ポケットモンスタードールズ   作:水代

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十年一緒に住んでて初めて見た

 

 

 人間もそうだが、ポケモンもまた生物だ。

 今更何を、と言われるかもしれないが、それが事実だ。

 だから、人間と同じようにポケモンも怪我もすれば、病気にもなるし、最悪それが原因で死亡することだってある。

 と言うか、原作でも確か金銀で病気になったデンリュウと言うのが出てきたはずだ。『ひでんのくすり』とか言うアイテムを取りに行くお使いクエスト的なものだったはず。

 

 まあ何を言いたいかと言うと。

 

「…………っくしゅん」

「…………風邪だなあ」

「はひ…………すみまひぇん」

 

 ずず、と鼻を鳴らしながら真赤な顔をしているイナズマに嘆息する。

 リーグ最終戦まで残すところ四日にして、まさかのメンバーが一人病欠と言う問題。

 まあ幸いにして。

 

「明日か、長くても明後日には治るって話だけどね」

 

 怪我だろうと、病だろうと、ポケモンに関する異常ならなんでも診てくれるのがポケモンセンターだ。

 朝からイナズマを連れて行ってきたが、人間で言うところの軽い風邪であり(厳密には人間と同じものではないポケモンがかかる病なので)、それほど大事にはならず、また一日、二日で治るとのこと。

「今日はホテルで寝てろよー?」

「ふぁい」

 どうにも熱っぽいらしく、目がとろんとして瞼が落ちかけている。

 呼吸もやたら熱いし、息苦しさもあるようで、やや息が荒い。

 

 完全に風邪である。

 

「あう…………」

 

 ベッドの上で、布団で顔を半分ほど隠しながら、イナズマが小さく呻いた。

 

 

 * * *

 

 

 ポケモンは、前世の動物と似ているようでまるで違う。

 当たりまえだが、普通の動物は口から火は吐かないし、指先から電撃放ったりしないし、一瞬で水を凍結させるビーム出したりもしなければ、電波飛ばしたりも、雨を呼ぶことも出来ない。

 とは言っても生物の範疇である。脳があり、心臓があり、その他内臓があるのも同じだし、手もあれば足もあり、目で見て、耳で聞いて、口で語り、舌で味わい、鼻で嗅ぐ。

 一部例外もあったりするが、大よそのポケモンはこれに当てはまる。

 『ほのお』ポケモンなら体内に火炎を生み出す仕組みがあったり、『でんき』ポケモンならば発電する仕組みがあったりと、多少の違いはあるのだろうが、大よそのところ、風邪を引けば対処方法は同じである。

 

 薬飲んで、栄養のあるものを食べて、体を暖かくして寝る。

 

 つまりこれに尽きる。

 

「はい、イナズマ、あーん」

「あーん」

 

 いつもならもう少し恥ずかしがりそうな感じもあるが、完全に熱に頭浮かされてるなあ、と思いながらベッドの脇に腰かけ、ホテルのレストランに頼んで作ってもらったお粥を掬ったレンゲを差し出す。

 さすがにここまで勝ち抜いているトレーナーだけあって、ホテルからの待遇もかなり良い。多少の無茶も聞いてもらえる。

 と言うかこの街にこんな百十人くらいは泊まれそうなホテルを立てて、全ての部屋が埋まることがあるのだろうか。リーグ街のトレーナー全員ここに泊まっても埋まりそうに無いし、そもそもリーグ挑戦者のトレーナーは皆、同じホテルで寝泊まりすることを嫌ってだいたい各地のホテルに散らばっているので、余計にこの数は無駄なのではないだろうか、と思う。

 まあそのお蔭で、一室別に貸切るとか言うこともできるのだが。

 

 ポケモンセンターのジョーイさん曰くポケモンの風邪なので人間には移りはしないが、同じポケモンには移る可能性がある、とのことらしいので、イナズマだけ別室に寝かせて、自身が朝からついているのだが、入り口の扉の隙間からこちらを伺う視線の数々に、思わずため息を吐く。

 

「まふは…………?」

 

 そんな自身のため息に、イナズマがぼんやりとしながら首を傾げ。

「何でもないよ」

「ふぁ…………ふぁい…………」

 茶碗一杯ほどのお粥をゆっくり咀嚼させながら、全て食べさせると。

「ほら、イナズマ、薬」

 ポケモンセンターで処方してもらった薬を取り出しながら、ポッドで沸かした湯を湯呑に注ぐ。

 そのままでは熱いので、ふうふう、と二度、三度と吹いて程よく冷ましたら、イナズマに湯呑を渡し、そのまま薬を飲ませる。

「…………にがい」

「薬だからね」

「…………ますたー、手」

「はいはい、繋いでるから」

 病気で気が弱っているのか、どうにも今日のイナズマはやたらと甘えてくる。

 そもそもポケモンセンターで寝かしておこうと言う話だったのが、どうにも自身の裾を掴んで離さないせいで連れて帰ることになったのだから、相当だ。

 

