時間にしてそろそろ夕方だろうか。
「…………やっと…………やっと着いた」
すでに疲労は極致へと達している。
当然と言えば当然だ。この暗い洞窟内の迷路のような地下をマップを頼りにしながら歩いてきたのだ。
しかも道中にはガブリアスの群れとか言う頭のおかしい群れバトルが発生するし、挙句の果てにマップの道は時折塞がれていて通れなかったりする。
その度に道を変えたり、行けそうなら塞いでいる障害物を排除したりして進み。
――――ようやく地下から地上へと繋がる道へとたどり着いた。
「…………長かった…………長かった…………本当に、長かった」
「長かったね…………マスター…………」
二度、三度と呟くほどに感慨深い。心なしかリップルも疲れた様子を見せていた。
ようやくこの地下から抜け出せるのだ。
恐らく、あのガブリアスの群れは地上には居ない。
正道があんなとんでもポケモンが大量に歩き回っているような難易度ならば、毎年の本戦出場者の数はもっともっと絞られているだろう。
恐らく正道から弾かれた強者たちが地下に住み着いているのだと予想するならば、ここから先の難易度は格段に下がるはずだろうと予想できる。
だからこそ、今度は逆に下から何か来ないか、チークに見張らせながら、ついてこさせている。
今のところ、何らかのアクションは無い…………どうやらこの辺りには何も居ないらしい。
傾斜のついた道をゆっくりと昇って行く。
バックパックが重たい。疲れもあるし、坂だと言うこともある。
上を見上げれば地上へと繋がる道が続く。
闇の中に吸い込まれていくようなその道にふと、不安を覚える。
「…………ふう」
一つ息を吐く。
見えない、と言うのはけっこう不安を煽る。
だからこんな気持ちになるのだ、と考える。
「…………そうだな、シャル」
ボールの中からシャルを出す。
「ひゃう…………ななな、なんでボクなんですかぁ」
暗さの余り涙目になっている辺り少し罪悪感を覚えないでも無いが、と言ってもシャル以外に適任が居ないのも事実。
「明かり出してくれ…………この暗さでイナズマ出したら目が潰れて何も見えねえよ」
「はう…………あう、分かりましたぁ」
ごう、と手の中に炎を生み出す。
途端に周囲に明るさが戻ってくる。
相も変わらず数メートル先すら真っ暗で何も見えないが、それでも最低限明かりがあるだけでも安心感がある。
シャルに炎を掲げさせ、再び歩き出そうとして。
瞬間、ぴくり、と視界の中で何かが動いた気がした。
「…………ん?」
「ご主人様?」
踏み出そうとした歩みを止め、視線を周囲へとさ迷わせる自身の様子に、シャルが首を傾げる。
ほんの小さな違和感。
「シャル…………もっと先まで照らせるか?」
「え…………は、はい」
神経質、疑り深いにもほどがある。
頭の中でいくつもの言葉が過って行くが、けれどそれらを無視する。
シャルが自身の言葉に、手の中の炎をひょい、と投げる。
浮き上がり、重力を共に落ちていく炎が、空中でぴたりと静止し、すう、と前方へと動き出す。
「凄いな」
「で、でも…………あんまり遠くまでは、照らせない、か…………ら?」
その言葉の通り、五、六メートルほど移動したところで炎が動きを止める。
「………………うん?」
シャルが視線を前方へと向け、言葉を止める。
自身もまたそれを見て、首を傾げる。
「…………壁の色が、違う?」
些細な変化、と言われればその通りだが。
洞窟の岩壁は苔の緑が混じった茶だが、途中からいきなりそれが紫色に変化している。
明らかに自然な色、とは呼べない。と言うか岩ですらない。
恐らく明かりを灯さなければ気づかなかっただろう、壁の色の変化。
上へと昇る道はこれ一本ではないが、けれどこの先に地上へと続く道があるのは確かだ。
戻る、と言う選択肢は現状無い。
だったら進む、と言うわけにもいかない。
少なくとも、それが何か分かるまでは迂闊に足を進めることができない。
「リップル、一度戻れ」
「はいはーい」
リップルをボールに回収し、持たせていた荷物を担ぐ。
