「ハルト、少し休まないか?」
ある日、父さんが自身にそう言った。
「…………ん、じゃあちょっと休憩しよっか」
朝からずっとバトルしてるし、リップルも少し疲れている様子なのでポケモンセンターに行って、一、二時間くらい休憩を挟んでまた昼から…………。
「いや、そうではなくてだな」
どこか呆れたような表情で父さんがため息を一つ。
「あのな、俺がお前にここに来るように言ってからどれだけの時間が経ったと思う?」
「え? えーっと、あれがあの日でこれがこの日で…………」
指を折りながら日を追っていき。
「だいたい一か月くらい?」
一日一匹のレベリングを六人一サイクルでこれが五週目だからそのくらいのはず。
「そうだ、一か月だ…………毎日毎日ジムに来て、一日中バトル。母さんは好きなようにさせてあげればいいと言うが、さすがに俺も黙っていられん」
そうか、もう一か月にもなるのか、としみじみ。
「そうじゃないだろ…………どこで育て方を間違ってしまったんだ」
「割と昔からこんなもんじゃなかったっけ…………?」
問われ、父さんが数秒思考し。
「それもそうだな」
納得したように頷く。
「あはは、そうだよね」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、そういうことで」
「ダメに決まってるだろ」
さっさと退散しようとした自身の肩を掴んで、引き止める。
「毎日バトル、バトル、バトル。子供のころからそれじゃあ、ダメだ。少しは外で遊んでこい」
「えー…………」
「駄々捏ねても駄目だ、人の親として許さん」
「うーん…………そうだねえ」
一か月も毎日戦いっぱなし、と言っても毎日一人ずつなので一度やると五日は暇ができるのだが、その暇も訓練させて費やしているし、確かに余り遊ばせていなかったかもしれない。
「それに」
ふと父さんが声音を変えて言う。
「最近ハルトが余り家にいないと、母さんが寂しそうだしな」
「う…………それは」
母親を楯に取るとか、酷い…………いや、酷いのは今の自分の生活なんだろうけれど。
確かに、そろそろ頃合いと言えば頃合いである。
毎日毎日戦っているが、こちらのレベルの伸びは良くとも、向こうはそうではない。毎日戦っていても、相手をころころと変えているため一人辺りの戦う時間が短い。自身だけが常に戦っているような状況である。
当初最高レベルが50代、60代だった彼らもいつの間にか70代となっている。
だがこちらはすでに全員が80レベルを超え、ここのジムでは伸びしろのようなものが見えなくなってきているのも事実だ。
実機だった時と違って、この世界で厄介なのは。
レベル差で経験値に補正がかかってしまうことだろう。
要するに、自分より格上の相手と戦っても、レベル差があると経験値獲得量に減算がかかってしまう。
つまり、自分と同じか格下でも…………
僅かにならば経験値はある、微量程度だが塵も積もれば山になる、かもしれない。
だが効率を考えるならば悪すぎる、の一言に尽きる。
そう考えれば、そろそろ潮時と言えるのかもしれない。
100には届かずとも、それでも相当な高レベルなのは確かだし、この世界のトップクラスは割と100レベルがごろごろといるのであまりレベルを過信してはならないが、それでもまだ時間はある、あとはゆっくりと上げていけばいい。
そうなれば、そろそろ次の段階へと移るべきだろう。
そして、その前に一旦全員を休ませるのも良いかもしれない。
「そうだね…………次何をするかはともかく、一度休ませてあげようかな」
「お前も、だぞ…………ハルト」
「はいはい…………分かってるよ、父さん」
苦笑しながら頷いた。
* * *
「あ、ハルトくん、おはよー!」
「おや、ハルトくん、おはよう」
「おはよーハルカちゃん、おはようございます、博士」
翌日、研究所に行くと、ハルカと博士がいた。
「今日はどうしたんだい?」
「一緒にフィールドワーク行く?」
「行かない行かない、実は三日くらいミナモシティに行くことになったんで、お誘いしにきまして」
「ミナモシティ?」
「ミナモシティ!」
疑問形なのが博士で、感嘆符ついてるのがハルカである。
「最近ちょっとジムに通ってばっかりなので父さんがたまには休めって」
「「…………ああ~」」
