主同士の争いから逃げ続け、ようやく騒音が聞こえなくなったところで足を止める。
呼吸は荒くなり、足も最早棒のように重い。
「チーク…………周囲…………は?」
先行させていたチークに問い、チークが一つ頷く。
「問題無しさネ」
その言葉に、思わず地面に座りこむ。
安全が確認された途端に全身から疲労が噴き出し、体が鈍重になっていく。
「はあ…………はあ…………」
ゆっくりと、呼吸を整える。リップルがバックパックからもう一度水筒を渡してくるので、礼を告げつつ、中身を飲み干していく。
「思ったより…………水の消費速い、かも」
確実に想定以上のペースで消費してしまっている。それでも五日分くらいは用意はしているが、この調子で飲み続けていたら足りなくなるかもしれないと少し危惧する。
いや、それよりもさらに問題はいくらでもあるのだが。
「…………やばいな、想像以上かもしれない、近道」
思わず零したその言葉が素直な本音だ。
敵がわんさか出てきてそれを薙ぎ払いながら進む感じの道なのかと思っていたが。
まさかまともに戦ったら崩落で殺されそうになるとは思いもしなかった。
ちらり、と後方、自身が走ってきた方向を見る。
暗闇が広がるだけでそこには何も見えない。
洞窟のかなり奥に来てしまったと予想して、マップを開く。
ナビには現在地表示機能があるので迷うことはほぼ無いが…………。
「…………地下一階…………?」
特に段差を下った覚えは無いが、けれど暗い洞窟内で急勾配ならともかく、緩やかな傾斜道が続けばあれだけ慌てていては気づかなかったのかもしれないと予想する。
視線を上げると、周囲をきょろきょろと見まわしながら警戒を続けるチーク。そしてこちらを向いていたため視線がぶつかり、きょとん、と首を傾げるリップルの姿。
そして腰にはボールの中に他四人もいて。
「…………ふう」
一つ息を吐く。大丈夫、みんながいる。
だから大丈夫、と何度となく内心で呟く。
少し参っているのは確かだ。精神性はともかく、肉体的には成長したとは言えまだ十歳。
このサバイバル染みた洞窟探検は中々肉体的にくるものがある。
そうして体が参れば精神まで弱ってしまう。
「…………少し休憩しようか」
先ほどもしたばかりだが、無理をすれば命まで落としかねない。
幸い洞窟内には先ほど休んだ時と同じような岩場はいくらでもある。岩に腰かけ、深呼吸する。
もう一度マップを確認し、ここからどう進むのか思案する。
当初の予定としては塞がる敵を全てなぎ倒しながら最短ルートを進む予定だったのだが、残念ながらそれをやっていては生き埋めコースになることが分かった以上、予定を変えざるを得ない。
さて、どうするか、とそう考えた時。
ぐう、と腹の音がなる。
そう言えば結局先ほどはお昼ご飯食べ損ねたな、と思い出す。
バックパックの中にとっさに突っ込んだお弁当を取りだす、一応湯煎は終わっているから食べることはできるだろう。
蓋を開けると多少中身が乱雑になってはいるが、元々リゾットがいっぱいに敷き詰められているだけだ、それほど気にすることも無く口に運び、もそもそと咀嚼する。
人間腹に何か入っていると気持ちが落ち着くものだ。
いざ冷静になってみると、先ほどまでの自身が気が立っていたのだとようやく気づく。
「…………そうか」
そうしてゆっくり、もう一度冷静に思考を見つめ直せば。
「…………うん、そうしようか」
意外とあっさり正答と言うのは導き出されるものだ。
* * *
“らせんきどう”
“おんがえし”
高速で飛来したエアがすれ違い様、宙を飛ぶゴルバットに一撃叩き込み、一瞬で『ひんし』に追い込む。
その後ろをゆっくりと追い縋ると、先行させていたチークが戻って来る。
「どうだった?」
「いるヨ、この先に二匹」
その言葉にエアへと視線を向け、エアが頷く。
「イナズマ」
「はい」
