「…………みーつけた」
視線の先には光が見える。
つまり、出口。この地獄のような洞窟から抜け出す一縷の蜘蛛の糸。
だがその出口を目の前にして。
洞窟の出口を遮るように、一人の少女がそこに立っていた。
一言で言えば、和装をした十二、三くらいの齢の少女だった。
ショートカットに揃えられた黒い髪の中央に、小金に輝く髪が一房。着物とミニスカートを足したような青灰色の和装に、ざっくりと切り込みの入ったほぼノースリーブ状態の両肩と胸元から見える肌色。椿色の帯を腰に巻き、ガーターソックスと足袋ソックスを足したような靴下と時代錯誤な下駄を履いていた。
一番の特徴は何と言っても、腰に巻かれた体の半分は覆ってしまいそうなほどにおおきな青灰色のリボンだろうか。少女がその身を揺らすたびに、ふりふりとリボンもまた揺れる。
その手には鞘に収まった短刀があり、少女が短刀を鞘から抜き去る。
そうして、少女のダークブラウンの瞳が自身を射抜き。
少女がにぃ、と嗤う。
察する。恐らくこの世界で自分以上に目の前の少女のような存在について詳しい人間は居ないと自負できるほどに。
直感で理解する。本能が推察する。
「…………嘘だろ」
けれどそれが嘘ではないと自身が一番良く分っている。
つまり、目の前の少女が。
「……………………ガブリアス!!!」
ヒトガタなのだと。
* * *
「リップル!」
指示とほぼ同時、リップルが自身を塞ぐように前に出て。
“ファントムキラー”
一秒に満たない間に迫り寄ってきた少女の振り上げた拳がその腹部へと突き刺さり、一瞬で吹き飛ばされる。
“ちめいのやいば”
「う…………あ…………」
ぐったり、とリップルが地を転がり、そのまま起き上がってこない。
「クカ、クキャハハハハハハハハハハハハハハハ! 地下の“もどき”どもの一撃と一緒にすんなよぉ? アタイのが正真正銘本物の必殺の一撃なんだから」
その言葉通り、『ぼうぎょ』と積む間も無かったとは言え、たった一手でリップルを落としてきたその威力に戦慄する。
「その火力剥ぎ取れ、チーク!」
「あいよ!」
チーク…………と言うかデデンネとガブリアスの『すばやさ』種族値は101と102。ギリギリのところでガブリアスに負けており、しかも相手もヒトガタ…………つまり6Vポケモンで個体値も同じ。
だが努力値を考えればチークのほうが速い!!!
「“なれあい”」
「にひっ」
“なれあい”
チークが少女…………ガブリアスに迫り寄り、体を擦りつけるようにして技を発動させる。
「邪魔っだああああ!」
これで特性は消した。“すなあらし”が洞窟内で発生するとも思えないし、恐らく“さめはだ”だったのだろうが、後々エアを出すことを考えれば絶対に消しておきたい。
そしてトレーナー戦ではない野生のポケモンであることを考えれば
そしてガブリアスのタイプは『ドラゴン』『じめん』。
『でんき』タイプのチークは相性が悪いように見えて。
“ファントムキラー”
「キャハハハハハハハハハ…………あ?」
撃ちだされた一撃がチークを捉え…………けれどその身に1ダメージすら与えることなく
けれど勢いは止まらない、超高速で接近し体ごと繰り出した一撃の反動は
「っぐううううああああああああ!」
二転、三転と、少女が床を転がる。
「『ドラゴン』わざか!」
どん、ぴしゃり、と言ったところか。
デデンネのタイプは『でんき』そして『フェアリー』。
ただの酔狂だけでデデンネを選んだのではない。
600族はとにかく『ドラゴン』タイプが多い、対戦において戦うことの多かった『タイプ』だけに、対策の一つや二つは行う。
特にガブリアスの『げきりん』やサザンドラの『りゅうせいぐん』など一撃でこちらのエースを落としてくるような凶悪な攻撃をチークを出すだけで無効化できるのは非常に大きい。
『すばやさ』種族値の激戦区と呼ばれる100。これを抜くことのできる『フェアリー』タイプは二匹しかいない。
エルフ―ンか…………デデンネだ。
存外優秀なのだ、デデンネと言うのは。とは言うものの、対戦時代ならば僅か1の種族値の差で『すばやさ』極振りのガブリアスに競り負けてしまうのだが『ドラゴン』わざを読んで交代で出せば大体のガブリアスの『ドラゴン』わざなど“げきりん”なのだから、大して関係も無い。
