―――着飾るという行為が好きだった。
それは服とかそういう大仰な物でなくも良いのだ。
ちょっとした髪飾りの一つ、ピアス一つでも良い。ほんの少しのアクセントがその人の魅力をぐっと引き出してくれる。
だからイナズマはファッションというものに昔から興味を持っていた。
とは言えヒトガタポケモンの服というのは基本的に原種でいう毛か鱗、皮などがそれらしく変化しているだけなので服装を変えたり、というのは中々難しい話。
例えばイナズマなどはシンプルなティーシャツとパンツなので上から羽織るなどして比較的着飾ることも容易なのだが、エアやリップルなどコートまで含めて一体化してしまっているので手の入れどころが非常に少ないし、シャルはシャルでフリル満載のその服装のせいでこれ以上手を入れると装飾過多にしかならない。
シアの場合は上着くらいなら羽織ることもできそうなのだが、髪色まで含めて統一感のある服装なのでどうにも手が出し辛い。
結果的に一番着飾りやすい自分で色々試してみるのだが、やはり主観と客観というのが大事なもので、どうしてもズレのようなものを感じたりする。
そういう時はチークに頼んで着替えてもらうのだが、チークの場合は根本的に上背の問題などもあって着せれる選択肢が子供服になってしまうのが悩みどころだった。
「これを……折り返して、最後に止めて……できた」
こうしてミシンを使うことにもすっかり慣れてしまった。
何だかんだで七年もやっているのだ、服の一つや二つ、作れて当然だろう。
視線を向ければハンガーラックに並べられているのは家族全員分の衣服。
ここ一月くらいコツコツと作っていたのだ。
最近になってようやくヒトガタポケモンでも着替えることのできる衣服を作ることができるようになったのでファッションの幅が大きく広がった。
「ふふ……楽しいなあ」
ファッションに興味を持ち始め、最初に作ったのは小物類だった。
まだあの頃はミシンなんて使えるほどの技量も知識も無かったから最初は手編み。
それにあの頃はまだ失敗することが怖かったから、だから着飾ることは自分だけの趣味に留めていた。
今でもそれが大丈夫になったわけでも無い。
失敗することは怖い。
間違えることは恐ろしい。
だから安易な選択肢を選んでしまいそうになるし、妥協した答えで納得してしまいそうになる。
―――シシッ行くネ、イナズマ!
そんな時、自分を引っ張ってくれる少女のことを本当に有難く思っているし。
―――思ったことがあるなら言えば良い。やりたいことがあるならやれば良い。
そんな時、自分の背を押してくれる主のことが心底好きだった。
失敗しても良い、間違えても良い。
そう言ってくれたのは自身の最愛の主で。
失敗したら慰めてくれて、間違えたら一緒に悩んでくれる。
そうやってずっと一緒にいくれたのは大切な家族たち。
失敗して、へこんで、落ち込んで、そんな時に励まして次は大丈夫。
そう言ってくれたのは大事な親友。
今こうして何気なく行えていること一つ一つはイナズマがこれまで努力してきた結果ではあるが。
今の今までこうして折れること無く続けることができたのはイナズマの大切な人たちのお陰なのだ。
バレンタインとは一般的には『愛』を伝える日ではあるけれど。
イナズマが伝えたいのは『恋愛』でなく『家族愛』だった。
イナズマの『恋愛』感情はあの日、主と思いを通じ合えた日に全て語り尽くしたから。
七年もの間溜め込んできた絆も、愛も、想いも、鬱屈した感情すらも全て吐きだし。けれど主はそれを受け止めてくれた。