ボールからイナズマを出し、待機させ。
ふわり、とエアが宙に浮かび上がる。
とん、とエアが空を蹴り、ごう、と高速で飛び出す。
「イナズマ」
「っや!」
ぱちん、と指先から激しく放電させ、一瞬洞窟内に光が満ちる。
“らせんきどう”
“おんがえし”
暗闇の先、一瞬照らされた二体の野生のヤミラミへと接近し、一撃を叩き込む。
つまり、まともに戦ってたら危ないなら、奇襲して一撃で沈めてしまおう、と言うわけだ。
実際のところ、先ほどからこれで比較的安全に進めている。
ただそれがいつまで通用するか分からないが。
それに他のトレーナーに知られないようエアは使わない予定だったのに、出してしまっている。いや、これは予想以上にチャンピオンロードが危険だったため、仕方ないことだとは思うのだが。
それにどのみち、主などの一撃で倒せない相手が出てきたらまた同じような結果になるだろうことは予測できる。
「マップは…………まだ半分も終わってないかあ」
初日だし、これだけ進めば十分なのではないかと思う。
恐らく最短三日と言うのは、中で戦ったりして遅れながらの数字だと思うし。
実際のところ、距離だけで言うなら一日程度…………子供の足ならば一日半ほどで抜けれるのだろう。
ナビの時刻はすでに夕方を回り、夜に差し掛かるかと言ったところ。
正直、いつ主が出てくるのか、びくびくしているところはある。
単体ならば勝てない相手ではないと思う。だが普段やっているトレーナーとのバトルとは違い、ルール無用にいつ何時どこから現れるのかすら分からない相手とこんな暗い洞窟の中で戦うと言うのは神経をすり減らす。
しかも仮に主の一匹を倒したとして、最低でももう一匹主はいるし、しかも他の野生のポケモンたちも数多くいる。主を倒してはいそこでお終い、と言うわけにはいかないのだ。
出し惜しみをしていては先に進めない、かといって死力を尽くせば後に続かない。
本気ではやっていても、余力が必要となる。
「…………今日寝るところを探そうか」
正直、夜になってから探していては余りにも遅いのだが、しかしながら少しでも距離を離しておかなければ、先ほどのバクオングやボスゴドラがまた現れないとも限らない。
行き止まりのような箇所があれば警戒もしやすい、反面敵がやってきたら逃げられないのだが、そこは挟まれないだけマシだと考える。少なくとも自身が育て上げた彼女たちならば、少々連戦した程度では問題無いだろうと思う。
残念ながらマップに安全な場所や安全に寝れる場所なんて都合の良い物は書かれていないので、自身の足で見つけるしかないようだ。
そうしてしばらく歩いてみて、良さそうな場所を見つける。
「よし、じゃあここでいいか」
洞窟の壁に亀裂が走っており、照らしてみれば奥に空洞が見える。
どうやら自然にできたものらしく、恐らく原作ならば“ひみつのちから”を使えば秘密基地でも作れそうな場所だ。
原作だとチャンピオンロードには秘密基地は作れなかったが、現実ならそういう事もあるだろう。
「と、言うわけでエア」
「はいはい」
エアをボールから出すと、エアが壁の亀裂へと近づき。
「えいっ」
“
突き出した拳の一撃で亀裂を広げ、壁を粉砕する。
加減はされていたらしく、ちょうど人一人やっと通れるくらいの穴が開く。
子供の自身ならば余裕と言ったところで、潜り抜け、チークたちを呼び戻す。
四方二メートルほどの手狭な空間ではあったが、それでも周囲を壁に囲まれ入り口が今潜ってきた一つだけ、安全が確立されたこの空間は、チャンピオンロードに入ってきて一番安らげる場所でもあった。
「入り口塞いだほうがいいのかな?」
岩は砕けてしまっているので、バックパックの中から着替え用の黒いティーシャツを一枚取り出し、穴に上手く引っ掛けてみる。
