ポケットモンスタードールズ   作:水代

30 / 254
わんぱく少女のせんちめんたる

「なんでもいい…………いちばんになりたいのサ」

 寂しそうに、少女がそう言った。

 

 

 船、と言われると初代ポケモンのサントアンヌ号を思い出すが、まあこう言うたくさんの客を乗せる船ではよくあるパターンだが、船の中でトレーナー同士が戦闘していたりする。

 

 ゲームでは良く、個室で突如戦闘が始まったりしていたが、現実にはそんなことあるはずがない。と言うか割り当てられた自分の個室以外を行き来するなど、普通はしない。

 

 だからトレーナー同士が戦うことのできる専用のルームが船内にはある。ポケモンと言う人の隣人がいるこの世界ならでは、と言った文化だろう。

「おー、やってるね」

 バトルルームと銘打たれた部屋は、バトルができるようにとかなりの広さがあり、廊下や隣室からでもガラス張りによってバトルの様子を見ることができるようになっていた。

 

 因みに隣室はレストランだ。食事をしながらバトルを見物できるとあって、割と人気はあるらしい。

 自身を入れて八席、確保するのに苦労した。主に待ち時間の間、エアを抑える意味で。

 

 全員が己々好きな料理を注文し、ウェイターが下がって行くと、視線をガラス張りの向こう側へと向ける。

「見た事の無いポケモンですね」

 紫色の体を持つ翼膜のついたサソリのようなポケモンを指してシアが呟く。

「あれはグライガーだね」

 そのポケモンの名…………グライガーのことを告げると、シアが珍しそうに目を瞬かせた。

 

「じゃああっちは?」

 別の場所で行われているバトルをエアが指さしたのは、そのうちの片方…………腹巻巻いたオッサンみたいなウサギっぽいポケモン。

「ホルードだなあ…………けっこう強いよ、ちゃんと育てれば」

 XYシリーズだと割と序盤に普通に進化前のホルビーと言うのがいるのだが、特性“ちからもち”があるので攻撃に回してもかなり強い、じめん版マリルリみたいなポケモンだ。

 特に『ぶつりわざ』の威力を2倍にする特性“ちからもち”、そして『じめん』タイプと言うこともあり、タイプ一致で放つ“じしん”がとにかく強力だ。他にも“じしん”の通用しないひこうタイプなどを相手に“いわなだれ”や、威力が高い“ばかぢから”なども覚える。他にも『ノーマル』タイプもあるので“おんがえし”の威力が跳ね上がったり、“つるぎのまい”や“こうそくいどう”も覚えるので、物理アタッカーとしては中々に優秀だ。

 

 ただ問題が一つあるとすれば“ちからもち”は夢特性なので普通に草むらを歩いているだけでは出ないことだろうか。

 ヤヤコマと言い、ホルビーと言い、XYの序盤に出てくるポケモンはどうして夢特性があんなに強いのだろうか。

 

 まあそれは置いといて。

 自身説明にエアが納得したように、ふーん、と呟き。

 

「ねえトレーナー」

 ふと、チークがバトルの…………とある一点を凝視しながら呟く。

「…………なら、あれは?」

 そうして、チークの視線の先を見て。

 

 小型洗濯機に目がついたようなそのポケモンを見て答える。

 

「ああ、あれか…………珍しいな、ホウエンで持ってるトレーナーがいるなんて」

 

 有名、と言えばかなり有名だろう、少なくとも対戦していれば絶対に一度以上は目にするはずだ。

 受け、起点作りとしてこれ以上ないくらいに便利なそのポケモンの名は。

 

()()()だよ」

 

 

 * * *

 

 食事を終え、船内で各自自由にしていいぞ、と言うと真っ先に飛び出していったのがチーク。それから風を浴びてくると甲板へ向かったのがエアで、シア、シャル、イナズマ、リップルは部屋にいるらしい。

 では自身も部屋に戻るか、と考え。

 

 ふと、気づく。

 

「あれ…………? 財布どこやった?」

 いつの間にかポケットに入れていたはずの財布が消えていた。

 レストランで料金を払ったところまでは覚えているのだが…………。

「困ったなあ、あれけっこうお金入ってるから探さないと」

 以前のレベリングでトレーナーを大虐さ…………バトルをしまくった副産物として賞金もけっこうもらっていたので、六歳児としては破格の重さを誇る財布である。

 正直、ミナモで買いたいものもあるので、失くなったのはさすがに困る。

「…………探そっか」

 呟き、元来た道を帰ろうとして。

 

