渉は空間の『支配』と『操作』に特化している。
故に例えパルキアと敵対したとして、ダークフーパにとってこの『深淵』の領域が存在する限りなんら恐ろしい存在ではない。
何故ならばこの『深淵』はパルキアよりももっと恐ろしいモノが支配する空間だから。
この世で最も恐ろしく、この世で最も悍ましい『深淵』の主がそこにはいるから。
だからパルキアは『深淵』という空間を支配できない。
何故ならば『深淵』の性質は『浸食』であり、『深淵』を支配しようとすればパルキア自身が『浸食』されるからだ。
そして支配できない空間において、パルキアの能力は十全に発揮できない。
それこそ、ダークフーパでも勝てるレベルでしか無くなるのだ。
だから一番厄介だったのはフーパだ。
フーパの空間接合は純粋な空間同士の接続だ。
リングを媒介にする分、空間への干渉は最小限ながらもその強度は非常に高い上に対象とする空間の状態を問わない。
それこそ『じげんほうかい』でも起きていなければ、そこに『空間』があるのならばフーパはかなり好き勝手に干渉し、接合することができる。
だからダークフーパがこちらの世界にやってきた時、真っ先にやったのはフーパを『始末』することだ。
フーパが生息する空間は常に表の世界とは壁一つ隔てたような……『亜空間』とでも呼ぶべき場所にある。
空間に『孔』を開けられるパルキアですら入ることのできない場所であり、同時にギラティナの生息する『やぶれたせかい』に非常に近い性質を持ちながらも、少しだけ違う……言うなれば『その一歩手前』とでも表現すべき空間だ。
『現世』と『異界』の狭間にある『存在しない空間』。
そこはフーパにだけ許された場所であり、だからこそフーパは『亜空間』にいる時、完全に油断しきっていた。
当然である、この世界でたった一体。自分だけが入ることを許された場所なのだ。
まさか自分と同質の能力を持っている存在が別の世界から侵略してくるなどと夢にも思わない。
とは言えだ。
先も言った通り、純粋な空間接合能力で言うならばダークフーパよりもフーパのほうが上だ。
戦闘になればまず勝てる、と言ったが……逆に戦闘にならなければ勝てないということでもある。
分かりやすく言うと、逃げの一手を打たれた時、空間接合能力が劣っているダークフーパはそれを追い切れないのだ。
少しずつ引き離され、最終的に見失う。
逃げるかどうか未知数ではあるが、けれど万一逃げられれば面倒になる。
だから『ひんし』にするのは諦めた。
要はもう二度と表に出てこれなくすれば良いのだ。
だから使ったのだ。
『いましめのつぼ』を。
かつてフーパを封印するためだけに作られた壺だ。
ダークフーパがいた世界にも存在した。
だからこの世界にも存在するのは自明の理であり、あらゆる場所へと空間を接合できるダークフーパがそれを見つけるのも容易い話。
そして後は壺を使うだけの簡単な作業だ。
あっさりとフーパは封印された。
なんら抵抗する間も無く。
そうしてそれを『深淵』の闇の中へと投げ捨てる。
ダークフーパ自身どこに行ったのかも分からない。
それでお終い。
あの無限のごとく広い『深淵』を探し回り、壺を見つけ出すなど無理な話。
となればもう二度とフーパは表に出てくることは無い。
それはつまり、ダークフーパの邪魔をできる存在が居なくなったという事でもある。
故にダークフーパは行動を始めた。
―――世界を『深淵』に沈めるために。
それこそが『離反存在』の存在理由だから。
* * *
フーパというポケモンを一言で語るなら……子供だ。
ジラーチ曰くの『
要するに精神性が酷く子供っぽいのだ。
子供っぽく自己中心的で、我が儘で、自分勝手、とまあ同じような言葉ばかりが並べ立てられる辺りでその性格にも察しがつく。
去年に起こったトウカの森の『止まない雨』の一件などまさにフーパの引き起こした『悪戯』の実例だろう。
精神性が幼いが故にフーパにはストッパーが存在しない。
やりたい、と思ったことは何でもやろうとする。
そしてなまじ超越種として強大な力を持っているが故に大抵のことができてしまう。
唯一救いがあるとすればその精神が幼いこと。