どうやら松明が置かれているのは地上部分、だけらしい。地下一階のこの場所にはそれらしきものを一度も見ていない、どころか舗装されたような後も無いことから、完全に自然のままの姿を残しているのだろうと予想する。
「んー…………エア」
正直空間が狭いので全員ボールに戻していたのだが、一度ボールからエアを出す。
ただでさえ狭い空間がより狭くなってしまった感じはあるが仕方ない。
「………………………………」
「エア?」
横の狭さもあるが、それ以上に想像以上の天井の低さに、意図せず抱き着くように密着する形になってしまっているが、それはともかくエアが無言でこちらを見つめる。
「…………え…………あ…………ち、近いわよ」
ふい、と顔を逸らし、帽子で顔を隠そうとするが、天井の狭さのせいで上手くいかない。
「………………………………」
「………………………………」
そう可愛い反応されるとこちらまで恥ずかしくなってくるんだけど…………。
なんて思いながらちらり、とエアのほうを伺うと、エアもまた帽子の上からちらりとこちらを見てきていて。
「…………何か言いなさいよ」
「…………うん、取りあえず」
なんか途端に緊張感薄れてきたなあ、なんて思いながら。
「後ろの壁適当に砕いて…………もう少し空間拡張しないと、他の子たち出せないから」
「…………ちょっと退きなさい」
エアのほうが入り口側にいるので入れ替わるにはそのままぐるりと互いに回ればいいのだが、密着状態なので必然的に抱きしめるようにして体を回すことになる。
「ぎゅむ」
「え…………あ、ごめん」
天井に押し付けられ、エアが潰れたような声を出す。一方自身はと言えば押し付けられた柔らかい感触に思考がほぼフリーズしていた。
うわあ、うわあ、うわああ、と内心で絶叫しながら、ようやく互いの位置を入れ替え。
「せい!」
エアが拳を固めて岩壁を殴ると、ずどん、と鈍い音が響き壁が砕ける。
ぱらぱらと、粉砕された岩が地面に零れ落ちる。
さらに二度、三度と殴ると、四方二メートルほどだった隙間が押し広げられ三メートルほどにまで広がった。
天井のほうも掘削して、エアが少し浮かび上がっても大丈夫なくらいまで広げた。
そして砕けた岩を入り口から投げ捨てておく。
これでもし入り口の前を通ったら砂利の音がするだろから、簡易的な警報代わりだ。
「じゃあ、後は全員夕飯にして今日はもう寝ようか」
安全な内に寝て、危険が迫れば即座に起きる態勢を作っておく。
ホント…………チャンピオンロードは地獄だわ。
ナチュラルにサバイバル思考に切り替わってる自身に割と驚きつつ、そんなことを考えた。
* * *
深夜…………と言っても、太陽も月も見えないせいで、いまいち時間の感覚が狂っているが。
ふと目を覚ます。
眠気と倦怠感が全身を襲っている。今にもまた目を瞑って寝てしまいたい気分ではあるが。
「……………………今、何時?」
僅かに開いた瞼。けれど真っ暗で何も見えていない以上、手さぐりにナビを探し。
ようやく辿りよせたナビを起動し、時間を確認する。
日付を超える直前、と言ったところか。
四時間くらいは眠れたらしいが、まだまだ寝足りないと全身が主張している。
それだけ深く疲れが残っている、と言うことなのだが。
「…………眠れない」
どうしてだろう、眠れない。
そわそわしてしまい、どうにも落ち着かない。
ひりついた空気。まるで主が目の前にいるかのような緊張感。
おかしい、この場所は比較的安全なはずなのに。
入り口を見やる。覆いかぶされたまっ黒なTシャツは一切の光を通さない。
だが向こうからは特に何の音もせず、気配も無い。
「……………………うーん」
どうにも生死すらかかった状況下で神経質になってしまっているのだろうか。
そんな風にも考える。ただの気のせい、と言えばそれまで。
だが…………そんなに甘い場所ではないことは、すでに分かり切っているはずだ。