「へーいへーい♪ デデデ♪ デデンネ~♪」

 

 進行方向から調子っぱずれな歌が聞こえてきた。

 

「アチキは~可愛い可愛いデデンネさ~♪」

 

 一体誰が、なんて思う間も無く自分から正体を歌に乗せて全方向に乗せてバラしていっているバカに思わず額を抑える。

 

「ぷりてぃ~ぷりてぃ~デデンネちゃーん♪」

「おい、チーク」

 

 やってきた少女に思わず声をかけると、少女、チークがこちらに気づいて、にかっと笑う。

 

「おー、トレーナーじゃないさネ」

「おーじゃねえよ…………別に隠せ、とは言わんが、余りヒトガタであること吹聴するなよ」

「シッシッシッシ、こりゃ失敬」

 ぺちり、と自身の額に手を当てて笑うチークに、思わずため息を吐く。

 

「トレーナーはこれから部屋に戻るところかイ?」

「そう思ってたんだけどな…………どうもどっかで財布失くしたみたいでな、探しにいくところだ」

 そう告げると、チークがぽん、と手を叩いて快活に笑う。

 

「猫の手、合いの手、鼠の手♪ 探し物なら私にお任せさ、トレーナー♪ まあアチキはネズミじゃーないけどネ?」

 

 ニシシシ、と笑いながらそんなことを言うチークに、頼っていいものか、と思いつつ。

「まあ、だったら頼むわ」

「シッシッシッ、お任せさネ、トレーナー」

 

 そうして二人で探すこととなった。

 

 

 * * *

 

 

 結論だけ言う、割とあっさり財布は見つかった。

 

「まさかトイレにあったとはなあ」

「ニシシシシ、トレーナーってばアチキみたいな可憐な美少女をどこに連れ込んでるのサ」

「お前が勝手についてきたんだろう」

 いくらポケモンでも見た目だけなら人間とほぼ同じなのだ、身長百前後の外見からして十にも満たない小さな少女がいきなり男子トイレにやってきたら割と誰でも驚く。

 

 ぷらーん、ぷらーんと、そのお尻から生えた尾を揺らしながらチークがご機嫌そう歌う。

「ほーらほーら♪ デッデデー♪ デデンネ~♪」

「と言うか何なんだその歌」

 そう尋ねれば、歌うのを止めて楽しそうに笑って答える。

「にひっ、アチキ作詞作曲アチキのテーマソングさ♪」

 また意味の分からないことを、と思いつつ、ぴこぴこと動くその耳に思わず目を取られる。

「んー? トレーナーに視姦されてるような気がするネ」

「人聞きの悪いこと言うな、このバカ」

 ぽかり、と自身よりも低い位置になるその頭のゲンコツを落とすと、にひひっ、と少し涙目になりながらもチークが笑う。

 

「ていうかその耳と尻尾って本物なのか?」

 

 基本的に今まで出会ったヒトガタの中で、そう言ったものが生えていたやつがいなかっただけに、少し気になった。

 

「これかい? やだなあ、ただの付け耳と尻尾だヨ?」

 

 そう言う割りに…………耳と尻尾が動揺しまくるようにピコピコ揺れている。顔は全然笑顔で、一分の動揺も見られないのに。

 耳と尻尾は感情に素直なのだろうか?

 

 なんてそんなことを考えながら、ぴこぴこと動く耳と尾を見つめていると。

 

「やだなートレーナーってばア。いくらアチキが魅力的だからってそんなに見つめないでよネ。アチキにはイナズマっていう心に決めた人がいるんだからネ」

「お前もイナズマも女だろ」

「あれ? そうだっけ? にひっ」

 

 すっ呆けたような顔で笑うチークを見て、ふと呟く。

 

「お前、いつも楽しそうだな」

 

 瞬間()()()()()()()()()()()

 

 顔は確かに同じ笑みを浮かべているのに、ほんの一瞬でそこに宿っていた感情が霧散しているように感じた。

 

「…………チーク?」

 

 思わず呼んだ少女の名に、けれどチークは答えない。

 数秒、互いに沈黙が続き…………やがて、少女が口を開く。

 

「楽しそうにしないと、溢れちゃいそうなんだよ」

 

 徐々に崩れていく笑み、そしてその後に残ったのは。

 

「酷いよトレーナー…………()()()は頑張って隠してたのに、なんてこと言うのさ」

 

 焦燥、不安、悲しみ。

 

「見ないでよ、こんな()()()、トレーナーにもみんなにも見せたくないから」

 

