ポケットモンスタードールズ   作:水代

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トウカの森事件簿

 自身がそうであったので勘違いしていたのだが。

 

 裏特性とトレーナーズスキル。どちらの習得が早いか、と言われると全体的にはトレーナーズスキルのほうが早く習得できる傾向にある。

 

 裏特性はポケモン自身の技術だ。

 そしてトレーナーズスキルとはトレーナーの指示だ。

 

 どちらが重要か、など比べるものではないが、取得のための条件を比べた時、トレーナーズスキルのほうが圧倒的に条件を満たしやすいのは事実だ。

 裏特性は単純な練度の極みの先の技術。有り体に言えば、ある程度レベルが高くなければ…………そう、最低でもレベル50以上は無いとそもそもの実力からして不足する。まあ余程特殊なものでなければ、だが。

 人に例えるなら赤ん坊に料理を教えたって無理なものは無理だ。ある程度、単純な知能もそうだが、それ以上に自身の体の性能と言う物を理解できていなければならず、そのためには相当数の経験が必要になる。

 必然的に要求されるレベルも高くなるし、またレベルだけで満たせるものでも無い。

 

 翻ってトレーナーズスキルとはどうだろう。

 指示、と一言に言っても、技を出させるのも指示だ。基本的にトレーナーの指示とは技のことであり、それ以外の指示と言うのは方向や威力などを告げること。

 もしくは、何か明確な目的で技を出させること、か。

 

 これに関してはレベルは関係ない。

 必要なのは、トレーナーのバトルでの経験、そしてポケモンとの絆だ。

 トレーナーズスキルは指示だ。だがそれを鍛えるのに一番最適なのが無指示戦闘、と言うのもまた面白いものである。

 言葉の意味の通り、指示をしないバトルである。

 と言うか、ある程度以上のトレーナーになってくると、割合無指示と言うのは多い。

 告げた技の名前だけで、相手に咄嗟の対応を取られることもあるからだ。

 だから、明確な指示をせず…………例えば自身なら、名前を呼ぶだけで何をさせたいのか、ポケモンたちが理解できるようにしている。

 そうして指示にもならない指示を出すバトル、と言うのはトレーナーとポケモンの相互理解を強く深める。

 トレーナーズスキルに一番必要なのはこれだ。

 

 トレーナーがやらせたいことを、明確にポケモンがイメージできるか。

 

 意味不明な指示を出したって、トレーナーズスキルにはならない。

 何とかしろ、なんて曖昧な言葉で何とかなるならトレーナーなんていらないのだ。

 まあこれに関しては言葉にしても良いのだが、一度口から出せば相手に対策を取られるのは当たり前のこととするならば、出来る限り言葉にしない指示であることが望ましい。

 だから練習の時点で大よそ決めておく。この時はこう言う対応、これを言ったらこう言うことをする、と予め決めておくこと。

 それが現実的かつ有効な物であるならば、それがトレーナーズスキルとなる。

 とは言っても、現実的、かつ有効的、と言うのが中々難しいのだが。

 

 具体的にどう言う効果が欲しい、と考えて。そのためにはどうすればいいのか、と考える。

 そしてそれができるのは誰なのか、と考え、そして実際にそれが可能かどうかを考える。

 

 そうしてトライアンドエラーの先に生み出されるのがトレーナーズスキルと言う物である。

 

「即興…………即興かあ」

 

 ジムでのミツルのバトルの様子を聞き、思わず頭を抱える。

 もう一度言うが、経験を積んだトレーナーが何度も試行錯誤を重ねた上で作り上げるのがトレーナーズスキルと言う物だ。

 それをたった一度で、しかもバトル中に即興で作り出すと言うのは、さすがに非常識としか言えない。

 

「…………さすが原作キャラは格が違ったと言うことかあ」

 

 いや、もうこの期に及んで原作云々は関係ない。

 ただ純粋に、ミツルと言うトレーナーがひたすらに天才なだけだ。

「…………まあ、予想通り負けるのは負けてたか」

 それでも勝てない、と言う事実は幾分かミツルを打ちのめしただろう。

 少なくとも、何が足りないのか、自分で気づけたのは僥倖だった。

「真面目な話、一つ目のジムと考えれば、そこまで至れば十分過ぎるだろう。バッジを与えても問題無いとは思っている、が」

 どうする? と尋ねてくる父さんに、けれど自身は答えない。

 そのまま視線をミツルへと向け。

「だ、そうだけど?」

 質問をそのまま流す。数秒、ミツルが考え込み。

「…………勿体ないけど…………でも、良いです。ちゃんと、勝って、もらいたいですから」

 ぐっと、拳を握り込み、そう告げた。

 そんな自身の弟子の様子に、くふっ、とおかしな笑いがこみ上げてくる。

 

