「…………エア?」
思わず、自分でも馬鹿らしいとは思うが、それでも。
一瞬、目の前の少女が誰か分からなかった。
エアと同じ服で、同じ髪の色で、同じ瞳で。
けれどエアよりも幾分か年かさを重ねた。
「…………行くわよ、
少女の口から紡がれた自身の名に、思わずどきりとしながらも。
「…………ああ、行くぞ、エア!」
それが疑いようもなく自身の相棒であると、本能的に理解する。
対する敵は、グラエナ、ゴルバット、メレシー、ゲンガー。
真っ先に落とすべきは…………。
「エア“おんがえし”!」
「りょうっかい!!!」
ふわり、とエアが地を蹴り…………浮き上がる。
瞬間。
轟ッ、と空間が弾けたような音が響く。
同時に、目の前にいたはずのエアが一瞬で姿を消し。
直線状にいたゲンガーに“おんがえし”による一撃を見舞った。
「グァァァァァ!!!?」
トレーナーの指示よりも、ポケモン自身の判断よりも早く放たれたエアの一撃に、ゲンガーが弾け飛び、屋上から放り出される。
特性ふゆうのゲンガーならば、浮き上がって戻ってこれたかもしれない。
「…………が…………グァ…………」
必死になってなんとか屋上の内側まで戻って来る、と同時に力尽き、倒れ伏す。
「……………………次」
くいっ、とエアが親指を下に向け自身の首の前を横切らせる。
けれど動かない、動けない。
一撃で気づく、たった一撃でも気づいてしまう。
「な、何だよそれ…………何で『ノーマル』タイプのわざがなんでゲンガーに効くんだよ!?」
「お、おい…………なんだあの化け物みたいに強いポケモン!?」
「ヒトガタ…………これが」
「俺の、俺のゲンガーが一撃だと?!」
トレーナーの動揺に、ポケモンたちが戸惑う。指示が来ないと戦えない…………所詮その程度だと言うことだ。
「エア…………次は、ゴルバットだ」
「行くわよ」
だがこちらが待つ必要も、義理も無い。
エアに指示を出す。
エアがもう一度、ふわりとスカートを揺らしながら浮かび上がる。
波打つ長髪がはらはらと宙に舞っては落ちていく。
エアが拳を固める。
それを引き絞るようにして構え。
まるで空中で地を踏みしめているような、そんな光景。
一秒も満たない間に、ゴルバットへと肉薄し。
「避けろ、ゴルバット!」
トレーナーの指示にゴルバットが動かそうとしたその瞬間には。
「遅い」
“おんがえし”
エアの拳が深々と突き刺さっている。
ゴルバットが弾け飛び、屋上のフェンスに突き刺さって、そのままぐったりとして動かなくなる。
「これで面倒なのは落とした」
優先順位は極めて簡単だ。
絶対に落とさないとならないのがゲンガー。
もし万一“みちづれ”なんて覚えられていたらそれだけで無条件でエアが負ける。
レベル差があろうと、HPが残っていようと、特性がんじょうだろうとタスキ持っていようと、問答無用で『ひんし』にされてしまう極悪なわざだ。
だからこれを真っ先に潰す、幸いレベルもこちらが上だし、メガシンカで種族値的にもすばやさは勝っている、間違いなく先制は取れると思っていた。
ゲーム時代と違い、こうして戦闘開始時にメガシンカできる以上、ゲームのように1ターン目はメガシンカ前のすばやさに準拠、なんて設定も無いようだし。
恐らく逆に、相手に肉薄し、攻撃する直前にメガシンカさせれば元のすばやさを維持したまま攻撃する時だけメガシンカ後のステータスで戦える、とかそう言うことも可能だと思う。
それはさておき、次に厄介なのがゴルバットだった。
“あやしいひかり”で強制的に『こんらん』させられるかもしれないし、もしかしたら“さいみんじゅつ”を持っていたかもしれない。
ゴルバットは確か遺伝技で覚えたはずだ。『ねむり』状態になってしまえば、相手に攻撃されようとも無抵抗になってしまう。と言うかそうなったら普通にトレーナーである自身に直接攻撃仕掛けてきそうな気もする。
グラエナがエアを出した時に“いかく”して『こうげき』が多少下がってしまっていたが、それでもメガシンカで『こうげき』の種族値自体が上がっている以上、これくらいならできると思っていた。
何より相手のレベルは図鑑で見る限りおよそ50前後。
対してエアのレベルはすでに90を超えている。
誰よりも果敢に戦い、誰よりも貪欲に強さを求めるエアは、だからこそパーティで最もレベルが高く、そして伸びしろも高い。
意欲の差と言うのが経験値に何か補正でもかけているのかもしれない、同じくらいの敵と戦っているのに、エアは一等レベルの上がりが早い。
恐らくあと二、三週間あのままジムで鍛え続ければレベル100も難なく到達していただろうと思う。
ポケモンにおいて、レベルの差と言うのは余りにも大きすぎる差だ。