 様々な負の感情がない交ぜになり、けれどどれもはっきりとした形にならず、抑え込んでいる。

 

「だから」

 

 そんな。

 

()()()()

 

 苦しそうな表情。

 

 

 * * *

 

 

()()()

「っ!?」

 

 なんの躊躇いも無く、そう告げた自身に、チークが驚いた顔をしてこちらを見る。

 そんなチークを無視して、その手を取り…………抱き寄せる。

 まるでダンスとかバレーとかでやってそうな、ポーズだなあ、なんて思いながら。

 

「お前が苦しいのなら、お前が辛いのなら、お前が痛いのなら、お前が焦るなら、お前が悲しむなら」

 

 背に回した手で少女を押し、ぎゅっと胸の中に抱く。

 

「それをどうにかしてやるのが()の役目だよ…………だから、見ないフリなんてできるはずがない」

「…………………………」

「言ってみろ、言いたいことは全部、吐きだしちまえ」

 

 どうせ、ここには俺らしかいねえんだ。

 

 周囲の廊下には誰もいない。昼食時は過ぎたし、みんな部屋に戻って休んでいるか、娯楽エリアのほうへ行ってしまって、個室エリアのほうには人が少ないようだった。

 

 チークがしばらく自身の腕の中で沈黙し…………やがてその重い口を開く。

 

「さっきのロトム、覚えてる?」

「…………ああ」

「どう思った?」

「優秀な受けだな…………起点作りにも使えるし」

 

 実際その性能故に対戦では、特に6:6方式ではかなりの割合でいた。

 

「わたしは…………悔しかったよ」

 

 自分よりもよっぽど優秀で。

 

「見ていて辛かった」

 

 自分にはできないことをいともたやすくできて。

 

「苦しかった」

 

 だったら自分なんかより、あのポケモンがいたほうがよっぽどトレーナーの役に立つ。

 

 そう思ってしまったから。

 

「ロトムだけじゃないよ。今まで戦ってきたトレーナーの中に、わたしと同じ役割でわたしよりよっぽど役に立つポケモンなんていくらでもいた」

 

 でんきタイプに限らなければ、起点と受けと両方こなせるポケモンなど、割と多い。

 その中でチーク…………デデンネにあえてこだわる必要のある特筆する性能と言うのは、そう無かったりする。

 

 故に。

 

「必要性が無いことが怖い、わたしでなければならない理由が無いのが怖いよ」

 

 だってそれは。

 

「わたしよりも優秀で、同じ役割をこなせるポケモンがいれば」

 

 その時は。

 

「わたしは必要無くなる」

 

 それが怖い…………それに何よりも。

 

「そんなはずないだろ」

 そう告げる自身にチークが泣きそうな笑みを浮かべる。

「お前以外を使う気なんて無いぞ」

 そう告げる自身にチークが泣きそうな笑みを浮かべる。

「お前だけだよ」

 そう告げる自身にチークが泣きそうな笑みを浮かべる。

 

()()()()()

 

 チークが笑う、涙を流しながら、それでも笑う。

 

「トレーナーは優しいから、だからわたしが役立たずでも使おうとする」

 

 だから怖いのだ。

 

「トレーナーの役に立てないのが怖い」

 

 そしてその結果。

 

「わたしのせいでトレーナーが負けてしまうことが…………何より怖い」

 

 優しすぎるから。

 

 こんな自分なんかにこだわって、他のもっと優秀なポケモンたちを使おうとしない。

 

 そんな優しさは、酷く辛いのだ。

 

 痛いのだ。

 

 苦しいのだ。

 

 エアはパーティのエースだ。そう自負しているし、それを誰からも認められている。

 

 シアは守りと攻撃両方を熟せる器用なやつだ、『こおり』タイプと言うのは色々な相手に刺さるので使い勝手が良い。

 

 シャルは素の火力ならパーティで一番高い、しかも回避を上げて一方的に相手を叩く戦術もある。

 

 イナズマはある程度守りを固めれるし、いざとなれば特殊アタッカーとして色々な相手を相手どれる。『でんき』タイプのアタッカーはパーティには彼女だけなので汎用性の高さから使用するトレーナーの多い『みず』タイプと有利に戦える。

 

 リップルは要塞だ。“とける”で低かった『ぼうぎょ』も補強できるし、元々の『とくぼう』の高さは飛びぬけている。ゴツゴツメットで攻撃することもなく相手を削れるし、“ねむる”で回復でもこなせる、パーティの守備の要。

 

 チークは…………どうだろう?