だからひとまず……そうひとまずは良いのだ。
少なくともイナズマはあの一件で『スッキリ』したから。
だから今日というバレンタインは家族のために贈りたい。
チョコレートではないけれど。
それが今日のイナズマの『愛』だから。
* * *
良い日和だ、とぷかぷかとプールに漂いながら思う。
空を見上げれば燦々と輝く太陽。
すでに二月。シンオウならばともかくホウエンは少しずつ春の兆しが見えてくる季節の境目。
適度に温水を足したプールは仄かに温かく、リップルの頬を濡らした。
「あ~♪」
「人生楽しそうだなあ、お前」
「たのしいよ~」
プールサイドに置かれたデッキチェアに寝そべりながら呆れたように呟く主に笑みを浮かべて返す。
何を当然な話をしているのか。だってそうではないか。
「
「…………」
好きな人と一緒の時間を過ごす。大切な家族たちと共に、最愛の人と共に、同じ時間を共有し、同じ時を生き、同じ世界を見て過ごす。
それはなんて幸せなことなのだろうか。
黙ってしまった主の心情を慮り……くすりと笑う。
「照れてる? マスタ~?」
「うっさい」
端的でぶっきらぼうなその言い方にまた笑みが零れる。
本当に、こういうところがうちの主は可愛いのだ。
仲間の『絆』を何よりも大切に思っていて。
大切な相手を気遣うこともできて。
なのにストレートな感情表現を受け止めきれなくて言葉が短くなってしまう。
昔から変わらなくて、そんな主がリップルは昔からずっとずっと好きなのだ。
だからこそ、まだ少しだけ不安もあって。
「ねえ、マスター」
「なんだ?」
だからこそ、その僅かな不安すら消し去ってしまう。
「昔約束したこと、覚えてる?」
「約束?」
お互い顔を見ることも、視線を向けることすら無く広いプールに声だけが響く。
リップルの問いに、返ってきたのは懐疑的な声。
まあ覚えてるわけ無いか、と嘆息。
六年も前のこと、しかもそれから六年、随分と濃い時間を送ってきたのだ。
だから、そんな子供の時の約束忘れていて―――。
「ずっと一緒にいる、そう言ったことか?」
「っ! 覚えて、たんだ」
思わず呟いてしまった一言に主がハッ、と鼻で笑った。
「
「…………」
「照れてる?」
「……なにそれ、さっきのお返し?」
ああ、ホント……こういうところズルいと思うのだ。
「ねえ、また……ハルト」
「なんだ、リップル」
「また努力、して欲しいな」
約束。
「もう一度約束してほしい」
大切な約束。
「あの時はね……例え気休めでも、嘘でも良いって思ってた。どうやったって証明できるはずの無いことだから、仕方ないって、ただハルトがリップルたちと一緒にいたいって、そう思ってくれてるだけで十分だった」
でもね、でもね。
「もうそれだけじゃ我慢できないから……もう一度、ちゃんとした約束が欲しいんだよ」
何も無い空に手を伸ばす。
「ねえ、ハルト」
手を伸ばす。
「ずっと一緒にいてくれる?」
手を伸ばす。
「この先、何年経っても。何十年経っても。ずっとずっと、おじいさんになっても、おばあさんになっても、それでもずっと一緒にいてくれる?」
手を伸ばして―――。
「ああ、
―――その手が掴まれた。
「何度だって、言ってやる。何回だって、約束してやる」
視線の先、見下ろす主がそこにいて。
「約束だ」
差し伸ばした手がリップルの手を握っていて。
「
あの時と同じ言葉をリップルにくれるのだ。
「ふふ」
笑みを零れた。
高鳴る鼓動に弾けるようにして思いが胸から込み上げてくる。
ああ、もう本当に、本当に本当に!
