なんだろうこの状況。
自身のベッドの上を占領して、その肢体を布団で隠しながらさめざめと泣くイナズマの姿を見てふと思う。
なんか事後みたい。
「んで…………なんで脱げてるんだ?」
「知りませんよぉ」
シャツやキャミソール、ジーンズ。どころか、下着の類まで寝て起きたら無くなってると言う状況に、さすがのイナズマも動転しているらしい。
椅子に座りながら、イナズマの分の衣類を買って来るように頼んだエアとチーク、それからシアの帰りを待つ。
余り見ていても可哀想なので、視線を逸らせばこの状況でやはり呑気に寝ているシャル。
そして少し離れた扉の先からはザーザーと言う水音。リップルが呑気に朝風呂している音だ。
しかし不思議なこともある。
いつだったかオダマキ博士に簡単にヒトガタについての話を聞いたことがあったが、ヒトガタポケモンの衣服とはつまり鱗であり、体毛であり、毛皮である。
そう簡単に脱げるようなものでは無い、と言うか深いダメージを負わない限り破れることすらない、と言う優れものであり、少なくとも寝て起きたら脱げていた、どころか消失していた、と言うのは余りにも不可思議だ。
「って、あ、そうだ」
オダマキ博士に聞いてみればいいのだ、そんなことを今頃思い出す辺り、どうも自身も寝ぼけていたらしい。
「と言うわけでナビ使ってっと」
博士の番号は最初に登録されている、時間は…………やや早い気もするが、あの一家は早起きだから問題無いだろう。
しばしの間の後。
『やあ、ハルトくん、おはよう!』
通話が繋がり、博士の声が聞こえてくる。
「おはようございます、博士」
『テレビ見てたよ、手に汗握る戦いで、ハルカも大はしゃぎだったよ』
「あはは…………ありがとうございます、それで、ちょっとご相談があるんですけど」
『私にかい? いや、まあ時間からして何かあったんだろうとは思ったけれども、それでどんな相談だい? 私に答えられる範囲なら、何でも答えるよ』
博士のそんな言葉にほっと一息つきながら、イナズマに起こった現象について話す。
そうして情報全て話した後の博士の第一声は。
『体毛の生え変わりの時期なんじゃないのかな?』
「……………………は?」
『あくまで私の専門は生態のほうだから、そちらの見解に偏るけれど。前にも言ったように、ヒトガタの衣服と言うのは毛皮や鱗のようなものだ。それが脱げる、と言うのは体毛が抜け落ちるようなものだと思う。つまり時間が経てば自然と元に戻る可能性もあるね』
服=毛、服が脱げる=毛が抜ける、動物の毛が一斉に抜け始める=生え変わりの時期。
なるほど、そう考えるとなるほど、と言わざるを得ないが。
ただ首を傾げる点もある。
「なんでイナズマだけ…………?」
『そこだね、そして
イナズマと出会ってすでに五年だ。その間に、先のようなことは一度も無かった。
イナズマだけではない、生え変わり、と言うのならばエアやリップルだって鱗の生え変わりくらいあってもおかしくないし、チークやシアも同じく毛の生え変わりくらいあってもおかしくない。
シャルは…………まあ多分そう言ったものはないのだろうが。
何故イナズマだけ、そしてどうして今頃、と言う疑問は当然のように出てくるし。
『メガシンカ、そのことに何か秘密があるのかな?』
特別なこと、と言えばそれだけだ。
初めてイナズマをメガシンカさせたこと。
だが、同じくメガシンカしたエアにはそう言った異常は見られないのは何故だろうか。
『もし何か新しく分かったことがあったら教えてほしい、こちらもそう言った事例が無いか、調べてみるよ』
「はい、分かりました」
通話を切るとナビが再び沈黙する。
視線をイナズマへと向けると、どうやらこちらの話を聞いていたらしい。
「体毛の生え変わり時期なんじゃないか、って言ってるけど」
イナズマの種族はデンリュウだが、デンリュウって体毛生え変わったりするのか?
と言う疑問は多少あるが、デンリュウの進化前はモココだ。
メリープとモココは見たままの羊だし、その進化系のデンリュウも、もしかしたら生え変わりもあるのかもしれない。
「イナズマ、何か変調はあるか?」
「え、へんちょ…………体調ですか」
問われたイナズマが言葉の意味を一瞬測りかねたように戸惑うが、僅かに首を捻り。
「そう言えば…………いつもより力が弱くなったような」
布団の隙間から指先をすっと出し。
ぱちん、とその指先から電気が迸る。
一瞬のことだったが、イナズマが少し渋い顔をして首を傾げる。
「やっぱり、ちょっと電気が弱くなってる、かなあ…………?」
メガシンカの反動、のようなものだろうか?
