「…………ご主人様」
夜の公園にやってきた理由を言えば、まあ偶然と言われれば偶然だ。
何故か置いてあるブランコ、ちょうどシャルが座る。
「昼の忘れ物探しに来たんだが、妙なところで会ったな」
ぎいこ、ぎいこ、とブランコが軋む。
隣でこちらを見つめたまま凍り付いたように動かないシャルを見て、苦笑する。
「もう暗いけど…………平気なのか?」
呟いた一言に、シャルが一瞬言葉を
「そう、だね…………あんまり平気じゃないから…………だから、もう、戻るよ、ご主人様」
まるで逃げるかのように、自身のほうを見ることも無く、立ち上がり歩いていくシャルのその背中を見て。
「……………………どうしたもんかな」
そう呟いた。
* * *
エアを受け入れたことは切欠だったのだろう。
シアがそうであったように、シャルがそうであったように。
「キシシ」
翌朝の早朝、戻ると口にして、結局ホテルに戻って来ることの無かったシャルを探して、再び公園にやってくる。
「…………なんでいるの?」
いつの間にか隣にいたチークに、思わず呟く。
おかしい、ホテルを出た時にはまだこいつ部屋にいたはずなのに。何故かいつの間にか隣にいる。
「探し物ならアチキに任せるネ」
「別に探し物とは言ってないけどな」
「シャル探してるんだよネ?」
「…………まあ分かるか」
何時も同じ部屋で寝泊まりしてる仲間が一人欠ければ気づくのも当然か。
「キシシ…………シャルもバカだネー。余計なことばっか、何のために今ここにいるんだカ」
思わずため息を一つ、だから俺の隣でチークが呟いた一言を聞き逃す。
「そんで、探し物、と言うか探し者は任せろってどうするんだ?」
「捜査の基本は足だヨ、トレーナー」
「…………俺一人で探しても変わらねえじゃん」
思わず呟いた言葉に、チークがキシシ、と笑った。
「まあ、真面目な話をするなら」
公園を一通り探し回り、どこにもシャルが居ないことを確認し、次は街のほうを歩いて回る。
早朝の街はまだ人が居ない。ポケモンリーグ直轄の店は後一週間弱は続くはずだが、さすがにこの時間では開店もしていない。
入り口の閉ざされた店舗が続く街をチークを二人、当ても無く探し回っていると、ふとチークが呟く。
「シャルが本気で隠れたなら、普通にやっても見つからないヨ」
「…………どういうことだ?」
「シャルは『ゴースト』タイプのポケモンネ。アチキらと違って、壁でも何でもすり抜け放題ヨ」
「…………なるほど」
下手するとこの閉ざされた店の奥に隠れてる可能性…………いや、無作為に天井裏とかそんなところに隠れられたらもう絶対に見つけられない気がする。
「だからトレーナーがシャルに会うなら方法は二つしかないネ」
「二つ?」
チークの言葉に思わず首を傾げると、一つ頷き、チークが一つと指を一本立てる。
「一週間後…………よりは短いけど、試合当日になれば戻って来るヨ。シャルの性格からしてバトルすっぽかせるようなタイプじゃないネ」
その言葉になるほどと頷く。確かに性格的にそう言うのは難しいだろう。特にチャンピオン相手にシャルは自身としても切り札の一枚と数えていたほどだ。シャルが戻らなかったら、まず勝てないだろうと思う。
ただその場合。
「そうネ、その場合、シャルとの問題は何も解決しない…………多分、このまま有耶無耶になるヨ」
「それは良くないな」
「良くないのカ?」
ふと、チークが立ち止まる。
立ち止まり、自身の言葉に首を傾げオウム返しに問いかけてくる。
「良くないだろ」
「
その瞳の色に言葉を失くす。
本当に、心底不思議そうに、チークは首を傾げている。
「どうしてって」
「放っておけば、少なくとも以前のようにはなれる…………なら放っておけばいいんじゃないのかナ?」
それとも――――。
「トレーナーは、変えたいのかイ? 私たちとの関係を」
投げかけられたチークの言葉に。
「…………変えたいのは、お前らだろ?」
そんな答えを返す。
「
「そんなこった無いさ」
「ヘエ…………」
