ポケットモンスタードールズ   作:水代

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おだやか少女の優しい願い

 

「いつまでも、みんなで一緒に…………そう願うのは傲慢かな? マスター?」

 雨に打たれながら、少女は首を傾げる、まるで…………。

 

 

 

 イナズマとぶらぶらと街を散策し、いつの間にかひょっこり戻ってきていたチークに呆れながらも三人で適当な店で買い物を楽しむ。

 

「…………イナズマ、それ買うの…………?」

「ひゃ、ひゃいぃぃ?! ま、マスター、みみみ、見ました?!」

 

 本屋で…………男の口からは何とも言い難い表紙とタイトルの本をイナズマがちらっと見ていたので思わず口に出してしまったが、やはりこの少女…………。

 

「今更隠さなくても、イナズマの部屋のクローゼットの奥に隠してあるものなら知ってるよ」

「っ~~~~~~~~~~~~~~!? な、ななななななな、ななんなああああああああ?!」

 

 割と大人しい子だと思っていたが、あんなものを隠していたなんて。

 沸騰しそうなほどに顔を赤くするイナズマを他所に、よよよ、と泣き真似をしていると。

 

「何なに? イナズマがクローゼットの奥に隠してある裸の男同士で抱き合ってる薄い本がどうしたって?」

「ちーちゃあああああああああああああああああああああん?!」

 

 店の中で絶叫してしまったイナズマを連れて店を出る。

 

「違うんです…………ただの好奇心だったんです、別にそういうのが好きだとかそういう訳じゃ」

「はいはい…………分かってる、分かってるから」

「ますたぁ…………目が優しすぎて辛いですよお」

「分かってる、俺は分かってるから」

「もういいです…………ホテル…………帰りましょう」

 

 今にも泣きそうな表情で哀愁を漂わせ呟くイナズマが印象的だった。

 

「OH…………背中が煤けてるネ、イナズマ」

「ちーちゃんたちのせいでしょおおおおおおおおおお!!!」

 

 やっぱ仲いいなあこいつら。

 

 他人のフリをしながらそう思った。

 

 

 * * *

 

 

「あれれ? マスターにチーク、イナズマ? もう戻ってきたの?」

 

 時刻は午前十一時。何だかんだ二時間くらいは遊んでいたらしい。

 ホテルの部屋に戻るとベッドの上で雑誌らしきものを読みながら転がるリップルがいた。

「リップルか…………ってシャルは?」

 いつの間にか消えた寝坊助の行方を聞くと。

「一時間くらい前にエアが戻ってきてそのまま連れてったよー?」

「エアが?」

 ちょっと珍しい組み合わせだなあ、と思いつつなるほどと頷く。

 

「…………で、マスター? イナズマどうしちゃったの?

「クローゼットの奥に隠していたものを暴かれて傷心中」

 端的に告げた言葉に、リップルがなるほどーと頷く。

「ちょっと腐っててもイナズマの隠れた趣味なんだから見て見ぬフリしてあげないとダメだよ? マスター」

「って、リップルまで知ってるのー?!」

 ベッドの上で轟沈していたイナズマががばっと顔を上げる。

 そんなイナズマにこてん、とリップルが首を傾けながら。

 

「みんな知ってるよ? 羞恥の…………あ、違った、周知の事実ってやつだね」

 

 告げられた言葉にイナズマがわなわなと震え。

 

「うわああああああああああああああああああ、もう生きてけないいいいいいいいいいい」

 

 がばっ、と布団を被りベッドに引きこもる。

 

「あらら…………気にしなくていいのに」

「もっと恥をさらけ出していこうぜ」

「にひひ、トレーナーってば鬼畜ぅ」

「う…………うう…………みんななんか嫌いだぁ…………う、嘘だけど」

 

 イナズマの言葉に一瞬きょとん、と全員が目を丸くし、やがて笑う。

 

「良い子良い子」

 リップルが布団に丸まったイナズマの頭、と思しき場所を撫で。

 

「可愛いなあ、アイツ」

 自身がしみじみと呟き。

 

「いーなーずーまー!」

 チークがイナズマにダイブする。

 

「ち、ちーちゃん、いきなり潜りこんで…………ちょちょ、ちょっと待って、なんでいつもより不味いとこ、や、や、やややややっ」

「良いではないか、良いではないかーあははははは」

 