 そうだろうな。自分でもそうする。

 

 負けたままじゃいられない…………トレーナーなら当たりまえのことだ。

 

 そんな弟子の成長に、笑みを浮かべながら。

 かたり、と腰でボールが揺れた。

「…………ん?」

 以前は七つ下げていたボールも今や二つ。

 だが、片方は先ほど大暴れしたばかりで満足気に戻って行ったから違うとして。

「…………戦いたかったの?」

 呟いた言葉に反応するように、かたっ、とボールが再度揺れる。

「じゃあ次のジムでは使うようにするから」

 そんな自身の言葉に満足したかのように、揺れが収まり。

「それじゃあ行こうか」

「あ…………はい」

 ミツルを呼び、すでにジムの外に出ているハルカの元へと向かう。

 また来い、なんてミツルがジムトレーナーたちに声をかけられているのを見て、苦笑しながら。

「じゃあ、またね、父さん」

「ああ、いつでもまた来い」

 父さんに挨拶をし、そのままジムから出る。

 

 そして恒例の選択肢。

 

「次はどっちに行く?」

 トウカシティから先は、さらに二つの選択肢がある。

 トウカの森を抜け、北へと歩けばカナズミシティ。

 逆に南へ向け、海を渡ればムロタウン。

 街の規模は全く違うが、けれどどちらにもポケモンジムがある。

「あ、できればカナズミが良いな。あたし」

「あれ? そうなの?」

「うん、なんかデボン製の新しいモンスターボールがいくつかカナズミシティで販売されてるって話があったし、道中に便利だと思うから買っておきたいんだよね」

 ああ、そういう事か、と納得する。タイマーボールやリピートボール、後はクイックボールなども、原作では捕獲に便利なボールは中々売っているところも少ないため、カナズミのような大都市に行くならば是非とも補給しておきたいものだろう。

 それに、新作モンスターボールと言われれば自分とて全く興味が無いわけでも無い。

「どうする、ミツルくん」

「ボクも構いませんよ」

「じゃあそうしよっか」

「オッケー。じゃあ早速出発する?」

 

 問われ、空を見上げる。

 朝からジムに行ったので、まだまだ日は高い。

 ただトウカの森を行くならば、少しばかり準備が必要なことも事実で。

「…………うーん、どうしよっか。トウカの森を行くなら少しだけ買い足しておきたいものもあるし。午前はちょっと買い物に行って、午後から出発しようか」

 トウカの森を抜けようと思うなら、半日は欲しいので、残念ながら今日中、とはいかないだろう。

「今日は森の前のセンターで泊まりかな?」

 トウカの森の入り口手前に建てられたポケモンセンターで一泊して、翌日朝から抜ければ夕方までにはカナズミに到着するだろう。

「えー、森でキャンプもありだと思ったのになあ」

 そう言われると困るが、夜の森と言うのは存外危険が多いので、出来れば遠慮したいところだ。

 残念、と言った様子で気落ちするハルカに、思わず苦笑してしまった。

 

 

 * * *

 

 

 トウカの森。

 

 懐かしい場所である。

 自身が初めて、シャルと()()した場所。

 シアとの出会いも衝撃的だったが、シャルはそれに輪をかけて大騒動だったなあ、なんて思い出し。

 もうあれが七年も前のことなのか、と思うと自身がとんでも無く歳を取ったような気がしてならない。

「歳取ったなあ」

「???」

 何言ってんだこいつ、みたいな不思議そうな表情でハルカがこちらを見てくる。

「いや、トウカの森の事件…………あれもう七年も前のことなんだなって」

「…………事件とかあったっけ?」

 

 ――――まさかの本人がすっかり忘れていた件。

 

「あー…………まあ、いいや、何でも」

 別に今更掘り返して何かあるわけでも無い、終わった事件のことだ。

 忘れてるなら別にそれでも良いだろう、と思う。

 問題はそれよりも。

 

「…………酷いなこれ」

「だねえ」

「…………どうしましょう」

 

 森の入り口にあるポケモンセンターの窓に三人並んで思わず呟く。

 

 ザーザーと、酷い雨が降っている。

 トウカシティを出てその日の晩にはここにたどり着き。

 

 それからまる一日、ずっと外はこの調子だ。

 実機ならば雨が降ろうと雪が降ろうとプレイヤーキャラクターに不便は無かった。違いと言えばバトル時に天候が絡んでくるくらいのものであり、大した問題でも無かったのだが。

