ポケットモンスタードールズ   作:水代

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深淵の水底:夢幻の蒼穹①

 

 結論だけ言うと、順序を間違えてしまっていたのだ。

 

 レックウザの心の奥底に抱えるその本質は『孤独感』である。

 カイオーガも、グラードンも、レックウザも、伝説と呼ばれた三者三様の『孤独』を抱え、それに対して三者三様の『感情』を抱いた。

 

 三者がどのような経緯を得て超越種に至ったのかは知らないが、超越種というのは基本的に並び立つ存在が居ない『孤高』の存在だ。世界中どこを探しても同族というものが存在しないのだ。

 

 故に。

 

 カイオーガは『寂寥』を覚えた。

 グラードンは『退屈』を感じた。

 そしてレックウザは『矜持』で覆った。

 

 それが最初の間違い。

 

 『孤高』の存在が自らを『孤独』であると感じるのは結局のところ『他者』を認識するからだ。

 空を自由自在に飛び回り、ほとんど地上に降りることが無いレックウザが『他者』を認識したのは皮肉にも同じように『孤高』だったグラードンとカイオーガという『天災』によって空という自らの領域を侵されたことがきっかけだった。

 それまでレックウザにとって『地上』とはほとんど自らには関係の無い場所であって、そこに生きる生命のことなどまさに『眼中に無かった』のだ。

 だが三体の伝説の戦いによって地上が大きく荒れたのと同時に、レックウザは『地上』に自分以外の生命があることをしっかりと認識した。

 

 自らが独りであることを無意識に認識してしまったのだ。

 

 それを寂しいと思うにはレックウザは余りにも強すぎて、そんな『弱さ』を持てなかった。

 逆に地上で自らを崇めるモノや感謝を述べるモノがいることを『当然』と思うような傲慢さがあった。

 否、それを傲慢と呼ぶのもおかしい。

 事実レックウザは『神にも等しい』力を持っている。そしてその力をもってして地上を救済したのだ。

 例え本人のその意識が無かろうとだ。

 

 初めて認識した他者から向けられた最初の念が『畏敬』だった。

 

 つまりそれがレックウザを拗らせてしまった最大の要因なのだろう。

 

 

 * * *

 

 

 ―――助けて、と。

 

 地上の命が願った。

 それは祈りであった。

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 レックウザは『守護者』であることを自らに強いている。

 自らを信奉する『りゅうせいのたみ』の巫女であるヒガナにあんな裏切りを受けても、それでも尚レックウザは『守護者』であることを貫いた。

 

 結局それは『呪い』なのだ。

 

 長い長い年月をかけてレックウザに積み上げられてきた『感謝』という名の呪詛。『畏敬』という名の悪意。『祈願』という名の殺意。

 レックウザに救いを求める全ての存在がレックウザに『自分たちのために』戦えと強要している。

 そしてレックウザもまたそんな願いのために自らの身を粉にして戦い続けている。

 

 『ありがとう』と言われることでしか()()()()()を実感できないから。

 

 それは致命的な順序の間違い。

 

 先に『感謝』と『畏敬』を得てから『孤独』に気づいてしまったが故に間違い。

 

 カイオーガは『孤独』が故に友を求めた。

 グラードンは『孤独』が故に敵を求めた。

 どちらも先に『孤独』を持ったが故に動いている。

 それは結局自分のためだからだ。

 

 だがレックウザは逆なのだ。

 

 『感謝』された。

 『畏怖』された。

 『信奉』された。

 

 その果てに『孤独』に気づいてしまった。

 だからこそレックウザは恐れている。

 

 『感謝』されなくなることを。

 『畏怖』されなくなることを。

 『信奉』されなくなることを。

 

 満たされ、『充足』してしまったが故に、『他者』から与えらえる『幸福』に気づいてしまったが故にそれを喪失すれば『孤独』になることに気づいてしまった。

 『孤高』が『孤独』になる前に満たされてしまったが故に、『孤独』になることを怖がってしまっているのだ。

 

 だからこそレックウザは『守護者』であり続ける。

 

 そうすることでしか自らの価値を示せないから。

 『守護者』で無くなってしまえば『孤独』に陥ってしまうから。

 だから自分の身を削ることになろうと守り続ける。

 体の傷よりも心の傷を恐れるが故に。

 

 つまり。

 

 まあ。

 

 要するにこいつ。

 

 ただのコミュ障なのだ。

 

