「起きてください、マスター!」
無意識の底の底に埋もれていた意識が、突如響き渡った声と共に急速に覚醒する。
「っ! なんだ!?」
がばっ、とタオルケットを跳ね飛ばし、起き上がる。
すぐさま周囲を見渡すと、そこに自身を守る楯のように自身の前に立ち塞がるシアと。
その先、融解しドロドロの液状となった何かがあった。
真っ暗な闇の中、多少目が慣れたとは言え、正直何かがいる、程度にしか分からない。
ずぷ、じゅぷり、と水音を立てているから、何か液状のものだとは分かるがそれが何なのかはっきりとはしない。
「…………起きろ、イナズマ!」
咄嗟に枕元に置いてあったボールの一つを手繰り寄せる。
誰がどのボールに入っているかなんて目を瞑っていても分かる。
例え見えずとも、
ボールの開閉スイッチを押し、自身のすぐ傍にイナズマを呼び出す。
「マスター! 少し目を閉じてて!」
幸いにもシアの声で目を覚ましていたらしい、緊急事態を悟ったイナズマの忠告に従い、半分ほど目を閉じ下を向く。
直後。
ばち、ばちばちばち、と電気が弾ける。
瞬間。
洞窟内が光で満たされる。
一瞬の輝き、直視していれば目が潰れていただろうことは簡単に予想できた。
それでも半分閉じていた、しかも下を向いていれば入って来る光量は大分絞られる。
絞られて…………それでも目が痛くなるが、それでも見えなくなるわけではない。
少しずつ、光量が絞られていく。イナズマが光を弱めているのだ。
「マスター!」
そうしてイナズマの声と共に、視線を前へと向ける。
まだ少し眩しい感じはあるが十分に見える。
そこに居たのは、紫色の液状の何かだった。
まるでスライムか何かのようにドロドロと溶けて原型を留めないそれを、けれど即座に理解する。
「“とける”か!!? ってことはこいつ!」
降りてきたのだと直観する。すっぽり体が空間にはまっていても、ここまで溶けてしまえば後は放っておけば勝手に流れ落ちてくる。
そして今目の前で、ドロドロのその体が徐々に膨らみ、元の形を取り戻していく。
洞窟の天井にまで届かんとする全体的に丸い紫のその巨体。
つまり目の前のこれは。
「マルノームか!」
先も見た、超巨大マルノームに他ならなかった。
* * *
正直言おう。
「運が巡ってきた!」
ピンチ? 違う、これはチャンスだ。
自身があのマルノームを迂闊に倒せなかったのは、坂での立ち位置での問題だ。
確かに言ったはずだ。
これが例えば上下の位置が逆ならやり用はいくらでもある、と。
「イナズマ、光源打ち上げろ!」
「え、は、はい!」
つまり。
「…………シャル!」
「は、はい!」
寝坊助のこいつでもさすがにこの緊急事態では目が覚めるらしい。
繰り出したシャルに指示を出す。
「縫い付けろ!」
その指示と同時に、シャルが一歩、大きく踏み出す。
幸いにして、マルノームの影は巨大だ。
イナズマの手から放たれた輝きを放つ光の球が洞窟の天井に放たれ、大きく開いたこの空間を光で満たす。
真上から生み出された光はマルノームの巨大な影を産み出し。
「かげ、ぬった!」
シャルが影を踏み抜き、その動きを縫いとめる。
超巨大マルノームがその動きを止め。
荷物を抱えた自身がその脇を抜けていく。
マルノームは動かない。
走る、十歳児の体の小ささが恨めしいほど、その差の広がり方は小さい。
マルノームは動かない。
たどり着く。地上へと繋がる道、その坂の入り口に。
そうして。
「ぬごぉぉぉぉぉぉぉ~!」
マルノームが動き出す。
「戻れシャル」
影を踏み抜いていたたためやや距離の離れていたシャルをボールの中へと戻し。
「蹂躙しろ、エア!」
ボールを投げる。
「ルオオォォォォォォォォォォ!!」
咆哮を上げ、エアが飛び出す。
指輪に着けられたキーストーンへと触れる。
瞬間、エアの全身が光に包まれ。
メ ガ シ ン カ
“らせんきどう”
その姿を変えながら、飛ぶ力に回転を加えていく。
“すてみタックル”
ぐぉぉぉぉぉ、と轟音を響かせながら放たれたエアの一撃がマルノームの体に突き刺さり。
“そらのおう”
マルノームを抉るように軌道を逸らしたエアがその脇を抜け。
“らせんきどう”
そうして放たれた。
“すてみタックル”
追撃の一撃が。
「ぬ、ぬご…………おぉぉぉ…………」
今度は真っ芯からマルノームを捉え、その巨体が断末魔の声と共に、確実に地に沈めた。
* * *
マルノームが倒れたあの場所は。
そのまま体が溶けだしたマルノームが広がって行き、さながら毒沼がごとき光景となっていた。
「……………………見なかったことにしよう」
そうなんじゃないかな、と思っていただけにこの光景は悪夢だ。
正直、ポケモンならともかく、トレーナーが足を踏み入れたらそのまま死ぬんじゃないだろうか。
