ポケットモンスタードールズ   作:水代

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Who am I?

「戻ったか…………それなら、早速やるぞ」

 散歩から戻ってきて早々、玄関前で何故か仁王立ちしているパッパがそう告げる。

「やるって…………何を?」

 何のために引き止められたのかすら分かっていないのに、いきなりやるぞ、と言われ多少困惑しつつ尋ねれば。

 

「勉強だ」

 

 端的に、短く、そう告げた。

 

 

 * * *

 

 

 トレーナーズスキルはトレーナーの『指示』だ。

 

 少なくとも自身はそう思っている。そう思っていた、勝手にそう信じていた。

 

「トレーナーズスキルは主に二種類に分けることができる、能動型(アクティブタイプ)受動型(パッシブタイプ)だ」

 

 だから、最初の一言目からして、初耳だった。

 

「以前お前に少しだけ教えたのは、本当に触りの部分に過ぎない。だから本当はジム戦で見込みがありそうならば教えてやろうかと思っていたんだが」

 まさか勝つとはな、と少しだけ呆れた様子のパッパ。

「トレーナーズスキルはトレーナーの『色』だ。固有戦術に極めて深く関わっている。これがある、無しで戦術の格がまるで違ってくると言っても過言ではない」

 

 確かにその通りだろう。普通にポケモンバトルしていては、パッパのようなふざけたトレーナーズスキルの優位に押しつぶされるのが関の山だろう。

 今回勝てたのは、事前にどんなトレーナーズスキルがあるのかを知っていたから。だから知らないスキルが出てきた最終戦はあれほど混乱してしまった。

 

 はっきり言って、トレーナーズスキルはトレーナーズスキルで塗りつぶせないとほぼ勝ち目がない。

 

 先のメガガルーラを見れば分かるように、何をすればいいのか分からず、打てる手が無くなるのだ。

 

 あの時は咄嗟の交代でなんとかなったが、実際あんなものは本当に偶然に過ぎない。

 ただがむしゃらだった自身の判断と、残っていたポケモンの役割が偶然相手のトレーナーズスキルの穴を突いただけに過ぎない。

 

 “デッドライン”。昨晩の内に父さんから教えてもらったパッパのトレーナーズスキルの一つ。

 手を捨て、足を捨て、守りを捨て、牙の最後の一本が抜け落ちるまで抗い、噛み付くそのトレーナーズスキル。

 やっていることだけを見れば、ただ単純に意地だけで耐えているだけのことだ。

 

 原理としては『きあいのタスキ』や『きあいのハチマキ』と同じと言える。

 

 ただ持ち物でなく、トレーナーの『指示』と『信頼』でそれを行う、と言うのがポイントだが。

 

 トレーナーのために、そして倒れた仲間たちのために、倒れるわけにはいかない、負けるわけにはいかない。負けるか、負けるか! 絶対に負ける物か!!!

 

 そんな強い意思によって発動するスキルであり、それを『指示』できるだけの『信頼』が必要となる。

 

 自身がトレーナーのためならば命を懸けるだけの『覚悟』。

 

 仲間の思いを一心に受け絶対に無駄にはしないと言う『矜持』。

 

 この二つを宿せることができれば使えるようになる、と父さんは言う。

 だがその両方を持っていれば、自身でもそれが『指示』できるようになるかと言えば、そう言うわけではない。

 トレーナズスキルは技術だ…………だがその技術は余りにも個人の性質を反映している。

 

 

 ――――制圧せよ、蹂躙せよ、眼前の敵を討ち払え、行く先の壁は全て打ち砕け。

 

 

 シンプルで分かりやすい力押し。父さんの目指す理想とはつまりそう言うものらしい。

 だがそれは自身には理解できない。理解できても共感できない。

 

 だからこそ、自身には()()()のトレーナーズスキルは使えない。

 

 同じ言葉で『指示』を出しても、そこに熱が無いから。『指示』する言葉に込められたポケモンたちを燃え上がらせるほどの『熱』こそがセンリのトレーナーズスキルの根源。

 そしてその『熱』を長年受け続け、トレーナーの意思を反映してきた長年の仲間たちだからこそ、できるのが“せんいこうよう”、そして“デッドライン”。

 

 父さんが言ったトレーナーズスキルはアクティブとパッシブに分かれるとはつまりここの話だ。

 

 “せんいこうよう”はパッシブ…………つまり、特に何か言う必要も無く発動する。

 必要なのは『連帯感』。戦意高揚…………つまりパーティを一つの軍団とし、敵を撃破するごとに()()を上げていく。

 士気…………つまり、ポケモンたちの戦意の高さによって普段以上の力を引き出すこと、それがこのスキルの正体であり、そのためにはパーティ全体が一体となるような『連帯感』を事前に仕込む必要がある。

