自分がこのホウエン地方のチャンピオンとなってから、伝説のポケモンとの戦いに赴く旅へと出るまでには二年の歳月があった。
この間に何をしていたかというと、リーグチャンピオンの権限をフル活用して伝説の復活をポケモン協会に訴えかけたり、そのために準備をしたり、なのだが平行して新しく加入した仲間の育成も施していた。
リーグを勝ち抜くために初期の六体を優先して育成していたため育成が遅れていたルージュと、チャンピオンロードを抜ける過程で捕獲したアースの二体である。
特にアースはガブリアスという実機でも特に強力な種族のヒトガタであり、6V個体という天賦の才が確約された存在である。
元より野生の中で磨かれた強さというのを持っていたアースだったが、さすがに6V個体というべきか、トレーナーである自身の手を加えることによってさらにその力を増した。
育てれば育てるほど順応し、実力を増していくその様にちょっと育成が楽しくなったのは否定しないが。
「勝負しな、エア!」
どうしてこうなったのか……と考えるが、実際には割と予想できていたことではあった。
「良いわよ、どっちが上か教えてあげるわ」
元々ドラゴンタイプ自体が総じてプライドの高い傾向にあり、その中でもガブリアスというのはかなり気性の荒い種族であり、アースはかつてチャンピオンロードの地下に群れていたガブリアスたちの頂点に立つ存在だった。
ありていに言えば『ぬし』となるポケモンだったのだ。
600族、ドラゴンタイプ、性格いじっぱり、6V、ぬしポケモン。
これだけ並べれば最早役満である。
そしてエア……つまりボーマンダという種族もまた相当に荒っぽい種族であり、ガブリアスと同じドラゴンタイプ。
さらに元が自分のパーティのエース……つまり中核としての自負と誇りを持っている存在だ。
600族、ドラゴンタイプ、性格いじっぱり、6V、エースポケモン。
やっぱりこっちも役満である。
チャンピオンロードで自分はアースを降して捕獲した。
つまり自身の率いる
つまり自身のパーティという名の群れの序列に加わる以上、性質的に『上位者』であるアースが群れの頂点を取ろうとするのは当然と言えば当然なのかもしれない。
というわけでこの二匹を同じパーティに入れたなら、衝突するのはある種の必然であった。
強いポケモンを従えれば強いパーティができる、と安易に考えるトレーナーは多い。
だが強いポケモンというのはそれだけ『格』がある。当然そこにはその格に相応しいだけのプライドというものがあり、そのプライドを抑え込んで統率するためにはトレーナー側の資質が求められる。
これを勘違いすると、パーティがあっさりと崩壊する。
挙句に逆上した自分のポケモンに害されることにすらなるのだ。
故にドラゴンタイプというのは非常に危険な存在と言われる。
『ドラゴンつかい』と呼ばれるトレーナーがいるが、そのタイプを専門とするトレーナーが存在するほどに扱いが難しく、間違っても素人が手を出してよいポケモンではないのだ。
比較的気性が穏やかと言われるヌメラ種ですらしっかりと統率していないと悪意なくトレーナーを殺しかねない事態に発展しかねないのだ。
まして気性が荒い他のドラゴンの場合、猶更だ。
正直自分だって今から生まれたばかりのドラゴンタイプを育てろと言われるとかなり難儀することは間違いない。
エアと長年共に過ごしているからこそある程度のノウハウはあるが、それを差し引いてもドラゴンというのは強力で、高慢なのだから。
アースをパーティに加えるか否かというのはある種、かなり重大な問題だった。
6Vガブリアス、そんな能力的には既存のポケモンの中で最強格であることが保証されたポケモン、当然使いたいに決まっている。
何せ目下仮想敵としているのは伝説のポケモンなのだ。
実機のようなレベル40の下手したらクリア後に出てくる隠しマップの野生のポケモンより弱いような伝説のはずが無いのだ。
伝説に語られるだけの力を持つ正真正銘の怪物たちを相手に、戦力はどれだけあっても足りない。
だが自身の……ハルトのパーティというのはトレーナーとポケモンの『絆』の力で勝つパーティだ。