 

 * * *

 

 

 誰か言ってやらないとダメなのだ。

 

 ―――もうお前を必要とする時代じゃないんだ、と。

 

 もう俺たちは自分の足で立って、伝説とだって戦えるんだって。

 もう俺たちは伝説にだって勝てるんだって。

 もうお前たちは『孤独』じゃない。

 

 並び立つ者はちゃんといるんだ。

 超越種だからって独りにならなくて良いんだ。

 必要な物はもっと別にあるんだ。

 

 それを、こいつに言わなければならない。

 

「伝説の終焉だ」

 

 ちゃんと面と向かって。

 

グラードン(オメガ)も、カイオーガ(アルファ)も、レックウザも」

 

 最早。

 

「ただのポケモンだよ」

 

 そんな俺の呟きに、レックウザがびくり、と震える。

 

「寂しいなら俺のとこに来いよ」

 

 手を伸ばし、その胴に振れる……僅かに震えていた。

 

「感謝も、畏敬も、祈願も、全部投げ捨てて良いんだ」

 

 その全身が徐々に変化していく。

 光に包まれたと思ったら少しずつ縮小していき。

 

「何、が……」

 

 人と同じ姿となったレックウザが言葉を紡ぐ。

 

「それを……」

 

 困惑している。

 それ以上に怯えていた。

 あの伝説が。ホウエン最強の龍が。

 空の龍神が、ただ子供のように、怯えていた。

 

「何が、残る……それを捨てて、私に」

 

 一体……何が。

 

 呟こうとした言葉が口と突いて出るより早く、その両手を包み込むように触れる。

 

「良いんだ」

 

 ぎゅっと、握りしめる。

 

「良いんだよ」

 

 その手の震えが止まるまで、ぎゅっと。

 

「我が儘でも良いんだ、自分勝手で良いんだ、傲慢で良いんだ。みんなそんなもんなんだ。みんなそうやって生きてるんだ。そうやって自分の思いをぶつけ合って生きてるんだ」

 

 思えばこの龍と絆が繋がりきらなかったのはそのせいなのだろう。

 思いが一方通行なのだ。

 俺が思うだけじゃダメなのだ。

 レックウザもまた思いの丈を吐き出さないと。

 

 絆を紡ぐ。

 思いを重ね。

 心を繋げ。

 縁を結ぶ。

 

 好きも嫌いも、絆とは、縁とはそうやって生まれるのだから。

 

 

 “つながるきずな”

 

 

 * * *

 

 

 ―――化け物だ。

 

 それが正直な感想だった。

 フーパという同じ空間に干渉する能力を持ったポケモンが加勢に来たことにより、ダークフーパへと初のダメージを通すことに成功した。

 そこまでは良かった、良かったのだ

 

 だがそこからだ。

 

 ダークフーパが手元のリングの一つをどこかの空間に繋げると、そこに手を入れ一つの『壺』を取り出した。

 

 哂い、哂い、哂い。

 

 そうしてその『壺』の封を解く。

 

 同時に。

 

 その全身が変化していく。

 黒い闇に覆われ、少しずつ少しずつその体躯が大きくなっていく。

 先ほどまでの十倍以上はありそうなほどに巨大になった闇が突如ヒビ割れたかと思えば、中から現れたのは先ほどまではまるで別のポケモンだった。

 

 宙に浮かぶ六本の手。

 

 それに付随するかのように次々と浮かび上がるリング。

 

 そして嘲笑するかのように裂けた口元。

 

 その瞳には強い殺意の色が滲み、どす黒く染まっていた。

 

 何よりも異能者としての勘が言っている。

 

 ―――先ほどまでとは比べものにならない化け物へと変貌している、と。

 

 事前に情報自体はハルトからもらっているからこそ、分かる。

 

 ときはなたれしフーパ。

 

 先ほどまでの状態がいましめられしフーパ。

 つまりだ。

 先ほどまで『手加減』していたのだ、あれで。

 解放され、完全体となった今のダークフーパが一体どれほどの力を持つのか。

 

 その答えはすぐに出た。

 

 “いじげんラッシュ”

 

 放たれた拳の一撃。

 リングを通り、距離を無視して飛ぶ拳がフーパを捉える。

 どん、と殴り飛ばされたフーパが一撃で吹き飛び、その動きを止める。

 たった一撃で封印されているとは言え、超越種の体力を消し飛ばしたその理不尽なほどの強さに、額に汗が流れ出す。

 

 フーパは無事だろうか?