 高い『すばやさ』で相手をマヒさせ、あわよくば“あまえる”などで相手の攻撃力を落とし、安全に味方を戦闘に出すのが役目。

 

 けれど、実際のところ、最初の攻撃で落とされることも多い。

 

 チークの弱点タイプである『じめん』タイプは、多くの物理アタッカーが『じしん』を積んでいるので非常に色々な相手に刺されるのだ。

 『ぼうぎょ』に努力値は振られていても、それでも元々の種族値の低さを考えればどうしても耐えきれないこともある。

 

 例えばの話。

 

 これがロトムなら…………そもそも特性“ふゆう”のお蔭で“じしん”を含め全ての『じめん』タイプわざを無効化できる。

 種族値を見れば『ぼうぎょ』も『とくぼう』もチークより遥かに高く、生存率も高いし、“おにび”や“ボルトチェンジ”など便利なわざもたくさん覚える。

 何よりフォルムごとにタイプが変わると言う反則的な形態変化能力を持っており、相手が分かっているならば相手のタイプに合わせたフォルムチェンジが可能だ。

 

 だから…………このパーティの先発がチークである必要など、どこにも無い。

 

 むしろ、チークを捨てて別のポケモンを入れてしまったほうがよっぽどパーティのためになるのではないか。

 

「そんなことをずっと思ってたのか、お前」

 

 こくり、と頷くチークにため息を一つ。

 

「…………分かった、そこまで言うなら」

 

 自身のその前置きにチークがこくり、と唾を呑み込み。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………え?」

 

 言われた言葉の意味が理解できなかったのか、チークが驚きの声を上げる。

「言ったはずだぞ、頂点を目指す、と…………その時、必ずお前も連れてってやる、このパーティの先発はお前以外に居ないと、誰からも分かるように証明してやる」

「でも」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、お前以外のやつなんていらねえよ」

「……………………とれーなー」

 

 少女を強く抱きしめる。

 思いの丈の、百分の一でもいいから伝わればいいと、強く、強く。

 

「決めるのは俺だ、お前は俺のものだ、だからお前は俺の声だけ聞いてろ、他人の声なんて気にするな、自分の声すら気にする必要なんて無い、俺が必要だ、そう言ったんだ、ならお前は素直にそれを受け入れろ」

 

「……………………うん…………うん…………」

 

 チークが震える。

 

「自信が…………欲しいのサ」

 

 震える体で。

 

「アチキは」

 

 震える声で。

 

「なんでもいい…………いちばんになりたいのサ」

 

 寂しそうに、少女がそう言った。

 

「ああ」

 

 だから、たった一言。

 

「任せろ」

 

 ただそれだけで良かった。

 

 

 * * *

 

 

「ふっふーん♪」

「おい、チーク」

「にひひひ、何にさ、トレーナー?」

 

 自身の背中におぶさりながら、背中にぐりぐりと頭を擦りつけてくるチークにため息一つ。

 

「何さ、じゃなくて…………いきなり甘えだしたな、お前」

「にひっ…………たまにはいいじゃないさネ」

 

 そんなチークの言葉に、首を傾げる。

 

「何がだよ」

 

 そうして、チークが告げる。

 

「今日くらい…………敵じゃなくて、トレーナーに甘えさせてよ」

 

 お願い…………ふと声色を変えてそんなことを言うチークに、またため息を一つ。

 

「…………勝手にしろ」

 

 そんな自身の言葉にチークがにひひっ、と笑った。

 

 




作詞:チーク 作曲:チーク

1番

へーいへーい♪ デデデ♪ デデンネ~♪

アチキは~可愛い可愛いデデンネさ~♪

ぷりてぃ~ぷりてぃ~デデンネちゃーん♪

おしりをふりふり♪ ちょーきゅーてぃー♪


2番

ほーらほーら♪ デッデデー♪ デデンネ~♪



以下12番まで続く



因みにこの子は最初からこんな感じの設定があった。


今回の話ですが、まあ賛否両論あるかもしれませんが。
ロトムが非常に優秀なのは誰から見ても明快ですし、デデンネが決してダメと言うことではありません。
と言うかぶっちゃけ、チークが勝手に劣等感抱いてるだけなので、決してポケモンの優劣をどうこう言うつもりはないです。

個人的な意見を言うならば。

特別優秀なポケモンはいても、特別劣等なポケモンはそういないと思っています。
…………ほら、コイキングとか、ヒンバスとか…………単品だとどうしても使えねえよってやついるでしょ(困惑

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。