「さて」
こつん、こつん、と。五度目となる通路を歩きながら、一つ呟く。
「…………泣いても笑っても、これで最後だ」
こつん、と足音が止まる。
「…………覚悟はいいかい?」
自身のそんな問いに、目の前を歩くエアが鼻を鳴らす。
「そんなもの、最初から終わってるわよ」
そんなエアの言葉に、そうかい、とだけ呟きエアをボールに戻す。
四天王カゲツの居た部屋へと入る。
中は薄暗く、奥へと続く扉の周りだけが光に照らされている。
「マスターこそ」
部屋を歩きながら、隣を歩くシアが呟く。
「大丈夫ですか?」
そんなシアの問いに、勿論、とだけ呟き。
「…………頼りにしてるよ?」
「…………任せてください」
互いに顔を合わせ、笑みを浮かべる。
そうしてシアをボールへと戻し。
次に入ったのはフヨウの居た部屋。
「あう…………く、暗い」
「この間は普通に夜でも平然としてたのに」
「あああああ、あの時は、そそそそ、その、別のことで頭がいっぱいだったと言うか」
体を震えさせながら、自身の裾を掴むシャルに、やれやれと苦笑し。
「今日は頼むよ? シャル」
そんな自身の言葉に。
「…………はい、頑張りますから」
一つ頷き。
「だから、勝ってください。ご主人様」
何時もとは違う、少しだけ強気な言葉に、頷き、シャルをボールへと戻す。
次に入ったのはプリムの居た部屋。
「まだ寒い気がするヨ」
「よく考えたらあれのせいでイナズマ風邪引いたんじゃないだろうか」
足元を見ながら、チークが先導し、やがて次へと続く扉の前で止まる。
「さてはて、トレーナー。これで最後だネ」
「そうだな、最後だな」
「終わったら、アチキも言いたいことあるから、だから」
「…………ああ、待ってる、だから」
短く、言葉を止め。
「勝つぞ」
「勝つヨ」
互いに笑みを浮かべ、頷き。そしてチークをボールへ戻す。
さらに歩を進め、入ったのはゲンジの居た部屋。
「あはは…………みんな気合入っちゃってますね」
後ろで苦笑するイナズマに、振り返りながら問う。
「何だ…………? お前はやる気ないのか?」
瞬間。
「…………そんなはずないじゃないですか」
笑みだった。確かにそれは笑みだった。
だが本来の意味での笑み…………とてもとても獰猛で、攻撃的な意味の笑み。
「良い意味で『ドラゴン』っぽくなってきたな」
「…………そうですか? 自分だと良く分らないんですけどね」
あはは、とまた苦笑するイナズマにふっと笑みを零し。
「頼むぞ、俺は勝ちたいんだ」
「当然です」
そこで当然と言えるのが、何よりの変化だと、今は思う。
頼もしくなった、そう思いながらイナズマをボールに戻し。
そうして、最後の扉を抜ける。
「…………緊張する?」
いつの間にか、自身の隣に立っていたリップルに問われ、手が震えていることに気づく。
続くのは長い長い、石の回廊。
歩いていくごとに感じる、重圧に、思わず息を呑む。
「…………本当に人間なのかな、ってレベルだね、これ」
感じる重圧、その根本を辿れば、この先にいるたった一人の男に集約されるのだろう。
リップルが隣で漏らしたように、本当にこれが人間の放つ気配だろうかと思ってしまうような濃密な重さを纏った気配。
「最高だよ」
「…………へえ」
呟いた一言に、リップルの口元が弧を描く。
「この空気が如実に物語ってる…………今度は、遊びじゃないって」
一度目は、ただの遊びだった。少なくとも、自身は全力を振り絞り、それでも相手にとってはただの児戯に等しい物だった。
だから、不安はあったのだ。
「本気にされている、それだけの力が、今の俺たちにはある」
石作りの階段を一歩一歩上って行く。
そうして。
「さあ…………行くぞ」
「御意に、マスター」
ついに、その場所へとたどり着いた。
* * *
「何を言おうか、と考えていた」
その男は、ただ独り、そこに立っていた。
「ここまでたどり着いたキミに、一体ボクは何を語ろうか、考えていたんだ」
いつかと同じ、服装、同じ髪、同じ顔、同じ背丈、同じ表情、同じ優しい笑み。
「でもね」
けれど。
「キミを見たら、何も出てこなくなってしまったよ」
その目だけは、はっきりと異なっていた。
「ああ、本当に強くなった」
そう、言うならば。
「ただ今は、互いの全力をぶつけ合いたい」
ただ倒す、と言う意思。そんな闘争心に滾った瞳。