矛盾しているようだが、実際そうなのだから仕方が無い。
あくまでフーパの行動は『悪戯』であって、そこに『悪意』は無いのだ。
楽しそうだからやってみた、というだけであり、考え無しなだけで『害意』は無いのだ。
だからこそ、最後の一線は守られている。
ちょっとした事件こそ引き起こせども『世界の敵』となるような真似はしていない。
とは言え『管理者』なんて堅苦しい側に望んで入ったわけでも無い。
だからこそ自分をそちら側に組み込んだ『カミサマ』を厭っているし、自分の行動に一々ケチをつけるジラーチのことも煙たがっている。
だがそれを排除しようとは思わない。
面倒に思うし、嫌がってはいても憎悪しているわけではない。
あくまで子供のような純粋な精神性を持っているのだ。
だから『悪意』を生むことも、『害意』を持つことも、『敵意』を抱くことも無い。
だが、だ。
子供だからこそ、相手の『悪意』や『害意』、『敵意』には敏感だ。
子供だからこそ、そこに我慢も遠慮も無い。
向けられた『悪意』、『害意』、『敵意』には同じ物で返す。
故に今フーパは怒っていた。
* * *
「キシキシキシ♪」
“シャドーボール”
放たれた黒い球がダークフーパへと飛来する。
それを自前のリングで避けようとし。
「オデマシ~」
それより前に放たれた一対のリングがダークフーパを挟むように空中でピタリと動きを止める。
直後、ダークフーパへと飛来していた『シャドーボール』がリングへと吸い込まれ、反対側のリングから飛び出す。
「ッキャハ!」
“くうかんさっぽう”
咄嗟にダークフーパが自前のリングでそれを吸い込み、そのままフーパへと返そうとして。
―――それより早くフーパのリングが再接合される。
ドォォン
「キャッ?!」
自前のリングで吸い込んだはずの技が相手のリングから飛び出してくるという状況に虚を突かれたのか、初めてダークフーパにまともな技が命中した。
驚いたように声を挙げるが、ダメージは自体はそれほどの物でも無い。元より『ダーク』タイプによって全ての技のダメージを半減できるのだ、本来ならば無視できる程度のダメージでしかない。
本来ならば。
「ケキャキャキャキャ!」
この世界にやって来てから初めてまともに受けたダークフーパの衝撃は決して軽い物では無い。
それはグラードンやカイオーガ、そしてレックウザたちホウエンの伝説と違う決定的な差異。
例え今の十倍以上のダメージをグラードンやカイオーガ、レックウザが受けたとしてもケロっとして反撃しただろう。所詮伝説という枠から見れば技の一撃や二撃、大したダメージではないのだ。
だがフーパにとって今の一発の大きな意味がある。
簡単な話。
他の伝説たちと違ってフーパには戦闘中に体力を回復する手段が無い。
その桁違いの
しかも肝心のHP自体が他の伝説たちと比べて低い。
それは純粋なサイズの差もある。
体躯が大きければ
それは生物として当然の理である。
さらに言うならばその能力の方向性の問題もある。
生命を育む大地の化身、生命の根源たる海の化身、強大な力に満ちた流星を食らう龍神。
それらと比べて空間接合という能力は非常に強い。
何せ時空間に干渉する能力だ。
『カミサマ』の眷属でも無い一個のポケモンが持つには規格外の能力と言っても良い。
だからこそ、拡張性が無い。
空間に干渉するというだけで余りにも強力な能力だから、それ以外に転用できない。
フーパの能力は『必中』と『回避』、それから『フィールド』の三種に極まっている。
ここに『回復』能力を入れる余地が無かったのだ。
例え理を超えた超越種であろうと、何でもできるわけではない。
リソースが有限である以上、あれもこれも覚えることはできない。
それも得意でも無いことを、だ。
だからフーパの基本的なスタイルは『必中』と『絶対回避』。
必ず当てる、必ず避ける。
この二択を勝つまで相手に押し付け続ける。
これは元となる能力が同じのダークフーパも変わらない。
だから絶対に避けなければならなかったのだ。
必中が通じない相手も、絶対回避を破って来る相手も。
この二つが守られているからこそ、ダークフーパは『無敵』だったのだから。
―――負ける。