余りの威力の高さに、もしかしたら、とは思いつつも張ったタイプ『フェアリー』と言う予防線が上手く当たったらしい。これで一手透かせれた。
特性は消した、『こうげき』も下げた。
次は。
「スイッチバック! シャル!」
転んで起き上がろうとするその僅かな隙を突いて、チークとシャルを入れ替える。
「っの! 小賢しいんだよ!」
ガブリアスが起き上がり、再び刃を構え。
“かげぬい”
「かげふんだっ」
その動きが止まる。
「…………ぐ…………の」
怒りの表情で、ガブリアスの少女がこちらを睨むが、けれど無駄だ。
「燃やせ」
“シャドーフレア”
黒い炎が少女を覆い尽くし、そして燃やし尽くす。
「グ、グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ガブリアスが炎に絶叫する。
『ドラゴン』タイプに『ほのお』は半減だが。
シャドーフレアは『ほのお』と『ゴースト』相性の良い方が通る、つまり等倍。そして“かげぬい”状態の敵に対して威力が2倍になる。
つまり、実質的にはタイプ一致の弱点技を受けたも同然である。
ガブリアスはその『こうげき』と『すばやさ』の高さが目立ちがちだが、耐久力も非常に高いポケモンだ。
『ぼうぎょ』種族値95の『とくぼう』種族値85は努力値の振り方次第で耐久受けすらできるほどの数値である。
だがそれでも。
シャンデラの『とくこう』種族値140からすれば余りにもか細い守りである。
「う…………ぐ…………あ…………」
全身を燃やし尽くされ、体のいたるところが焦げた少女がうな垂れる。
それでもまだ立っているところがさすがに6Vと言うべきか。
だがそれでも、まるで負ける気はしない。
ポケモントレーナーが率いるポケモンの群れと、野生のポケモンでは強さの次元が違う。
戦術を考えた強さ、そして戦略を組み込んだ育成ができるトレーナーに、ただ己が素の強さのみで戦う野生のポケモン。
確かに6Vと言うのは脅威だ。
しかもガブリアスの6V。その強さは計り知れない部分はある。
並大抵のポケモントレーナーでは歯が立たないだろう。
もしかすると予選通過者ですら敗北するだろうトレーナーもいるかもしれない。
それでも。
それは6Vとそれ以外と言う前提があってこそだ。
同じ6V同士、しかも手持ち全てがヒトガタの自身にとってその前提は当てはまらない。
同じ6V、種の頂点存在同士、その理不尽は言うなればお相子と言ったところ。
そうなれば後は育成と戦術、そして数の差が全てを決める。
確かにリップルを一撃で落としたその『こうげき』の高さには驚かされた。それは認めよう。
だが『こうげき』は2ランク下げられ、特性も消させ、挙句に『
つまり、これで。
「チェックメイト」
詰みだ。
地面に倒れ伏す少女を見下ろしながら、そう呟いた。
* * *
「ふ…………ふひゃ」
少女が嗤う。
「ひひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ひひひひ、キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!!」
その目が爛々と輝く。
でろん、とその口から赤い舌が突きだされる。
「ひっひひひひひひ、つええ…………つええなあ…………いひひひ。
少女が嗤う。
「トレーナーってのは理不尽だなぁ? 毎年毎年、飽きもせずにこんなあぶねーどーくつの奥まで来てよぉ?」
くつくつと、少女が嗤う、嗤う、嗤う。
「よえーやつは洞窟の中で群れに殺される。つえーやつは、
だから、と少女は嘲る。
「だからアタイはここにいるんだ、証明するために」
答えの無い自身を他所に、けれど何も気にしてない風に、少女が滔々と
「この山の主はアタイだ。一番つえーのはアタイだ、だから、そのために」
少女が視線を上げる。
「お前も死んでけよ」
舌先の石ころが輝いた。
ゲ ン シ カ イ キ
そうして、怪物たちの王が降臨する。
* * *
“さじんのおう”
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
