ミシロタウンを出て二時間ほど経っただろうか。
「父さん!」
「ハルトか、早かったな」
場所はトウカシティ中央、トウカジム前。
二時間ほど前、ハルカちゃんをこのトウカジム前で見たと父さんから情報が入った。
情報をもらってからすぐにエアに飛んでもらい、急行したトウカジムの前で父さんが待っていた。
「父さん、ハルカちゃんを見たって本当?!」
「ああ、すぐに人混みに紛れて見失ったが、確かにハルカちゃんだった…………位置的にはあっちだな」
そうしてハルカちゃんが向かって行ったと言う方向を指さす。
「あっちは…………104番道路のほうか」
「外に出た…………とは思いたくないがそもそもここまで来た、と言う時点でな」
ミシロタウンからトウカシティまで101番道路と102番道路を超えなければならない。
「だが子供の足でそんな距離歩けるものか?」
父さんの疑問に、けれどそれを是と答える。
「ハルカちゃん、お父さんのフィールドワークについていったりで道の悪いところも割と歩き慣れてるみたいだし、けっこう体力もあるみたいだよ」
だから可能か不可能かで言われれば、可能だろう…………とは言っても所詮は子供の足。距離を考え、逆算すれば
「朝一でやってきたジムトレーナーを一人先行して探しに行かせている、まずは彼を探してみるべきだろうな」
ふむ、と親父様が少し考え。
「ハルト、先に行ってくれるか? 俺はここで博士たちと連絡を取りながら、他のジムトレーナーたちを待つ。少なくともあと一時間以内には全員やってくるはずだ、そうなればジム総出である程度広範囲でも探せる。だからお前は先行させたジムのやつと合流して、ハルカちゃんの行く先、居場所のある程度の目星だけでもつけておいてくれ」
「了解、それで先行してるジムの人ってどんな人で今どこにいる?」
「うむ、ペルシアンを傍に連れているから恐らくすぐに分かると思う。場所は…………待てよ、今連絡する」
そう言ってナビを操作する父さん。ジムトレーナーは名前の通り、ジムに所属しているトレーナーだ。
基本的に自分から採用試験を受けに来るか、ジムリーダーが勧誘して決まるのだが、ジムトレーナーになるとジムの中で使用するポケモンの種類がジムが決めたタイプに限定される代わりに、専用の訓練施設やジムが集めた技マシンの使用許可など通常のトレーナーには無い様々な支援が受けられる。ナビもその一つであり、ジムリーダーとジムトレーナーはいつでも連絡が着くようになっている。初代のように、初期地点から一番近い街のジムに挑もうとしたら不在なんてことは基本無くなっているのだ。
「そうか…………分かった、うちの子をそちらに合流させるから頼んだぞ」
親父様がナビを切ると、こちらへと視線を向けて口を開く。
「104番道路の海辺の小屋あたりにいるそうだ、合流するように言っておいた、急いで向かってくれ」
「分かった、行ってくるね」
「ああ、何があるか分からんからな、気をつけろよ」
「頼もしい仲間がいるからね…………大丈夫さ」
自身のそんな言葉に、父さんがふっと笑って。
「なら安心だな」
そう呟いた。
* * *
海辺の小屋、と言われるとハギ老人と言う名前がすぐ出てくるプレイヤー脳。
いや、でもハギ老人とピーコちゃんはみんなすぐに思い出せると思う。
「ははは、待てーピーコちゃーん」
「きゃ~ますた~」
「ははははは、ぴ~こちゅぁあ~~~ん♪」
「ま~すた~~~♪」
絶句した。
楽しそうに逃げ回る十歳かそこらのセーラー服の小柄な少女を鼻息荒く追いかける未だに爺さんがそこにいた。
「キミがセンリさんのお子さん?」
後ろで誰かが声をかけてきた気がするが、そんなことすら気にならない。
ぴーこちゃん…………いや、多分気のせい…………気のせいじゃなかったら…………いや、気のせいじゃなくてもこれは…………。
事 案 発 生 ?!
