ポケットモンスタードールズ   作:水代

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この子どうなったんだろうと思った人もいるだろうきっと

 

 全く持って実感が無い。

 と言うか普通に負けたかと思った。

 

「お前の勝ちだ、ハルト」

 

 父さんがそう告げた言葉の意味を、数秒自身で理解できない。

 

 勝った…………? え? え?

 

 頭が混乱して、状況に追いつけない。

 そんな自身を見て父さんが一つため息を吐く。

 

「そんな不安そうな顔をするな…………もう終わりだ」

 

 と、と、と…………と。

 木張りの道場の床を短い足音を立てながら父さんが自身の目の前にやってくる。

「…………認めなければならないだろう。全力を出して敗れたことを」

 ふっと、父さんが笑う。

「渡そう、その証を…………このバランスバッジを」

 自身に見せつけるように、ずい、と目の前に差し出すその手には。

 

 トウカジム制覇の証たるバランスバッジが燦然と輝く。

 

「…………受け取れ、ハルト」

「あ…………」

 差し出された手に、無意識にバッジを受け取る。

 そうして自身の手に渡されたバッジを目の前にかざし…………。

 

「勝った…………の…………?」

 

 父さんへと視線を向け、こくり、と父さんが頷く。

 

「お前の勝ちだ、ハルト」

 

 そんな先ほどと同じ台詞を父さんが繰り返し。

 

「…………勝った、のか」

 

 ようやくその事実を受け入れ…………どすん、と尻もちを付く。

「…………は…………はは…………全く実感沸かないや」

 そんな自身に父さんは微笑し、けれど何も言わない。

「はは…………は、はは…………勝った…………」

 喜ぼうにも、乾いた笑みしか出てこない。

 それほど絶望的だった、それほど激戦だった、それほど敗北感に打ちひしがれた。

 

 負けたと思った、どうやって勝てばいいのか見当も付かなかった。

 

 リップルが倒れた時、終わったと思った。

 

 次にエアを出し、それで打ち合って自身の敗北、その未来まで見えてしまっていた。

 

 だと言うのに。

 

 お前の勝ちだ、なんて唐突に告げられて。

 

 素直に喜べるはずも無い。

 

 けれど、取りあえず。

 

「…………シア、シャル、チーク、イナズマ、リップル」

 

 それから。

 

「…………エア」

 

 ボールの中で休んでいる彼女たちに声をかけ。

 

「お疲れさま」

 

 かたり、とボールが揺れた。

 

 

 * * *

 

 

 バランスバッジを手に入れたことで、これで八つ全てのバッジが揃ったことになる。

 ホウエンリーグの受付のためにサイユウシティに行く必要があるのだが。

 

「少し待て」

 

 と言う父さんの言葉に引き止められ、昨日はジム戦の疲れもあって、父さんと一緒に自宅に帰った。

「…………もう帰ってきたの?」

 と言う母さんの驚いた顔が見れたのが個人的には新鮮だった…………お母様、十年生きてきて、貴女様が驚く顔を初めて見た気がします。

 まあそれでもそうだろう…………たった十日足らずで八つ全てのバッジを集めると言うのは誰もが予想していなかっただろう。

 翌朝、庭でフィールドワークに行く直前の博士と出会ったが、さすがに驚いていた様子だった。

 その際、マルチナビの機能をアップデートをしてもらったり、新しいアプリを追加してもらったり、と色々してもらい。

 

「博士にはお世話になりっぱなしだなあ」

 

 フィールドワークに向かう博士の背を見ながら思わず呟いてしまう。

 その手が無意識に左手にはめた指輪へ…………そこに取り付けられたキーストーンへと触れる。

 これも四年前…………旅行に行った後に博士にもらったものだ。

 正確にはその一年くらい前からずっと頼んでいたのだが博士の伝手を使ってもそう簡単に手に入るものではなかったらしい。数か月かけてようやく、と言ったところか。

 エアのメガストーンを指輪に加工して首から下げれるようにしてもらったのも博士に頼んでだし。

 

 借りが積もりまくってるなあ…………なんて思わず思う。

 