それは単純に自分とポケモンの間だけにある絆だけではない、ポケモン同士の絆もまた必要なのだ。
エアは自らをパーティの中核と自負している。
けれど同時にエアは他の五匹を対等の存在だと思っている。
パーティという一つの力を構成するための要素の一つ。
エースという敵を倒すための役割が自身であり、けれど同時にそれ以外の役割は他の五匹が担っていることをエアは理解し、信頼して任せている。
だからこそエアは
アースはそれを理解していない。
否、正しく言えばアースの在り方はエアとはまた異なるものである。
アースのパーティの在り方は自らを頂点に置くトップ態勢。
自らこそが最強であり、自らこそが絶対であり、だからこそ自らが矢面に立って仲間を守る。
その在り方は決して悪い物ではない。ただ自分のパーティとかみ合わないだけで。
例えばエース一点積みのバトンパならアースのやり方は決して悪いものではない。
エースに全て積みあげて、エースが全抜きを目指すスタイル、これはある種アースの理想とするあり方なのかもしれない。
だが自身のパーティはそうではないのだ。
俺が最後に頼るのは
けれどだからと言って最後までエースを勿体ぶって温存するようなそんなパーティではないのだ。
先手で暴れて仲間に後を託して倒れる。
そういうのも一つの在り方なのだ。
エアならやってくれる、俺がそう言えば、そう指示すれば、エアは分かった、と言って頷く。
そこには信頼がある、俺への信頼。そして自分が散々暴れ回って後を楽にしておけば、後のことは仲間たちがやってくれるという仲間への信頼。
それは今のアースには無いものだった。
* * *
“しゅくち”
マッハポケモンの名の通り、強烈な蹴り脚で一瞬で間を詰める。
同時に振り上げた短刀を眼前へと迫ったエアへと振り下ろす。
“ファントムキラー”
「甘い、のよ!」
ぱしん、と滑らせるように片手で払われ、軌道を変えられた一撃は少女から逸れ。
“らせんきどう”
どん、と振り上げられた足で腹を蹴られて詰めた距離を僅かに開けられる。
けれどそれだけで十分とばかりにエアが後方へと飛び退り、さらに距離を開いて。
“スカイスキン”
“ガリョウテンセイ”
虚空を蹴り飛ばしながら加速、さらに蹴って加速、加速、加速、加速!!
捻じれの回転を加え、弾丸のような速度で開いた間を詰めながら体ごとの衝突に跳ね飛ばされる。
「ぐっ! がああああああ!」
「喧しいわよ!」
“じしん”
ふわり、と一瞬浮かび上がり、振り下ろされた両の足が大地を踏みしめると同時に衝撃が広がり、アースの足元を揺らす。
よりにも寄ってアースの最も得意とする技で足場を揺らされる、それがエアの挑発だと理解して。
「お、ま、えええええええええ!」
“ファントムキラー”
「だから、甘いのよ」
“りゅうせいぐん”
怒りに任せて真正面から突っ込むアースに対して、真上に向かって突き上げた手から放出した圧縮された『ドラゴン』タイプのエネルギーが流星となって降り注ぐ。
馬鹿正直に真っすぐに突っ込んできていたアースにこれを避ける術はなく……。
「な、め、るなああああああああ!」
手にした短刀で降り注ぐ『りゅうせいぐん』を切り払う。
咄嗟に技を迎撃に回すそのセンスはさすが、と思いながらも迎撃のために止めたアースをエアが見逃すはずもなく。
“らせんきどう”
“スカイスキン”
“ガリョウテンセイ”
虚空を蹴って加速するエアの姿にアースが気づいたのは、すでに目前まで迫ってきた時だった。
「て、め!」
「もう遅いわよ!」
短刀で防ごうとしたアースだったが、迎撃に必要なだけのパワーを集めるより早くエアの一撃がアースに刺さり、アースが吹き飛ぶ。
地面に二度、三度と激突し、跳ねながら転がるアース。
さしものタフネスもこれでお終いか、と思われたが……。
「まだ……だ!」
全身をふらつかせながら、膝を揺らしながら、それでもアースが立ち上がる。
「まだ……やれるよ、アタイは」
「はぁ……しつこいわね、アンタも大概」
エアが嘆息しながらアースを見やり。
「馬鹿、言ってんなよ……ふ、ひゃひゃひゃぁ」
笑みを浮かべながらアースがその手に琥珀色をした石を持つ。
