自分で言うのも何だが。
ツワブキ・ダイゴと言う人間は恵まれている。
そもそもの生まれがホウエン最大規模の企業デボン・コーポレーションの社長子息。
生まれた瞬間から、ある意味で勝ち組の仲間入りを果たした自身は、けれどそれだけでなく、ポケモントレーナーと言う才能にも恵まれていた。
自身が好んだのは『はがね』ポケモン。そしてそれに合わせたかのように自身の才能は『はがね』ポケモンをひたすらに強くすることに長けていた。
基本的にタイプを統一したパーティと言うのは、弱点や対策なども統一されるためジムリーダーたちのように
特に理由があったわけでも無い、しいて言うなら何となく、だ。
それでも、まるで自身の思いに応えるかのように、才能は芽吹く、芽吹いた才能はトレーナーとしての自身を押しあげ。
そうして何の苦も無く十七歳にしてホウエン地方の頂点に立った。
自分の好きなポケモンたちで、自分の好きなように戦い、そしてその上で頂点に立った。
勝つために必死になって特訓し、戦術を磨き上げているトレーナーたちからすればふざけているのかと思われるかもしれないが、それでも実際そうなのだ。
才能と言うのは、人間を語る上で最も不公平なものだと思う。
次点で境遇、だろうか。
そのどちらも最高のものを持ち合わせている自身に不満なんてものがあろうはずも無く。
けれど、不満の無い人間など決して居ないのだといるはずも無い。
チャンピオンになって一年目はまだ良かった。
意気込みのようなものがあった。気力は充実し、王座を守ることに対する責任とも義務ともつかない感情が確かにあった。
二年目になって少しだけそれが陰りを見せた。
三年目になると余り積極的でなくなった。
四年目になればやる気はほぼ失せていた。
それでも勝つ、勝てる、勝ってしまう。
リーグ予選を勝ち抜き、チャンピオンロードを抜け、本戦で激戦を制覇し、さらに四天王すら一度は打ち破ったはずの挑戦者たちだと言うのに。
無気力に、投げやりに、それこそ適当に戦っても勝ってしまう。
余りにも不公平、と言えば不公平だろう。
周りがどれだけ懸命になって戦っているのか、どれほど苦労を重ねてこの場所まで来ているのか、どれほどの思いを賭けて自身の前に立っているのか。
そんなもの何の意味も無い、と言わんばかりに、無情にも、いっそ非情なほどに自身の命じる一言でポケモンたちは動き、挑戦者たちを打ち払う。
つまらない、と。
五年目になって初めて思った。
これはつまらない、余りにもつまらない。
薄々は感じていた。それでも気づきたくなかった。
自身と周囲の温度差、それに今更ながらに気づいてしまった。
こんなものただの遊びだ。
そう思った。
真面目にやるようなことじゃない、
だから、ポケモンバトルなんて遊びに過ぎない。
リーグに挑戦しているトレーナーたちが聞けば激怒するかもしれない。
だが彼らに怒る権利すらない。
だって余りにも弱い。
弱すぎる。
怒るくらいならば、自身を本気にさせてみればいい。
それができないならば、こんなもの、ただの遊びなのだ。
* * *
「良かった?」
去って行った少年の姿を見送りながら一人佇んでいる自身に、少女がそう声をかけてくる。
「良かったって、何がだい?」
「自身を出す、必要性、無かったはず」
少女の視線は自身の腰に付けた、
「シー…………出せば良かった」
「ふふ…………構わない。元々ボクはその辺の情報を隠しているわけでもないからね」
ただ理解されないだけだ。
曰く、余りにも規格外過ぎて。
「普通にやっているだけなんだけどね」
それだけのことなのに、誰もそこに追いすがれない。追いつけない。
だから何時までたっても遊びにしかならない。
「……………………遊び、か」
意図せずして笑みが浮かぶ。
「…………楽しそう?」
少女の言葉に、少しだけ黙し、やがて頷く。
「そうだね…………彼は、少し楽しめそうだからね」
それにもしかしたら…………呟き、けれどその先は告げない。
初めて会ったのはミナモデパート。
メガストーンを知っている、その事実だけで興味を持った。
だってそれは知っている人間など限られているはずのもので、少なくとも小さな子供も知ることではなかったはずだから。