たった4か5違うだけでも明確に差ができると言うのに、まして40以上の大差。
エアが吼える。
次はお前たちだ、と明確に敵意を露わにし。
「グラエナアァァァァ! “いかりのまえば”!」
「メレシー! “いわなだれ”!」
マグマ団たちが半ば悲鳴染みた指示を出すと、ようやく残った二匹が動き出す。
「エア…………“りゅせいぐん”」
対抗するようにこちらも次の指示を出す。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!」
エアが咆哮する。空間がびりびりと震動するほどの絶叫に、一瞬トレーナーも、ポケモンたちも怯み。
エアの全身から手のひらへと、オレンジ色に光る何かが集まり球体を生み出していく。
そして光球がその手のひらよりも大きくなると、エアをその光を上空に向けて投げる。
瞬間。
ぱちん、と光が弾け…………無数の流星となって屋上へと降り注ぐ。
“ り ゅ う せ い ぐ ん ”
流星がエアへと食らいつこうとしていたグラエナを直撃し、弾き飛ばす。
そしてメレシーへも降り注ぐが、だが『フェアリー』タイプのメレシーには『ドラゴン』タイプのわざである“りゅうせいぐん”は通用しない。
けれど。
「メェェェ~!」
メレシーが放った“いわなだれ”が次々と流星に打ち貫かれていく。
「エア…………行くぞ! 行けるな!?」
叫びに答えるように、エアの咆哮が響く。
そして。
「“すてみタックル”!!!」
「ルアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!」
エアが叫び、宙へと舞い上がる。
そうして。
空に向かって足を向け。
ズドンッ
ぐるん、とその加速を保ちながら、エアがその身を
ぐるん、ぐるん、と回転が幾重にも増していく。
まるで弾丸のように、超高速で回転しながら一直線へとメレシーを目掛け。
“ ら せ ん き ど う ”
“ す て み タ ッ ク ル ”
「
ズドォォォォォォ
轟音を立て、エアが真正面からメレシーに激突する。
そうして。
ダァァァァァァァァン、とメレシーが派手な音を立てながら屋上を転がりながら、二度三度と床に激突、バウンドしながら転がって行き。
ガシャァァァ、とフェンスに激突して止まる。
「…………め、メレシー…………?」
けれど、メレシーは答えない。ぴくりとも動かず、鳴くことすらしない。
「…………ぐ…………がああああああああああああああああああ!!!」
エアが反動ダメージを受けながらも咆哮を上げる。
マグマ団の男たちの顔にはっきりと、恐怖が浮かび上がる。
「…………な、何なんだよお前」
「やばすぎる…………やばすぎる」
「何が子供一人を制裁するだけだ、バケモンじゃねえか!!」
「お、俺は降りるぜ、こんなやつと戦ってられるか!」
一人逃げ出すと、途端に蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出す男たち。
最後の一人が逃げ出し、扉がばたん、と閉まる。
後に残されたのは自身とエア、そして縛られた博士とハルカ。
そして。
「ぐ、ぐるぅ…………ぅぅぅ…………るぅ?」
どうしていいか分からずきょろきょろと、扉とこちらへと視線を往復させるグラエナ。
「ルオオオオオオオオオオ!」
「きゃうんっ?! きゃうん、きゃんきゃん!」
けれどエアが威嚇すればすぐに屋上からフェンスを越えて飛び出す、ついでに気絶するメレシーを抱えて。
ゲンガーやゴルバットもいつの間にか見えなくなっていた。
「…………ふう、なんとかなったか」
実際のとこ、中々にひやりとする戦いだった。
まあいざとなれば残りの五匹も使えば良かったのかもしれないが。
「…………でも、できたな」
「……………………そうね」
メレシーへと放った一撃を思い出す。
馬鹿げたほどの高い『ぼうぎょ』の種族値を持ち『いわ』タイプで“すてみタックル”の威力を半減させてくるメレシーだったが、あの勢いを思い出せば、自身の企みが成功したことを実感する。
「出来たぞ…………
まずは一人、と心の中で呟く。
「…………………………っ!」
ぐっ、と。
エアがひっそりと、拳を握った。
* * *
「大丈夫ですか? 博士、ハルカちゃん」
「ふう、ハルトくんか、助かったよ」
「あわわ…………本当にピンチだったかも、ありがとうハルトくん」
と言いつつ、二人の視線が自身の後ろに固定されている。
何を見ているんだ、と思えば。
「…………何よ」
「…………エアくんかい?」
「エア、ちゃんだよね?」
博士とハルカがまるで不思議そうにエアを見つめる。
だがなるほど、と思う。目の前で見ていても確かに信じられないかもしれない。