うっかりチャンピオンロードに即死ゾーンを作ってしまった気がするが。
「そう俺は悪くない、正当防衛…………これは正当防衛の結果なんだから」
実際のところ、あのマルノームを放置していても結局、この坂道で誰か死んだだろうから、大して違いも無いような気がする。
即死ゾーンが上から下に移っただけ、とでも言うのか。
薄暗い坂道を登りながらそんなことを考える。
ただし今度は最初からシャルに明かりを出させた。
さすがにあんな化け物もう一匹いるとは思えないが、それでも何も潜んでいないと考えるのは楽観が過ぎると言うものだろう。
そんな自身の不安は余計だったようで、何事も無く地上へとたどり着く。
篝火がところどころに見える。入ってきた時は、頼りなかったか細い火ではあるが、先ほどまでの地下を知ってしまうと、今はこの篝火でさえも頼もしく思える。
「…………生き残ったあ…………」
そう、もうガブリアスの群れに追い立てられることも無ければ、主同士の乱闘に巻き込まれることも無いのだ。あの主たちのテリトリーからこの場所は大分外れている。
そして。
「…………あった」
少し歩けば上へと続く坂道。
チャンピオンロードの道は原作でもそうだったが、地上、地下、地上二階と三層に分かれている。これは現実でも同じだ。
建物でも無い洞窟の話なので、二階、と呼ぶのは正しくないような気もするが。とにかく地上部分からさらに一つ上の層がある。
マップを見れば分かることだが、実はチャンピオンロードは地上部分には入り口があっても、出口が無かったりする。
じゃあどこに出口があるのか、と言われればこの二階部分になる。
つまりこの坂道を登って、歩いてけばこの地獄のような場所から出ることができる!
そう思えば希望も湧いてくる、と言うものだ。
さすがに地上部分にマルノームのような罠があるとは早々思わないが、それでも何があるかは分からない。
慎重に、慎重に。少しずつでも足を進めていく。
だが拍子抜けするほど何事も無く、坂道を登り、二階層へと到達する。
そうして。
「グゴォォォォオオォォォオオオォォォォォォォォォ!」
登り切った先の開けた空間にそいつはいた。
周囲は針山のように地面から突き出た岩がいくつもあるが、その内のいくつかはすでに折れている。
幅一メートルはありそうな地面から突き出た岩の柱が、である。
容易に想像できる、それが動いただけでそれが起こったのだと。
薄暗い洞窟の中、壁の亀裂から漏れる僅かな外の明かりを反射して鈍く光る
動く度、ずりずりと地面を引きずり、岩をへし折る長く太い巨体。
それはまさに、鉄でできた蛇と言ったところか。
ハガネール、そう呼ばれている…………少なくとも、自身が知っている限りでは。
優に二十メートルは超す…………下手をすれば三十、四十メートルを超えるかもしれない巨大なハガネールを本当に単にハガネールと呼んでいいのかは疑問ではあるが。
* * *
ハガネールがこちらに気づく。
「グルゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
咆哮を上げ、ずずずずず、と体を引きずりながら途端に迫って来る。
「っ、リップル!」
「了解だよ」
自身の後ろにいたリップルが、荷物を置いて前に出る。
“どくどくゆうかい”
最早指示の必要も無いほどに当然の選択とリップルがわざを出す。
指示が無い、と言うのはポケモン自身が選択する、と言うことであり、その分手が一手速くなる。
ゲーム風に言えば優先度+1、と言ったところか。
“アイアンテール”
ハガネールから放たれる鋼鉄製の尾がリップルへと飛来する。
「うぐっ…………ちょっと痛い」
二段階、防御を高めているとは言え、タイプ一致の物理技は痛いらしく、リップルが少し涙目になっていた。
「…………厄介だな」
『はがね』タイプには『どく』が通じない。
“どくどくゆうかい”は接触技にこそ効果を最大限に発揮すると言うのに、その肝心の接触技で『もうどく』にできない、と言うのは少し厄介だ。
とは言え、タイプ相性的に言えば、ここはシャルか。
そう考え、ボールを握り。
ずどん、と天井から凄まじい勢いで岩が落ちる。
「っ?! な、なんだこれ」
それと同時に、がくん、と全身に重さがのしかかって来る。
“ ち ょ う じ ゅ う り ょ く ”
「へっ…………え? え…………?!」
見れば、リップルも膝を折り、地面に手を突いている。その顔の驚きようを見る限り、リップルでさえもどうにもならないレベルの圧がかかっている、と言うことか。
何かがのしかかってきているような重さ。
ちょっとでも油断すれば、押しつぶされそうなそんな重圧がかかっている。
「ぐがあああああああ!」
動けない!!
精神的な問題では無く、物理的に重すぎる!!