「こっからが本番だろ」
―――呟きと共に、石が光を放った。
* * *
「懐かしい話を持ちだすんじゃねえよ、ボス」
少し気まずそうな表情でアースが頬を掻いた。
自宅にて実家から運んだ荷物の整理をしていた時、ふと昔のアルバムを見つけたので開いたのだが、ちょうどそのページに入っていた写真が、一年半ほど前、エアとアースが戦った時のものだった。
「いくらアタイがゲンシカイキしたからって、向こうだけオメガシンカされたらさすがに無理だわ」
というアースの愚痴にも似た言葉の通り、写真にはエアに叩きのめされて目を回して気絶するアースが写っていた。
「結果的にあれがあったからアースはうちのパーティに入れても問題なくなったんだし、これも良い記念ってやつだよ」
「まあ……それはねえ。タイマンで負けたってなれば、アタイだって認めざるを得ないさ。エアのやつがこのパーティのエースだって」
実際のところ、ひたすらにタイミングの問題だったと思う。
恐らくリーグ開始前に戦ったらエアですら勝てなかったかもしれない。
だがリーグを勝ち抜き、数々の強敵と戦い、あのメガメタグロスすらも勝利したことでエアのデータ的には映らない部分での強さというのが磨かれたと思う。
そのデータ的には見えない部分こそがエアとアースの勝敗を分ける要因だったと思う。
「エアがバトルできなくなった以上、アースが俺のパーティのエースになるわけだけど」
「分かってるさ……アタイはエアじゃない。エアみたいなやり方はできない。だからアタイはアタイのやり方でやらせてもらうさ」
「本当はもうトレーナー業に励む気も無かったんだけどね」
「その結果がこの間のアレだろ?」
「うっ」
この間のあれ……そうあれである。
シキとの旅行先でうっかり迷い込んだ異空間のアレ。
「なんで旅行に出たはずなのに伝説のポケモン連れて帰るのかね、ボス?」
「何でだろうね???」
成り行き、としか言い様がないのだが、自分でもなんであんなことになったのか良く分からない。
「アイツのこと、ボスはどうする気なんだい?」
「アイツ……デルタのこと? どうする気も無いよ。アルファやオメガと同じ、問題を起こさないなら特に何か言う気はないよ」
「すげえ光景だよ、家のリビングに伝説のポケモンが三体並んでるのは」
そう言いながら視線をやった先には、居間でソファに寝ころびながらクッションを抱いて寝る
「伝説の……ポケモン?」
「平和で良いじゃん」
「なんつうか、デルタは思ったよりあれだったね」
「ああ、うん……まあ今まで気を張ってたせいか、反動でだらけてるみたいだね」
ふーん、と特に興味も無さそうにアースが視線を彷徨わせて。
「ぶっちゃけ、戦力って意味ならこの家過剰じゃね?」
「言うな」
「いや、実際あの三体いればホウエンくらい軽く滅ぼせるよな?」
「滅ぼせるけど、それ言っちゃダメなやつ」
「ま、良いけど」
呟きながらアースが立ち上がる。
「どっか行くの?」
「ちょっと体動かしてくる……あいつらがいるかって、アタイが弱くて良いなんて理由は無いしね」
「お前はそういうとこストイックだよなあ」
そんな自分の言葉にアースがふっと笑い。
「アタイだって、失くしたくないと思う物があるのさ」
呟きながら真っすぐとこちらを見つめるアースの視線にたじろぐ。
「な、何?」
「いや……ただ、もう勝手にいなくならないでくれよ、ボス。アンタは間違いなく、アタイのトレーナーなんだから」
それがこの間の旅行の時の件を言っているのだと理解し、思わず頭を掻いた。
「事故だったんだよ。ホントもう許してくれよ。エアとルージュからも怒られたし、シアとイナズマからは本気で心配されたし、シャルは泣くし、チークが真顔で見てくるし、リップルは監視でもするみたいにこっちの一挙手一投足じっと見てるし、サクラは引っ付いて離れないし、アクアからは窘められるし」
「そんだけみんな心配したんだよ」
「アースも?」
思わず問うてしまったその言葉に、アースがむっと顔をしかめ。
「当たり前だろ、ボス」
呟いたその言葉は不機嫌そうではあったが。
「……そっか」
何だか嬉しくなってしまったのは仕方のないことだろう。