メダロット2 ~カブトVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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9.異国の友達

 ゴールデンウィークの事件を当事者視点から執筆した三部構成の記事「おどろ山探索記」は、ギンジョウ小学校の歴代新聞記事で最も高い評価を受けた。

 実際の評判もあり、お陰でアリカ、イッキは一躍学校で有名人。

 二週間。イッキ、アリカの話題もそろそろ薄れてきた。オトコヤマが野太いバリトン声でHRの終了を告げるや、イッキは鞄を背負ったまま、メダロット研究所へ向かった。

 メダロットのことしか考えてないと言われて否定はしない。ただ、好きな物に熱中する類ではなく、この場合は考えるざるをえないと言ったほうが正しい。

 メダロポリスから来たというカリンちゃんとコウジ。突如、活動を再開したロボロボ団。そして、そのロボロボ団を謎の力で瞬殺したロクショウ。一つ目と二つ目は理解できるが、三つ目はどう考えても分からない。インターネットで検索しても分からない。メダロット博士にも聞いてみたが、あの博士すら、メタビーの発した力については分からないと答えた。

 

「メダロットのメダルの謎は解明されておらん。君のメダロットが発したその力を解明すれば、メダルに隠された数々の秘密を解き明かすことができるかもしれん。イッキ君、その当時の状況を詳しく教えてもらえんか」

 

 そう言われても、あの慌ただしい状況では何が起こったか当事者にも判別しかねた。イッキは光ったことと、ロボロボ団の一人が言ったことを博士に伝えたが、胸のつっかえが取れなく落ち着かないので、無駄足とわかっていながらも行くことにした。

 白い建物が見えてきた。チャイムを押して、門を通ると、目の前に水玉模様入りに赤リボンを付けた、ジーンズにピンクのパーカーを着た金髪の少女が立ち尽くしていた。その子の隣には、MWB型タマムシ型メダロットのアンビギュアスが付き添う。

 外国人の子だ。ここにメダロットを連れて来る目的はただ一つ、この子もメダロット博士に会いに来たのだ。

 イッキはまごついた。ギンジョウ小学校には一応、政府が小中学校に英語の義務教育を課したので授業はあるにはあるが、はっきり言って、おままごとレベルだ。三年間、週一程度の授業でイッキが喋れる英語と言えば、「ハロー」や「ディスイズアペン」「グットバイ」など、その程度である。

 さて、どうしたものか? でも、もしかたら、アンビギュアスに翻訳機能があり、それで通じるかも。

 イッキがまごついているうちに、アンビギュアスが振り返ってイッキを見た。アンビギュアスは主人の腕を引っ張って、イッキの存在を確かめさせた。

 ぱっちりと開かれた碧眼(へきがん)、ふわりと緩やかな麦藁(むぎわら)頭。普段付き合う日本人たちとは違う雰囲気がある。カリンちゃんが完全にヨーロッパ人にしたような女の子だ。イッキが口を開く前に、彼女の方から話しかけた。

 

「ハイ。アナタも、プラフェッサル・アキハバラに用があったのキタの?」

 

 やや訛っているが、意外にも彼女は流暢な日本語を話せた。

 

「えっ、まあ、うん。そうだよ。ちょっと博士に用があってここに、ね。君は?」

「私? 私は、ここにくるの初めて。どんな人カナて思て、思い切ってきたみたの」

「じゃあ、何ですぐ入らなかったの?」

 

 そう聞くと、女の子は口を閉ざした。もしかして、緊張しているのだろうか。よし、自分からも声をかけてみようと思った。

 

「僕と一緒に入らない。僕、ここには何度も来ているし、博士もナエさんもメダロットを好きな人やメダロットを持つ人ならきっと歓迎するよ」

 