「おーい? 聞いてるかい?」
「はっ?!」
耳元で呼ばれた声に、意識を取り戻す。
ゲームと現実にあまりにひどいギャップに思わず意識が飛んでいたようだ。
「ご、ごめんなさい、えっと…………先行していたトレーナーさんでいいですか?」
年の頃十四、五くらいの少年。まあ至って普通のエリートトレーナーだ。ゲームと同じ服装だし。
「お、丁寧な言葉遣い。ポイント高いね。そうそう、センリさんに頼まれて俺がここまでハルカちゃんだっけ? 追いかけてきてたんだよ」
「それで、ハルカちゃんは?」
そう尋ねると、少年が少し苦々しい表情をする。
「それが…………この辺りで見失っちゃってね、どうしたものか考えていたらセンリさんから連絡が入ったんだ」
道は二つ…………南の海辺のほうか、それとも北のトウカの森か。
「…………こっちでトウカの森を探してみますので、海辺のほうお願いできますか?」
「構わないけど…………大丈夫かい? 言っちゃなんだけど、キミみたいな子供が一人で行くのは危ないと思うよ?」
「…………まあ、頼りになる仲間がいますから」
ボールを取りだしエアを出す。現れた少女の姿に、少年が随分と驚く。
「ひ、ヒトガタ?! そ、そうかい…………確かにヒトガタポケモンがいるなら心強いだろうね」
ぶっちゃけ、シアとの戦いや親父殿との戦いで多少レベルも上がっているので、日進月歩で強くなっている。それでも
「そういうわけなのでこっちは大丈夫です…………それに、少し気になってることもありますし」
「…………ふむ、そうかい? ならそっちに任せようかな」
「父さんがもうすぐ他のジムトレーナーさんたちを集めてやってくるみたいですから、もし海辺のほうにいなかったらこっちに向かわせてもらっていいですか?」
「了解だよ…………五歳って聞いてたんだが、随分としっかりしてるね」
「まあ、それなりに」
多少濁しながらそれじゃあ、と告げてトウカの森を目指す。エアで飛んでもいいが、道中にハルカちゃんがいた場合、早すぎて見逃す可能性もあるのでここからは歩くことにする。
最も、街中で飛ぶわけにもいかなかったので、ジムからずっと歩いていたようなものだが。
「それにしても…………この方向、やっぱそうなのかなあ」
「何の話?」
「何って…………ああ、そう言えばあの時、エアとシアはセンターに預けてたんだっけ」
自身の名が呼ばれたことで、ボールの中のシアががたがたと揺れ出す。
「シアも出しておこうか」
ボールのスイッチを押し、シアを中から出す。
「良いのですか?」
「まあ、今回はね」
最近、と言うか正確にはコトキタウンを出てからは、だが。
エアとシアの二人をボールに仕舞うようにしている。
シアの一件で、ヒトガタポケモンと言う存在がトレーナーにとっては喉が手が出るほど欲しいものなのだと、ようやく実感したからだ。実際、バレはしなかったが、誰かが騒ぎを起こしていたヒトガタを捕まえたらしい、と言う噂はポケモンセンターのトレーナーほぼ全員がしており、一体それが誰なのか、と言う話で持ち切りだった。
楽観視して、ミシロタウンからコトキタウンまでエアを出したままで歩いてきたが、自身が思っている以上にヒトガタ…………というより6Vポケモンと言うのは注目の的らしい。
親父殿と勝負した時は、まだ朝早かったことにより、シアの姿を見られた人間は居なかったはずだが、バトルの時は仕方ないとしても、迂闊に路上でエアたちを出すべきではないと考えた。
エアは多少不満そうではあったが、シアがすんなり頷いたこと、そしてエアたち自身のためでもあることを伝えると渋々頷いた。
実際、二匹もヒトガタポケモンを連れている、と言うのは確実に目立つ。下手すればロケット団のような奪ってでも手に入れる、と言うやつが現れるかもしれない。だが自身は見ての通りの五歳児であり、ポケモンを出せるならともかく、出せない状況に追いやられればほぼ詰みだ。
つまり、最初からそう言う状況を起こさせないように、普段から隠しておくべきなのだ。
ただ今回に限っては別だ。と言うより、必要ならば惜しむ必要は無い。
結局、いつかバレるのはバレるのだ。
多分そうなんだろうな、と言う程度の予測だが。
最終的にはパーティー六匹フルメンバーヒトガタ。
