少しだけ時を遡って。
本戦受付を済ませた翌日。
ホテル出て、ポケモンセンターに向かい、全員の回復を終え、ボールを受け取る。
そうして一度ホテルに戻り、バトルの出来るような場所を聞き、訓練所へと向かう。
大丈夫、だとは思うが、一応の警戒はしておく。
訓練所の一室を借いる、幸いまだ他のトレーナーは誰もチャンピオンロードを突破していないので、貸し切り同然だった。
屋外訓練所は行ってみればテニスコートを三倍くらい広くしたような形の場所だった。
もしかしたら暴れる可能性もあったので、都合が良い、と思いながら、訓練所の中央に立ち。
そしてボールを二つ構える。
「エア」
一つを投げる。
「…………出すのね?」
出てきたエアが、こちらを向くので、一つ頷く。
「分かったわ」
それだけで察したらしいエアが自身の後ろに立ち。
「……………………暴れない、よな?」
もう一つのボールを投げる。
そうして出てきたのは。
「…………………………………………」
無言でこちらを見つめる、青灰色の着物とミニスカートを足したような和装の少女。
どことなく忍者を彷彿とさせる衣装だが、肝心の少女がまるで忍ぶと言う言葉を知らないと言わんばかりに威圧感を放っているのが、余りにもミスマッチだった。
ちりちり、と少女の放つ威圧感に思わず肌が焼け付くような感覚すら覚え。
「……………………はあ」
ため息一つ、と同時に少女から放たれる威圧感が完全に霧散する。
一歩、少女が自身へと歩を進める。
そして。
「負けた以上…………そして欲せられた以上は、それに従うが、道理か」
少女が自身を見つめる。身長の問題で、やや見下ろされてしまっているが、その目にすでに敵意は無い。
「オーケイ、認めるよ、アンタが私のボスだ」
その言葉に、自身の後ろでエアが警戒を解く。
と言うことがあったのが、約一月前の話。
「そんで…………アタイに何か用かい? ボス」
一回戦終了から明けて翌日。
次の二回戦まで一週間ほどの時間があるため、今まで聞きそびれていたが、今の内にどうしても聞いておきたいことが一つあった。
「
ホテルの部屋で、椅子に腰かけながら、ホテルのベッドに腰かけその柔らかさに驚いている自身がアースと名付けた少女に尋ねる。
だが。
「…………げんし、かいき?」
不思議そうに首を傾げるアースに、思わず、えっ、と声を漏らす。
「えっと…………なんだい、それ?」
「え、え?! だって、アース自分でしてたじゃん…………って、あ」
呟きと共に気づく。
野生のポケモンがそれに名前など付けているはずが無いのだと。
困ったように首を傾げるアースに、ゲンシカイキの簡単な説明と、戦った時に起きた現象について話。
「ああ! …………あれかい」
十数分語り続け、ようやく理解が得られる。
同時にアースが困ったような表情で告げる、
「と言ってもなあ。あれは洞窟の中で拾った石を持ってたらなんか強くなってた、ってだけでアタイも良く分ってないし」
「取りあえず、石のほう見せて欲しいかな」
「んー…………ボスがそう言うなら」
少しだけ不満そうな表情ではあったが、渋々、と言った様子で口を開き、舌の上に乗った石を…………。
「…………なんで口の中に入ってるの」
「へ? はって、はくしはらはいへんはろ?」
「失くしたら大変…………かな? いや、まあ分かるけどさ…………」
野生のポケモンだったわけだし、エアのメガストーンのようにアクセサリーにして身に着ける、と言うわけにもいかないのかもしれない。
アースの舌の先の石に手を伸ばす、唾液でべたべたになった石を掴み、そのまま洗面所まで持って行って水で流す。
備え付けのタオルで綺麗に磨き、再び椅子に座ってそれを翳してみる。
「……………………ふーん、なるほど、ね」
琥珀色の真ん丸な石ころ。
透き通っており、光に翳せば眩しいくらいに。
そして中には何かの文字のような紋様。
「…………やっぱり、これか」
自身のポケットから取り出したのは、いつかのルージュが持ってきた同じく琥珀色の石。
「…………あん? ボスも持ってたのかい?」
アースの言葉に、確信へと至る。
「例えばアース…………こっちのほうでもゲンシカイキできるのかな?」
そう尋ね、ルージュの持ってきたほうの石を渡す。
アースがそれを受け取り、しばし見つめ。
「…………
そう呟いた。
なるほど、石と石に互換性はある、と言うか同じ物、と考えるべきか。
ゲンシカイキに必要なのは“自然エネルギー”だ。
それが何なのか、具体的には良く分らない。