「言葉より何よりも」
そうして、男が。
「一番雄弁に語ってくれるのは、コレだ」
ボールを構え。
「だってボクたちは、トレーナーなんだから」
投げた。
* * *
「ヤイバ」
「チーク」
まるでいつかの焼き回しのように、互いが最初に投げたボールから、エアームドとデデンネが現れる。
「シャアァァ!」
「今度は、負けないサ!」
互いへの指示も無く、互いのポケモンが動きだす。
すでにやることは決まっている。先発と言うのはほとんどそう言うものだから。
“つながるきずな”
だから。
“ほっぺすりすり”
先手は絶対にチークが取る。
こと『すばやさ』に置いて、チークより速いポケモンは相手には恐らく居ないだろうと予想している。
『はがね』ポケモンとは、基本が高耐久鈍足だ。
だから、この先手だけは絶対に取れる。
それが、チャンピオンの隙。
「うりゃりゃりゃ!」
チークから発せられる電撃がエアームドを襲い。
“やいばのつばさ”
ずぶり、とチークの全身から血が溢れる。
「チイイイイイイイク!」
「問題、無いさネ!!!」
自身の叫びに、チークが端的に返し。
だからその言葉を信じる。
“むすぶきずな”
最も強い絆の力。
そして。
「これが、俺の!」
否、俺たちの。
「五年の意味だ!!!」
“ドールズ”
“ビリビリでんぱ”
「ギ…………シャ…………」
『マヒ』状態のエアームドが
そこに生まれる一手分の隙。
「スイッチバァァッック!!」
一瞬でチークを戻し。
同時に、もう片方の手でボールを押し出す。
「イナズマァァァ!」
「はい…………行きます!!!」
ボールから出てきたイナズマの周囲にばちん、と電磁場が発生し。
“むげんでんりょく”
ばちばちばちばちばち、と電気が弾け、火花を散らす。
「ヤイバッ!」
と、同時『マヒ』による行動不能が解除されたエアームドが動き出し。
“りょうよく”
“まきびし”
“まきびし”
こちらの場に大量の『まきびし』がばら撒かれる。
前回はこれに苦労した。『まきびし』による固定ダメージの痛さ、と極めて硬いエアームドの耐久、そして後に控える超火力超耐久のボスゴドラのコンボに、あわや全滅の憂き目にあったのだ。
だから、こそ、当たり前のように。
「イナズマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ううううううううううううううううううううううやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
“てんいむほう”
絶叫する、イナズマが、声を張り上げ。
“レールガン”
全てはこの瞬間のために仕込み続けてきた。
浮かぶ、浮かぶ、極光の一撃に引き込まれるように、イナズマの周囲に散らばる『まきびし』が磁力に吸い寄せられそうして。
「吹っ飛べええええええええ!!!」
放ったエアームド自身へと“まきびし”が吹き飛び、返って行く。
「ギ…………シャ…………ア…………ァァ…………」
“てんいむほう”でトレーナーズスキルを無視し、さらに“がんじょう”すら無視したはずのダメージを、それでも耐えたところに設置物の弾丸による追加攻撃、それでも確かに一瞬、エアームドがもう一度耐えようとして。
「…………ご苦労様、ヤイバ」
けれど、耐えきれず倒れたエアームドをダイゴがボールへと納める。
そうして何も出来ず、倒れたエアームドの入ったボールを見つめるダイゴの表情は。
「……………………っ」
笑みだった。そう、今までに見た事もないような、純粋な笑み。
猛々しい。いつもの優しい笑みなどどこに忘れたのかと言うような、そんな攻撃的な笑み。
「さあ。次だ…………ジャイロ!」
そうして投げられたボールから放たれたのは。
「…………フォレトスか」
タイプは『むし』『はがね』。
正直それくらいしか覚えが無い。余り印象が残らないポケモン。
「どうするか…………」
悩むのは一瞬、即座に答えを出し。
「イナズマ」
「回れ、ジャイロ」
先手はイナズマ。やはり相手は全体的に鈍足だ。
“わたはじき”
自身の『ぼうぎょ』をさらに固め、同時に相手の『すばやさ』をさらに落とす。
「…………ふふ、ありがとう、遅くしてくれて」
そしてそんな自身の指示に、ダイゴが笑い。
“ジャイロボール”
ぐるんぐるん、と回転し、回転し続ける。
「…………しまった」