重い…………ことは重いが、この二日で大分中身も消費してしまっているので、自身でも持てない重さではない。
それでもいざ、と言う時のために、肩紐を掴んだまま地面に荷物を置く。
いざ、と言う荷物が邪魔で動けない、なんてことにはならないようにしておく。
最悪…………捨てることも視野にいれるしかないだろう。
そんなことを思いつつ、隣に立つシャルに問うてみる。
「…………シャル、あれなんだと思う?」
「え…………えっと…………ご、ごめんなさい、ボクにも分からない、です」
困ったようにシャルがこちらを見つめてくる。
そんなシャルを他所に、しばし考え込み。
「シャル…………燃やせ」
「え…………あ、はい」
“シャドーフレア”
再び手の中に炎を生み出す、けれど今度の炎は…………黒い。
壁へと手をかざし、撃ちだす。
炎が紫の壁へとぶつかり…………瞬間。
「ぬごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
至近で爆発でも起きたかのように風が吹き荒れた。
「っな?!」
「あ、きゃあ!!?」
引き離されまいと、咄嗟にシャルの手を引き、抱き寄せる。風に押され、二転三転しながら数メートル坂道を転がったところで、勢いが止まる。
「ぐ…………しゃ、シャル、大丈夫か!」
「ごごごごごご、ご主人様、あ、ああああああ、頭」
腕の中のシャルへと声をかけると、シャルが目尻に涙を浮かべながらこちらの額の辺りを見ている。
手で触れてみれば、ぬるり、とした感触。
手の先にべったりとついているのは…………血。
認識した瞬間、くらり、と眩暈がするが、すぐに持ち直す。
「ご、ご主人様…………」
「大丈夫だ…………だから、前だけ見てろ」
腕の中からシャルを解放し、起き上がる。
視線を前方へと向ければ。
そこに紫の壁があった。
否、それは壁では無い。ポケモンの体の一部だ。
具体的に言えば。
頬の内側、と言うことになるのだろう。
「…………悪質過ぎる」
収縮していくその体はけれど未だ道いっぱいを塞いでも余りあるほどに大きい。
天井まで十、否、十二、三メートルはありそうなのに、その巨体は窮屈そうに天井に頭をつけていた。
横幅五メートルほどのそれほど狭くはないはずの道なのに、その巨体は壁に押し潰され、逆にその壁を押しつぶして無理矢理に空間を横に広げていた。
顔の上半分は暗すぎて見えはしないが。
それは下半分だけでも分かりやす過ぎるほどに明確な容姿をしていた。
地獄への片道、と言ったところか。
ガブリアスの群れが徘徊する地下。命がけで地下から逃げ出してきたトレーナーたちが地上へと繋がるこの道をほっと…………
その道の、闇の先に待っているものに気づかず。
そのまま
そう、目の前にいるそれは。
全長十五メートルを超える超巨大マルノームであった。
* * *
即座に悟ったことが一つ。
無理だ、逃げろ。
「スイッチバック! リップル!」
左手でシャルを回収しながら、右手でリップルを弾くように出す。
「撤退するぞ」
「了解だよ」
リップルが即座に足元の荷物を担ぎ直し、坂道を下って行く。
幸い、と言うべきか、巨大マルノームは道に出来た空間に完全にはまってしまっているらしく、動かない。
そして逃げ出した自身たちを追うこともしないらしい。
ぬお~~~。
間の抜けた声を発しながら、どこか名残惜しそうに自身たちを見逃していた。
坂を下りきった先で、チークがこちらを見て、驚いている。
「トレーナー? 戻ってきたのカい?」
「ああ…………はあ…………はあ…………とんでも無いのが、いた」
呼吸を荒げる自身の背を、リップルが摩って来る。
少しだけそれに癒されながら、もう大丈夫、と手で静止する。
「チーク…………周囲、大丈夫…………か?」
「ちゃんと電波は飛ばしてるヨ」
デデンネ、と言うポケモンの特徴の一つだが、電波を飛ばして遠くのいる仲間と連絡を取ることができる、と言うのがある。
これの応用らしく、電波を飛ばして周囲の存在を感知するレーダーのようなことができるらしい。
