「六連続…………バレットパンチ…………?」
目の前で起きた光景に、一瞬思考が飛ぶ。
だが崩れ行くシアの姿にすぐさま現実へと引き戻され。
「シャル!」
出した。『むし』『はがね』タイプの目の前のポケモン…………ハッサムの弱点は『ほのお』だけだから。
だから、出した、出してしまった、それが引きずり出されたのだと気づいたのは数秒後。
「行きますっ!」
シャルが場に出ると同時、影がハッサムを捕らえようと伸び。
“かげぬい”
その影を釘づけにし、本体をも行動不能にする。
そうして。
「燃やせええええ!!」
「っはい!!!」
“シャドーフレア”
放たれた黒炎がハッサムへと迫り。
「戻れリボルヴ」
影が捕らえたはずのハッサムがするり、と抜け出す。
後に残ったのは白く輝く抜け殻。
「ッ! 『きれいなぬけがら』?!」
それは恐らく、シャルの“かげぬい”の数少ない弱点。
“かげぬい”はそも“かげふみ”を改良した裏特性だ。だから、大本である“かげふみ”の影響が大きい。
『ゴースト』タイプには無効化される、“かげふみ”持ちには通じない、など“かげふみ”と同じ弱点がそこにある。
そして、だからこそ、それもまた、一つの弱点として残ってしまう。
『きれいなぬけがら』
そう言う道具。効果は。
つまり、“くろいまなざし”や“かげふみ”、“ありじごく”などを無効化する道具。
「出てこい…………ヴォルカノ」
そうしてハッサムと入れ替わりで場に出てきたのは。
“ヴォルケイノ”
“かさいりゅう”
“だいかさい”
「ギェェェウギァァァァァァァ!!!」
“マグマストーム”
「ひ…………
シンオウ地方の伝説がそこにいた。
* * *
放たれた黒い炎が、ヒードランへと迫る。
「まずった」
思わず呟き、同時にシャルを誘われたのだと理解する。
『ほのお』タイプが唯一の弱点のハッサムを出し、『ほのお』技を誘発して、そして。
「“もらいび”のヒードラン!!!」
黒い炎がヒードランへと接触し、けれど全身を包む炎に、ヒードランは特に反応を示さない。
それどころか、炎が徐々にヒードランへと取り込まれて行き。
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
お返しとばかりに放たれた“マグマストーム”がシャルへと襲いかかる。
「あつっ…………つ…………」
燃え盛る炎に、シャルが顔を顰め、耐える。
けれど燃え盛る炎の竜巻は、消えず、シャルの体力を削り続ける。
同時、シャルの足元から伸びた影がヒードランを捕らえ、その動きを止める。
“かげぬい”
「っ…………また“もらいび”持ちか」
いつぞやのヘルガーと言い、本当に鬼門だ。
そして厄介だ。“マグマストーム”の作った炎の竜巻、これのせいで交代すらできない。
“かげぬい”で動きは止めたが。
「…………っち、殴り合いしかないか」
嘆息し、読み違えたと吐き捨てる。
「悪い、シャル…………」
「う、うん…………いいよ、ご主人、様…………」
炎の竜巻の中で、自身の言葉にシャルが応える。
「それでも…………頼む、こいつは残せない、残しちゃおけない」
「うん…………分かってる、頑張るから、だから」
「ああ、だから」
“キズナパワー『とくこう』”
「ぶち抜け、シャル!!!」
「最大…………威力で」
“サイコキネシス”
「いっけえええええええええええええ!!!」
恐らく、初めて聞いただろう、こんなにも気迫のこもったシャルの声。
そして、感情が引き金となり、力が弾ける。
“むすぶきずな”
シャルと、自身との絆が力へと変わる。
「ギェェェェェェァァァァァァ!!!」
「やああああああああああああああああああ!!!」
“かげぬい”と“サイコキネシス”に抵抗しようとするヒードランを、シャルが全身全霊を振り絞り、押さえつけ、そして。
「落ちろおおォォォォォォォォォォォ!!!」
その巨体を宙へと振り上げ、同時に叩き落とす。
「ギァァァァァァ!!!」
だから。
ずどん、ずどん、ずどん、と二度、三度、四度。
振り上げ、落とす、振り上げ、落とす。
炎の竜巻は徐々にシャルの体力を削る。最初のとんでも無い威力の一撃から考えて、残りの体力も僅かだろう。
それでも、放さない、ヒードランを捕らえ。
落とす、落とす、落とす、落とす、落とす。
都度十を超えるサイコキネシスの連発。
さしものシャルも疲れを見せ、炎の竜巻がトドメの一撃となり。
「ごめ…………なさい…………」
シャルが倒れ伏す。