チークの問いに即断した自身の言葉に、チークが笑みを浮かべる。
「どうして?」
分からないはずが無いではないか。
そして
だからこそ、分からないはずが無い。
“好き…………大好きです、ご主人様”
そんな台詞を、苦しそうに、辛そうに、痛そうに吐き出すように、呟いているシャルの姿に、気づかない自身ではない。
「
絆とは、想いの繋がりに他ならない。
誰よりも、何よりも、強くて、硬い絆。
だからこそ、理解している、理解できている。
「なんだ…………分かってるじゃないカ」
きょとん、と。
まるで何も問題が無いとでも言いたげに、何でも無いことのように、チークが呟く。
「散歩はオシマイさネ」
自身の手を引っ張り、踵を返すチークに引かれるまま、歩く。
「分かってるじゃないカ、トレーナー。だったら、もう分かるさネ?」
「…………何がだよ」
「シャルの見つけ方、だヨ」
二つ目さネ、と指を二本立ててチークが呟く。
同時、自身もまたその方法に気づく。
「…………ああ、なるほど」
言われてみれば、どうして気づかなかったのか。
「あー…………うん、俺が馬鹿だったな、これは」
こんなに簡単なことなのに、どうして失念してしまっていたのか。
「理解できたさネ」
「ああ、ホント、こんなの散歩じゃねえかよ」
否、近すぎたのだろう、これまでが。
こんな簡単なことを失念してしまうくらいに、必要無かったのだ。
今初めて、たった一歩分、自身とシャルの間に距離が出来た。
感情を繋げることをシャルが躊躇った。そのことには僅かな驚きもあるが。
それでも、紡いだ絆が否定されたわけでも無い。
繋いできた手が振り払われたわけでも無い。
「お前も、俺に言いたいこと、あるのか?」
「キシシ…………アチキは…………そうだネ、まだいいや。物事には順序ってもんがあるさネ」
「そうかい」
チークと二人、手を繋いで帰る。
仲間の中でもエアよりもさらに小さなチークだが、今の自分からすればちょうど良い高さと言ったところか。
「全く、難しいな、感情って」
「キシシ、アチキはいつだって自分の感情には素直さネ」
「嘘つけ…………」
この捻くれ者。
呟きを隠した言葉を、けれどチークは読み取ったかのようにこちらを向いて。
「キシシ」
再び笑った。
* * *
どうしようか、とゆっくりと、意識を覚醒させながら思考する。
逃げてしまった、あの時、確かに自身は逃げてしまった。
辛くて、苦しくて、ただ顔を見ているだけで胸が痛くなる。
だから逃げた、逃げてしまった。
けれど、逃げられるものではない。そんなこと自身だって分かっている。
もう数日もすれば、最後の戦いに行かなければならない。そこからすらも逃げ出せばもう自身は彼らの仲間ですら無くなる。それはダメだ、それは許容できない。そんなことになれば、何のために自身がここにいるのか分からなくなる。
だから時間が欲しかった、ただ心を押しつぶす時間が。
浮き上がる想いを沈めるための時間が。
ゆっくりと、ゆっくりと、心を静めていく。
沸き上がる感情に蓋をして、浮き上がる想いを鎖でがんじがらめに沈め。
思い出さないように、湧き上がらないよう。
少しずつ、
大丈夫、まだ数日の時間はある。
それまでにゆっくりと
どうせ彼らにここは見つけられないのだから。
そう、思った。
思っていたはずなのに。
「…………シャル、見つけた」
腕を引かれる。
「ごしゅじん…………さま…………」
その胸の中に抱き寄せられる。
蓋を閉めたはずの心から、感情が一気に噴き出した。
* * *
結論だけ言えば、公園にいた。
ただし、実体化していなかったから、分からなかっただけだ。
『ゴースト』タイプのポケモンと言うのは、そう言うところがあるらしいが、今までほとんど見る機会が無かったので失念していた。
けれど確かにそこにいる、分かる。
そうすれば確かにいる、そこに、彼女がいることが
手を伸ばした、届け、と念じて。
そこにいる彼女を思って、手を伸ばした。