「ていうか、なんで戦闘終わったのにメガシンカ終わらないんだ?」
「…………さあ? 知らないわよ」
「メガシンカ?! も、もしかして、さっきのがかい?!」
驚くように目を見開く博士。父さんがキーストーンを持っていたことからすでに知っているのかと思えば、実際には目にしたことが無いようだった。
「見た事無かったんですか?」
「センリくんも、いざ、と言う時以外は見せようとしないからね…………私としても専門でも無い分野だから無理にとは言えなかったのさ、それにしても良いものが見れた、ヒトガタのメガシンカなんて前代未聞なんじゃないだろうか」
確かにチャンピオンのアレとかさっき手に入れたばかりだったようなので、自身が初かもしれない。
「お父さん? メガシンカって何?」
博士の言葉に疑問を持ったハルカが尋ねる。
「いいかい、メガシンカって言うのはね」
と自身が知っている知識を語って行く博士を置いといて。
「じゃあ戻るか…………エア?」
ふと振り返り、エアを見れば。
「…………何よ」
いつの間にか元の十歳くらいの幼女へと戻っていた。
「なんだ戻ったのか」
「残念だったわね」
「本当になあ、メガシンカしたエア超美人さんだったのに」
「っ!!?」
呟いた一言にエアの顔を真赤に茹で上がる。
「んな、な、な!!?」
「まあ今も可愛いんだけど、さっきのは良かったなあ、なんていうかカッコいいお姉さん、みたいな感じで、元が元だけに綺麗だったし」
「~~~~~~~~~~~っ!!!」
声も出ない、と言った様子で蒸気し紅潮した頬で震えるエア。
「あ、そうだエア」
「にゃによ!」
あ、動揺しすぎて言葉がおかしくなってる。
「お疲れ」
呟いた一言に、何か言いたそうな表情で何度となく口を開き。
「…………お疲れ」
はあ、と一つため息、と共にそう告げた。
* お ま け *
「にゅわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ち、ちーちゃん、落ち着いて」
「なんでチーク発狂してるのー?」
「えっと…………その…………エアが…………」
「胸が大きくなってたから…………だそうですよ」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ、あのうらぎりものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「あわわわわ、ちーちゃんってばあ」
「ぽよん…………ぽよん…………(ぺたぺた)」
「大丈夫、シャルもまだ大きくなるって…………多分」
「今多分って言ったぁ」
「だ、大丈夫よシャル、リップルもあまり揶揄わないの」
「にゅわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ちーちゃあああああん!」
「イナズマもう泣きそうだねー」
「そう思うなら止めてあげてくださいリップルも」
「あわわわわわわわわわわ、ごごごご、ごしゅじんさまとエアががががが」
「シャルは全然関係ないところで慌ててるね」
「あらいい雰囲気ね…………私も後でマスターに…………」
「あ、いいね、リップルも後でマスターに甘えようかなあ?」
「ぢいいいいいいいいいいぐうううううううううじょおおおおおおおおおおおおおお!」
「ちーちゃああああああんうわあああああああ」
「とうとうイナズマも泣き出したねー」
「今回チークずっと叫んでますね」
「あう…………いいなあ、エア…………ボクもシンカできないかなあ」
「この中でメガシンカできるのって…………」
「あら…………たしか…………」
「え、な、なに? 私がどうかした?」
「イナズマの裏切りものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「ええっ?!」
と言う会話がどこぞであったとか無かったとか。
裏特性:らせんきどう
『ひこう』タイプのわざが相手のタイプ・わざ・どうぐで半減されず、さらに威力が1.2倍になる
取得条件:『ひこう』タイプのわざの熟練度を最大まで上昇させ、『いわ』『はがね』タイプのポケモンを熟練度が最大の『ひこう』わざで100ぴき倒す。
螺旋軌道、イメージはライフルかな? あとドリル。
簡単な説明をすると、飛行中に『回転』を加えることで『貫通力』を上昇させる裏特性。
因みにスカイスキンと重複します、なのでタイプ一致1.5倍×スカイスキン1.3倍×らせんきどう1・2倍דすてみタックル”=相手は死ぬ
裏特性出せて満足。残りは三章で出していく予定。
そして今回でまとまらなかったのであと一話で二章終わり。
その後で要望があったので、登場人物設定書きます。ちょうど明日休みだし。