 

 これは育成の分野にも大きく関わる話であり…………。

 

「ある意味、裏特性とはパッシブ型のトレーナーズスキルの派生とも言える」

 

 同じポケモンに仕込むものではあるが、肉体的もしくは精神的にトレーナの意思を反映した“育成”を行い、そしてそれをトレーナーが()()()()()()()()()ものがトレーナーズスキル。

 そして技術的なものをトレーナーが恣意的に方向性を与えて“育成”したものが裏特性と言える。

 

「パッシブ型のトレーナーズスキルは裏特性と違って複数仕込むことができる…………ただそれが必ずしも良いとは限らない」

 

 パッシブ型はつまり、実戦の中でトレーナーの『指示』が実行できるように、事前にそのための下地を作っておく、と言うことになる。つまり肉体や精神をある一定の指針へ『特化』させるのだ。

 だが『特化』させれば『弱体化』してしまう部分もどうしても出てしまう。

 

 例えば“せんいこうよう”は強力なトレーナーズスキルだが、敗北を重ね続けたり、ポケモンに酷いことをしたりしてトレーナーへの信頼が無くなってしまうと一切の効果を発揮しなくなる、どころかどんどん戦う意思が弱くなってしまうらしい。もしくは、相性の悪いポケモンと組んだり、不仲になってしまったりして『連帯感』を失くしてしまっても同じ。

 

「これは精神面で仕込んできた結果、デメリットが主に精神面に来ているからだな」

 

 メリットがあれば、同じだけのデメリットも孕む。

 必ずしもパッシブ型スキルはたくさん入れればいいわけではない由縁である。

 

「メリット、デメリットはしっかり考えて、トレーナーがそれを補えるようにしなければ、パーティがどんどん機能しなくなるぞ」

「なるほど…………」

 

 リスクリターンの管理は重要だ。それは実機時代からあったことだ。

 

 そして。

 

「アクティブ型はトレーナーの本質が関わるものが多い」

 

 例えば“デッドライン”のような先も言ったような、トレーナーの本質に触れ続けることで、トレーナーに()()()とでも言えばいいのだろうか。長年連れ添ったポケモンと言うのはトレーナーの性質の影響を大きく受けるらしい。それによって目覚めることもあるのだとか。

 

「だが逆に全く関わらないものもある」

 

 例えば技術的なもの、とか。

 

「それって裏特性と何か違うの…………?」

 

 だが聞いた限りでは、その区別が分からない。

 それを尋ねると、父さんがやや困ったような顔をしながら。

 

「あー…………明確な差異があるわけではないんだが。トレーナーが指示をして初めて発動するのがトレーナーズスキル。指示しなくても発動するのが裏特性、と今のところは分けられている」

 

 と言っても、そんなに違いは無いんだがな、とは父さんの言葉。

 

 なるほど、と一つ頷きながら。そうして最初の授業は終わりになった。

 

 

 * * *

 

 

「うーん」

 考える、考える、考えこむ。

「あの…………どうかしたの、ご主人様?」

 一階のリビングのソファーに胡坐をかいて座りながら唸っていると、通りがかったシャルが首を傾げて尋ねてくる。

「…………うーん、シャルから見て、俺ってどんな人間?」

「え…………えっと」

 少し戸惑ったような風に、シャルが言葉を詰まらせて…………。

 

「えっと…………ね…………かっこいい、人…………かな」

 

 少し頬を赤らめ、照れたようにそう告げるシャルに、こちらまで恥ずかしくなってくる。

 

「ご主人様は…………悩んでも、迷っても…………それでも最後には自分で決められる人だから…………だから、そんな在り方は、ボクにとっては憧れるし、かっこいい生き方だと思う」

 

 シャルがそう続ける、そんな言葉に思わず言葉に詰まり。

「…………父さんなら、そもそも悩まないし、迷わないだろうけどね」

 苦笑しながらそんな風に誤魔化す。

 けれど、シャルが自身を見て、首を振る。

 

「それは…………()()んだ。悩んでるから支えたいし、迷ってるから手を差し伸べたいんだ…………悩まないし、迷わない人は…………ボクには()()よ」

 

 そんなシャルの言葉に、なるほど、と一つ頷き。

「良く分った、ありがとう」

 そう告げればシャルが二度、三度こちらを見て…………やがて去って行く。

 

 

 悩むから支えたい、迷うから手を差し伸べたい…………か。

 

 

 なるほど、確かにそれは自身にも理解できる。

 悩まないし、迷わない、そんな人は確かに()()

 だってそんなの、自身が必要とされる領分が無いように思えてしまうから。

 

 きっとそれが…………自身の“本質”なのかもしれない。

 

 本質を探せ、と父さんは言った。

 

 トレーナーズスキルはトレーナー本人の気質が最も重要であると。そう言った。

 

 だから考えて、考えて…………自分のことなんて、自分が一番分からないものだ。

 だから聞いてみた、みんなに。

 

 “俺はどんな人間?”

