ゲーム時代において、ポケモンのレベルの上限は100で固定されていた。
と言っても、ゲーム中に実際にレベル100のポケモンを出してくるトレーナーと言うのは居ない。
ラスボスと言うかは知らないが、本編最後に戦うポケモンリーグチャンピオンですら精々レベル60、後に戦うことのできる強化版でもレベル80が精々と言ったところだ。
それはつまり、それだけレベル上げの苦労があると言うことであり、簡単にはできないことであると言う証明である。
だがプレイヤーならばレベル100くらい容易く達成できる、と言うのも経験値を増幅できる道具やゲーム的システム、ギミックその他なんでも使ってレベル100のポケモンを増産することはプレイヤーからすればそう難しい話ではない。
だがこの世界においてそれはもう無い。摩訶不思議なOパワーなんて無いし、そして何より。
「ハピナス道場が…………無い!!!」
思わず道のど真ん中で叫んで周囲から変な目で見られてしまったが、この絶望感はプレイヤーならばきっと分かってくれるだろう。
あの最強のレベリング方法がこの世界では使えないのだ!!!
となるとトレーナーを片っ端からボコしていくしか無いのだが。
「…………まあ向こうから喧嘩売ってきた時だけボコればいいか」
ミシロタウンからしばらくの間は、エア一人でも余裕だろう。レベル1とは言え、ボーマンダだ。種族値合計600族の最強のドラゴンポケモンの一種だ。そうそう負けるはずも無い。
と言うか、努力値まではリセットがかかっていないらしい、その辺は一応確認しておいた。自分で捕まえたポケモンならばステータス画面も見れるし、ナビ様々である。
さすがに努力値と言うものまでは知られていないので、その点だけで見ても自身がその辺の野良トレーナーに負ける要素はほぼ無い。
フェアリーとかこおり統一パとかじゃなければな!!!
ぶっちゃけ、努力値はこうげきとすばやさに限界まで振っているので、防御性能についてはお察し過ぎる。れいとうビーム一発で落ちる確信がある。
まあこんな初期位置の近くでそんなポケモンいるわけないけどな(フラグ)!!!
ふ、フラグじゃないからな? 本当だからな?
なんてことを内心でこっそりと呟きつつも…………あれ? そう言えばなんか物足りないような、と思って隣を見ると誰もいない。
おかしいな、と思いつつ振り返ると自身の数歩後ろをエアがこちらを見つめながら歩いていた。
「…………エア?」
「……………………何よ?」
なんだか元気が無い、どうかしたのだろうか…………確かモンスターボールで捕獲した時を境にしていたような気がするが。
「ボールの中が窮屈だったのか?」
「…………何の話?」
「いや、だって。なんかボールに入れた後から元気無いし」
「…………別に、そんなこと無いわよ」
全然そんなこと無くないと思うのだが、本人がそう言っている以上、どうにも突っ込みづらい。
まあそっちが話してくれるまで待つか、と内心で決定しつつ、自宅へと戻る。
え? 旅に出ないのかって? だって今、ナビ以外手ぶらでっせ?
