夏の日差しが素肌を焼く。
嫌いな人には嫌いな感覚なのだろうが、少女…………チークにはむしろ快適とさえ思える感覚である。
「…………むむむ?」
リーグ街にある公園のベンチに座りながらチークが唸る。
考えるのはやはり先のチャンピオンとのバトルだ。
トレーナーであるハルトはこれまで決して負けたことが無いわけではない。
と言うかむしろ、自分の好きなポケモンに拘って負けることも昔は多々あった。
「と言ってもアチキはそんなに覚えてないんだけどネ」
単純に十年以上も前の話だから、と言うのもあるが。
チークも含め、ハルトの手持ちのポケモン全員が
ただどんな相手と戦った、とか、どんな戦い方をした、とか。具体的な内容となると一切出てこない。
恐らくその理由をハルトだけは知っている…………ようだが。
「まあどうでもいいさネ」
何となく、分かっていることはある。
自身たちがハルトを追ってこの場所にいる、と言うこと。
そしてハルトは自身たちを探し出してくれた。
だからまあ、それ以上は多分良いのだ。
それにもう五年も前に蹴りを付けた話だ。今更そんなことどうでも良い。
そう、問題は、だ。
確かにこれまで負けることだってあったはずだが、それでも。
チャンピオンほど一方的に叩きのめされたのはさすがに初めてだろう、と思う。
実際、あの時、トレーナーは半分諦めかけていた。
現状の戦力で詰んでいると考えたのだ。
勿論トレーナーだって実際の挑戦の時にはもっと周到に用意して挑むだろう、あんな行き当たりばったりな戦い方はしない。
だがそれでも…………全力を挙げて、倒せたのがたった二体、と言うのはさすがに不味い、と言うのは分かる。
何よりもチークを唸らせるのは。
「止められなかった…………のがネぇ」
相手のボスゴドラに何も出来なかった。
『こうげき』を下げても意味が無く、特性を変えても意味が無く、麻痺させようとしても通じず。
「うーん…………確かに当たったはずなのにナ~?」
“ほっぺすりすり”…………今となってはもう全身で当たりに行ってるようなわざと化しているが、確かにボスゴドラに当たったのだ。だが全く『マヒ』した様子は無かった。恐らくトレーナーは気づいていない。
自身だって直接触れ、自身で放ったわざだからこそ、その手ごたえの無さを感じているのだ。
“なれあい”も“ほっぺすりすり”もどちらも効かない相手、と言うのはさすがに困る。
そんな相手にチークができることなど無いではないか。
だからこそ、悩んでしまうのである。
イナズマなど、チークよりも遥かに真面目だから、悩み過ぎて負けた日の夜は一人で泣いていたのをチークは知っている。
「…………って言っても、トレーナーが何とかしてくれたみたいだけどネ」
訓練場から戻ってきてみれば、まだ振り切ってはないけれど、どこかすっきりした顔のイナズマがいて。
イナズマがそんなに簡単に割り切れるはずが無いだろうし、トレーナーがなんとかしたんだろう、と予測する。
それに、イナズマのことばかり心配もしていられない。
「…………参ったネ」
――――このままじゃ
ずきり、と一瞬、胸が痛む。
そっと手で抑え、一つ息を吐く。
――――俺の戦いはお前を起点として始まるんだ、お前以外のやつなんていらねえよ
「……………………うん、悩んでばかりじゃいけないネ」
ぴょん、とベンチから飛び降りる。
「分からないなら、分かる人に聞けば良いヨ」
そのまますたすたと歩いて公園を出て行った。
* * *
ギラギラと窓から指す夏日がイナズマの体温を否応無しに上げていく。
訓練施設…………の中でも室内施設の一つでイナズマが空に向けて拳を振るう。
引き絞った腕、拳を固め、一瞬の呼吸を置き、真っすぐに突き出す。
びゅん、と空を裂いて鋭い一撃が放たれる…………が。
「…………ダメ」
足りない、全く足りない。同じパーティーで長年見てきたからこそ分かる。
「…………これじゃエアには遠く及ばない」
何気無く振ったその一撃は
鋭さ、と言う意味では最早次元が違う。
イナズマの拳は所詮人と同じ、面だ。空間を
だがエア放つ攻撃は
一点集中、と言うが、あの見た目と相反する凶悪なほどの力を僅か一点に集中させるからこそ、エアの拳は鋭く、重く、そして痛い。
当然、と言えば当然だ…………イナズマは、デンリュウとはそう言う種族ではない。
ばちり、と指先で電気が弾ける。
「…………これ、しかない」
イナズマの誇れる武器は結局のところ、これしかない。
けれど。
「………………これすら通じないなら…………どうすれば」
分からない…………分からなくて、不安で、苦しくて。
――――俺のこと、信じれるか?