 なんだかいつも通りの二人に戻ったところで、リップルと顔を合わせ。

 

「良ければでかけるか?」

「んー? おっけーだよー」

 

 そんな自身の誘いに、軽く返事するリップル。

 ベッドの上で乳繰り合う二人を置いて、部屋を出て。

 

「さて、どこに行こう?」

 呟いた一言に。

「屋上」

 飛び出たリップルの一言に思わず目を丸くした。

 

 

 * * *

 

 

 ホテルの屋上は随分と高かった。

 

 高層何十階建て、と言うホテルの屋上からはミナモシティの景色が一望出来た。

 

「すごい景色だな」

「良い天気だねえ」

 

 そしてそんな景色に目もくれずに、空を見上げるリップルの一言につられて空を見て。

 

「曇ってるんだが」

「だからいい天気なんだよー?」

 

 まあこいつの場合そうなんだろうなあ、とは思いつつ。

 

「イナズマと、チークに何か言ったの? マスタ-」

 

 ふいに出てきた言葉に、目を瞬かせる。

 

「何のことだ?」

「んー? 気のせいかなあ、と思ったんだけどねえ。二人とも、何だかいつもより良い顔になってたなあ、と思って」

 もしかして、チークならあの船の中の出来事、イナズマなら先ほどまでの出来事を言っているのだろうか。

「…………ふむ、お前、気づいてたのか」

「んふふ~一歩引いて見てるとね、なんだか色々と見えてくるんだよね~」

 いつも通りの、穏やかな笑みを浮かべながら、リップルで呟く。

 

「お前って悩みなんて無さそうな顔してるよなあ」

「失敬だなあートレーナーは」

「まあそうかもな、お前、意外と繊細そうだしな」

「あ、分かる?」

 

 なんて、わざとらしく言うリップルに苦笑しながら。

 

「なんとかしてあげたかったんだけどねー? リップルはリップルなりに考えてたんだよ?」

「ああ、分かってる、お前なんだかんだで仲間大好きだもんな」

 知っている、目の前の少女がその実、シアに負けないくらい仲間を大切に思っていることなんて知っている。

「どうしようかなあって思ってたんだけど、先にマスターに越されちゃったねー」

 ころころと笑いながら、リップルがしみじみと言った感じで呟く。

「やっぱりマスターは凄いね、この間まで気づいてなかったのに、気づいたらあっという間に解決しちゃうんだから」

「いつから気づいてたのか知らないけど、お前のほうが凄いと思うけどな」

 実際、あの二人のことに気づけたのは旅行中と言う特別なシチュエーションあってこそだろう。

 でないと、いつも通りを演出され過ぎて、気づけなかったと思う。

 

「それでも、やっぱり…………マスターは凄いよ」

 

 リップルが笑う。少しだけ嬉しそうに、誇らしそうに。

 

「リップルはリップルの大好きなマスターは世界で一番凄いんだって、思ってるよ」

 

 そんなことを告げるリップルに…………思わず顔を赤くして、言葉を失った。

 

 

 * * *

 

 

 てくてく、と。

 二人並んで道を歩く。

 時折人並みの呑まれそうになるが、その度にリップルが自身の手を引いてくれるので、なんとかはぐれずにいれる。

 こういう時、六歳児の体が少し恨めしい。

 

 見上げるほどに大きなその体、パーティの中でも一番背が高いだけあって、自身とは比べものにならない。

 

 けれど繋いだ手のひらはどこか小さく感じた、それはきっとリップルもまた女の子だからなのだろうと思う。

 

「なんか不思議だなあ」

「んー? なにがー?」

 

 どう見たってただの少女のはずの目の前の彼女が、その実人間ですらないと言う事実が不思議だった。

 

「いや…………リップルはリップルだな、って思っただけ」

 

 まあ別に、そんなことどうでも良かったのだが。

 

「リップルがリップルなのは当たり前だよ?」

「そうだな、だから、何でも無いんだ…………つまんないこと考えただけ」

「んー?」

 

 不思議そうに首を傾げるリップルに、笑みを浮かべつつ、繋がれた手をぎゅっと握る。

 目を瞬かせるリップルに、にっ、と笑って。

 