優しい優しいマイマザーにお小遣いくらいもらって旅立たなければトレーナーを狩って賞金で暮らすと言う蛮族プレイまっしぐらである、そもそもトレーナーがいなければ街について何も買えないと言う罠。
父親に聞いた話だが、トレーナーはポケモンセンターで無料で宿泊できるらしい、食事も一応無料ではあるが、まあ相応の味と量らしく、自分で何か作るか買うかしたほうが良いとのこと。無一文にはありがたい話だが、文明人としては完全に取り残された生き方ではある。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい」
母親に挨拶しつつ自室へと戻る。
そう言えばもうエアをボールの中に入れておいても良いのだが…………。
「…………ふむ」
手に持ったボールを、机の上に置いておく。
何となく、それは寂しい気がした。存外自身は精神的に参っているのかもしれない。
現状だとエアだけなのだ、自身のことを理解してくれているのは。
自身を愛してくれている人はいる、両親がそうだ。
自身を好意的に見てくれる人はいる、オダマキ博士だってそうだし、お隣のハルカちゃんとだって友達になれた。
けれど、自身を理解してくれているのは…………ハルトが碓氷晴人と言う名の別の誰かだったことを理解しているのは、エアだけなのである。
例えそれが虚構の世界のデータの住人としての触れ合いだったとしても。
エアと…………そしてこの世界にいるだろう残りの五匹のポケモンたち。
彼女たちだけが唯一、ハルトが別の世界の誰かだったことを保証してくれる。
元の世界に帰りたいと言う気持ちはすでに無い。
ハルトはこの世界に生まれたこの世界の住人だ。だからこの世界で生きていく。
元の世界に対する未練と言うのはさしてない、元々家族はすでに居なかったし、惜しむほど深いつながりを作っていた人間も居なかった。
すでにこの世界におけるハルトは、前世における晴人とは別人になりつつある。
性格からしてすでに変わっていると自覚する部分もあるし、感性だってズレを感じている。
それでいいと思っている、いつまでも前世を引きずるつもりは無い。
けれど、前世を断ち切ることも、やはり出来ない。
そして彼らにその気が無くとも、この世界に自身が存在し生きているだけで前世を否定された気分になる。そんなものは存在しないのだと、言われている気分になる。
だからエアは今の自身の精神安定剤のような存在なのだろう、無意識的に傍に置きたがっている。
「…………絶対に離さないからな」
何の気無しに、ぽつりと呟いたその一言に。
「え…………な、なななん、えっと、あ、その、な、なに、いって」
ぼん、と沸騰したかと思うほどに顔を真っ赤にしたエアがそこにいた。
「…………あ、もしかして聞こえた?」
「な、なななん、何ががが、よ」
あわあわと慌てふためくその姿を見ていると、どうにも癒される。その視線を感じ取ったのか、エアがさっと帽子で顔を隠す。何となく分かってきたが、恥ずかしがると帽子で顔を隠そうとするのがエアの癖、なのだろう…………個性を感じる。
生きてるんだなあ、なんてそんな当たり前のことを思う。
「う、うう」
そうこうしている内に、恥ずかしさが限界を超えたのか。
「うううにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ちょ、ば、バカ、暴れるな、て、おい、待て待て待て、それは待て、おい、おい、おい、ぎゃああああああああああああああああああああ」
因みにその後エアが落ち着くまでに一時間以上かかった。
* * *
エアを落ち着かせて、旅支度をしているとすでに日が暮れかけていた。
「…………明日、出ようか」
「…………そうしましょう」
互いにぐったりとしたままそれだけ呟いて。
「ご飯よー?」
母親の下からの呼びかけに、互いに顔を合わせ一つため息を吐いてうな垂れたゾンビのようにゆったりとした動きで階段を降りて行った。
「随分と楽しそうにしてたわね」
食事の席で母さんからの第一声がそれである。
お母様、大分暴れてたと思うのだがそれを済ませてしまうのですか。
この母親もしかして鷹揚なんじゃなくて、単に天然なんじゃ無いだろうか、と最近疑っている。
「あーうん…………まあちょっと、旅の準備とか、色々ね」
色々のほうに本当に色々ありすぎて困るのだが、それは言わない。
「いつ出て行くの?」
「一応明日の予定…………今日はもう、遅くなったしね」
「そう…………まあ頑張りなさい。頑張って一人前のトレーナーになるのよ?」
「え?」
「え?」
「え?」
一人前のトレーナーって何のこと? と思わず出た疑問符に、母親が疑問符に対する疑問を発し、思わず疑問で返す、とか言う意味の分からないことになっているが、とりあえず。
「探し物しに行くだけだよ? だから全部見つけたら帰ってくるよ?」
「あら? そうなの? 探し物? てっきりパパみたいなトレーナーになるためだと思ってたのだけれど」