 現実的に考えて、雨が降り続いている中を足場の悪い森を歩いて抜けるとか、難易度が高いとか言うレベルじゃない。特に自分たち子供の足ではかなり危険が伴う。

 靴だって旅用の歩きやすい物を履いているが、それでも雨のぬかるんだ地面を歩くようにはできていない。

 何より森の中を抜けていくのに、この雨ではナビのマップ機能も電波障害で使えない。あれは存外精密機械なのだ、前世で言うところの携帯の電波よりもさらに弱いため、洞窟などに入るとすぐに使えなくなるし、雨でも同じだ。

 ゲームなら適当に迷っててもその内たどり着けるし、そもそも分岐する道自体が少ないので地図は必要ないが、現実ではゲームの十倍以上は広いし、そもそもはっきりとした道も無い。

 ゲームのようにいけない場所は無い代わりに、だからこそ、分かりやすく整った道も無いのだ。

 だから現在地を表示してくれるナビマップが無ければ、確実に迷う。

 

 そんなこんなで、すでに二日この場所で釘づけにされているのだが。

 

「止む気配が無いな」

「無いねえ」

「無いですねえ」

 

 三日目の朝。未だにトウカの森は雨に包まれている。

 ポケモンセンターは例年にないほど忙しくなっており、ジョーイさんたちが忙しなく動いているのが分かる。

 この雨に足止めを喰らったトレーナーたちが次々とやってくるせいだろう。

 森に入る前の一時の休憩場程度の場所だったはずのセンターは、次々とやってくるトレーナーの数にパンク寸前だ。

 

「…………今日で三日目か…………何しよう」

 雨のせいで、一日中センターに閉じこもっているのだ。三日もあれば大体やれることはやりつくした感がある。

 暇すぎるので、ポケナビで番組でも見ようかと、スイッチを起動させ。

 

「…………………………は?」

 

 出ていたのは、天気予報。

 当たりまえだが、現実なこの世界では毎日天気と言うのは変わる。

 ミシロにだって雨は降るし、冬は雪も降る。曇り日和もあるし、晴天な時もある。

 だから天気予報があるのは当然と言えば当然だし、この雨後どれくらい続くのかとうんざりして情報を得ようとしたのは当然だったのだが。

 

「…………どういうこと、これ」

 

 表情に険が混じるのが自覚できる。

 

 天気予報にはこう書かれている。

 

 ホウエン地方全域数日の間快晴。

 

 おかしい、おかしいだろそれは。

 視線を上げる、窓の向こうの景色はいつまで経っても止まない雨が見える。

 

 だがこの天気予報を見るならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 さらに言うならばトウカの森で特に集中豪雨が降っていると言う情報も無い。

 

 視線を向ける。

 

 トウカの森の上空では分厚い雨雲が森全体を覆っている。

 

 さらに反対側、トウカシティのほうへと視線を向け。

 

「…………………………」

 

 一切の雲の無い空を見て、もう一度トウカの森を見る。

 雲は動かない。

 どうして昨日気づけなかったのか、臍を噛みたくなるほどに迂闊だった。

 雲が低い。マジマジと観察しなければ分からないが、こうしてじっくりと見ていれば、常よりも低い位置に雲が見える。

 

「ミツルくん、ハルちゃん」

 

 椅子に座って呆けている二人に声をかける。

 視線がこちらに向けられると、今から森へ行くことを伝える。

「え、危ないよ? ハルくん」

「そうですよ、雨が止んでからでも」

 こちらを心配する二人に、ナビの天気予報を見せる。

 お天気観測所から送られてくる最新データ。本来なら観測所の社外秘データではあるが、ホウエンリーグを通してポケモン協会に呼びかければ、チャンピオンの権限として閲覧は可能だ。

 それを見る限り、やはりこれは異常事態、と言うことだろう。

 

「事件だ…………悪いけど、ちょっとお仕事してくるよ」

「ならボクも」

「んー…………ちょっと待って」

 自身も行くと、立ち上がりかけたミツルを、ハルカが手で制し。

「エアちゃんたちいないけど、大丈夫?」

「うん、それなんだけど、取りあえず今いる二匹で行けるかどうか試してみて、ダメそうなら一度戻って来るから、ハルちゃん、エアたちに連絡取って準備だけさせといてくれないかな?」

「うん…………分かった」

 自身の言葉に、ハルカが頷き。

「行ってらっしゃい、頑張ってね、ハルくん」

 そう告げて来るハルカに。

「うん…………まあ、ほどほどにやってくるよ」

 

 呟き、二度、三度頭をかきながら、二人と別れる。

 

「…………やーれやれ、早速面倒ごとだよ」

 

 センター内を歩きながら、手の中で二つのボールを弄び。

 

「それじゃあ…………行こうか」

 

 雨合羽を羽織りながら、ポケモンセンターを飛び出し、トウカの森へと走った。

 

 




何が出てくるか当てられたら割と凄い。でも実機をやってたらもしかしたら、推測できるかもしれないけど。

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