エアの場合、メガシンカの反動は食欲に出る。
と言うか、メガシンカによって消費した膨大なエネルギーを食べることで補おうとするのだ。
だからバトル中にメガシンカを使うと、使った分だけ食べる。
いや、やっぱ普段からけっこう食べてるし、単なる食いしん坊と言うだけかもしれないが。
イナズマの場合…………力が弱まる、と言うことだろうか?
でもメガシンカにそんなデメリットがあるなんて聞いたことが無い。
そもそもがヒトガタのメガシンカの例自体が少ないため分かっていないだけかもしれないが。
「…………イナズマのメガシンカはちょっと慎重になったほうがいいか」
独り呟く。
「待って、マスター」
その自身に、イナズマが待ったをかける。
「…………どうした?」
「あ、あの…………その…………」
どこか迷っているようなイナズマに態度に、僅かに首を傾げ。
けれどこちらから声を出すことはしない。
自分で決める、自分から意見を述べる。
イナズマに必要なのはきっとそれだから。
「………………その………………お願い…………あり、ます」
か細い、消えてしまいそうな声。
それでも、確かに届いた声。
「言ってみろ」
端的に呟き、その先を促す。
数秒、再びイナズマが黙し。
「――――――――――――――――」
* * *
ゲンシカイキ、と言う現象について自身が知っていることはそう多くない。
自然エネルギーを取り込むことによるパワーアップ。
太古の力を
そしてグラードンとカイオーガにしか本来できない。
だが現実にはエアとアース、二体のポケモンがゲンシカイキに成功している。
ただ、それ以外のメンバーについて、一人を除いて琥珀色の石は反応を示すことが無かった。
その一人は…………リップルだ。恐らくリップルも“ゲンシカイキ”が可能となる。
エアとリップル、アースは良くて、それ以外では駄目な理由を少し考え。
ふと思い出す。
ゲーム内でこんな話が無かっただろうか。
“通常のポケモンではゲンシカイキがもたらすとてつもないパワーに耐えきれない”
つまり、実機でグラードンとカイオーガだけがゲンシカイキできた理由とは。
種族としての強さ、と言うことではないだろうか。
エア…………ボーマンダ、リップル…………ヌメルゴン、そしてアース…………ガブリアス。
二人の共通して、他五人に共通しないこと。
種族値合計値600。
それだけならば、あの地下で大量のガブリアスがゲンシカイキしている。
だからもう一つ、条件を付け加えるならば。
6Vであること。
もしくはヒトガタであること、だろうか?
ただ正直なところ、リップルに関して、彼女をゲンシカイキさせることはほぼ無いだろう、と思う。
するメリットが無い、と言うのは本当のところ。
エアのゲンシカイキは相当な奇襲になりえる。
上手くいけば三手で三体、半分もの敵を倒すことができるのだから。
と、言うか。
ゲンシカイキという言いかた自体がどうだろう、と思う。
ゲンシカイキは“今は失った太古の力を取り戻すこと”だ。
つまり、失った本人、グラードンやカイオーガのように太古の昔から生きているポケモンならばともかく、そうでも無い…………エアやアースが行っているゲンシカイキとは。
血脈を辿り、太古の祖先の力を手に入れること。
ある意味回帰ではあるのだがこちらはどちらかと言うと進化に近い。
進化とはつまり適応だ、現在に適応した肉体を再び太古の血脈のものへと適応し直す。
ゲンシカイキ、とは似て異なるこの現象、自身は始まりの意味を込めて。
アルファシンカと呼ぶことにした。
そしてαの先、終端。
それを求めた。
実機時代、ゲンシカイキとメガシンカが別枠だと知った時、大抵の人間が思ったのではないだろうか。
それこそが、自身がエアに求める終着。
恐らく、この世界ならば、可能なはずだ。
種族としての終着点、原初の肉体と進化を超えた進化の先に見える種の頂点、最強の一。
名づけるならば。
――――オメガシンカ。
「んー…………どうすべきかなあ」
正直言って、手古摺っている。
こんなものただの理想だ、具体的なものは何もない。
例えば先に戦ったアイテムマスターを思い出す。
あんな風に二つの道具を持たせる…………恐らく、可能だ。
6Vと言う才能の塊をもってすればそう言う仕込みは出来なくは無い、いくつか切り捨てる部分も出るだろうが、それ以上のものが手に入るだろう。
だがそれでは無理だ。
