それはかつての誰かが望んだ光景だった。
大地の支配者グラードン。
大海の王者カイオーガ。
二体の伝説が暴れ狂ったかつてのホウエンの地において空は暗雲に覆われ、焼き尽くすような陽光が地を焦がした。
だからこそ、それはかつての誰かが望んだ『夢幻』である。
果てなど無いかのように『無限』に広がる『青空』。
かつて、天空の覇者がその声に応えた。
“むげんのそうきゅう”*1
浮遊感と共に視界の中に広がったのは
「―――っ」
驚愕の言葉はけれど轟と唸りを上げる風にかき消されて誰の耳にも届かず。
空から落ちているのだと気づいたのは直後のこと。
驚きこそしたがすぐにデルタが回収してくれたので落ち着きを取り戻すことができた。
そうして見やれば。
「綺麗だな」
燦々と輝く陽光。
白くうねる雲。
青々と広がった空。
長時間真っ暗な闇の世界にいたせいか、その全てがとても美しく見えた。
同時にここが『ホウエン』であると気づく。
―――何せ眼下に去年の一件で廃墟と化した『そらのはしら』が見えたから。
戻ってきた、あの世界から。
その事実に気づくと同時にまだダークフーパが健在であることに気づく。
また異空間に逃げ込まれる前に倒さねばならないと気を急いて。
その姿が動かないことに気づく。
すでに『ひんし』になっている、ということは無い。
立ち止まってはその場からは動かないものの、その六つの手を忙しなく動かしているからだ。
何かやっているのは分かるが、どうにも焦っているように見えるのは気のせいだろうか。
否、気のせいではない。
ダークフーパがこちらに気づき、行動しようとして……けれど止まる。
その表情には確かな焦りが見えると同時に困惑の色も見て取れる。
―――キリュゥゥゥゥォォォォォォ!
低い声でデルタが唸りを上げると共に。
“しんそく”
一気にトップスピードでその体を加速させ、ダークフーパへと迫る。
そんなデルタの攻撃に一瞬対処しようとしたが、またぴたりと動きを止めてその一撃をもろに食らったダークフーパが吹き飛ばされる。
またである。
どうやらあのリングを使えなくなっているらしい。
同時にそれが誰がやったことなのか、ようやく理解する。
つまり先も思ったその通りなのだ。
天候支配と
今この『空』という領域を支配しているのはデルタで。
デルタの領域内において『デルタ以外』は理を覆すことができなくなる。
―――とんでも無い超越種殺しである。
確かにそれならゲンシグラードンとゲンシカイオーガの二体を相手取っても勝てるはずだ。
天候の固定化を除いてもとんでも無い切り札を持っていたものである。
今この場においてのみ超越種という肩書は無意味の産物に成り下がる。
ダークフーパもまたそれに気づいたのか、表情を歪めながら態勢を立て直す。
だがすぐにその先に待つ絶望に気づいたのか、目を大きく開いて二歩、三歩と後ずさった。
当然だろう、空間接合能力が使えない現在のダークフーパの選択肢は一つしかない。
つまり、デルタと正面から殴り合って勝つしか活路が無いのだ。
「ギ……ギャアアアアアアアォォォォォォ!」
“いじげんラッシュ”
遮二無二に放たれた拳がデルタへと迫る。
二撃、三撃とその体が撃たれるが、けれど風の鎧がその威力を大幅に削り。
“ミカドきかん”
『いんせき』から抽出したエネルギーを全身に循環させ、攻撃された箇所をすぐに癒してしまう。
無理だ、どう足掻いてもダークフーパにデルタを突破する術がない。
それに気づいたのかダークフーパはまた後ずさり。
「ォアアアアアアアア!」
逃げ出した。
何もかも投げ捨て、能力の源のはずのリングすら投げ捨てて、半狂乱となって逃げだした。
もっとも、それで逃げ切れるかと言えばまた別の話だが。
“かざぎりのしんいき”
収束した風がデルタの元で荒れ狂う暴風と化す。
そして暴風をその身に纏いながら。
「決めろ! デルタ!」
“きずなパワー『こうげき』”
自らの声援に応えかのようにデルタが咆哮を上げ。
“ ガ リ ョ ウ テ ン セ イ ”
横薙ぎの竜巻がごとき一撃が逃げるダークフーパの背を抉り、吹き飛ばし、完全に沈黙させた。
* * *
チャンピオン辞めてて良かったな、と正直思った。
今回の一件、事後処理がとんでも無いことになっているらしい。
何せ客船一つ丸々巻き込まれた大事件だったのだ。
幸いにして船がタイムリミットに至るより早くダークフーパを打倒したお陰か、乗客船員全員無事でこちら側に戻って来れたらしい。