ただ洞窟内は非常に電波が乱反射しやすく、正確な位置が分からなくなるためこれまで使うことが無かったのだが、この場所は地上へと繋がる一本道しかない。つまり後方一方向だけを警戒すればいいため、こんな時にはかなり便利に使える。
…………ポケモンの姿の時に生えていたアンテナの役割を果たすはずのヒゲは一体、今この体のどこに生えているのだろう。
なんてふと思ってしまったが、それを思考の隅に追いやりながら、次のことを考える。
「まず大前提として」
ちらり、と逃げてきた道を見て。
「あそこは通れない」
端的にそう告げる。
「位置が最悪過ぎる。マルノームは体液が毒とか言う全身毒まみれなポケモンだ、もし倒して全身から毒が流れだして来たら、お前らはともかく俺が死ぬ」
坂道、と言う状況で、相手のほうが上方向にいる、と言うだけで非常に厄介だ。これが逆ならばいくらでもやり様はあるのだが。
通常のマルノームならばともかく、あのサイズだ…………下手したら毒の川が出来上がりそのまま坂道を流れてくる可能性だってある。絶対に死ぬ、それはポケモンは『どく』状態で済んだとしても、自身が絶対に死ぬ。
だから、もうこの道はすっぱり諦めるべきだろう。
「道は…………ここ一つじゃないしな」
とは言え、またあの地下を通って別の出口を探さなければならないと考えれば。
「…………覚悟、しないとダメか」
ため息一つ、懊悩を押し殺した。
* * *
ルートの変更を余儀なくされた、とは言え。
もう時間的に夜だ。しかも今日一日中、あのガブリアスの群れが徘徊する地下を通ってきたのだ。
さすがに疲れは隠しきれない。しかもようやくの思いでやってきた地上への道が通れないことが分かったのだ。
「あー…………動きたくない」
最早動く気力すら無く、ぐでり、と地面に敷いた敷物の上に倒れ込む。
場所は先ほどと変わらず、地上への道を下ったところ。
ここはそこそこ広い空間になっており、高さも二十メートルほどはあり、四隅までの幅も二、三十メートルくらいはありそうだった。
空間の先に、地上への道があり、途端に道幅が狭くなっているので分かりやすい。
反対方向には地下への道が続いており、ただし幅も高さもやや狭く、少なくとも、ガブリアスが突進しながら潜り抜けれるほどの大きさは無いので、奇襲される心配は無い。
とは言え、何があるか分からない。空間の中央を壁際に寄って敷物を敷き、簡易的なベッドにする。
しばしそうやって寝転んで、少しだけ気力を取り戻すと起き上がる。
サバイバルキットの中から携帯燃料を取りだし、その辺にいくらでも転がっている石で囲いを作ると、燃料を燃やして火を起こす。
季節は夏…………とは言え、日の光の届かない洞窟の地下だ。
外の暑さとは対象的に、非常に寒い。
さすがに水が凍るほどではないだろうが、前世で例えるならば室内でクーラーを最低温度にして一日かけっぱなしにしたようなそんな寒さだ。
服も予備に持ってきていた物を二枚上から重ね着して、体温を保っている。
洞窟内を歩き回り、体中汗ばんているせいか、余計に寒さを感じる。
「…………取りあえず着替えるか」
洞窟内で洗濯などできるわけも無いので、服は多めに持ってきている。
あとは…………まあはっきり言って衛生的とは言い難いとは思うが、風呂などあるはずも無いので、タオルを水で濡らして体を拭くのが精々だろう。
汗でぐっしょりと濡れた上着を脱ぎ捨て、冷たいタオルで体を拭っていく。
「あ…………そう言えば、血、出てたな」
タオルについた深紅に思わず目を細める。傷口に触れてみる、がすでに血は流れていない。何だろう自分の体はアニポケ仕様になってしまったのだろうか、と思いつつ、まあ実際はそれほど傷が深く無かったのだろうと予想する。浅く広く、ならばこれだけ時間が経てば血が止まっていても不思議ではない。
血にまみれたタオルをビニールに包み、バックパックに入れ直す。リーグに着いたら捨てるかと内心で思いつつ。
ふと流れてきた空気に、洞窟内の冷たさが余計に身に染み、背筋が震える。
