カロスは広大な地方だ。
セントラルカロス、コーストカロス、マウンテンカロスと三つの地区に分けられ、地区それぞれが一つの地方に匹敵するほどの広大な面積を誇っている。
必然的にそこに住まう人の数も多く、一地方の総人口で比較すれば世界でもトップクラスと言っても過言ではない。
だが地方ごとの平均的な人口密度を比較してみると、これが意外と低い。
カントーのように地方の大半が開発されきっているような地方とは逆に、カロス地方は都会と田舎の差が激しいのだ。
ミアレシティこそがカロスの中心である、首都である。その発展ぶりは凄まじく、カロス全土に手を広げる大企業、フラダリ財閥やカロスで最も有名なポケモン博士であるプラターヌ博士のプラターヌ研究所などもこの街にあるように、多くの企業ビルや店舗が立ち並び世界規模で見ても有数の発展を遂げている。
そしてその影響を受けるかのようにミアレシティと隣り合う街や村はそれなりに人口を誇り、発展もしているのだが、その影響はミアレシティから遠のけば遠のくほど顕著になり、カロスの西端セキタイタウンや東端レンリタウンなど、ミアレと比べればその発展ぶりには天と地ほどの差が生まれている。
問題となるのは。
この差が『文化』にまで及んでしまっていることだ。
昔々からカロスに続く悪習であり、現在に至って尚カロスに残る汚点。
―――それが『異能』問題だった。
遥か昔より異能者の存在は常にあった。
どの地方でも、ポケモンがいて、人がいて……そこに不可思議な力を持つ存在が混じっていた。
そしてどの地方であろうとも異能者は平等に『異端』だった。
こればかりはどの地方も同じ。人と異能者は別の生き物だった。
己の意識一つで重力を反転させる人間がいるだろうか?
己が意思一つで猛吹雪を起こし、大地を凍り付かせる人間がいるだろうか?
あくまでこれは極端な例だ。
本来異能者とはそこまで凶悪な存在ではない。
ほんの少し、人にできないことができる、その程度でしかないことが大半だ。
それでも、極稀に生まれてくるのだ。
天災に等しいほどの力を持った存在が。
そんな『天災』との付き合い方は人それぞれだ。
神に等しいと崇められた存在がいた。
只の人であると交友を深めた存在もいた。
そして。
―――排斥された存在もいた。
どこの世界でも同じ、人と違う力を持った存在を人は『異端』として排斥しようとする、そういう人間はどんな地方でも一定数いるのだ。
敵意を抱き、悪意を孕み、害意を向ける。
そうして『天災』は人に牙を剥く。
当然の話だ。
殴ったら殴り返される。
当然の話なのだ。
なのに。
人はその時、相手を『化け物』と呼んで悪意を正当化しようとする。
『化け物』相手だから、何をしても良いと。
『化け物』相手だから、それさえ理由にしてしまえば何をしても正当化させるのだと。
そうして、そうして、そうして。
かつて、カロスの人たちは一匹の『化け物』の逆鱗に触れた。
まあ所詮は『かつて』の話でしかない。
昔々、なんて語り口で始められそうな昔話でしか語られそうにない物語。
それでも、その根は深い。
ほんの百年ほど前までは当たり前のように『異端審問』なんてものが存在していたくらいに。
さらに百年ほど時を遡れば『魔女狩り』なんてものが実在していたくらいに。
だがそれも過去の話……と言えれば良かったのだ。
ああ、そうなのだ。
本来百年、二百年の時をかけてゆっくりとこれらの悪習を消し去りながらじっくりと文化を育てるはずだったが、数十年前ミアレシティを中心としてカロスは突然に発展してしまった。
どうしてミアレシティだったのか、と言われれば恐らく二、三十年ほど前に『空港』ができたことに端を発するのだろう。
ミアレ国際空港、と現在呼ばれるその施設の影響でミアレシティの近代化が急速に進んで行った。
それ自体は良いことだったのだろう。
他の地方を知ることでカロスは大きく文明を進化させ、現在では世界でも有数の大地方として世に名を知らしめている。
だが同時に、その急速過ぎる発展についていけたのはミアレシティを含む一部の『発展のための下地のあった』街だけだった。
発展に次ぐ発展にミアレを中心としてカロスが好景気に沸き、それと引き換えにするかのように発展に取り残された田舎街から都会へと若者が移っていき、地域間の年齢格差が急激に増大した。
それは結果的に田舎の方における『かつてのカロスを知る高齢者』の割合が増したことを意味した。
集団が生まれれば多数決をしたがるのが人間の性とでも言うべきか。