これで目立たないはずがない。だったらもう今更ではある。
けれどある程度、自身で自衛できる程度の力や戦力を整えるまでは目立つことは避けたい。そのための予防線でもある。
いつかバレるとしても、そのいつかはできる限り遅らせておくべきだ。
まあそれはさて置いて。
「…………トウカの森にね、マボロシの場所がある可能性がある」
「…………マボロシ?」
「の場所、ですか?」
自身の告げた言葉にピンと来ない二人。まあゲーム用語だから仕方ないのかもしれないが。
マボロシの場所、と言うのは元祖ホウエンとでも言うべき第三世代、ルビー、サファイア、エメラルドでマボロシじま、と呼ばれる島が元だ。
一日一回、ゲーム内の乱数で判定が行われ、65535分の1と言う本気で幻過ぎる確率の乱数を引くと現れる島だが、そのレア過ぎる確率だけに実際に島を訪れたトレーナーはガチで落胆してしまうだろう。
あるのはソーナノと言う珍しいポケモンとチイラと言う他では見ない木の実だけ。
確かに野生のソーナノは他には出ないし、チイラもマボロシじまにしか出ない。
だが6万数千分の1と言う余りにも低すぎる確率を踏破してまで手に入れる価値のあるアイテムとは言えない。
実際のところ、色違いポケモンや6Vポケモンを野生で捕まえるほうがまだ現実的ではある。何せ、ポケモンの捕獲は一日何度でも行えるが、マボロシじまの判定は一日一度しか行われないのだ。
余りにも酷すぎる仕様に、ルビーサファイアの強化版とでも言えるオメガ―ルビーアルファサファイアでは大幅な仕様変更が行われた。
それがマボロシの場所。
ゲーム内でストーリーを進行させていると手に入るある道具を使うと行けるようになるマップ上には存在しない場所の
マボロシのしま、マボロシのもり、マボロシのやま、マボロシどうくつの四つに分かれており、それぞれ他の場所では出ない珍しいポケモンが出現したり、貴重なわざマシンやどうぐが落ちていたりと以前よりもぐっと充実した内容となっている。
しかも、マボロシの場所は一日一回、日付の変更と共に場所と内容が変わるだけで
特に、オメガルビ―、アルファサファイアで野生のメタモンを入手するにはこのマボロシの場所でメタモンが出る島か洞窟どちらかを当てるしかないので、厳選をしようとするならばだいたいのプレイヤーは一度は来るだろう場所だ。
そのマボロシの場所だが、実はこの世界にもあるらしい。海上に突如現れ、一日で消える不可思議な場所として知られている。見つけて、調べようと準備をし、いざ行こうとするとすでに無いと言う不思議な場所で、詳しいことは分かっておらず、あちこちにあるのは確かだが、唯一その神出鬼没ぶりからマボロシじま、とだけ名づけられている。
で、そのマボロシじまと同じものがが、トウカの森に出た、と言う話をコトキタウンでポケモン協会の人から聞いたのだ。
その名も。
「マボロシのやかた…………森の奥のほうに突然大きな館が現れるんだってさ。で、調査しようと近づくとふっと、気づいたら消えて、影も形も無くなってしまっているらしい」
マボロシじまとはまた違うタイプではあるが、突然現れたり消えたり、と言った部分は共通しているのでそう名付けられたらしい。
知らない情報だ。少なくとも、ゲーム内であったイベントでは無い。
「…………まあ残りの子たちと関係あるかどうかは分からないけどね」
ただ他に情報も無いし、一応確認に行こうとは思っていたのだ。
まさかこう言う形で向かうことになるとは思わなかったが。
「とりあえず何が起こっても良いように…………頼んだよ、二人とも」
「任せときなさい」
「何があろうと、マスターには指一本触れさせません」
頼もしすぎる二人の言葉に、薄く笑みを浮かべながら。
そうしてトウカの森の入り口へと入って行った。
未だにメタモンはマボロシ。チャット部屋のとあるお人に3Vメタモン2匹もらって厳選してた。もうあの方には足を向けて寝れない。
でも未だに不思議なことが一つ。
逃した覚えも無いのに、ボックスの中から忽然とメタモンが消失。
未だに原因が分からない。
自身の中ではメタモン脱走事件として記憶に新しい出来事である。
メタモンたちは旅立ったのだ…………あの遥か遠くまばゆい新天地(データの海)へと。