 

 シアは言った。

「優しい人です」

 

 シャルは言った。

「かっこいい人だよ」

 

 チークは言った。

「頼りになる人サ」

 

 イナズマは言った。

「あったかい人、です」

 

 リップルは言った。

「安心できる人かな?」

 

 それから。

 

「何やってんの?」

 ソファに深く沈み込みながらだらけていると、エアがやってくる。

 手に持っているのは牛乳の入ったコップ。昔から身長が伸びないのを悩んで毎日飲んでいるのは知っている、涙ぐましい努力である…………五年経ってもまるで成果が無い辺り、涙無しでは語れない。

 そんな自身の視線に気づいたのか、僅かに目を細め。

「…………何よ」

「いや、何でもないよ?」

 言ったら殺されてたかもしれない、なんて思いつつ。

 そう言えばエアにはあの質問をしてなかった、と問いかけてみる。

 

「…………は? アンタがどんな人間かって…………?」

 急になんだ、と言った様子で、少し呆れたような表情で、どこか訝し気にこちらを見ながら。

「決まってるじゃない」

 それから一つ息を吐き。

 

()()()()()()()()

 

 彼女はそう言った。

 

「五年前から何か変わったように見えて、結局何も変わっちゃいない。怖がりで、先に不安ばかり感じていて、何よりも自分を信じられない臆病者」

 

 ふざけるな、とか。

 バカにするな、とか。

 そんなこと一言でも言えたら良かったのかもしれないけれど。

 

 言えなかった…………何も。

 

 本当のこと過ぎて、何も言えなかった。

 

 黙してそれを聞く自身をエアが一瞥し、鼻を鳴らす。

 

()()()

 

 そっぽを向くように顔を背け、両目を閉じ。

 

「アンタはそれでいいのよ」

 

 片方の目を開きながら、半分だけ顔をこちらへと向ける。

 

「バカみたいにびくびくして、有りもしないものに怯えて、見えもしない未来に不安ばかり感じてて、自分のことなんて何にも信じられないただの臆病者でも」

 

 それでもね、と彼女は続ける。

 

「アンタは私たちを信じてくれている。だから私たちもアンタを信じてる。それで良いし、それが良い」

 

 気づけば、離れていたエアとの距離がぐっと縮まっていた。

 エアが自身の目の前に立っているのだと、今になって気づく。

 

「私は、アンタだから信じられるし、アンタにだけは信じて欲しい」

「信じてる…………エアのことは、信じてるよ」

 

 きっと、誰よりも。

 そして、何よりも。

 

「アンタは臆病者だけど、逃げ出さない。他の人より警戒心が強いだけであって、怖がっていても、足掻こうとする」

 

 エアが近づく、目と目を合い、エアの顔が間近に迫る。

 

「アンタは臆病者よ…………でも腰抜けじゃない」

 

 赤く輝く綺麗なその瞳に目を奪われる。

 

「アンタはそのままでいなさい。そんなアンタだから、私は好きになったんだから」

 

 そうして告げられた言葉に意味を理解するのに、数秒、沈黙が続き。

 

「え…………?」

「あ…………」

 

 意味を理解した自身が思わず漏らした声、そして自身が告げた言葉の意味を今更理解したエアが顔を真赤にして。

 

「ち、違うわよ…………そう言う意味じゃないわよ? 分かってるわよね? 勘違いしないでよ?」

「え…………あ、うん…………わかっ…………たよ?」

「本当に分かってる? あーもう! アンタが変なこと聞いてくるから余計なことまで言っちゃったじゃない、もう知らないから、一人で考えてなさいよ!」

 

 怒っているような…………照れ隠しのような。まあ帽子で顔を隠しているところを見ると間違いなく照れ隠しだろう。

 茹ったかのように顔を真赤にしながらエアが速足で去って行く。

 

「……………………どうしよう、これ」

 

 一人残された空間でぽつりと呟く。

 

 頬が熱い。

 

 動悸が激しい。

 

「…………何だろうこれ」

 

 こればかりは、いくら考えても分かりそうに無かった。

 

 

 




と言うわけでトレーナーズスキルについてのあれこれ。
あとエアを愛でる回。




なんで遅くなったのかって?
初めてのラスベガスで遊んでたからだよ(

ラスベガスってすごいところだなあ。

まさか自由の女神がスフィンクスに乗って襲い掛かって来るとか(

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