それを理解した。
このままでは負ける。
『無敵』のままならば相手にどれだけ数がいようとそれは無に等しい。
ゼロに何をかけてもゼロのままのように、『無敵』ならば問題は無かった。
だがその『無敵』は破られた。
全く同種の能力を持つフーパがいる限り、こちらの命中も回避も『絶対』では無くなった。
そうなれば後に残るのはレベル200の『
それから―――。
レベル300オーバーの龍神だ。
純粋な能力で言うならばダークフーパはレックウザに絶対に勝てない。
先ほどまでの一方的な展開は『フーパ以外』には絶対的な能力の相性の差が生み出した展開だった。
だがそれが無くなれば後はすがすがしいほどの『力の差』による蹂躙である。
故に。
「ケヒ……」
故に。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
故に。
「ケキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」
* * *
酷い有様だった。
ここに至るまで何度攻撃を受けただろう。
ここに至るまで何度痛みを堪えただろう。
ここに至るまで何度苦しみを飲みこんだだろう。
空間が一度木っ端微塵となった影響か、ダークフーパの張ったフィールドが全て消し飛んでいる。
それが故か先ほどまで回復しなかったレックウザの傷もまた少しずつ回復していた。
それはレックウザというポケモンの
故にレックウザはゆっくりと体を起こす。
どれほど傷つこうとも。
どれほど痛かろうとも。
どれほど疲れようとも。
―――自らを守護者と定めた龍は立ち止まらない。
戦え、戦えと何度となく自らに呟く。
例えそれが龍の口から洩れる呻き声にしかならずとも。
それでも龍自身にはそれが自らの口から零れる戦意となってその身を突き動かす。
例えそれでどれだけその身がボロボロになろうと。
例えそれでどれだけその心がボロボロになろうと。
それでも、それでも、と龍は呟いて立ち上がる。
一体いつまで、そんなことすら決めることも無く。
黙っていれば永劫戦い続けるのだろう。
報われることの無い願いを抱いたまま、その身が朽ち果てるまで戦うのだろう。
「……馬鹿が」
すっと手を伸ばし、その鼻先に触れる。
意思の弱い瞳が俺を見つめる。
「意識飛んでんじゃねえか」
それは無意識だ。
決して膝を折るな、立ち上がれ、戦え。
無意識に突き動かされて龍は起き上がろうとしている。
「お前がそこまで傷つく必要なんて無いだろ」
どれだけ傷つこうと龍の体は頑丈だった。丈夫だった。
すぐにまた傷が治り、だからこそ戦えてしまう。
龍は強すぎる……強すぎて、だからこそ折れることができない。
「もう良いんだよ。誰かのためになんて戦わなくても」
あの『夢』が本当にこの龍の記憶だったのか、あの『夢』が本当にこの龍の思いだったのか。
それは分からないけれど。
「もう十分だろ」
それでも、今まさに傷つきながら、苦しみながら、痛みに呻きながら、それでも立ち上がろうとする、それでも戦おうとするこいつを前にすればどうでも良かった。
「なあ……レックウザ」
誰かが言ってやらねばならないのだ。
こいつに、真正面から。
もう良いよって。
もう戦わなくて良いんだよって。
言ってやらないと。
そうでないと……こいつは壊れるまで守ろうとする。
だから、決して言ってはならない。
決して許してはならない。
決して、決して。
「もうお前なんていらないよ」
それはレックウザにとって呪い以外の何物でもないから。
前も言ったけど、グラードンもカイオーガも、レックウザも基本的にみんな性格拗らせてるゾ。
厳しい言葉を投げかけて、レックウザの心を傷ものにしておきながら次回優しい言葉をかけてコロっといかせる……あれ、いよいよもってホストの汚名が拭えなくなって………………。
つうかレックウザって普通にこれ終わったら野生に返す予定だったんだが、これもうハルト君絶対に見捨てられないな、性格的に。
おめでとう、ハルト君はホウエンの伝説をコンプリートするゾ(白目
せ、戦力のインフレ……ハルト君その気になればホウエン一日で滅ぼせるな(顔覆い