「…………念には念をいれる、か」
ナビ画面の明かりを頼りに、ボールの一つを手繰り寄せる。
こんこん、とボールをつついてみるが反応は無い。
「…………出てこい」
スイッチを押し、中から飛び出す一つの影。
「チーク」
敷物を地面の上に敷き、上からタオルケットを被せただけの簡易的な布団の上でチークがすやすやと寝息を立てている。
起こすのは忍びなかったが、それでもその肩を揺らす。
「ん…………あ…………んー…………」
チークが呻き、ゆっくりと、眼を開く。
「…………とれー…………なあ…………?」
「寝ているのに、悪い…………少し、様子を見てくれないか?」
眠そうに目を擦り、チークがゆっくりと上半身を起こす。
「んー…………どうしたのさネ?」
「何があったってわけでもないけど……………………けど何だか、嫌な感じがする」
根拠のあるわけでもない話、けれどチークはふむ、と一つ頷き。
「なら一つ見てくるヨ、トレーナーはここで待ってて欲しいネ」
「悪いな…………頼んだよ」
あいあい、と呟きながらチークがぴくぴく、と耳と尾を揺らす。
向こう側に何もいないと判断したのかそろっと入り口を隠していた服を外し、するりと抜け出す。
そうして入り口から顔を覗かせた。
瞬間。
「っ?!」
がばっ、と、即座に入り口から戻ってき、再びTシャツで入り口を隠す。
「チーク?」
「しー!」
口元に指を当て、静かに、とジェスチャーする。
チークのそんな様子に、自身もまた口を閉ざし。
どすん、どすん、と音が響いてきた。
「「っ!!」」
チークと目を合わせ、けれど動かない。と言うよりは動けない。
どすん、と言う足音は段々と近づいてくる。
随分と重い足音だ…………バクオング、もしくはボスゴドラか。もしくはまた別のポケモンかもしれないが、どちらにしてもかなりのサイズがあると見た。
余り相手にしたくない…………このまま過ぎ去ってくれるか?
考えている内に、足音が入り口のところまで来て。
ぴたり、と止まる。
「…………………………っ」
ゆっくりと、音を立てないように息を殺し、手元にボールの一つを手繰り寄せる。
来るか…………そう身構え。
どすん、どすん、と再び足音が響き、段々と遠ざかって行く。
ぐるるるぅぅぅぅ
足音の主が低く唸りながら歩いていく。
その声に心臓をばくばくとさせながら、けれど安堵の息を漏らし…………。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
かなり遠くからだと分かるほどに反響させながら、それでもそんな距離からでも聞こえるほどの音を立てながら。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
それは複数の足音だった。群れだ、群れがまとまって走っているのだとすぐに気づく。
「「「「「オオオオオオオオオオォォォォォォウン」」」」」
それが鳴き声を上げながら入り口の前を通り過ぎていく。
そして、直後。
「ぐるごぎゃあああああああああ!!!」
「「「「「オオオォォウン!!!」」」」」
先ほど歩いて行ったばかりの巨体の主とそれらが遭遇し。
「オオオオオオオオォォォォォウン!」
「オオウゥン!」
「オオオオオォォォォォォォン!」
群れていたソレらだけが咆哮を上げ、そうして地響きを立てて去って行く。
「……………………何だ、今の」
背筋が凍る。
何だ今のは。
本当に。
何なんだ、ここ。
思わず泣きそうになった。
色々あって2話で終わらせようと思ってたチャンピオンロード編は。
5,6話構成の地獄のチャンピオンロード編へと変更されました。
チャンピオンロードの難易度がハードからルナティックへと変更されました。
さて、はっきり言っておく。
チャンピオンロード 真 の 地 獄 は こ こ か ら だ !!