それから背中も拭こうとして…………手が届かない。
「リップル、悪いけどちょっと背中拭ってくれないか」
リップルにタオルを差し出しながら、そう声をかけ。
「……………………じゅるり」
少しだけ頬を赤くしながら、こちらを見つめるバカを見る。
「…………オイ」
「…………っは?! な、何かなマスター」
「…………今のなんだ」
「え。何のこと?」
とぼけたような表情をしているが、紅潮した頬は隠しきれていない。
一つため息。最近ため息を吐くことが増えている気がする。
「背中、拭いてくれ」
「あ、はいはい、リップルにお任せだよ」
「…………本当に任せて大丈夫だよな…………?」
少し不安になった。
夕飯はまたレトルトだった。
今度は麺類だった。
正直カレーとか食べたいなあ、なんて思うが。
余り匂いの立つものを洞窟内で食べる、と言うのも無意味に居場所をばらしてしまうだけかと思ったので、こういうチョイスにしたのだが、まあ仲間内には割合好評だったのでまたその内買ってみようかと思う。
…………エア、それは明日の分だぞ。
食べ終わり、火を適当に始末すると、ボールの中からシアを出す。
「…………ふう、やっぱり一日中ボールの中だと息を詰まりますね」
解放感から軽く体を動かすシアに、地下へと続く方の道を見ているように頼む。
「そうですね…………私の出番はそうありそうに無いですし、それがいいかもしれません」
正直、他のトレーナーに見られる可能性を考え、シアを出す気は無かったのだが。
こんなところに他のトレーナーいるのか?
と言う当然過ぎる疑問に今更ながら行き当たり、結局出すことに決めた。
出し惜しみをして結果、損害を被るのは御免だった。
「おやすみなさい、マスター」
「ああ…………おやすみ、シア」
タオルケットを被り、目を閉じる。
久々にちゃんと眠れそうだった。
地下でガブに追い立てられ、焦って逃げてやっと見つけた地上への出口。
だがそこは十五メートル級マルノームの口の中と言う地獄への片道なんだよ!!!
因みにでかすぎて、道にすっぽりはまってるので、普通にやったら動けません…………普通にやったらね(ニッコリ
お仕事返って来ると疲れて眠くなって執筆できないのつらたん。
ようやく6連勤終わって水曜休みなので、もう一話更新したいんだどん。
恐らく、チャンピオンロード入って初めて平和な終わり方。
あと2話でラストスパート入るよ。下手するともう一話か二話増えるけど、許して(
ちょっと更新速度上げたい。速く三章終わらせたいし。
ところでなんでこんな鬼畜設定にしたのかって?
このくらい鬼畜じゃないと予選通過者落とせないから。
予選通過者はレベル100が基本だと思えば、分かりやすいだろうか。
レベル100の手持ちが6匹なトレーナーが100人いるわけで。
それを10人前後まで振り落とそうとすれば、この程度の難易度になる。
と言うか主人公がここまで地獄な目にあっているのは、わざわざ近道選ぶから。
正道か遠回り行ってれば野生のポケモンレベル70~80くらいしか出てこない。
地下はやばいのだよ、地下は(
まあ地上にもやばいのいるんだが…………まあこれは次回の話。
代わりにここまで一人もトレーナーと出会ってないので、少なくとも、チャンピオンロード内に限定すれば一切の情報露出してません。
正道通るとそれはもうトレーナーと連戦しまくるので、勝ってもほぼ情報面で丸裸にされます。
裏特性、特技、トレーナーズスキル。こんだけ知られたらまあ普通に勝ち目とか無いです、このレベルになってくると。
それらを一切知られないメリットと、危険だらけの地獄地帯と言うデメリット。
これでようやく釣り合いが取れる。
あと、ここに来れる救助隊とか、こいつら追い立てるリーグ何なんだよと言われると。
四天王とかチャンピオに要請がかかる。
つまり四天王およびチャンピオンの強さも分かるな?
俺はちゃんと作中で言ったぞ。
全国数万のトレーナーの頂点、トレーナーの聖地、強さの殿堂。
ポケモンリーグってのはそう言う修羅の住まう地だって。