山中に轟く咆哮と共に、目の前の
「…………おいおい」
呟く、呟かずにはいられない。
目の前で起きたことが信じられず、頭の中がフリーズする。
その隙を目の前の怪物が逃すわけも無いのに。
「ご、ご主人様!」
咄嗟、シャルが自身の前に割って入り。
“さじんのおう”
“ファントムキラー”
“ちめいのやいば”
刹那の間、シャルが切り裂かれ、言葉も無く倒れ伏す。
仲間が倒され、ようやくスイッチが入る。
「イナズマ!」
ボールからイナズマを出し、イナズマへと指示を出そうとして。
“さじんのおう”
“ファントムキラー”
“ちめいのやいば”
一瞬にしてその命が刈り取られた。
「クソがああああああああ! チーク!」
「やばいネ」
最早後が無い。それを認識し、ここが切り札の切りどころだと認識する。
“つながるきずな”
結ばれた縁が、紡がれた絆が、重ねられた思いが、繋がれた心が、エアが、シアが、チークが。
全員の思いを一つに重ねて、結び合せる。
絆、それが自身のトレーナーズスキルの本質と呼んで差し支えないだろう。
倒れた三人を除く、三人分×2段階の能力向上の全体共有合計化。
つまり、今この瞬間、チークには
「先んじろ! なれあい!」
優先度すらも霞むほどの圧倒的速度で、チークが弾丸のように飛び出し、反転し。
“さじんのおう”
砂嵐に目を霞んだその突進を、ガブリアスが避け。
“さじんのおう”
“じしん”
踏み抜いた地面が大きく揺れ。
「う…………あ…………」
一瞬にしてチークを『ひんし』に追いやった。
* * *
ガブリアスが変化を起こす直前のことをはっきりと思い出す。
舌先に乗せられた石が光り輝きだし、ガブリアスのその全身を覆い隠す球形の岩のようなものへと変化させる。
そうして一瞬、岩の表面に何かの文字のようなものが現れ。
そうして現れたガブリアスは、ヒトの姿からポケモンの姿へと変わっていた。
だがあれはただのガブリアスではない。
普通のガブリアスとはまた少し細部が違っているのもあるが、何よりも背が高すぎる。
変種…………?
いや違う。
知っている、あれを。
あの現象を。
メガシンカにどこか似ていて。
けれど決定的に違うあの光景は。
ゲンシカイキ
だがあれはグラードンとカイオーガ専用のメガシンカのような扱いだったはずだ。
何故ガブリアスが可能とする?!
* * *
「シア! 頼む」
「はい!」
残り手持ち二匹。
シアを先に切る。やることはもう一つしか無い。
“いのりのことだま”
何よりも、誰よりも早く出せるように必死に反復したわざは、ガブリアスの一撃より速く放たれて。
“さじんのおう”
“ファントムキラー”
“ちめいのやいば”
直後、ガブリアスの一撃によって刈り取られる。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ガブリアスが咆哮を上げる。
次はお前だ、とこちらを睨み。
「…………お前が最後だ…………お前が最後の砦だ」
ボールを掴む。最後の一つ。
「お前だけが頼りだ…………」
振りかぶり。
「頼んだぜ…………エース!」
投げた。
特性:さじんのおう
戦闘に出ている限り天候が『すなあらし』になる。天候『すなあらし』の時、自分の『すばやさ』ランク、回避率ランクを2段階上げ、タイプ一致わざの威力を2倍にし、『じめん』『いわ』『はがね』タイプ以外『すばやさ』ランク、回避率ランクを1段階下げる。
特技:ファントムキラー 『ドラゴン』タイプ
分類:きりさく+ドラゴンダイブ
効果:威力120 命中95 優先度+1 自分の『すばやさ』が相手より高いほどきゅうしょに当たりやすくなる。攻撃が外れると自分の最大HPの1/8のダメージを受ける。
備考:熟練度の高さから、威力、命中が向上し、反動が軽減されている。
裏特性:ちめいのやいば
相手を直接攻撃する技で相手のHPが10%以下になった時、相手を『ひんし』にする。
トレーナーズスキル:つながるきずな(A)
3ターンの間、手持ちのポケモン全員の能力を2段階向上させ、手持ちのポケモン全員の能力ランクの変化を合計し、場の効果として共有化する。