 見ず知らずの他人ならばともかく、父さんの親友であり、ハルカの父親であり、自身も散々お世話になった隣人の恩を踏み倒せるような恥知らずにはさすがになりたくはないので、いずれ何がしかの恩返しはしておきたいところである。

 

 まあゲーム時代のポケモンの分布はだいたいは覚えているので、ホウエン図鑑の完成に協力でもすれば少しは返せるだろうとは思う。

 

「ふう…………なんか、気分いいなあ」

 

 たった十日足らずの旅路だったのに、ミシロタウンで過ごす朝がとても久々に感じられるのは、それだけ濃い時間を過ごしてきたと言うことだろうか。

 

「それにしても父さん…………何だろうね?」

 

 待て、と言ってきたっきり、今朝まで何か言ってくる気配は無い。

 まあリーグの受付締め切りまではあと二十日はあるので一日二日は問題無いのだが。

 自身でも想定以上のハイペースでバッジ集めが終わってしまったため、時間を持て余しているのは確かである。

 

「時間…………時間かあ…………」

 

 実を言えばやりたいことがある。

 と言うか、今の内にやっておかねばならないことがある。

 

 実を言えば四天王とジムリーダーと言うのはそれほど実力が隔絶しているわけではないらしい。

 まあ父さんに聞いた話なので自分で確かめたわけではないのだが。

 父さんも恐らく全力でやれば四天王クラス、と言えるレベルではある、と言う自慢なのかそれとも自意識過剰なのか分からない話を聞いた。

 だから父さんの全力に打ち勝った、と言うことは四天王にもある程度は通用するだろうことは分かる。

 

 分かるのだが…………。

 

「勝てない、よな」

 通用するだけで、勝てると言うわけではないだろう。

 ジムリーダーと四天王が戦えばほぼ四天王が勝つと言われる。

 実力に差が無ければ後は経験が物を言う。

 

 ジムリーダーとはまだ若い未熟なトレーナーを相手にしている。ジムトレーナーによってある程度ふるいにかけられてはいるが、それでも本当に強い相手と戦うことなどそれほど無く、そもそも勝つことではなく、試すことを主軸に置いた戦いをしている。数は多いが戦いの質はそれほど高くは無い。

 逆に四天王は一年を通して戦うことなどほとんど無いと言っていい。だがその戦いの質は極めて高い。何せ春のホウエンリーグ予選、夏の本戦を戦い抜き、勝ち抜いてきた最強のチャレンジャーが秋にチャンピオンリーグに挑戦するのだ。数こそ少ないがその質はホウエンでも最高だろう。

 レベリングに例えるならば、レベルの低い敵をたくさん倒すのと、レベルの高い敵を少数倒す。

 どちらが良いか、ゲームならばともかく、現実ならば圧倒的に後者のほうが強くなる。

 

 手持ちのポケモンたちもまた、最強の敵を戦い抜いてきた生え抜きの精鋭ばかり。

 文字通り、格が違うのだ、ジムリーダーと四天王と言うのは。

 

 そしてそれら全てを打倒し、頂点に立つのが。

 

 チャンピオン。

 

 自身の目指す場所。

 

 今の自身ではまだ届かないと理解している。

 幸いにもバッジを全て集めたことで、予選は恐らくスキップできる。全バッジ所有者が多いと予選に参加しなければならないこともあるらしいが、それでも最後のほうになるだろう。

 つまり、三か月かそこらの猶予が自身にはある。

 

 その時間を使って、ジムリーダーレベルでは無い…………四天王レベル、否、チャンピオンと同じレベルにまで鍛え上げる必要がある、ポケモンも…………そして自身もだ。

 

 やるか、一つ息を吐き、そう決意し。

 

「あら?」

 

 声が聞こえた。

 

 振り返るとそこに血に染めたような紅い髪とエメラルドブルーの瞳の女がいた。

 導士服、とでも言うのだろうか、全身まっ黒に染め上げたような服に袖や裾に赤いラインが入っており、唯一露出した二の腕の肌の白さだけが余計にその黒さを余計に際立たせていた。