そして。
「いや…………」
「ギィ…………ァァ…………」
ヒードランがうめき声をあげ。
「良くやった、シャル」
倒れた。
* * *
「リボルヴ」
「リップル」
相手の投げたボールから先ほどのハッサムが。
そしてこちらからはリップルが場に出る。
「耐えろリップル」
「撃て、リボルヴ」
互いへの指示は一瞬。
そして。
“リロード”
“クイックドロウ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
“バレットパンチ”
連続で放たれた鋼の拳がリップルを襲い。
“キズナパワー『ぼうぎょ』”
ずどん、ずどん、ずどん、と何度となく打ち付けられた拳を、リップルが耐え。
「お返しだ」
「燃え、尽き、ろ!」
“だいもんじ”
がっちり、と。
目の前のハッサムを掴み、絶対に外すことの無い距離で放たれた“だいもんじ”がハッサムを焼き尽くす。
「グワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
絶叫。4倍弱点で燃やし尽くされたハッサムが絶叫し、そうして。
「…………ォ…………ォ」
力無く崩れ堕ちる。
そうして。
これで。
「あと…………一体」
1-3。
数の上では圧倒的に有利。
けれど、リップルは最早死に体だ。
戦力として考えられないだろう。
と、なれば実質1-2。
だが一匹はチークだ。
しかもボスゴドラ相手に切れる札を切りつくしている。
なので、実質的には1-1。
「ふう」
チャンピオンが一つ、息を吐く。
「やれやれ…………本当に、強くなった」
呟き最後のボールを手に取る。
「けれど」
そうして。
「彼女は超えられない」
投げた。
* * *
一体。
何年ぶりだろうか。
公式戦で、自身の出番が来るのは、と場に出た少女…………メタグロスのコメットは思考する。
「コメット」
トレーナーからの一声に、頷き。
“バレットパンチ”
超高速の一撃で、目の前の竜を沈める。
「ぐっ…………」
呻きを上げながら、相手トレーナーに回収された竜を見送り。
同時。
“スリップガード”
「…………
手に、そして持った槌に付着した粘液。先ほどの拳の一撃の時か、と冷静に思考し。
同時、鉄槌の柄が滑り、握りにくいと思う。そしてこの感じでは、槌で殴っても付着した滑りに着弾点が僅かにずれ、威力が減少してしまうだろうと理解する。
なるほど、攻撃した相手の足を引く、面倒な手を隠していたものだと思うが。
「無意味」
“クリアボディ”
ぶん、と手と、そして槌を奮えば、粘液が剥がれ落ちる。
「無駄」
そうして手に違和感が無い事を確認すると、再び槌を構え直し。
「…………勝て」
挑戦者が、ボールを投げる。
「エアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
そうして再び邂逅するは。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
あの日、一度は降した竜。
「……………………無為」
硬く、硬く、柄を握り。
「コメット!」
「エア!」
“ブラスターパンチ”
“ガリョウテンセイ”
放たれた互いの技が中空で激突し。
そうして。
「っ?!」
それは、彼女にしては珍しい驚きの感情。
「は…………ははは」
そして、彼にしては珍しい歓喜の表情。
「…………楽しい?」
ふと、自身がトレーナーに問いかける。
珍しいこともあるものだ、と内心で呟く。
そしてその理由が理解できるからこそ、彼女もまた。
「キミこそ、楽しいかい?」
「…………勿論」
* * *
「“アームハンマー”!」
「“じしん”!」
“アームハンマー”
“じしん”
放たれる互いの一撃が、激突し、相殺される。
また、互角。
「“れいとうパンチ”!」
「“かりゅうのまい”!」
“れいとうパンチ”
“かりゅうのまい”
放たれた冷気を纏った鉄槌に一撃を、けれど全身に炎を滾らせた相手が受け止め、平然とした表情を見せる。
「はは…………ははは」
笑みが零れる。いつもの、取り繕ったものではない、正真正銘、自身の心の底からの歓喜の声。
「“ブラスターパンチ”!」
「“ガリョウテンセイ”!」
再び拮抗する互いの一撃。
徐々にだが、反動ダメージは互いに受け続けている。
けれど、崩れない。均衡は崩れない。
「はははははははは、あははははははははは!!」
楽しい、楽しい、楽しい!!!