二人して納得したように頷かれた。
それほど酷かったのだろうか、自分。
「それで、父さんがカイナから出る船のチケットを予約して」
因みにゲームでもちゃんとあります、殿堂入りしないと使えないけど。
「折角だし、久しぶりに家族三人で旅行行こうと言うことになって、だったらお隣さんも誘ってみたらどうだろうと誰からとも無く言い始めて」
それで、自分が誘いに来ました。
そんな自身の言葉にオダマキ博士が少し考え、ハルカがぱぁっと目を輝かせた。
「お父さん、あたしちょっと行ってみたい」
そんなハルカの言葉に、博士が苦笑いして。
「仕方ないなあ…………そうだね、私たちもたまにはいいかもしれないね、少し予定を確認してセンリくんと話を合わせておくよ」
そんな博士の言葉に、やった、と拳を握るハルカが印象的だった。
「あ、それと、だね…………ハルトくん」
用事も終わったのだし、研究所からさあ帰ろうか、とその時。
オダマキ博士が自身を呼び止める、何事かと振り返り。
「例の物、もうすぐ用意できそうだよ」
その言葉に、ぱぁ、と顔を輝かせた。
* * *
ゲームだと“そらをとぶ”などのわざは旅をするトレーナーだけが使用していた。
だが当たりまえだが、街と街を繋ぐ街道の道が自然そのままのこの世界でまともな自動車など早々普及するはずも無いし、船も特定の街にしか港が無い以上。
ポケモンを使った航空手段などと言う便利なものが商売に絡まないはずも無い。
空が降り注いできたのかと一瞬思ってしまった。
青い体とそれを包み込むような白い綿毛。
通常が1mほどのサイズの種族にも関わらずその巨体はどう見積もっても10mは優に超す。
「…………でっか」
通常種の10倍以上のサイズのチルタリスが空を舞って降りてきた。
「はーい、チルタリス便をご利用くださりありがとうございます、お客様の騎乗を確認したら飛びますので、ゆっくり安全に騎乗くださいねー」
チルタリスの頭に乗ったトレーナーらしき男性がそう告げると、チルタリスが体を揺さぶり、背中からころころと縄梯子が降りてくる。器用なものである。
そのままチルタリスが膝を折ると、その巨体が一気に地上へと近づく。背中まで2,3mくらいだろうか。これくらいならまあ普通に登れそうだなあ、と言う高さ。
「よし、では行くか、ハルト、落ちるなよ? ハルカちゃんも、気をつけてね」
「あらあら、この歳になってまさかこんな体験できるなんてね」
「はいはい、分かってるって…………まあ落ちそうな人がいたらエアに助けてもらうよ、いざって時はよろしくね?」
「いいからさっさと乗りなさいよ…………全員乗ったら私も上に行くわ」
「うわーすごいすごいすごい、凄いよお父さん!」
「本当に、これは見事なものだね! 是非研究してみたい」
「もう二人とも、今日くらい研究のことから頭を離しなさいよ、全く」
それぞれがそれぞれの個性を出しながらチルタリスに上って行き、最後にエアが全員昇ったことを確認して飛びあがって来る。
「おかえり、それとお疲れ…………飛行中はちょっと入っててね」
「はいはい、了解よ」
相変わらず腕組んで偉そうな幼女だが、ちゃんとこちらの言うことを聞いてくれるので、その程度は別に良いだろうと思う。
背中には鞍と座席のようなものがあって、なんだかジェットコースターか何か乗っているようなドキドキした気分だったのは自分だけではないようで、他のみんなもいつもより少しだけテンション高く、はしゃいでいた。
そうこうしている内に、トレーナーが確認を終えたのか、チルタリスの頭の上から。
「はい、それでは皆様騎乗されたようですので、これよりチルタリス便、出発いたします」
そう告げると。
チルタリスが立ち上がる。
ぐんぐんと遠くなる地上の景色に驚きながら。
「それでは、カイナシティに向けて出発です」
ぐん、とチルタリスが羽ばたくと、風が巻き起こり、その巨体が一気に上昇する。
ぶん、ぶんと羽ばたく度にさらに地上が遠のき。
「それでは、良い空の旅を」
その言葉と共に、チルタリスが空を舞った。
* * *
「やっぱ、今からヒワマキシティいってこようかなあ」
「止めんか、バカモン」
空を飛ぶ感覚っていいなあ、なんて想いながらふと呟いた一言だったが、目ざとく…………耳ざとく? それを聞きつけた父さんによって邪魔される。