 

 一瞬だけ確認するが、まだ『ひんし』にはなっていないようだった、とは言えこのままでは時間の問題だろう。

 

「ゲギャギャギャギャギャギャギャギャ!」

 

 ダークフーパが嘲笑する。

 

 そうして。

 

「オデマシ~」

 

 “ディメンションゲート”

 

 その手に持ったリングの一つを投げつけると、リングが空間にピタリと張り付くように固定される。

 直後直径一メートルも無かったはずのリングが徐々に拡大していき、直径五メートル近くそのサイズを増す。

 

 そうして。

 

「―――ッ!」

 

 リングに開いた『孔』から一体のポケモンが飛び出す。

 黒く染まったその姿は、つい先ほど倒したばかりのはずの見慣れた姿で。

 

「ディ……」

 

 あり得ない、そんな胸中の悲鳴を無視するかのように、そのポケモンが咆哮を上げる。

 

 “ときのほうこう”

 

 発生した衝撃にシキのポケモンが吹き飛ばされ、一撃で『ひんし』になった。

 

「ディアルガ!?」

 

 そうして蹂躙が始まった。

 

 

 * * *

 

 

 千年以上もの間、レックウザは『守護者』であった。

 

 そうあらねばならない、と意識的に思っていた。

 そうでなければならない、と無意識的に感じていた。

 自らが誰よりも強いと知っていたから、自らが絶対の強者だと信じていたから。

 誰よりも強いからこそ、誰よりも孤独で、だからその強さを示すことでしか自らの存在する価値を確かめられなかった。

 

 本当は分かっていたのだ。

 

 こんなことしたって自分の本当に欲しい物が手に入るはずがないと。

 

 ―――分かっていたのだ。

 

 でもだからって他の何ができるというのだろう。

 レックウザから強さを取って、他に何が残るというのだろう。

 最強の龍から強さを失くせば、後に残るのは同族の一体すらいない独りぼっちだけだ。

 そんなのは嫌だった。

 嫌だと思ってしまった。

 

 空の上から他人事のように地上を眺めていた頃ならばそれで良かったと思っただろうが。

 

 レックウザは知ってしまった。

 そこに自分以外の『誰か』がいることを。

 自分以外の『誰か』たちはお互いを支え合って生きていることを。

 彼らに自分のような『強さ』は無い、いや寧ろ『弱さ』しかないと言っても良い。

 でもだからこそ……『弱さ』しかないからこそ、支え合っていた。

 

 自分とは真逆。

 

 レックウザは強いからこそ独りだった。

 

 彼らは弱いからこそたくさんだった。

 

 自分もまた弱さを持てば……彼らの群れに入ることができるのだろうか。

 

 そんなことを思わなかったわけではない。

 でも駄目だった。

 結局思考は同じところに帰結する。

 

 レックウザから強さを取ってしまえば何が残るのだ。

 

 感謝も、畏敬も、祈願も。

 

 その全てがレックウザと地上を結びつけるもので。

 レックウザが独りでないと思わせてくれるもので。

 そしてレックウザがその『強さ』で掴み取った物だ。

 

 それを捨てて一体何が残るのだろう。

 

 それはレックウザの今までの生き方の否定だ。

 

 『守護者』である、と自らを定義したからこそ、レックウザが独りじゃなくなったのに。

 

「良いんだ」

 

 どうして今更そんなことを言うのだろう。

 

「良いんだよ」

 

 どうしてもっと早く……こうなってしまう前にそう言ってくれなかったのだろう。

 

「我が儘でも良いんだ、自分勝手で良いんだ、傲慢で良いんだ。みんなそんなもんなんだ。みんなそうやって生きてるんだ。そうやって自分の思いをぶつけ合って生きてるんだ」

 

 それは否定だ。レックウザという龍の生き方の否定だ。

 だからそれに対して反発するのは正しい。絶対的に正しい……はずなのに。

 

 握られた手の温かさに体が震えた。

 

 例え紅蓮の炎に焼かれたとして、レックウザの体はびくともしないはずなのに。

 人一人の体温の温かさに、レックウザの全身が震えた。

 

「わた、しは」

 

 胸が苦しい。

 呼吸が止まりそうだ。

 この身は宇宙という名の真空でも生きられるはずなのに。

 開いた口は何も吐き出せず、吸い込むこともできず。

 苦しい、苦しい、苦しい。

 