呟いた直後。
“じくかいてん”
高速で回転し続けるフォレトスが、一度どん、と跳ねて。
「なっ」
イナズマへと降りかかる。
ズドァァァン
轟音が響き渡り、土煙が立ち込める。
「イナズマ!」
叫び、目を凝らす。やがて土煙が晴れ。
「ぐ…………まだ、まだ!」
「…………ほう」
ダイゴが僅かに目を見開き。
「けれど、それで終わりだ」
“こうへいなるしんぱん”
“だいばくはつ”
呟きと同時、フォレトスの全身が光に包まれていき。
「投げ捨てろ、イナズマ!」
その意図に気づき、絶叫するが。
ズドァァァァァァァァァァァァァァァァァン
先ほどを超える轟音が響き渡り。
「ぐ…………こんな…………とこ、で…………」
「グゥ…………ン…………」
イナズマとフォレトス、両者が同時に倒れた。
* * *
5-4。
数の上だけで見れば、こちらの有利。
だがメインアタッカーのイナズマが落とされたのが痛い。
何より、相手の『はがね』タイプの技を半減相性で受けれるのがイナズマとシャルだけ。
そしてシャルは絶対に受けには回せないので、イナズマが落ちると、受けに回せるのがリップルかシアと言うことになる。
だがシアは『こおり』タイプ。『はがね』タイプの技が弱点であり、リップルは『ぼうぎょ』に難がある。決して低いわけではないのだが、相手のポケモンの火力の高さを考えると、やや不安が残る。
何よりも今の攻撃。
『ぼうぎょ』を5段階積んだはずのイナズマが、一瞬で落とされた。
確かに“だいばくはつ”は威力の高い技だが、それでも『ぼうぎょ』5段階と言うのはそう簡単に抜けるものではない。
『きゅうしょ』にでも入ったか、それともそう言ったトレーナーズスキルか。
どちらにしろ、総合的に見るとこちらがやや不利と言ったところか。
ならば、ここで覆す。
次の相手はもう予想できているのだから。
「行け、ココ」
「頼む!」
互いに投げたボールから出てきたのは。
「出てきたな、ボスゴドラ!」
前回こちらのパーティを壊滅に追いやった元凶、ボスゴドラ。
大してこちらのポケモンは。
「再びアチキの出番さネ!」
「やれ、チーク」
互いへの指示は一瞬。
そして。
「にひひ」
チークが笑い、ボスゴドラへと迫り、触れる。
“こうきしん”
“なれあい”
“れんたいかん”
ボスゴドラよりも数秒早く、技の態勢を取ったチークの“なれあい”によってボスゴドラの能力を無理矢理に書き換える。
「スイッチバック」
“れんたいかん”の効果により、恐らく全ての技が使用不可能になったボスゴドラが動きを止め、その瞬間を狙ってチークをボールに戻し。
「行って、シア!」
「任されました、マスター!」
“ゆきのじょおう”
場に出た瞬間、空に雲がかかり『あられ』が降り始める。
シア。タイプ相性的に見れば恐ろしいほど不利。
何せ相手は『こおり』半減に対して、こちらは『はがね』『いわ』の両方が弱点だ。
だが、それでもここはシア以外にあり得ない。
シャルでは万一、耐えられた時、リスクが高すぎる。
ここは決定的に決めなければならない。
例え『ひんし』にできなくとも、この後もう絶対に障害とならないように、この一発で決めなければならない。
故に。
「シア!」
「はい!」
“アシストフリーズ”
放たれた冷気の光が、ボスゴドラを襲い。
“れんたいかん”によって強制的に下げられた能力値。
そしてシアの“ゆきのじょおう”によってさらに下げられた能力ランクの効果により。
「ぐ…………お…………オォォ…………」
ボスゴドラが倒れる。
過去、何も出来ずに倒されたあの巨体が、今度は何もさせずに倒す。
やっと、やっとだ。
やっと過去を乗り越えた確信を得る。
今度は負けない、そんな自信を得る。
そうして、そうして、そうして。
「リボルヴ」
ダイゴが次のポケモンを出し。
“リロード”
“クイックドロウ”
「撃て」
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン
鈍い音が幾度か響き渡る。
「あ…………え…………あ…………」
何が起きたのか分からない、そんな驚きの表情のシアが崩れ落ち。
「ごめん、なさい…………ます、たー」
そうして、動かなくなった。
サブタイ別名:チートVSチート
今回は勝敗着くまでデータ見せない方向で。
最後に全部公開します。