「あはは、ハルトくんは活動的だよねー?」
「あはは、ハルカちゃんには言われたくないなー?」
笑顔で告げるハルカに思わず笑顔で返す。
「キミたち仲が良いね」
そんな自身とハルカを見て博士が笑う。
カイナシティは以前一度だけ来たことがある。
「相変わらずおっきな街だねえ」
カイナ、ミナモはホウエンで数少ない港がある街だ。
ホウエンの経済の中心と言ってもいいかもしれない。
純粋な商業で言えばキンセツ、カイナは研究、ミナモは観光方面にやや傾いているが、それでも人や物が集まるホウエンでも指折りの都市であることには間違い無い。
ゲームも広さはあっても、建物が少なくどうにも余白が多い印象だったが、現実ではその余白を次々とマンションやビルが埋めていって、前世の東京にも似た街並みを呈している。まああれほどの大都会と比べるには、自然が多すぎる気もするが、その辺りはホウエンならではと言ったところか。
「アナタ、船の時間、大丈夫?」
「ああ、まだ二時間くらいは余裕があるしな、みんなで何か食べて行こうか?」
時刻は午前十一時半と言ったところか。確かにそろそろお腹が空いてきた時間帯でもある、子供の体は意外と燃費が悪い、成長に栄養を取られるからだろうか。しかも若さか消化は早いので、すぐにお腹が空く。
何か食べるか、なんて尋ねられれば、思わず腹の音が鳴る。
「ちょっとお腹空いたかな」
「みたいだな…………何かその辺で食べようか」
くすり、と父さんと母さん、それにオダマキ家の面々も笑い、近くの喫茶店へと入る。
と、その時。
「ん…………?」
視界の端に、何か赤いものが見えた…………気がした。
「どうした、ハルト?」
「え…………いや…………気のせい、かな?」
どこかで見覚えがあるような気がしたのだが。
まあ多分気のせいだろう。
この時はそう片づけてしまった。
それが気のせいではないと気づいたのは、ミナモについてからだったのだが。
* * *
船。豪華客船、とは言わないが、まあ一般人が気軽に乗れるフェリーのような類ではないのは確かだ。
『本日も旅客船タイタニック号にご乗船くださり、まことにありがとうございます。この船はカイナシティ発、ミナモ行き。乗船時間は八時間を予定しております』
「この船沈まないかな、大丈夫?」
「一体何を言ってるんだ? 沈むわけないだろう?」
「はっはっは、ハルトくんは時々よく分からないことを言うね」
なんてやり取りをしながら、船に乗る。
家族ごとに部屋を取ったらしく、それなりに広い部屋の中にベッドが三つ。
けっこう行き来に時間がかかるので、船内で眠ることもできるらしい。
「それで、ハルトは…………」
「あーうん、この子たちに何か食べさせてくるよ」
呟きつつ、腰のボールを次々と外して、中のポケモンたちを出す。
「お腹空いたわ」
「もう、エアってば…………すみません、マスター」
「あうう…………ボクもお腹ペコペコです、ご主人様ぁ」
「カリカリカリ…………カリカリカリ…………」
「ちーちゃん、無言でオレンのみを齧り続けるのやめようよ、お腹空いたのは分かったから」
「んふふ~何か美味しいものあるかなあ~、リップルは楽しみだよ」
「ホント濃いわね…………アンタの手持ち、私も行っていいの?」
上からエア、シア、シャル、チーク、イナズマ、リップル、ルージュである。
因みにだが、トレーナーは別に連れて歩けるポケモンの数は6体だなんて制限は無い。持てるならいくらでも持っていい。ただし、トレーナー同士でバトルする時に使えるポケモンの数が最大6体と言うだけの話だ。
以前にエア、シア、シャルとは割とよく話したので、これを機にチーク、イナズマ、リップル、ルージュとも時間を取って話をしてもいいかもしれない、なんて想いながら。
「いつの間にか、増えたなあ…………本当に」
遠い目をしながらこちらを見る父さんと。
「あらあら…………女の子ばっかり、やるわね、ハルちゃん」
楽しそうにこちらを見つめる母さんに。
「それじゃ、行ってくるね」
一言挨拶して、喫茶店で常時自分たちにも食わせろとボールを揺らしてきた食いしん坊たちを連れ、部屋を出た。
この旅行が終わったら一応二章は終了。
ついに三章突入予定。
ただし三章が12歳とは限らないが(