「本格的にトレーナーやるならもっと年取ってからにするよ」
具体的には七年くらい。
因みにトレーナーにならない、と言う選択肢はすでに無い。
エアを含め他にも五匹。
自身が好きで集めたポケモンたちだ。
廃人のように徹底的に能力だけで選んだガチ構成なパーティーではない、趣味とある程度の実力を加味した半分以上趣味パの領域ではあるが。
それでも、好きなポケモンたちと旅をしたい。戦って勝ち抜いていきたい。
そう言う気持ちは確かにある。
別にポケモンマスターになりたい、とかそう言うわけではないが。
明確なビジョンはまだないが…………まあ少なくとも、バッジくらいは集めても良いだろう。
まあ何より、主人公ポジなんで、どう考えてもグラードンとかカイオーガとかあの辺の騒動に巻き込まれる気がしてならない。
実際のとこ、この世界において、グラードンとカイオーガが本当に目覚めるのかどうか、目覚めるとして
と言う疑問は沸いて尽きない。
グラードンが目覚めてもカイオーガが目覚めても、どちらにしても最悪の展開ではあるが。
どん底の展開として
何せ色々企んではいたが最終的には。
そうなった場合、グラードンとカイオーガが復活し、互いに殺し合い、ホウエン地方は地獄と化す。
しかも両方の玉が無ければ誰もグラードンとカイオーガに
原作主人公が近づけたのはグラードンとカイオーガの力を緩和した上でさらに特製のスーツがあったからこそだ。
まあその場合、恐らくヒガナの狙い通りレックウザが出てくるのだろうが。
代償はホウエン地方の壊滅である、確かに世界崩壊よりはマシかもしれないが、どっちにしろはた迷惑なのは事実だ。
アクア団かマグマ団…………どっちかは確実に止めないとダメだろうなあ。
まあイベントを考えればどっちか片方しか復活はできないだろう。主に潜水艦の数の関係で。
二つ同時開発とかされてたらどうしうよう…………。
……………………考えただけで恐ろしい。
とにかくあれは本気でどうにかしなければならない。
ジョウト地方だったら別にこんな厄ネタ無かったんだけどなあ。
と思わず故郷を懐かしむ。
あっちの地方の伝説は比較的無害だ。ルギアはうずまきじまに行かなければそもそも普通の方法では出会うことすらないし、ホウオウもスズのとうに行っても余程の偶然が無ければ出会わない。
そもそも放っておいても別に何かするわけでも無いし、何とも世界に優しい伝説たちであろうか。
それに比べてホウエンの伝説と来たら…………存在するだけで環境を破壊していく世界に最も優しくない存在と言っても過言じゃない。
「でも…………やるしかないんだよなあ」
「何が?」
思わず呟いた独り言に、母親が問い返し、なんでも無いと返事しておく。
もし主人公ポジである自身が動かない場合、お隣のハルカちゃんがその役割を振られる可能性もある、と考えている。それはそれで楽そうではあるが、余りにも最低なやり口ではある。
そして何より。
「…………ん? 何よ」
エアが、そして後五匹が居てくれれば大丈夫だ。
伝説だろうが何だろうが勝てる…………そう信じている。
だから。
「…………ううん、何でも無いよ」
こんな世界にまで一緒に来てくれてありがとう、心の中でそう呟いて。
明日の旅立ちに胸を馳せる。
明後日父さん帰ってきたら絶対に驚くだろうなあ…………なんて思いながら。
* * *
「目が合ったらそれがバトルの合図よ!」
ミニスカートのなんとかがしょうぶをしかけてきた。
「エア」
「はいはい」
と、言うわけで勝った。
え、戦闘描写?
ジグザグマLv3 VS ボーマンダLv1
レベルじゃ負けてるからワンチャン…………あるわけ無かった。
「ヒトガタなんて反則よおおおおおおおおおおおお!」
泣いて叫んで逃げていったミニスカートのなんとかさん…………きっちり賞金置いて行ってるのがりちぎだなあ、と思う。
「………………30円?」
「…………しょぼいわね」
ミニスカートさんはどうやら金欠だった模様。
と言うわけで道中特に何事も…………ああ、まあ子供だと舐め切ったトレーナー十人くらいボコっただけだから何も無かったも同然、ていうか101番道路トレーナー多すぎぃ。ゲームだとトレーナーなんて一人もいなかったはずなんだが、普通にそこら中にいる上に片っ端バトルしかけてくるので大虐殺状態である。
「なんでみんな揃いもそろって貧乏プレイしてんの?」
「…………10円…………25円…………こっちは5円ね」
賞金最高額45円…………お前らェ…………五歳児ですら二千円持ってると言うのに。
とかやってるうちにコトキタウンに到着。
そして。
「西の102番道路の湖でヒトガタポケモン発生。対処してくれるトレーナーさん募集してます」
そんなことを叫んでいる男がいた。
次回、ハルトパーティー待望の二匹目登場。
ヒントはれいとうビーム。
ところで、照れ隠しに帽子とかで顔を隠してる女の子って最高に萌えない?