 長い髪は腰よりも下まで伸び、その途中を瞳と同じ色の髪飾りで括られている。

 よく見ればその紅い髪の毛先にメッシュのような黒が混じっているのが分かる。

 

「ああ…………来てたのか()()()()

 

 四年前、拾ってきたゾロアの少女…………今となってはゾロアークへと進化したかつての少女、ルージュがそこにいた。

 

 

 * * *

 

 

「戻ってたんだ、ハルト」

「ああ」

「アンタの旅っていっつもすぐ終わるわよね」

「目的を設定して、そこまで一直線に突っ走るからね」

 

 ルージュと共にミシロを歩く。そんな光景を少しだけ懐かしむ。

 

「懐かしいねえ」

「そうね…………もう二年も前のことだしね」

 

 ルージュと言う少女は、かつてマグマ団によって住処を襲われ逃げ出したゾロアークの群れから逸れたゾロアたちのまとめ役をやっていたゾロアのヒトガタだ。

 四年前に自身たちは出会い、そして約束をした。

 

 ゾロアたちを元の群れへと戻すことを。

 

 その間だけ、ルージュは自身に捕まることとなった。マグマ団に狙われないように…………こう言う言い方もあれだが、所有権を決めたのだ。

 その群れも実は二年前に見つけている。実はコトキタウン近くにいたらしい、一匹化けてコトキタウンに来ているのをたまたま見つけてしまい、それをエアにひっ捕らえてもらい、ルージュに会わせれば一発でヒットした。

 ただここで一つ問題が発生する。

 

 実はルージュは前々から他の面々同様に育成(レベリング)をしていた。

 と言うのも、野生に戻り、ボールに捕獲できる状態となればまたマグマ団のような連中に襲われないとは限らない。その時のために強くなって、悪意ある連中を返り撃ちにできるようになりたい、とのことだった。

 だから、パーティのレベリングとは別にルージュの努力値振り(パッパに『きょうせいギプス』を用意してもらって、エアで飛んで回った)をし、その後レベリングを行い、最後のわざの調整だけしておいた。

 なので、かなり強い個体…………と言うか野生の群れの中では飛びぬけて強い個体となったと思う。元々ヒトガタと言うだけで強かったのをさらにゲーム知識フル活用で育成したのだから、野生の個体が群れになっても一蹴できる程度には強くなった。

 

 強くなったせいで、群れの長になった。

 

 うん、まあ何を言っているのかと驚くかもしれないが、事実だ。

 野生なんてものは実力主義、一番強いやつが群れを率いる。割とそんなものなので、群れにゾロアを連れてルージュが戻った時点で即座にルージュが次の長になった。

 約束通り、ルージュを解放してやり、そうしてゾロアたちはみな野生へと戻って行き、もう会うことは無かった…………。

 

 …………なんてことも無かった。

 

 ゾロアたちもなまじ人里で生活していたせいか、すっかり人に慣れてしまい、ミシロとコトキの間の森の中でも割と人里に近いところに住処を作っているせいで、時折道に出てきては、道行く人を化けては驚かせている。

 それが彼らなりに人とのコミュニケーションらしい。実にらしい、と言うかなんというか。

 

 ミシロタウンの住人も一時期研究所で保護していたゾロアの群れと言うこともあって、すっかり愛着が沸いていて、割としょっちゅうゾロアたちがミシロにやってきては可愛がられている。

 お前ら野生のポケモンなのにそれでいいのか、と言う自身の呟きはけれどルージュの。

 

「細かいことはいいのよ」

 

 との一言に一蹴された。と言うか、群れの長であるルージュ自身割と人里に現れるため、長年野生で暮らしていたゾロアークたちが一番困惑していると言う事態。

 

 まあそれでも…………もう家に帰ってもルージュは居ない、すでに帰るべき場所を見つけたから。

 それにそうしょっちゅう会っているわけでも無い、ルージュだって群れの長としてやるべきことがあるのだから。

 だから、それを多少寂しく思ったりもする。

 けれど最初からそう言う話だったし、こうして時たま会いに来てくれるのは素直に嬉しい。

 

「最近は特に忙しそうね」

「ジム戦のための旅支度してたからね…………もう終わったけど」

「相変わらず、アンタの旅って短いわよね」

 