「ほら、行くぞ」

「え、ま、マスター?」

 

 手を引きながら走ると、リップルが少しだけ慌てたような声を上げる。

 そんな初めて見たような気がするリップルの様子に、笑みを浮かべつつ。

 

「さーて、行くぞ」

「どこに行くの?」

「そんなのは知らん!」

 

 きっぱり言い切って、目を丸くするリップルの手を引いて、走り出した。

 

 

 * * *

 

 

 午後十二時半。

 

「お腹空いた…………」

「リップルも空いてきたかなあ?」

 二人してお腹を擦りながら、道を歩く。

「ところでさ、リップル」

「なあに、マスター?」

 

 てくてく、と道を歩きながら。

 

 ぴたり、と足を止める。

 

 周囲を見渡す。

 

 ビルとビルの隙間道。後ろも前も見覚えの無い道が広がり。

 

 そのまま足を進め表道へと出る。

 

 前世と違って車などほとんど無いため、車道と言うようなものも無いレンガの道。

 

 見覚えは…………無い。

 

「ここ、どこ?」

「…………さあ?」

 

 適当に走り過ぎて、帰り道が分からなくなっていた。

 

 どこだろうここは、そんなことを考えつつ、足を動かしていく。

 右を見ても、左を見ても、ビルビルビル。

 数秒考え。

 

「…………ナビ使うか」

 

 持ってて良かったマルチナビ。

 ゲーム時代にもあったが、タウンマップ。ゲーム時代よりもかなり細かく位置表示ができるこのアプリがあれば、まず迷うことは無い。

 アプリを起動すると、ミナモシティのタウンマップが表示され、そこからさらにマップを拡大していくと、周辺の詳細な地図と自身たちの現在地が表示される。

「ふむふむ…………今ここだから…………帰り道はあっちかな」

「便利だねー…………いろんな機能あるし」

 マルチナビを覗きこみながら、リップルが呟く。

「ついでに帰り道にレストラン街みたいなのがあるみたいだし、そっちに寄ってくか」

「むふ~だーいさーんせー!」

 けっこう走った気もするが所詮は六歳児の足、それほど離れてもいなかったらしい。

 まあ初めて来た街なんて、割と道一本違えるだけでまるで別の場所に見えてしまうものだし、そんなものかもしれない。

 空腹のせいで少しだけテンションの低かったリップルも嬉しそうに笑う。

 

 そうしてナビを頼りに、道を歩いていく。

 ナビを頼りにたどり着いたレストラン街で、昼食を済ませ、さらにホテルへの帰路を歩く。

 

「ふう…………けっこう食べた気がするな」

「リップルもご満足だよ~♪」

 

 ぽん、ぽん、と軽くお腹を叩きながら笑うリップルに、苦笑する。

 

「なんだかんだ、いつの間にかこんな時間か」

 

 気づけば二時を回っている。道中あちらこちらと並ぶ店屋に寄り道していたからだろうか。

 

「時間が経つのが早いね~」

「そうだな、あと何年かしたら旅を始めるつもりだけど…………その時は全員で来るとするか」

 呟いた一言に、リップルが笑みを浮かべ、何か言葉を口にしようとして…………固まる。

「…………リップル?」

 笑みを浮かべたまま硬直する少女に、思わず振り返り。

「…………みんなで、来れるかな?」

 笑みを消し去り、不安そうな表情でリップルが尋ねる。

「何言ってんだ…………()()()()()()?」

 当たりまえ、そう告げる自身に、リップルが苦笑する。

「どうして? 明日何が起こるかさえ分からないのに、どうして何年も後の未来を当たり前なんて言えるの?」

「…………リップル?」

 様子がおかしい、そう思った。気づくのが遅れた、同時に思った。

「不安だよ、明日リップルや他のみんなはマスターといられるのかな? 明後日は? 一週間後は? 一か月後は? 一年後は?」

「いるに決まってるだろ、何を言ってるんだ?」

「だって…………マスターは何も言わずに消えたよ?」

「………………………………」

 告げられた言葉に絶句する。

 

 忘れていたわけではなかった。

 

 それが根深いことは知っていたはずだった。

 

 それでも、それでも、それでも。

 