「ほら、さっさと寝た寝た。どうせ寝るのが一番体に良いんだよ」

 

 少なくとも人間はそうだ。ポケモンがどうか知らないが、まあ体調不良の時に寝て体に悪いと言うことは無いだろうと思う。

 

「…………寝てる間、一緒に居てくれますか?」

 

 潤んだ瞳でこちらを見つめるイナズマ。単に熱のせいなのだろうが、ちょっと事実無根な罪悪感を感じるので止めて欲しい。

「分かった分かった…………寝て、起きて、お前が良くなるまで、一緒にいるよ」

 

 ――――だから、早く風邪治しちまえよ。

 

 半ば無意識で呟いた言葉に。

「…………えへ…………はい」

 にへら、とイナズマが笑い、そうして枕に顔を埋める。

「…………おやすみなさい、ますたー」

 呟き、目を閉じる目の前の()()に向かって。

「ああ…………おやすみ、イナズマ」

 片手を繋いだまま、自身もまたベッドの上で胡坐をかき、頬杖を突く。

「ふぁ…………朝からポケセンまで走ったせいで、ちょっと眠い」

 一つ欠伸し。ちらり、とベッドの中で眠る少女の顔を見る。

 相変わらず熱っぽい。だがぎゅっと、その手を握りしめれば嬉しそうに、穏やかな笑みを浮かべ。

「タオルタオルっと」

 そっとその額の汗を拭ってやり、ついでに頭の上に絞ったタオルを置いてやる。

「俺も寝るか」

 イナズマのベッドの隣にくっつけたもう一つのベッドにごろん、と転がる。

「チーク…………部屋の中、入んなよー?」

 扉の外でこちらを伺うチーク他数名へと一つ釘を刺し。

「んじゃ…………おやすみ」

 繋いだ手をそのままに、布団を被り、目を閉じる。

 

 襲い掛かる睡魔に、身を委ね。

 

 あっという間に意識が暗転していった。

 

 

 * * *

 

 

 暑い。

 

 熱いでは無く、暑い。

 

 体に溜まった熱の暑さに、ふとイナズマが目を覚ます。

 ぼんやりとした頭で、ふと窓の外を見れば、すでに日が傾き始めていた。

 ふと時計を見る、時刻は午後五時を回ったくらい。

 上半身を起こす、と同時に顔から落ちてくるタオル。

「…………あ」

 寝る前に感じた僅かな冷たさ。ひんやりと気持ち良い感覚を思い出し。

「…………マスター」

 呟き、そして同時に、繋がれた手の存在を思い出す。

 ふっと視線をずらせば。

「……………………すう…………すう」

 静かに寝息を立てる、自身の主の姿。

「…………朝から、騒がせちゃいましたしね」

 自身を背に運ぶエアと併走するようにポケモンセンターへと走った自身の主の姿をうすらぼんやりと思い出し。

「…………えへへ、ありがとうございます」

 主を起こさない程度の小さな声でそう呟く。

 そうして、そっと、その手を解き。

「……………………」

 一瞬、ほんの一瞬だけ感じた、手の温もりが離れていくことに対する惜しさ。

 けれどそれも一瞬。

 

「…………汗、べとべと」

 

 服が大量に寝汗を吸って、やや気持ち悪い。

「…………ヒトガタは脱げないからなあ」

 寝汗を吸って水気たっぷりのこの服は、乾かす以外に方法が無いのがヒトガタの苦労である。

 まあそもそもヒトガタで無ければ、相対的に毛の量が増えているので、乾かすのがもっと大変になるだろうが。

 ふと視線を傍にあった机の上に向ければ、水の張った洗面器と傍には数枚のタオル。

 どうやらホテルから借りてきてくれたらしい。

 

 タオルに手を伸ばし、一つ手を取る。

 同時に感じる甘い香り。

 それは昨晩、()()が寝る前に大量に食べていたお菓子の香り。

 

「…………ちーちゃん」

 

 これを借りてきてくれた少女の名前を呟き、ぎゅっと抱きしめる。

 洗面器の中に僅かに溶け残った氷が見える。時間からしてかなり経ったはずなのに今尚残る氷。

 洗面器に触れてみれば僅かに感じる冷気。

「シア、かな」

 そして部屋の中の空気。残暑の影響を受けない程度に快適な温度は多分、恐らくシャルの手によるもの。

 そして乾燥し過ぎない、かと言ってべたつかない病人に優しい湿度はリップルだろうか。

「…………みんな頑張り過ぎだよ」

 思わず苦笑する。

 