体感で丸一日以上戦っていたような気がしていたが、実際は半日にも満たない間の出来事だったらしい。
こうして西日が差す頃には当初の目的地だったミナモシティへとたどり着いているのだから、まあ辛うじてだが良かった、というべきなのだろう。
今回の一件は『野生のポケモン被害』として処理される。
まさか異世界から渡ってきた伝説級のポケモンが異世界へと船ごと攫って行った、なんてそんなこと公表できないからだ。
正確には公表したところで悪戯に世間を混乱させ、にもかかわらず何か手が打てるのかと言われれば、まあ無理だろう。
そういうわけで今回の件は災害のような扱いでポケモン協会へと投げられた。
今頃協会の事務員たちが頭を抱えている頃かな、と思いながらベンチにどかっと背を預けて息を吐く。
膝の上で安らかに寝息を立てているシキに視線を落とし、再び視線を空へと上げる。
「何だったんだろうなあ」
実際のところ、俺だって結局今回の一件が何だったのか、良く分かっていない。
ただあの黒いフーパ……ダークフーパがこことは違う世界からやってきたポケモンなのだろうということくらいしか分からない。
フーパの空間への干渉能力とは世界の壁すら超えるのか、そんな疑問に答えを得られるはずも無く。
何より肝心の下手人はもう居ないのだ。
『ひんし』となると同時にその全身が『闇』へと変貌し、そのまま虚空へと溶けるように消えてしまった。
「……ふぅ」
嘆息一つ。
訳の分からないことだらけである。
とは言え、まあ。
また一つ、理を超えた怪物の脅威からホウエンを守れた、今はそれで十分なのだろう。
「……また何かあるかもしれないけど」
一つどうしても気になっていることがある。
デルタが自らの領域を作り出したことであの闇の世界は砕け散った。
つまりだ、あの漆黒の空間は『誰か』が作り、支配していた場所、と言うことになるのではないだろうか?
それは『誰』だ?
ダークフーパか?
否だろうと俺は思う。
フーパの能力はあのリングを使った『空間』の接続、接合であって創成ではない。
となればパルキアだろうか?
それも違うのではないかと思う。
確かにダークタイプだろう黒いパルキアが存在したらしいことは聞いているが、それでもやっていることは『空間操作』であって『創成』ではない。
フーパではなく。
パルキアでも無い。
だとするならばあの空間は一体『何』が作ったのか。
* * *
―――夢を見ていた。
何気無い日常の中の夢だ。
こじんまりとした家には家族が四人。
自分がいて、『父親』がいて、『母親』がいて、『弟』がいて。
そんなあり触れた普通の『家庭』がそこにはあって。
「悪夢だわ」
思わず呟いた一言に世界が歪む。
家全体が輪郭を歪ませ、『父親』と『母親』も塗りたての水彩画に水でも垂らしたかのように『溶けて』いく。
そうして『弟』だけがそこに残り。
「…………」
そんな『弟』を怪訝な目で見つめる。
けれど『弟』は困ったように苦笑し、首を傾けるばかりで決して口を開かず。
「ああ……そういうこと」
『世界』を見上げる。
異能者としての第六感がこの『世界』を感じ取る。
つまりここは『悪夢の世界』なのだ。
いつも見ている『悪い夢』ではなく。
何者かが意図的に見せた『悪夢』を形作った『世界』。
だがだとするならどうして目の前の『弟』は何も語らないのか。
どうして困ったような表情で苦笑いばかりしているのか。
その意味を薄々だがシキは理解していた。
「つまり……私にとってこれが本当の『悪夢』の形なのね」
かつてシキは『弟』を見捨てた。
結果的にその先でシキは『弟』に見捨てられた。
すっかり変わってしまった『弟』に戸惑い、自分を切り捨て消えてしまった『弟』に苦悩し。
その結果。
「私はもう一度『弟』を切り捨てた」
『弟』が何かやろうとしている。
それを知っていて、それでも
ハルトと出会い、思ってしまったのだ。
シキはもうどうやったって『シキ』とは家族にはなれないんだ、と。
きっとハルトたちのような関係が『普通』の家族なのだろう。
だからシキと『シキ』の関係は最早家族と呼べるような物では無いのだと。
そう思った瞬間からシキと『シキ』は血の繋がりの無いただの他人になり果てた。
そのことに思うことが無いわけでも無いが。
「でもそれは私とアイツの問題だわ」