若年層の多いミアレシティを中心とした『近代カロス文明』が大都市で生まれると同時に、近代化に取り残された田舎では『旧カロス文明』が以前として残り続けた。
それがはっきりと問題になったのは十数年ほど前の話。
ミアレシティは『空港』の存在によって近代化を推し進めた都市だ。
故に『国際化』には心血を注いだ。結果的に他の地方からの移住者も多く増え、余所者が根付き、そして少しずつミアレの『外』へと流れていく。
カロスは未だに『騎士』や『城』など他には無い文化を残している地方だ。
であるが故に、その文化に触れようと『旅行者』が来ることも多々ある。
だからこそ、その悲劇は起きた。
そのあってはならない事件が。
―――他地方の『異能トレーナー』がとある田舎町で殺されるなんてことが。
* * *
十数年前、カロスにはまだフラダリ財団もフラダリラボもまだ無かった。いや、正確にはあったのかもしれないが今現在知られているような大企業では無かった。
だからこそ、ミアレシティから外へ出た旅行者を誰も捕捉することができなかった。
ましてその中に異能トレーナーが混じっていたなんて誰も気づかなかった。
そのトレーナー自身、カロス地方に来て最初に見たのがミアレシティだったせいで知らなかったのだろう。
ミアレシティの外……旧来のカロス文明を未だに残し続ける田舎において『異能者』がどういう存在なのか、ということを。
好景気に沸いたカロスだったからこそ、それを見落としていた。
かつてカロスに根付いていた悍ましい『悪習』を。
近代化の波は古い文明を駆逐し、新しい文明をもたらした。
新しい文明は国際化の波を飲みこみ、開かれた世界を生み出した。
『異能者』もまた人より少し変わった力が使えるだけの『人』でしかない。
そんな思想が当たり前のように広がっていたのだ。
だから彼らは『古い時代』を忘れていた。
否、正確には理解してしなかったのだ。
発展し続けるミアレと共に生まれ、育ってきた彼らには、発展に取り残された田舎に残された『旧時代の遺物』のような文明に染まった人間が存在するなんて、思いもよらなかったのだ。
結果として、悲劇は起こった。
『異端』の思想を残したカロスのとある田舎町で他地方からの旅行者である『異能トレーナー』が殺された。
それはカロス全土を揺るがす大きな事件だった。
―――とは言え。
「あれが無かったら、私なんて生まれてすぐに殺されてたかもしれないわね」
シキが生まれたのはその事件の数年後だった。
結果としてだがその事件を契機として『旧カロス文明』は少しずつだがカロスから駆逐されていくことになる。
『異端審問』や『魔女狩り』なんて思想が未だに田舎のほうには残っている、という驚愕の事実をカロスの中央で文明開化を果たした中央の人間たちはようやく認識したのだ。
その後、『テレビ』の普及によって田舎のほうの地域にも中央の情報や他の地方の話題が流入し、近代化の波は徐々に広がっていった。
恐らくあと二年か三年、生まれるのが早ければシキは実の親に殺されていただろうし、遅ければシキは今でも生家で産みの親と共に過ごしていたかもしれない。
本当に僅かな差だったのだ。事件のせいで『異能者の人権尊重』の風潮が蔓延するのと旧来から続く『異端の排斥』の思想の均衡が崩れたのは。
「まあその結果が今だっていうなら……それも悪くなかったんでしょうね」
それにいくら言葉を重ねても所詮は『
とにもかくにも、事件を契機としてカロス内での地域ごとの『格差』の是正をすべきだ、という意見が挙がった。
そしてフラダリ財団というカロスの中央から末端まで全てに手を届かせんと言わんばかりの超巨大企業の登場によりその波はさらに広がった。
そして『ホロライブキャスター』というフラダリラボの技術の粋によって作られた最新鋭の携帯機器によって『カロスは狭まった』。
今ではカロスのどこに行っても『ホロライブキャスター』によって常に繋がりを保つことが容易になり、他者からも位置を捕捉することができ、足取りを追うことも簡単になった。
カロス中に人の目が行き届くようになったのだ。
こうしてかつてカロスを騒がせた旧来の悪習は消え去った……。
「となれば良かったのにね」
一人呟き、苦笑する。
いや、本当のところ笑えない事態ではあるのだが、笑うしかないというべきか。
数年前、カロスで『とある団体』が生まれた。
―――異能者の、異能者による、異能者のための人権保護団体。
その名を『クオンの会』と言う。
* * *
例えばの話。
もう決して起こり得ない話。
あったかもしれない可能性の……けれど結局は起こりえないだろう話。