だがこの石でゲンシカイキらしき現象を起こせる、と言うのならば。
この石には“自然エネルギー”が蓄積されている、と言うことになるのだろうか。
「…………ん?」
よくよく見れば、二つの石に僅かに違いがある。
「…………色が薄い?」
アースの持っていた石のほうが色素が薄い気がする。
そんな気がする、と言ったレベルではあるが。
「んー?」
自身の呟いた言葉に、アースが近寄ってきて二つの石を見比べる。
「んー? なんつうのか…………総量が違う?」
呟いたアース自身が首を傾げるが、こちらには何となく分かってきた。
つまり、使ったから、と言うことだろう。
「一つ聞きたいんだが、今こっちでゲンシカイキできるか?」
アースの持っていた石を差し出し、アースに渡す。
また石を見つめていたアースが、首を振る。
「無理、だね」
その言葉に、理解する。
つまりこの石は“自然エネルギー”を蓄積する。
そして蓄積した“自然エネルギー”を消費してゲンシカイキを行うことができる。
消費した“自然エネルギー”は何らかの方法で再び蓄積することができる。
「今までどうやって貯めてたの?」
「さあ…………? 気づいたら勝手に、だね」
これまでゲンシカイキしたのがあれ一回だなんてはずないだろうし、だったらどうにかして蓄積していたはずなのだろうが、本人すらそれが分からない、となると。
「自然エネルギーなら自然の中に置いとく、とか?」
チャンピオンロードやミシロ近くの森。この石が見つかったところは総じて自然の中だし、そう言うこともあるのかもしれない。
と、なると。
次の問題は。
「…………何でゲンシカイキ出来るんだろう、アース」
少なくとも実機でゲンシカイキを行えるのはグラードンとカイオーガだけであった。
ガブリアスができるのはメガシンカくらいのはずだが。
「…………この辺の条件、考えてみるか」
もしこれが他のやつらにも使えるならば。
これは大きな力になる。
考えるだけで。
「…………夢が広がるなあ」
* * *
『ホウエンリーグ一回戦、今年もホウエン地方トレーナーの頂点を決めるべく、チャンピオンロードを突破したトレーナーたちが熱いバトルを繰り広げています』
「ジムリーダー! リーグの番組やってますよ!」
「センリさーん! 早く早く」
「分かっている」
ジムのトレーナーたちに呼ばれてテレビを置いた部屋へとやって来る。
「全く…………すでに試合は終わっているんだ。今更焦っても仕方がないだろうに」
「何言ってんですか、この日のためにジムのテレビ大型に買い替えたくらい楽しみにしてたのジムリーダーじゃないですか」
「録画機器まで完璧に用意して、番組予約までしてる人の台詞じゃないですよ、センリさん」
ジムトレーナーたちのジトっとした視線を躱すようにテレビへと視線を向ける。
直径2m四方はある大型テレビの画面の中で、ポケモンバトルをする見知った少年が映し出されている。
「たどり着いたか…………ハルト」
「おおおおおおお! ハルトくんだ、本当にホウエンリーグ本戦まで進んじゃったんだなあ」
「さすがセンリさんの息子さんと言うべきか」
「いやあ、あれはハルトくんが純粋に凄いだけだろ、昔から見てたけどあれは一種の天才だよ」
「五歳児が一か月間毎日飽きもせずにバトルし続けてたのはさすがにどうかと思ったけどね」
ふと気づけば、ジム所属のトレーナーたちが二人、三人、四人、五人、と次々と増え、今では大型テレビを囲うように二十人近いトレーナーたちが集っていた。
「お前たち、鍛錬はどうした」
「いやー、こんな時くらいは良いじゃないですかジムリーダー」
「そうですよ、折角ハルトくんの晴れの舞台なのに」
「独りだけ見るとかそれは無いっすよ、リーダー」
そうだそうだ、と騒ぐジムトレーナーたちに、存外自身の息子は愛されているのだな、と感じる。
実際のところ、ジムに通っていたのは五年前に一月だけだが、その一月で強烈な印象を擦り込み、さらにその後も何度か自身がジムに呼んでいたため、未だに古参のトレーナーたちの間では、記憶されているようだった。
「相手は…………アイテムマスター?」
「二つ名持ちかよ、ハルトくん大丈夫か?」
二つ名持ち、とはつまりそれだけ印象強く暴れたトレーナーである、と言うことの証明だ。
自称、では二つ名はつかない。他人に呼ばれて初めて二つ名となる。
トレーナー本人や観客たちが勝手に呼ぶだけならばまだしも、それを公共機関が告げる、と言うことはそれだけ認知度が高い、と言うことの裏返しでもある。