この『悪夢の世界』をのぞき見しているような悪趣味なやつに、自身の本心を曝け出してやるつもりもない。
だから。
「消えなさい」
念じながら、目の前の『弟』が持つフォークを取り。
そのまま『弟』へと突き立てた。
―――夢を見ていた。
ダークライに見せられた『悪夢』の夢。
夢の中で夢を見るというのもおかしな話だが。
そう、本当におかしな話である。
「反撃できる分だけ『悪夢』のほうがマシってどういうことよ」
そんなことを呟きながら、明るくなっていく世界に自らの目覚めを理解する。
―――ホント、どっちの『夢』なんてどれもこれもろくでも無いわね。
目覚めの間際、そんなことを思った。
* * *
「……ん」
ぴくり、と膝を枕に眠るシキの瞼が揺れる。
しばらく見ていると少しずつその瞼が開かれ、寝起きでまだとろんとした瞳が俺を見つめた。
「おはよう」
「……おは、よう」
「大丈夫? まだ眠いなら寝てても良いよ?」
「ん……起きるわ」
声をかけてやれば少しばかり頭が冴えてきたのか、ゆっくりと半身を起こす。
そうして体を起こせばそこが街の中であることに気づいたのか、視線を彷徨わせる。
「どういう状況?」
「全部解決ハッピーエンド」
…………。
……………………。
……………………………………。
「そう」
とても端的かつ短い俺の一言だったが、長い沈黙の末にようやく理解が追いついたのか、たった一言呟いた言葉には万感の思いが宿っていた。
「良かった」
「そうだね、無事解決できてホント良かったよ」
「……そうじゃなくて」
「ん?」
胸に手を当てる。ほっと、安堵したように息を吐き。
「ハルトが無事で、良かった」
思わず、と言った様子で呟かれた言葉に自分の頬が紅潮していくのを感じた。
普段から余り表情の変わるほうではないシキだったから、今目の前で薄っすらと笑みを浮かべるその様に不覚にもドキドキしてしまった。
同時にそう言えば今日はシキと……目の前のこの可愛らしい少女とデートする予定だったんだよな、と思い出す。
そしてそれが何のためであるか、その目的を考えれば。
「あー」
「……どうかした?」
「いや、何と言うかさ。全く何一つ予定通りになっちゃいないのに、目的だけはきっちり果たしてるなということに今気づいた」
「何の話よ」
「半分こっちの話」
気づいてしまった。
過酷な戦いの中で、生死すら賭けた激しい戦いの中で。
ぎゅっと抱き留めた温かさを思い出して、必死になって守ろうとした小さなその体を思い出して。
失いたくない。
そう思った自分の心を思い出して。
色々と極限な状況だっただけに、余計な物が全て消し飛ぶくらいに必死だったからこそ。
心の中に残っていた純粋な気持ちに気づいてしまった。
「まあ結局そうなんだろうなってだけなんだけどね」
これだけ大変な思いをして。
何度も死にそうな目にあって。
そうして全て終わったほっと一息吐いて改めて考えてみた時に。
結論が最初から分かっていたことだというのはさすがにがくっと来てしまう。
「どんだけ遠回りしてんだよって話。ホント馬鹿だわ俺」
一体何を言っているのか、そんな視線を向けてくるシキへと手を伸ばし。
―――抱きしめる。
「……え?」
戸惑ったような声をあげるシキだが、そんなことはお構いなしにぎゅっと、強く強く抱きしめ。
「あのさ、シキ」
「あの、は、ハル、ト?」
顔を赤くしてあわあわしているシキ、そんな普段とのギャップにくすり、と笑みを零しながら。
「今ならちゃんと言える。はっきりと、自覚して。ちゃんと言えるんだ」
腕の中の少女の温もりに鼓動が跳ねる。
カイオーガと戦う少し前……同じミナモのホテルでシキの腕を取った時と同じ感覚。
―――何だ、じゃああの時からじゃん。
一体どれだけ遠回りしまくっていたのか。
それでも腕の中の少女は文句も言わず待ってくれていて。
「キミが好きだ」
愛おしいなあ、って思った。
多分あと一話だけ書くかな。シキちゃんとのデート編(ようやく
というわけでこれがメガレックウザ専用『禁忌アビリティ』。
【禁忌】『むげんのそうきゅう』
天候が『らんきりゅう』の時、自分以外の全ての『システム外効果』が発動しなくなる。
冗談抜きでアルセウスじゃないと勝てないのはこういうことだ。
アルセウスの場合「アルセウスのやることこそが『システム』になる」ので存在そのものがチート。
劇場版当初5~6話で完結のはずだったのになんで十七も八話もやってんだろね(もしかして:ガバプロット