 普段生活する上で、ここまですることは無い。その程度には手間がかかる作業である。

 ポケモンの力は便利に使おうとすれば確かにこういうことも出来ても、それでも日常的に使うには細かな調整が必要で、だったら多少我慢するか、別の物で代用すればいいだけの話である。

 だが今こうして手間をかけて、病気で弱った自身に負担の無いように気を張ってくれた跡を見れば、どうしても嬉しくなる。

「…………ありがとう、みんな」

 呟き、タオルで顔と額、それから首回りを拭いていく。

 服は…………後で風呂に入ってそのまま乾かせば良いだろう。

 普段はあまりしないが、自身の服はデンリュウと言う種にとっての毛皮と同じだ。普段は払い落とす程度でも良いのだが、時々は洗ってやらないとどうしても汚れていく。

 露出した手や足を拭き、それから服の裾を捲り、隙間からタオルを入れていく。

 お腹の周りを拭い、それからさらに服を捲って少しずつ上を上を目指していく。

 

 そうして、半ば上着を脱ぎかけたところで。

 

「ふぁあ…………ああ…………ん、イナズマ、起きてたのか?」

 

 自身の主が目を覚まし、体を起こす。

 

「…………………………」

 

 突然横から聞こえた声に、一瞬びくり、と固まり。

 自身が今どんな格好なのか、思い出したのは直後。

 

「…………………………あっ」

 

 時すでに遅し。

 その一瞬の間に、こちらを向いていた主とばっちりと目が合い。

 

「あ、ああ、あああ」

「あ、いや、その、だな」

 ふい、と頬を赤らめながら主が顔を背け。

 

「やああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 絶叫が室内に響き渡った。

 

 

 * * *

 

 

「で、そのままイナズマの背中拭いて上げたの?」

 かぽーん、と鹿威しの音が響く。

 風情だなあ、と内心で想いながら。

「…………仕方ねえだろ、後ろ手が届かないって言うんだから」

 

 何故こいつ(リップル)は当たり前のように男湯に入ってきているんだろうか、と内心で疑問を呈する。

「もうマスター以外に入って来る人なんていないから大丈夫だよ」

「だからナチュラルに俺の心読むなよ」

「マスターが分かりやすいだけだと思うよ?」

 ホントかよ、なんて不審そうな目をしながら。

「まあ何にせよ、明日には治りそうだな」

 夕方もう一度イナズマの体調を見たが、朝より大分良くなっていた。やはり寝ていれば治る、と言うのは人間もポケモンもそんなに変わらないらしい。

 

「役得だったねー?」

「……………………いやー、前までならともかく、今のあの幼女にさすがに発情はしねえわ」

 そう、イナズマ。幼女である。またしても。

 と言っても、すでにプリム戦終了後からのことではあるので、最早慣れているのだが。

 以前との違いは、精神年齢までは下がっていないと言うことか。いや、多少の影響は受けているみたいではあるが、概ね何時ものイナズマと変わりない。

 

「うーん、私もメガシンカしてみたいなあ」

「お前は…………ゲンシカイキならできそうではあるけど」

 ただやる意味が余り感じられないだけで。

「リップルはあくまで受けだからなあ」

「まあ分かってたけどね」

「チャンピオン戦終わったら、考えてみるわ」

「お願いねー」

 かぽん、と再び鹿威しが鳴る。

 

 いつ入っても温泉は良い。と内心呟く。

 やはり前世が日本人だからだろうか、和食とか温泉とか、そう言った類のものが酷く安心する。

 そう、安心するのだ。温泉に入っているのは、つまりそれが目的だ。

 

「緊張する?」

「…………当たりまえだろ」

「まあ、そうか…………あと四日だしね」

 

 残すところ四日。

 チャンピオンとの戦いまでの残り日数。

 

 一日近づくごとに、心臓が跳ねる。

 

 近づく期限に、気持ちばかり焦ってしまっている。

 

 だから温泉に入って気持ちを静めるのだ。

 

「エアのやつがさ、えらく気合い入ってるよな」

「まあ前回のリベンジってのもあるしね、エアは負けず嫌いだから」

「…………何自分は関係ないみたいな顔してるんだよ」

 

 呟いた言葉に、リップルが首を傾げる。

 そんなリップルに一つため息を吐き。

 

「俺も、お前も、いや、それどころかシアも、チーク、イナズマも、あのシャルですら」

 

 全員が全員。

 

「負けて、負かされて、そのままで良いなんて思っちゃいないだろ」

 

 そんな自身の言葉に、リップルがにやり、と口元を歪ませ。

 

「勿論」

 

 短く返し。

 

 そうして。

 

「珍しい、お前のそんな顔」

 

 獰猛に笑った。

 

 

 




自分も今風邪中です。そして休めないお仕事。
寒い時期ですのでみなさんも風邪にはお気をつけて(オーストラリア在住は知らない)。

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