ライバル、だなんて言ったけれど当たりまえだが本気では無い。
そもそも十歳になるまでトレーナーとして公式試合に出ることも出来ないのだ、あの時何歳だったのかは知らないが幼いのはすぐに理解できた、となれば一体何年後の話だ、となるわけだ。
だからあれは軽い冗談のつもりだった。
けれど彼はここにやってきた。
予選を抜け、あのチャンピオンロードの一番厳しい場所を通って。
軽く遊んでみて、まだまだ自身の領域に届くようなものでは無い、とは分かった。
ここからさらに伸びるか、それともここで頭打ちになるか。
「…………本戦で勝ち続ければ嫌でも伸びるだろうね」
自身が与えたのは切欠だ。
そう考えれば、意外と自身は彼に期待しているのかもしれない。
少なくとも、自身がこんな気まぐれを起こしたのは初めてのことだ。
少女は自分を出す必要があったのかと説いたが、そもそも遊ぶ必要性すらも無かったのに、どうして自身は彼と遊ぼうと思ったのだろうか。
「…………メガシンカ、か」
手持ち全員がヒトガタ、と言う驚きのパーティではあるが、特に最後の一人。
自身の知るあの現象は、メガシンカである。
あの少年はメガシンカを知っていた、ならばそういう事もあり得るのだろう。
もし期待があるとすれば、そこかもしれない。
取りあえず、宿題は与えた。
後は彼がそれを解けるのか…………そして。
「…………彼なりの答え、見せて欲しいものだね」
そうでないと、またつまらないから。
そして、どんな答えの出すのか。それ次第だ。
* * *
「……………………うがあああああああ!」
チャンピオン曰くの遊び、を終えて戻ったホテルの屋上、天に向かって両の拳を振り上げ、咆哮する。
負けた、完璧に負けた。
たった三体を相手に、六体全員がやられた。
これが今の、自身と、チャンピオンの差。
「………………く…………くふふふ」
少なくとも、全く手も足も出ない相手では無い。付け入る隙は見つけたし、そのために必要なものもある程度頭の中で浮かんでいる。
一度は諦めかけたが、それはあの場所で対処のしようがない、と言うだけの話。次に戦うならば、対策くらいいくらでも立てれる。それに、あそこで諦めなかったからこそ、相手のエースを見ることができた。
6Vメタグロス。脅威の600族が、チャンピオンの育成を受けて、その脅威度を跳ね上げてきている。
現状でさえ悪夢のような相手だし、その上まだ底を見せてもらっているわけではない、それでも…………それでも。
本戦を戦い抜き、チャンピオンリーグで四天王と戦い、そしてチャンピオン。
期間にして三か月ほどだろうか。
「…………ギリギリ間に合う、か?」
全員をさらに強くする必要がある、だが。
「楽しい」
楽しい、楽しい、とても、楽しい。
これだ、これが欲しくて自身はこの場所に来たんだ。
ただレベルを上げただけのパワープレイで押し通れるようなつまらない場所ではない。
戦略を練り、戦術を考え、それを踏まえた育成を行い。
そうして集った生え抜きのトレーナーたち。
それら全てを下し、頂点へと経つ。
それでこそ、目指す意味がある、と言うものだ。
「あは…………あはははははははははは…………あはははははははははははははは!」
笑う、笑う、笑う。
時間が経つのが勿体ない、いくらでも積み込みたいことはあるのだ。
けれど。
明日が来るのが楽しみだ、明日は明日でまた新たな発見があるかもしれない。
今日が終わらなければいいのに/早く明日にならないだろうか
二律背反の不思議な気分。
それでも一言だけ言えるのならば。
「ああ…………楽しいなあ」
それが全てだった。
* * *
話がある、と言われたのは翌日だった。
さすがはリーグ街、と言うべきか。
並のジムより余程優れた訓練施設が存在している。
と言うより、ホウエン地方屈指と言っても過言ではないだろう。
何せチャンピオンや四天王たちまで利用するのがリーグ街なのだから。
と言っても、この時期しか開かれない関係上、チャンピオンや四天王は外部に専用の施設を個々人で持っていると言う噂だが。
まあとにかく、ここがホウエン地方でも最高レベルの訓練施設であることには変わりない。
だからこそ、チャンピオンに敗れて翌日、すぐにここに来ていた。