確かに触れた。
同時に。
「…………シャル、見つけた」
その腕を引く。
「ごしゅじん…………さま…………」
呆然とした様子で、シャルが呟き。
ぽすん、とその小さな体を腕の中に納める。
「やっと捕まえた…………ちゃんと帰ってこい、心配するだろ」
腕の中で動かないシャルに、思わず呟く。
これでも朝から探し回っていたのだ。これくらい言わせて欲しい。
「…………なんで…………どうして、ここ…………分かったん、ですか」
「俺たちは繋がってる…………まあ普段意識しないせいで、気づくのに遅れたけどな」
今この瞬間だって、意識すればシャルとの繋がりを感じられる。
何度逃げ出そうと、未だシャルが俺と絆を結んでいること、それ自体、シャルが本気で逃げ出そうとしているわけではないことの証左にもなりえる。
「ダメ、です…………離…………して」
はっと、なったシャルが腕の中でもぞもぞと動くが。
「やだよ」
ぎゅっと、さらに強く抱きしめる。
そうして力を強めるごとに、シャルの抵抗が弱々しくなっていく。
「ダメ、です…………こんなの、ダメ…………隠せなくなるから、やめて、ご主人様」
「隠さなくても良い、お前はお前の想うままにすれば良い、俺が全部受け止めてやるから、だから」
シャルがぐっと、自身の服を掴む、しわくちゃになるんじゃないかってくらい、強く強く掴み。
「だから…………ダメなのに、ご主人様は…………受け入れちゃうから、ダメなのに」
「どうしてそんなに拒絶する?」
「ボクは…………ボクなんか、命の無い、ただの化け物なのに」
声が震えていた。まるで今にも泣きそうなその様子に。
「ボクなんか…………ダメなのに」
口から吐きだす、悲観的な言葉の数々に。
「あー…………もう」
少しだけ、イラついた。
「うるさい、黙ってろ」
くい、とその顔を上げさせ。
問答無用で唇を押し付けた。
* * *
「あ…………っんむ」
その瞬間だけは、思考が真っ白になった。
先ほどまで悩んでたことも、ぐちゃぐちゃにない交ぜになった感情も、全部全部吹き飛んだ。
蕩けてしまいそうな思考に、ただ本能のままに、そのままに身を委ねる。
ただただ真っ白で、何も考えられなかった。
両頬に当てられた、自身の主の手が酷く熱く感じる。
まるで火傷してしまいそうなほどの熱が、けれど手では無く頬のほうだと気づく。
ぺろり、と口の中に潜りこんだ舌が自身の舌と絡み、唾液を交える。
瞬間、びくり、と体が跳ねる。そんな自身に主がふっと嗤い。
「ぷはっ」
「あ…………あう…………あっ」
直後、主の唇が離れる。同時に開かれた口が大量の空気を求めて、何度となく胸が上下する。
「あんまり驚かせないように…………優しく行こうかと思ったけど、止めた」
その両手に頬が固定されたまま、主の顔が近づいてくる。
先ほどからから回り続ける思考は、何の言葉も紡ぎ出せず。
「え…………あ…………っと」
言葉にもならない音の羅列が口から零れだしていく。
「シャルが悪いんだから」
にぃ、と主が嗤う。
「あんまり強情だから」
再びその顔が迫り。
「全部全部…………溶かしてあげる」
ほんの一瞬、唇と唇が重なり合う。
「全部全部…………蕩けさせてあげる」
先ほどよりも、どこか淫靡な口づけ。
「奪ってあげる、浚ってあげる、掠め取ってあげる」
耳元で囁かれる言葉に、全身の力が抜けていく。
「全部全部…………シャルが素直になるまで」
崩れ落ちる体を、自身が主が抱き留め。
「滅茶苦茶にしてあげる」
だから――――――――。
「覚悟しなよ?」
呟き、嗤った。
告ったのに逃げられたのでハルトくんキレるの巻。
書いてて思う…………これはR18事案ですわ。
と言うわけでその内書いとく。そんなに長くならないと思うけど。
コミュ回と言う名のヒロイン攻略回になりつつあるけど、もうちょい告白会分散させれば良かったと反省。やっぱ恋愛フラグってのは自分には難しい。
この辺は次回に生かしたいところ。
あと一話でチャンピオン戦入ります。