「…………信じてるに、決まって、ますよ」
どこが、とか何が、とか…………そんな部分的なものでは無い。
ただマスターがマスターであると言うだけで、イナズマは少年が大好きだし、少年を無条件に信じれる。
今更疑うはずも無い…………。
だからと言ってここで何もしないのは、ただの停滞だ。
本当はその停滞こそがイナズマが何よりも安らげる状況だった。
手を引いてくれる
指示をくれる
――――思ったことがあるなら言えば良い。やりたいことがあるならやれば良い。
だから、イナズマと言う少女は…………生まれて初めて自身の意見を押し通した。
強くなりたい、そう願った。
「…………半端じゃ、ダメ」
それは少年の考えるパーティ構成に反するかもしれない。
「これだけで良い…………」
少年の期待を裏切る答えかもしれない。
「…………………………代わりに」
それでも。
「……………………………………………………」
ぱちん、と指先で電撃が弾け。
「……………………後は、マスターに」
* * *
エリートトレーナーのユイ
パーティ構成:ピクシー、ライチュウ、ゴローニャ、カビゴン、カイリュー、リザードン
エース:リザードン
総評:今年カントーから来たらしいトレーナー。『フェアリー』『でんき』『いわ』『じめん』『ノーマル』『ドラゴン』『ほのお』『ひこう』と手堅くタイプをばらけさせてきている。統一感は無いが、先発、受け、アタッカーと役割はしっかりと持たせている模様。
注意事項:予選では出さなかったカイリューが未知数。
“アイテムマスター”のヒロアキ
パーティ構成:エテボース、ホルード、ラッキー、グライオン、バンギラス、????
エース:不明
総評:“アイテムマスター”の二つ名を持つトレーナー。ポケモンそのものにそれほど特別な育成はしてはいないが、全員が「どうぐを複数持つ」裏特性を獲得している。さらに戦闘中に「持ち物の入れ替え」「条件を無視した持ち物の使用」、さらには「任意のタイミングでの道具の使用」が可能な模様。
注意事項:「とつげきチョッキ」「こうかくレンズ」「こだわりはちまき」持ちのバンギラスの繰り出す「ストーンエッジ」は脅威。エアとは相性が悪いので要注意。
ポケモンブリーダーのタカセ
パーティ構成:ニャオニクス、バリアード、プクリン、テッカニン、アブソル、バシャーモ
エース:バシャーモ
総評:エース一点型パーティ。バシャーモ以外の全員がエースの補助のためだけに育成させ、全員が補助を積み続け、エースが最後の敵を6タテするのが基本戦法。恐らくセンリの“デッドライン”と同じ類のトレーナーズスキルを保有していると考えられる。
注意事項:ブリーダーがトレーナーをしているため、ほぼトレーナーの理想通りの育成が行われている。一般的なポケモンと同じように見ると痛い目に遭うと思われる。また元を辿ればカロスの出身らしく、メガシンカを使える可能性がある。
ドラゴン使いのライガ
パーティ構成:ガブリアス、サザンドラ、オノノクス、ラティアス、ラティオス、ボーマンダ
エース:ボーマンダ
総評:典型的なドラゴン使い。ただし『こおり』『フェアリー』対策はしっかりしてあるようでガブリアス、オノノクスが“どくづき”、サザンドラ、ラティアス、ラティオスが『だいもんじ』を覚えている。ドラゴン統一だけあって基本的に種族値の暴力が酷い。
注意事項:どこで捕まえたのかは知らないが、ラティアスとラティオスを使用してくる。ラティアスは“こだわりメガネ”、ラティオスは“こころのしずく”持ちだと思われる。またエースのボーマンダは、変種か特異個体の可能性が高く、色が黒い。タイプも通常とは違っている可能性もあるので注意が必要。
“さかさま”のシキ
パーティ構成:サザンドラ、ジバコイル、パンプジン、????、????、????