だと言うのに、ハガネールは何事も無かったかのように…………否、気のせいでなければ
「ぬ、ぬうううあああああああああ!」
リップルが起き上がる、ほとんど気力だけで重力の枷を振り切って、起き上がり。
「リップル! シャルを出せ!」
絞り出した声がリップルに届き、即座にリップルが自身の手に持っていたボールをひったくると、スイッチを押し。
「かげぬった!」
最早目の前まで迫っていたハガネールの
“かげぬい”
ぴたり、とハガネールの動きが止まり。
“かげおに”
瞬間、全員が重力の圧から解放される。
「っ…………そういう事か!」
瞬間、何が起こったのか、理解する。同時に対策を打ち出す。
「シャル! トリックルーム!」
「えっ…………は、はい!」
シャルが念じるように目を閉じると同時、不可思議な模様が空間に広がって行く。
直後、ハガネールが動きだし、全身にかかる重圧が復活するが。
「グ…………グガ…………?!」
先ほどのような素早さが出ずに戸惑うハガネールに。
「シャル、燃やせ!」
「はい!」
“シャドーフレア”
重圧に晒されながらも何事も無かったかのように動くシャルがその手に黒い炎を産み出し、放つ。
「グギャアアアアアアアアアアアアアウオオオ!?」
『ほのお』の弱点タイプによるしかも特殊攻撃だ。さしものハガネールでも大ダメージは免れない。
「グ…………グルゥ…………」
唸り声を上げながら、こちらを睨むハガネール。
こちらも負けじと睨み返し。
シャルがいつでも次の攻撃が出せるように備え、リップルが何度でも立ち塞がると、自身の前に出る。
「…………グガァォゥ」
敵わないと見たのか、ハガネールがその体を引きずりながら去って行く。
その姿が完全に闇の中に消え。
十秒が経ち。
二十秒が経ち。
音も聞こえず、気配も無い。
完全に去ったのだとようやく理解し。
「…………こ、怖かった」
思わず息を漏れた。
* * *
リップルの回復だけ手早く済ませると、再び荷物を担いでもらい、歩きだす。
マップナビで見れば、出口はもう近い。
現在時刻六時前と言ったところか。
マルノームのせいで途中で起こされたとは言え、シアに見てもらえていると言う安心感から睡眠はしっかり取れたので体調は悪くない。
今日で三日目。このまま行けば、昼前にはチャンピオンロードを抜け出せるだろう。
準備期間まで入れればおよそ五日ほど。
一週間以内の到着、となれば一位通過も十分狙える。
色々ありはしたが、何だかんだ順調に進めている。
そう…………進めていた、はずだった。
「…………みーつけた」
目の前に、そいつが現れるまでは。
ハガネール Lv110
特性:がんじょう
裏特性:ギガイアス⇒戦闘開始時、場を「ちょうじゅうりょく」状態にする
わざ:アイアンテール、じしん、ヘビーボンバー、りょういきふうさ
ちょうじゅうりょく:ハガネール以外のポケモンの『すばやさ』をハガネールのレベル×2下げる、この時『すばやさ』が0以下になったポケモンは以降行動できない。全てのわざの優先度を1下げる。ハガネールの『すばやさ』をレベルと同じだけ上昇させる。全てのわざの優先度を1上げる。互いのわざが必ず当たる。特性『ふゆう』や、『ひこう』タイプのポケモンに『じめん』タイプの技が当たるようになる。また、技『そらをとぶ』『はねる』『とびげり』『とびひざげり』『とびはねる』『でんじふゆう』『フリーフォール』が使えなくなり、使用している場合は解除される。『テレキネシス』を受けなくなり、受けている場合は解除される。
特技:りょういきふうさ
分類:とおせんぼう+がんせきふうじ
効果:相手の『すばやさ』を100%の確率で1段階下げる、相手は逃げたり交代したりできなくなる。
裏特性の意味? これには深いわけがあってだな。ハルトくんたちは気づかなかったが、ハガネールさんの頭の上には最小サイズ0.4m級ギガイアスさんがいてだなあ。
H抜け5Vのギガイアスさんだが、Hの個体値が最低の0で、とてもHPが低い。
だからギガイアスさんはハガネールさんと一体化することで、自身の貧弱さを補ったのだ。そしてハガネールさんをサポートするためだけに、自身の才能リソースの全てを“じゅうりょく”にのみ割り振った結果、“ちょうじゅうりょく”へと変化したのだ。要するにヤドンとシェルダーみたいに共生して一体のポケモンとなってる。
言うなればギガハガネール。メガがありなら、きっとギガもあり。
そらのおう:“エア専用”トレーナズスキル(パッシブ型)。
『ひこう』わざを使った時、50%の確率でもう一度行動できる。
かげおに:“シャル専用”トレーナーズスキル(パッシブ型)
“かげぬい”が成功したターン、相手を対象とした相手のトレーナーズスキルや裏特性を無効化する。
ぶっちゃけ、シャルがいなかったら死んでたかもしれない(
この小説における裏特性、トレーナーズスキルの重要性を鑑みると、ひたすらチート街道を爆走するまいらぶりーえんじぇるしゃるたん。
珍しく連投。
次でチャンピオンロード編…………終われるといいなあ(