ゲンシカイキとメガシンカの両立、これでは成立しない。
実際のところ、すでにそんなもの試した。
正確にはアースで、だが。
リーグ街には世界各地から大量に物が集まって来る。
以前、チャンピオンのダイゴとリーグ街で出会ったが、その時教えてもらったのだ、リーグ街の石屋の存在。
と言ってももっぱら売っているのは単なる宝石や貴金属、あっても進化の石くらいだが、数件だけ、あったのだ、メガストーンを売っている店が。
その中の一つが奇跡的にガブリアスナイトだった。
他にもいくつかのメガストーンを手に入れることができたが、それはさておき。
ガブリアスナイトを手に入れた時、当然ながら琥珀色の石と合わせて使うことを考えた。
そしてリーグで戦っている合間合間に少しずつアースの育成をし。
二つの道具を使える裏特性を仕込んだ。
アイテムマスターのように三つも、とはいかない。あれはアイテムマスターだったからこそできたのだ。
自分ではこれが精いっぱいだ。
そうして試しにメガストーンと琥珀色の鉱石…………自身が
結論だけ言おう。
爆発した。
二種類の莫大なエネルギーが体内で弾け、エネルギーが暴発したのだ。
そのせいでアースも怪我を負い、すぐにポケモンセンターに向かうことになった。
恐らく、二種類の別々のエネルギーが流れ込んでくるのがダメなのだ。
体内で反発してしまう。
つまり、理論的にはゲンシカイキとメガシンカの併用は不可能だと思われる。
だが、だ。
たった一度だけ戦った、チャンピオンのメタグロスを思い出す。
あの圧倒的暴威を思い出す。
リーグで優勝を果たした。
そうなれば次の相手は四天王。
そしてチャンピオン。
思い出す、あの最強のメタグロスを。
勝てない。
今のままでは、勝てない。
まだ足りない。
だから欲している。
力を、強い、力を。
オメガシンカ。
実現できれば、あのメタグロスすらをも打ち倒す切り札となる可能性がある。
単純なトレーナーの才能の差、とでも言うべきか。
自身よりも圧倒的に潤沢な
そのくらいの不可能、可能にして見せなければ。
この差は、ひっくり返らないのだ。
ホウエンリーグ本戦は終わった。
次に始まるのは。
チャンピオンリーグ
リーグ街終端にある巨大な扉の先へ。
その先に待つのは四天王。
そして四天王を全て打ち破った先に待つのは。
「…………タイムリミットは近い、か」
チャンピオンリーグは九月から始まる。
こちらはホウエンリーグと違い、実況などは無い、四天王側と挑戦者側の極々少数での戦いになる。
ホウエンリーグ本戦の人数の少なさのために、まだ七月。
次のリーグまでに一月、勝ち進み、チャンピオンと戦うのはあと二か月。
それまでに、オメガシンカを完成させ、同時にパーティの完成度をより高めていくこと。
それが出来なければ、負けるだけの話。
「…………負けるもんか」
嫌だ、ようやくこの舞台に立ったのだ。
「勝つ」
必要なのはそれだけのこと。
「ただ、勝つ」
勝って、勝って、勝ち続け。
「勝つのは、俺だ」
頂点へと立つのだ。
オリジナル用語
アルファシンカ:ゲンシカイキ(もどき)のこと。本来のゲンシカイキと多少意味が違ってるので、ハルトくんが名付けた。α=ギリシア文字で最初の一文字だから「始まり」=「始原」の意味。
オメガシンカ:ゲンシカイキ(アルファシンカ)とメガシンカの同時使用のこと。ゲンシカイキによって原始の強さを取り戻し、その上で進化の先を行くシンカを行うと言う意味で、種の終着点と言う意味を込めた。Ω=ギリシア文字の最後の文字だから「終わり」=「終端」「終着」の意味。
オリジンクォーツ:ゲンシカイキ(アルファシンカ)に必要な琥珀色の鉱石をハルトくんが名づけたもの。日本語っぽく直すと「原始石晶」。
と言うわけで、これより一月の修行編、と見せかけて次からチャンピオンリーグ開催。
え、修行編?
シキちゃん呼んで協力してもらいながら毎日バトルするだけだよ?
シキちゃんなんでいるって?
ホウエンリーグ本戦まではテレビ実況される。つまり大会なのだ。
そして本戦優勝者と準優勝者は表彰みたいなのあるから、準優勝者だけは負けても残る。
表彰終わったら基本的には去るけど、ハルトくんが頼んでバトルの相手してもらってる感じ。
まさに惚れた弱み。
ところで今XY編に向けて着々とパーティ案練ってるけど。
どうしよう…………ハルトくんが一蹴されるレベルで強すぎる(