エース:不明
総評:予選をほぼサザンドラ一体で乗り切った本戦要注意トレーナー。その不可思議なトレーナーズスキルから“さかさま”の二つ名で呼ばれる。
注意事項:下降能力を反転させる、と言うトレーナーズスキルと三つ首で威力を下げる代わりに三度の“りゅうせいぐん”を打てるサザンドラの組み合わせで、1ターン目で“りゅうせいぐん”を無効化できなければ6段階『とくこう』を積まれることになる。チークでほぼ無効化できると予想できる。ただし、まだほぼ手札は切ってない様子なので、かなりの強敵と思われる。
パタン、と一度ノートを閉じる。
自身がチャンピオンロードを抜けてから早二週間。本戦開始まで残り十日時点での本戦登録者たちのデータをまとめてみたが、予想以上に手を隠したまま予選を抜けているトレーナーが多い。
「…………さかさま、か」
予選のビデオなどは存在するのでチェックしたが。
そう感じた。ほとんど直感のようなものだが。
「情報が少なすぎるなあ」
“りゅうせいぐん”を連打し続けているだけで火力は上がるわ、威力が酷いわ、でもしフェアリータイプが出てきてもサブウェポンに“とんぼがえり”で『はがね』タイプのジバコイルに交代。フェアリーを倒すとまた出てきて“りゅうせいぐん”の連打。
本当にこれだけで予選を押し切ったのだから、その強さは本物だと思っていいだろう。
両手を突き出し、背を伸ばす。
長時間机に座っていたため少しだけ体が硬い。
ホテルの部屋の椅子はその辺の安物よりよっぽど快適ではあったが、それでもすでに二時間近くこうして座りっぱなしだとお尻が痛くなってくる。
ふと窓の外を見れば、すでに太陽は真上に昇っており、きつい真夏日が差し込んできていた。
「…………あいつらどうしてんのかな?」
手持ちは今日は全員ボールから出して、自由にさせている。
ここ一週間は割かしハードにトレーニングしていたし、対戦相手のレポートをまとめるついでに今日は一日は休養を取らせることにしたのだ。
リーグ街には他のトレーナーたちもいるが、別に訓練しているところを見られているわけでも無いので問題ないだろうと思う。
時刻を見れば十二時半。太陽が真上にあるのでそうかな、とは思っていたが、やはりもう正午を回っていたらしい。
「…………お昼でも食べに行こうかな」
どうせホテルの中に適当なレストランあるし、そこでいいだろう、と考えつつ立ち上がり。
こんこん、と扉がノックされる音に振り向く。
…………誰か戻ってきたのか?
と思いつつ、扉の覗き窓から見れば。
「…………イナズマ、とチーク?」
何時もの仲良しコンビが戻ってきていたので、扉を開く。
開いて。
「トレーナー!」
「ごふっ」
開いた瞬間、チークが腹部に向けてタックルする。
ちょうどその頭が自身のみぞおちを貫き、思わず息を吐きだしてしまう。
「ま、マスター!?」
驚いたイナズマがチークを自身から剥がす。
腹部の痛みで一瞬悶絶していた自身も、ゆっくりと体を起こし。
「…………な、何だよ、お前、えら」
途切れ途切れになりながら、二人に尋ね。
「あのね、トレーナー! 聞いて欲しいのサ」
「その…………マスター、私も少し…………その、お話、あって」
珍しく真面目な顔のチークと、少しだけ不安そうにしながらもそれでも絶対に譲れない、と言った様子のイナズマに驚きながら。
「…………ふむ、まあ取りあえず」
指を立て、そのまま部屋に飾ってある時計を指さす。
「…………飯でも食いながら話さないか?」
瞬間、チークのお腹からきゅるう、と音が鳴り。
「「………………あ、はい」」
一瞬、互いに目を合わせた二人が頷いた。
コミュ回やりたいけど、やったら話数伸びすぎなのでコミュもどきをする(
因みに昨日徹夜で最終データ完成させたので、後は書くだけ。
それとトレーナーズスキル周りのシステム少し整備した。
詳細はまたその内。