 極論。

 

 選択肢は二つだ。

 

 生き方を曲げるか、貫くか。

 その心が折れるか、折れないか。

 

 けれど、もう無理だ。

 

 もう限界だ。

 

 誤魔化せない。

 

 誤魔化せなくなってしまった。

 

 

 ―――もうお前なんていらないよ。

 

 

 致命的な言葉だった。

 必要とされない。

 それは何よりも恐れていたことだから。

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 

 独りになるのは嫌だ、ただ独り空を漂うだけの日々は辛過ぎる。

 捨てないで、見捨てないで、私を必要としてくれ。

 

「それは弱さじゃないの?」

 

 問われ、硬直する。

 その瞬間、レックウザは気づく。

 気づいてしまう。

 

 強くあらねばならない、そう思うこと自体が弱さなのだと。

 

 矛盾だった。

 どうしようも無い矛盾だった。

 何より、レックウザ自身どうにもならない矛盾だった。

 

 震えが止まらない。

 

 胸の痛みが誤魔化せない。

 

 言葉が出ない。

 

 壊れてしまう。

 レックウザを形作っていたはずの物が、全て、全て、全て。

 このままでは壊れてしまう。

 けれどレックウザにはそれをどうにかする術が無い。

 感情を持つ生物は他者と関わり、交わることで情緒を育む。

 だがレックウザは一方的な関わりしか持つことが無かった。

 

 自らの心を表現するには足りなさ過ぎるのだ、他人と会話した経験が。

 

 だから上手く意思疎通できない。

 怒ることも、否定することも、嘆くことも、悲しむことも、泣くこともできない。

 胸中で様々な感情が渦巻いて、その全てがいつまで経っても出ていかないままにぐるぐると渦巻き続けている。

 

 だから。

 

()()()()()

 

 言葉と共に、全身を覆った『温かさ』に目を見開く。

 

「ありがとう、今までずっと俺たちを助けてくれて」

 

 先ほどまでなら、それは『呪い』の言葉だった。

 

「ありがとう、今までずっと俺たちを見守ってくれて」

 

 けれど、どうしてだろう。

 

「ありがとう、今までずっと俺たちを見捨てないでくれて」

 

 どうしてだろう、今は……今は。

 

「今度は俺たちがお前を助ける。俺たちはもうお前を独りにしないから」

 

 今は―――。

 

「だから、今度は一緒に行こう」

 

 今は―――。

 

 

レックウザ(デルタ)

 

 

 その瞬間、世界のどこでも無い闇黒の中で。

 

 

 一匹の龍が生まれ落ちた。

 

 




つまるところ伝説どもはぼっち拗らせすぎたのだ。
その中でもレックウザは自分がぼっちなことに気づくより先にグラカイを倒して人に信仰されてたので「あれ……もしこの信仰無くなったらどうなるんだろう」という考えに行きついた果てに自分が独りなことに気づいた。
そしてぼっちだったから『信仰される』以外にぼっちじゃなくなる方法を思いつかなくて『承認欲求』みたいなものが湧いてしまった。
もしこれが先にぼっちであることに気づいたなら手さぐりで関わり方を探そうとするかもしれないけどぼっちであることに気づくより先に『信仰される』という関わり方の一つを差し出されたせいでまるでそれが絶対の正解であるかのように思ってしまった。まあぼっちだし、安易なやり方に飛びついたわけですね。その結果生まれたのが『守護者』としてのレックウザ。
そうして長年『守護者』として居続けたらもう他者に『求められる』ことでしか自らの存在意義を確認できなくなってしまってて、だからこそハルト君が『もうそれは良いんだよ』って言った。
そしてぼっちでコミュ障なレックウザのために「一緒に居てやるから、少しずつ人との関わり方も勉強しよう?」みたいな流れにした。

因みに少し前の話でダークレックウザに対してめっちゃ怒ってたじゃん?
あれは『自分自身』に対する怒りだから怒れた。
でも自分以外に対しては『怒り』をぶつけられない。内心で思ってても口に出せない。態度にも出せない。
原因として他人との関わりは『信仰』されたり『感謝』されたり『畏怖』されたり、と人からレックウザへの一方的なものであってレックウザから人へは基本的に無いことからコミュニケーションの経験が極端に少ないことが挙げられる。

要するに?

どう足掻いてもコミュ障だよね(
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