「大好きだよ、ハルト」
告げる言葉に一瞬目を丸くして。
「ああ、俺もだ」
笑ってそう返した。
* * *
家の中の空気が甘ったるかった。
勿論彼女たちが自分と同じ相手を好きになっていることは知っていたし、彼がそれを受け入れているのも知っている。
だからまあ多少は予想していたのだが、チョコフォンデュパーティーしてて物理的に空気が甘ったるいなんてのはさすがに予想していなかった。
家の主である彼も途中までニコニコと笑みを浮かべていたが段々げんなりとした表情になり、やがて外の空気を吸ってくると言って出て行ってしまった。
正直シキも甘い物は嫌いでは無い、というか好き嫌いは特にないのだがこれだけチョコレートばかりだとさすがに飽きてくるので便乗するように外に出た。
「あれ、シキ……もう良いの?」
「しばらく甘い物は見たくないって感じね」
深呼吸しながら体の中の甘ったるさを吐き出していると先に出ていたハルトがこちらに気づく。
同じように深呼吸でもしていたのだろう、先ほどよりも表情は良くなっていた。
「アハハ……まあ女の子は甘いの好きかもしれないけど、俺もあれはちょっとね」
「あら、私も女の子のつもりだったけれど」
「え? あ、いや、別にそんなつもりじゃないよ?」
「良いわよ、自分が女の子らしさに欠けるのは分かってるから」
元よりハルトに出会うまでそういうことに一切興味が無かったのだ。
だからこそハルトに出会った瞬間の衝撃を今でも忘れることができない。
と、言うか。
一体自分はこの少年の何がそんなにも好きになったのだろう。
今でも偶に思う。
正直一目惚れではあったが、容姿が特別好みというわけでも無かった。
ただ不注意で危ないところで手を引かれただけ。
ただその瞬間、その瞳に魅入ってしまった。
一目見た瞬間に鼓動が跳ねて、どうしようも無く冷静じゃなくなってしまって。
その感情に上手く名前がつけられなくて、ただあえてつけるならそれは恋としか言い様が無かった。
不思議な話。
それまでシキは恋なんて全く興味も無かったはずなのに、ハルトを見た瞬間どうしようも無くそれを自覚してしまったのだ。
それほどまでに魅入ってしまったのに、何がそんなに好きになったのか自分で分からないというのはどうしようも無く矛盾した話だった。
「本当は私もチョコレート作ろうと思ってたんだけど……これは止めて正解だったわね」
「あーいやまあくれるならちゃんと受け取るよ? 折角の好意だし」
「良いわ、好意の押し付けは好きじゃないし、でもそうね……代わりに今度うちでお昼でも食べていってちょうだい。腕によりをかけて作るわ」
「ん……分かった。好意に甘えるよ」
よし、約束ゲット。と内心でガッツポーズ。
何だかんだシキは同じ家に住んでいる彼女たちより絶対的にアピールチャンスが少ないのだ。
こういうチャンスは逃さないようにしなければならない。
少なくともシキとハルトはすでにお互いの想いを伝えあい、認め合ったのだから。
今となってはもう恋した理由なんて些細なことだ。
シキはハルトが好きだ。
一緒にいて居心地が良いし、いつも温かい気持ちにしてくれる。
ピンチの時は何度となく助けてくれたし、シキが助けたことだってあった。
共に危機を乗り越え、絆は深まったと思うし、何よりハルトはシキの期待を一度だって裏切らなかった。
カッコいいなあ、思うし、そのカッコいいところを目の前で何度も見せつけられれば改めて惚れ直しもする。
幸い、というべきかハルトの恋人たちの中で人間はシキだけだ。
昔はハルカもそういうことなのかと思っていたシキだったが、ミシロで数年暮らしてあの二人が本当に友人以上に感情を一切抱いていないという事実を理解したのでそれほど警戒はしていない。
だとすれば法律的な話で、ハルトとシキは結婚できる。正確にはシキだけがハルトと本当の意味で結婚できる。
それは『人間』であるシキにしかできないことだから。
まあそれは別としても。
好きな人が自分を含めて七股している……という状況にシキとしては特に何か思うことも無い。
元よりそういう『真っ当な倫理』みたいなものとは無縁な場所で育った影響か、シキにそういう常識的な価値観を求められても困る。
少なくともハルトはシキを思ってくれている。シキもハルトを思っている。
ほら、それで両想いだ。それ以上に何がいるのか。
まあもし気に食わないやつがハルトの恋人の中にいるならばそれはそれでもやもやとした感情を抱えたかもしれないが幸い六人とも仲良くできるだろうから問題は無い。
「ふふ」
「ん? どうしたの、シキ」
まさか自分がこんならしくないこと考えるなんて、と思わず笑みを零した自分に、ハルトが首を傾げる。
何でも無いわ、と首を振って誤魔化しながら。
「ただ、そうね」
一言、言葉に表すならば。
「幸せだな、って思っただけよ」
その時のことを考えただけで鼓動に高鳴った胸を抑えながら、笑みを浮かべて誤魔化した。
最後にちょっとアンケートあるので軽い気持ちで答えて見て。
バレンタイン後日談、誰のが読みたい?
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エア
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シア
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シャル
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チーク
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イナズマ
-
リップル
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シキ