なんて楽しいのだろうか!!!
ポケモンバトルとは、これほど楽しいものだっただろうか!!!
「“れいとうパンチ”!」
「かわせ! お返しに“じしん”だあ!」
「左で“アームハンマー”、すぐに右で“ブラスターパンチ”!」
「しゃらくさい!!! “ガリョウテンセイ”でまとめて吹っ飛ばせ!!!」
倒れない、倒れない、何度攻撃を重ねようと、相手は倒れない。
自身の絶対のエースの攻撃を何度も、何度もぶつけあい、相殺し、その度に僅かずつ溜まるダメージと疲労。
じりじりと互いのエースが削れていくその様。けれど沸き上がるのは不安や焦燥よりも歓喜だった。
ツワブキ・ダイゴの人生において、不可能と言う文字は一度たりとも無かった。
挫折と言うものを経験したことが無い、ある意味それこそが最大の挫折なのだと知ったのは、いつだっただろうか。
特にこのポケモンバトルと言うジャンルにおいて、自身は無敵だった。
正真正銘の無敵、敵が居ないのだ。
敵足り得る存在が居ない。
強すぎて、余りにも強すぎて。
何度となく戦ってきたが、最初のエアームドを突破できるトレーナーが半数。
そしてボスゴドラを突破できたトレーナーは…………ほんの一握り。
そしてそのほんの一握りのトレーナーたちを無情にもハッサムが、そしてヒードランがトドメを刺していく。
本当にいつ以来だろうか。
彼女の出番が来るなんて。
まして。
彼女と互角に戦う相手だなんて。
そして。
間違いなく、これは初めてだろう、と確信する。
満たされている。
ああ、本当に、今自身は何よりも満たされている。
「なるほど、ボクもトレーナーだった、と言うわけか」
ずっと探していたのだ。
自身と対等であれる誰かを。
対等の立場で競える誰かを。
今その相手が、目の前にいるのだ。
だから、だから、だからだからだから。
「勝ちたい」
人生で初めて、そう思った。
* * *
『ドラゴン』タイプ特有のタフネスぶりでエアがぶつかりあい。
『はがね』タイプ特有の硬さでメタグロスが防ぐ。
互いに凶悪な種族値を持つポケモン同士。
その力は全くの互角だった。
だからこそ、このままでは駄目だと予感する。
均衡を保っているように見えるが。
ただの小手調べ。そして能力ランクを積み上げたエアと、相手のメタグロスが互角と言う事実に、どれだけ強化されているのかと戦慄を覚える。
だから。
「エア!」
叫ぶ。
同時に。
「コメット」
チャンピオンもまた呼びかける。
互いのポケモンが同時に後退し。
そして。
「決着だね」
ダイゴが笑い。
「望むところ!」
自身が叫ぶ。
「行くぞエア!!!」
「限界を超え、進化を超越せよ」
メ ガ シ ン カ
互いのポケモンが光に包まれ。
そして。
「ルウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「オオ…………ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
エアが、そしてメタグロスが。
絶叫し、最速の一撃を放つ。
“ガリョウテンセイ”
“ブラスターパンチ”
そうして、最後の戦いの火蓋が切られた。
ここまで来るともうデータとかフレーバー感ある。