 そう言われ思い浮かべてみれば、確かに十日以上旅をしたことなど無いかもしれない。

 

「まああれだよ、目的があるから旅に出て、後は目的に向けて一直線って感じだからじゃないかな」

 

 基本的に自身は寄り道と言うのを余りしない。

 この辺りがややゲーム脳と言うべきか。必要があればそれだけをさっさと終わらせてしまおうと言う感じがある。

 今回のことだって、もう少しゆっくりジムに挑戦しても良かった。

 それを引き延ばさずさっさと終わらせたのはひとえに引き伸ばす意味が無いからだ。

 意味が無いから、理由が無いから。それってけっこう余裕ないよな、と改めて考えるとそう思う。

 

「もっとゆっくりやってもいいと思うわよ、色々」

 

 まさか心まで見透かされたわけではないだろうが、けれどそう言われると少しドキリ、とする。

 

「余裕…………無いのかな?」

「だから昔、強制的に旅行に連れてかれたんでしょう?」

 

 そう言われると何も言えなくなる。

 昔も今も変わらない…………何に追い立てられているわけでも無い。ただ自分で自分を勝手に追い詰めているだけの話。

「…………そっかあ」

 自分でも思ってしまっただけに、他人に言われると余計そう思ってしまう。

 

 そうこう歩いている内にミシロの出口にやってくる。

 

「それじゃあ、ここまでね」

「帰るの?」

「ええ…………元々アイツの様子見に来てただけだしね」

「ああ…………ノワールのね」

 

 ハルカの手持ちとなったノワールは、ルージュが群れへと戻った後も、ハルカの元を離れなかった。

 ハルカにすっかり懐いてしまっているらしい。

 とは言っても、ルージュと違い、ハルカの手伝いをしているだけなので、早々レベルが上がるようなことも無く、未だにゾロアのままなのだが。

 すっかり大きくなってしまったルージュに最初は呆然としていたが、今でも姉弟仲は良いらしい…………色々な意味で。

 

「元気だった?」

「そうね、相変わらずだったわよ、全く」

 色気づきやがって、なんて昔と変わらない台詞を告げるルージュに苦笑し。

 何だかんだこうやってちょくちょく様子を見に来ている辺り過保護なお姉ちゃんだよなあ、なんて思ってまた笑う。

「何よ?」

「いや、別に…………」

「…………ふん」

 何だか少しだけ昔に戻ったみたいで懐かしいな、と思いながら。

 

「ああ、そうだ…………これ、あげる」

 

 そう告げて、ルージュが差し出してきたものを見る。

 

「…………なにこれ?」

 

 石だった。ただ何と言うか、普通の石じゃない。

 透き通った琥珀色の不思議な石。

 

 中に模様…………いや、文字だろうか? が入っている。

 

「森の中に落ちてたのよ、ただの石ころにしては綺麗だし、人間ってこう言うの喜ぶんでしょ?」

 

 もしかして宝石のことかな、なんてルージュの勘違いを察して苦笑するが。

 

「それに、けっこうやばそうだし」

 

 続いて告げた言葉に、眉根を潜める。

 

「やばそうって…………これが?」

 

 そんな自身の問いにルージュが頷く。

 

「何と言うか、エネルギーの塊と言うか、力を凝縮して詰め込んだような…………ポケモンが取り込んだらそのまま耐え切れずに内側から弾けそうな感じ」

「……………………うん…………?」

 

 なんか、僅かに知識に引っかかりを覚える。

 

 だがそれが何なのかどうしても思い出せない。

 

「まあとにかく、ゾロアたちが勝手に口にいれたりしたら大変なことになりそうだし、ハルトにあげるわ。アンタなら何かに使ってくれそうだし」

 

 それだけ告げるとルージュが森へと消えていく。

 

 その後ろ姿をしばらく見送り。

 

「……………………うーん?」

 

 もう一度手の中の石へと視線を落とした。

 

 

 

 




更新遅くなりました(

お願いです店長…………試験日前日になって「明日試験だよ?」とか言わないでください(白目)

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