やはりリーグトレーナーが使うだけあり、個別の場所が割り振られた訓練施設は他人に見られる心配も無く、自身の思うがままの訓練を課せる。
そんな訓練場の片隅。ぽつりと置かれたベンチに座る。
隣にイナズマが座ると、先ほど買ったばかりの缶ジュースを一つ渡す。
プルタブを開け、喉を潤す。夏真っ盛りと言った天候だけに、冷えたジュースが心地よかった。
「…………それで、話って?」
「あの…………その…………」
渡されたジュース缶を手にしたまま、けれどイナズマは視線を下に向け、俯いたままだった。
「昨日のバトル…………何も、出来なくて」
ぽつり、ぽつり、と呟きは増えていく。
「何も、何も…………倒すことも、出来ない、相手に、いいようにされて…………それが…………それが…………」
悔しくて。
呟きと共に、拳に力が入っていることに気づく。
震えている、拳も、体も、言葉も。
それがイナズマの…………感情を素直に表していて。
「…………そうだな、昨日のは力不足だった…………お前も、俺も…………みんなも」
「……………………」
「だから、もっと強くなる…………なんて言うのは簡単だけど、そんなことじゃ納得できないよな」
こくり、とイナズマが頷く。
「なあ、イナズマ」
立ち上がり、イナズマの真正面に立つ。
その顎に手を当て、くいっ、と持ち上げれば、目に薄っすらと涙を貯めたイナズマと視線が合う。
「俺のこと、信じれるか?」
「…………はい」
そんな自身の問いに、視線を逸らすことも無く、真っすぐ自身を見据え、イナズマが答える。
「だったら信じろ、次にやれば勝てる…………俺がそう断言してやるから、そのまま真っすぐ信じてくれ」
視線を逸らすことなく、イナズマを見つめ、呟いた言葉。
イナズマは答えない。一秒、二秒と経ち、十秒が過ぎて。
「……………………はい、今度こそ、マスターのために」
呟いたその一言を。
「そうじゃない」
否定する。
「…………え?」
「俺だけのためじゃない、俺たち全員のために、俺たち全員で勝つんだ」
それが。
「パーティってもんだろ」
告げた一言に。
「…………はい」
目端に涙を流しながらも、けれどイナズマが笑って答えた。
* * *
話は変わるが、自身が青春していようと、チャンピオンにぼろ負けしようと、ヤケ酒代わりに自棄温泉巡りをしようと時間が平等に過ぎていく。
そもそもの話、自身が四天王、チャンピオンと戦うためには乗り越えなくてはならない難関がまだ一つあることを忘れてはならない。
チャンピオン戦ばかりを見据えていて、ここで躓いてもバカらしい。
そう、本戦出場者たちが少しずつではあるがリーグ街に集まりだしている。
一週間。それが自身がリーグ街にやってきてから流れた時間である。
自身がリーグ街に来たのが本戦受付開始から五日目、と考えれば遅れて一週間、つまり十二日目。
例年から見れば中々に優秀な戦績であると言える。
自身は地下を通ったため、地上でトレーナー同士の戦いに巻き込まれることも無く、ほぼ最短ルートでやってこれたが、一体次にやってきた彼彼女たちはあの地下を通ったのか、それとも地上でトレーナーたちを蹴散らしながらやってきたのか。
当たりまえだが、期限が一か月あればチャンピオンロードを通るトレーナーの半数以上は、
そこから一歩抜き出るために、自身は多少の準備不足も覚悟で三日目に潜ったのだが、後一日くらいは余裕を持っても良かったかもしれないと後々になって思う。まあ結果オーライと言うことにしておこう。
まあとにかく、リーグ街を歩いていると、一人か二人、人とすれ違うようになってきた。
後続のトレーナーたちが追いついてきているのだ。
「どれだけ増えるのか…………次第だねえ」
やってきているトレーナーの名前などは確かめている。
そこから予選での戦いの情報を集め、ある程度の強さを測って行く。
これができるからこそ、先にやってきたと言っても過言ではない。
それに、チャンピオンと戦うと言う思わぬメリットもあった。
「…………ふふ、やることがいっぱいだね」
一月なんてあっという間だ、なんて内心で呟きながら。
それでも、楽しさに、心は弾んでいた。
ここから最終強化はいっていきまーす。
多分、本戦でもう一回データが化ける(