何もしなくてもカロスに蔓延る旧来の『異端排斥』の思想は消えていくだろう。
結局のところ旧来の思想に縛られた人間というのは大概高齢者だ。
このまま世代交代を重ねて行けば近代思想……否、最早現代思想となった今の時代に適合した人間ばかりが増え、異能者もまた結局人でしかないという当たり前の事実に皆が理解するだろう。
このまま、何もしなければ……いずれ消えていく、最早それはその程度の話でしか無かったのだ。
だが最早その未来はあり得ないのだ。
あり得ない未来となってしまった。
『クオンの会』が生まれてしまったから。
『クオンの会』の理念はシンプルだ。
―――異能者を守ること。
それだけ聞けば真っ当な人権保護団体のようだが、その内情は悍ましいの一言に尽きる。
異能者を守る、裏返せば『異能者以外はどうでも良い』と言っており、そしてその通りに行動する。
彼らには社会的規範やルールなど何も関係無いのだ。
『お前たちが規範やルールを無視して異能者を排斥するのだから、自分たちも同様にする』
彼らの言い分は徹頭徹尾これに尽きる。
こんな思想でしかも『異能者』の集団である。
はっきり言ってその辺のテロリストよりよほど性質が悪い。
と、まあこんな過激派団体が生まれてしまったせいでカロスでは現在再び一部で『異能者排斥運動』が勃発してしまって社会問題になっていたりする。
シキがカロスを離れてからもうすぐ四年……いや、五年だっただろうか。
「寧ろもうこっちのほうが故郷って感じするわね」
毎日毎日穏やかな日々。ホウエンは本当に平和な地方だ。
少なくとも異能者だから、という理由でこのホウエンで何か問題が起こったことが一度も無いのだから、こちらで過ごすようになってから本当に驚いたのだ。
そしてホウエンという地を知るにつれて何となくその理由を理解した。
ホウエンは遥か昔から『良くも悪くも』人とポケモンの距離が近いのだ。
伝説のポケモン……グラードンやカイオーガという圧倒的な自然の脅威を知っているからこそ遥か昔より異能者だろうとなんだろうと所詮は『アレに比べれば人の範疇』としか思われていないのだろう。残念ながらカロスの伝説はあそこまで派手に暴れていない。
さらに言うならば近年にもあったように時折自然の脅威として人里に降りてきたポケモンが人を襲うこともあってホウエンでは人であるとか異能者であるとかそんなことに関係のないただ純粋な『力』が求められる土壌があるのだ。
シキの思い人……ハルトはかつてこの平和な田舎町であるミシロタウンから一歩踏み出しただけでポチエナに襲われてエアに助けられなかったらその時に大怪我……ないし死んでいたかもしれない、そんな経験をしたことがあるらしい。
現代においてすらそんな環境なのだ、このホウエンという地は。
カロスでは都市間の道路整備は都市の発展と共に進められており、末端に地域に至るまできちんと整備された道路が通っている……交通量がどれほどかは別としても。
まあカロスほど交通整備された地方も少なくはあるのだが、ホウエンほど整備されてない地方も少ない。
ホウエンより酷い地方などそれこそ最近話に聞く『アローラ地方』くらいではないだろうか。
まあそんな理由もあってホウエン地方は異能者には住みやすい地域だ。
正直シキとしてももうホウエンで生きていくことに全く異論はないのだが。
だが。
「……未練、というよりはやり残し、かしらね」
それでもこうしてカロス地方の情報を集めているのも結局、いつかはカロスへ『行く』ことになるだろうと決めているからだった。
もう何度諦めようと思っても結局胸の内に残った『やり残し』を清算してしまうために。
―――かつて『弟』と呼んだ少年を探しに行くのだ。
というわけで後日談……という名の次回作フラグ。
因みにアンケートでシキちゃんとエアが同数だったけど、ぶっちゃけエアの後日談って本編最終回。
つまり→https://syosetu.org/novel/92269/178.html
をエアちゃん視点で書いただけのものなのでもうシキちゃんだけでいいかなって。
ここから酷い裏話するので見たくない人はブラバよろしく。
ぶっちゃけ言います。
今回の内容全部アドリブで書いたので、今勝手にこの世界におけるカロスの歴史が生えてきました(歴史を作る男、水代
カロスの設定と俺が作った設定の整合性を取ろうとしたら勝手にこうなってた。
今回の内容、カロス編のほうには一切考慮してなかったのに勝手にカロス編の内容が深まってるから煮詰め直しだなあ(白目