「どうしてみんな信じられるんだろう? 明日マスターがリップルたちの前からいなくならないって、そんなこと無邪気に信じられるのかな?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()…………そう言ったのは他ならぬ自身だったはずなのに。

 

「マスターは約束できるの? 明日もいるって、明後日もいるって、一週間経っても、一か月経っても、一年経っても…………いつまでだってリップルたちと一緒にいてくれるって、そんな約束、できるの?」

 

 リップルの言うことは正しい。

 

「…………………………………………」

 

 自身の身に起こったことの原因が分かっていない以上、そんな約束できるはずが無い。

 

「…………できるよ」

 

 それでも、口にする。

 

「例え、六年前のように、突然知らないどこかへと飛ばされたとしても」

 

 嘘、ならばきっとリップルのことだ、すぐに分かってしまうだろう、けれど。

 

「例えその原因が未だに分からなくて、明日この世界にいられる保証が無いとしても」

 

 それでも。

 

「約束する、お前たちを手放さない」

 

 繋いだ手を、強く強く、握りしめる。

 

「手は離さない、例えお前らが嫌がったって」

 

 リップルが、握り返す、強く、強く。

 

「絶対に逃がしてやらない、一緒に連れてってやる。それだけは、必ず約束する」

 

 繋いだ手を、目の前まで持ちあげ、そうして呟く。

 

()()()()()()()()()()()()()…………それじゃあ、ダメか?」

 

 数秒の沈黙、そうしてリップルがゆっくりと、目を閉じ。

 

「…………ううん、いいよ」

 

 開く。

 

「その言葉だけで、リップルは良いよ。例えそれが嘘でも良い…………マスターがそう思ってくれているなら」

 

 そして、笑う。

 

「リップルはそれで充分だから」

 

 笑って、繋いだ手を強く握りしめた。

 

 

 * * *

 

 

 しとしと、と。

 

 雨が降ってきた。

 

「…………濡れるよ? マスター」

「お前こそ、良いのか?」

 

 傘も差さずに、急ぐこともせずに、雨の中をのんびりと二人、手を繋いで歩く。

 

「リップルは雨、好きだからいいよ」

「じゃあ…………俺も良い。偶にはそれも良い」

 

 そっか、なんてリップルが呟いて。

 

「ねえ、マスター」

「なんだ?」

 

 段々と強まって行く雨。

 ざあざあと雨音が響く街の中で、雨に濡れた髪の先から雫が一つ零れ落ちていく。

 

「いつまでも、みんなで一緒に…………そう願うのは傲慢かな? マスター?」

 雨に打たれながら、少女は首を傾げる、まるで…………。

 

 まるで、迷子の子供のようで。

 

「そんなこと、願うまでも無いよ」

 

 だから、手を引く、導くように。

 

「最初から叶うって分かってる願い事なんて…………願う必要なんざ無いさ」

 

 そんな自身の言葉に、少女が笑って。

 

「…………ありがとうマスター」

 

 それだけ呟いて。

 

 雨の街を、二人並んで歩いた。

 

 




街中の一角の電気街。
「あら?」
ふと積まれた電荷製品の山の一角にあるテレビコーナーで、シアが声を上げた。
「どうしたの? シアちゃん」
「ん? どうかしたか?」
シアの様子を見て、センリとその妻が同じテレビコーナーに近づいてくる。
「いや、このテレビに映ってるのって」
シアの呟きに、二人がテレビに視線を向け。


『さあ、今年もやってまいりました、記念すべき第五十回、ミナモ大食い選手権、人間、ポケモン問わず最強の大食いチャンピオンを決めるこの戦い、まず出ましたのは予選を圧倒的な強さで勝ち抜いてきた今大会最大の優勝者候補…………ミシロのエア選手だああああああああああああああ!!!』


「…………エア、なにやってるのよ」
「あらあら」
「見ろ、選手席の端のほう…………この小さい子シャルちゃんじゃないのか?」
「…………シャル、何でもう泣きそうなんですか」
「あらあら」

と言うようなことがあったような無かったような。










おしごとの関係で中々執筆に時間取れなくてつらたん。
一日二時間三時間じゃ一話が限界だよ。

と言うことでコミュ回終了。

次回から本編が進みます。

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