つまり公然の事実、と言うやつだ。
二つ名を持っている、と言うことはそれを認知されるだけの実力がある、と言うことでもある。
故に二つ名持ち、と言うだけである程度以上の実力は保証されている。
ジム門下生たちの心配はつまりその辺りに起因しているのだろう。
だが。
「苦戦するだろうな…………私と戦った時のままならば」
実際に試合が始まり。
「ねこだましを避けた!」
「完全に読んでたね、今の」
「それに相手を麻痺させてからボールに戻るまでの動きがすごくスムーズだったな」
そうして。
「うわ、あの子確かデンリュウだよな」
「凄い威力…………あんなの『じめん』で受けるしかないわね」
「特技って作るのに発想が必要なのに…………凄い」
試合が進み。
「また凍った?!」
「どんな確率?! いや技術かしら」
「あられ、ですなあらし、の書き換えもしてる」
終わってみれば。
「………………6対2で相手が降参か」
「圧勝、だったわね」
「……………………強い」
そう、言われた通りの圧勝。
相手のミスも多く目立つが、それでも相手を誘導し、一方的に倒したその強さは自身と戦った時の比ではない。
「……………………強くなったな」
最早自身でも勝てるかどうか分からない、と言ったレベルで強くなった。
そして同時に、チャンピオンを目指すと言ったその言葉が嘘ではないと自らの行いを持って証明していた。
だが果たしてここから先もそれが通用するかどうか。
「…………どこまで行けるか。試してみろ、ハルト」
画面の向こうで不敵に笑う自身の息子に、そう呟いた。
* * *
『一回戦第二試合、勝者、ミシロタウンのハルト選手です』
「「おおおおおおおおおおお!」」
「まあまあ」
「あらあら」
テレビのアナウンサーが告げた言葉に、お隣さん親子が声を上げて驚き。
テレビに映る自身の息子の姿に、思わず笑みが零れる。
「お父さん、ハルトくん勝ったよ」
「そうだね、まさか本当に一回戦を突破するだなんてね」
お隣のハルカちゃんが笑みを浮かべ、父親であるオダマキ博士もまた同じように笑う。
十歳でホウエンリーグの本戦にハルトが出た、と言う事実にさすがのオダマキ博士も驚きを隠せなかったようだった。
正直自身はポケモンバトルについてそれほど詳しいわけではないが、それでもこのホウエンリーグと言う舞台が格別の場所であると言うことは知っている。
ホウエンリーグ。
ホウエン地方のポケモントレーナーならば誰もが憧れる舞台。
そして、自身のたった一人の息子が目指し、登りつめた場所。
「ふふっ、ハルト勝ったんだ」
「あら、ルージュちゃん、いらっしゃい」
いつの間にか、ルージュもまたやってきてテレビを見ていた。
四年前にハルトが連れてきて一時期家にいたポケモンの少女。
と言っても、ハルトが次々と連れて帰って来るのでもう驚きもしなかったが。
今はもう野生に帰ったようだが、それでもハルトに会いに時折ここを訪れているため、やってきたこと自体に驚きは無い。
「今日はハルト居ないのよ」
「ああ、うん、知ってるわ。リーグ、だっけ? それに出てるんでしょ?」
どうやらすでに知っていたらしい、と言うことは。
「ハルトの応援かしら?」
「ちょっと遅かったみたいね…………でも、うん。勝ったなら良かった」
安堵したように笑みを浮かべるルージュに、自身もまた微笑む。
「本当に、お父さんの子供ねえ」
早熟な子ではあったが、子は親に似るものだ。
バトル中の緊張感のある表情や、勝利後の不敵なほどの笑み。手持ちのポケモンにやたらと好かれるところなど。
一つ一つの所作がどことなく、父親を思い起こさせる。
そしてポケモンバトルに夢中なところまで本当によく似た親子だ。
晴れ舞台に立つ子供のことを誇らしく思う気持ちが無いわけでも無いが。
「…………まあ、元気でやってるならいいわ」
呟き、一つ微笑む。
その息子が手持ちに見せる笑みと同じ表情を浮かべて。
主人公視点ばっか書いてる気がするので、偶には両親、と言うかリーグから離れた視点で書いてみた。
うん、パッパは相変わらず親馬鹿…………いや前より酷いかもしれない。
と言うわけで6Vガブリアスことアースちゃん。
忍者と言うかくの一っぽいエロ衣装の子。因みに胸はイナズマより少し小さいくらい(そこそこある)。
他6匹と違い、人口孵化じゃなく天然産なので野生味が残ってて、自分より強い群れには従う。
主人公への呼び方は「ボス」「長」「御屋形様」のどれにしようかな、と思ったけどやっぱり「ボス」にした。