 可愛い女の子を誘おうという下心があったのは否めない。こう提案すると、女の子はにっこりと笑って、「ありがとう」と言った。とても綺麗で真っ白な歯並びだ。

 受付を済まし、メダロット博士の居る部屋へ彼と彼のメダロットを案内する。受付で彼女の名前が分かった。名前はタチアナというらしい。メダロットの名前はまでは聞けなかった。自動ドアが開いた。中には博士が座り、何やら資料の束を読み耽っていた。

 資料から目を逸らし、来訪者二人を見ると、メダロット博士は笑顔で挨拶した。

 

「よお、イッキくん。ん? 隣の子は誰じゃ?お友達かい?」

「さっき知り合ったのです」

「そうか。君の名前は何と呼べばいいのかね」

 

 女の子はちょっともたつきながら、博士の顔を真っ直ぐ見据えて「初めまして、タチアナです」と自己紹介した。ついでに、メダロットの名前も代わりに紹介した。

 

「この子、ラードゥガて言います。意味は、日本語で”虹”です。家のガードマンとして買いました」

 

 アンビギュアスことラードゥガは、ぺこりとお辞儀した。

 

「タチアナくんとラードゥガか。二人ともよろしくな。それで、今日は何の用があったきたのじゃ?」

「ええと、メダロットについて詳しく知りたくて。ラードゥガは私が作ったわけじゃないのです。二年前、父がラードゥガを買って、送ってきたお店の人たちが組み立てておいたんです。初めはそこまで興味が無かったけど、一緒に暮らしていたら、メダロットの事をもっと知りたくなってきて」

「はっはっは! そいつは喜ばしい話だ。で、イッキくんは例のことかい?」

 

 イッキはそうですと答えた。博士は少しタチアナに少し待つように言い、イッキを連れて、研究室から少し離れた。博士は不良座りの姿勢で、イッキと目の高さを合わせた。

 

「イッキくん、君の気持ちもようわかるが、わしとて一日一夜で全て解るわけではない。何事も時間が要する。特に、今回のような物は」

 

 博士にこう言われて、イッキは自分の都合を押し付け過ぎたと思い、小声でごめんなさいと言った。

 

「気ぃにするこたない。分からないことを知りたいと思うのは当然じゃ。だがな、そのことを答えるには、もう少し時間が要るのじゃ。そして、イッキくん自身で調べ、考えるのも良いと思うぞ。では、今回あれに関する話はこれまでにしよう。タチアナくんたちも待たせておるしな」

 

 上手く言い包められたような気もするが、メダロットの権威の人でも知らない事。調べたり、色々知るには時間がかかるのだろう。二人が戻ると、タチアナは例のあれてなんですかと聞いてきた。

 そのことに博士は、「メダルチョコの話じゃよ。今度、メダロット社から新発売されるメダルチョコの柄だよ。特別にイッキくんにだけ話したが、君にも教えよう」と嘘をついた。

 タチアナにそうなのと問われ、イッキもうんと頷くほかなかった。タチアナちゃんには申し訳ないが、このことは事情を知らない人には話さないほうがいいということか。イッキは聞かされていない、メダルチョコの柄を教えてもらった。ネコ・マーメイド・カメレオン・オオカミ・ペンギン・クワガタ・カブトの五種類のようだ。

 

「美味しそうですね!」

 

 タチアナは目を輝かせた。

 

「そうだろう。それはそうと、タチアナくんは何が知りたいのかね?」

「実は私、ラードゥガとか。メダロットのパーツ組み立てたことない。だから、一からパーツを組み立ててみたいのです」

「よろしい。おお!そうだ。イッキくん、先輩メダロッターとして君が教えてみたらどうかね?間違えがあれば、私が指摘するから」

「あの、博士」

 

 イッキがおずおずとメダロット博士を見上げた。

 

「どうしたのかね?」

「実は。僕も、ちょっと教えてもらいたくて。あの、決してメンテナンスをサボっていませんよ!けど、飛行パーツとか初めてで。アリカにいちいち頭下げて、回復パーツで修復してもらうのも嫌になってきて。僕も教えてください」

「ははは! 一人も二人も一緒じゃ。工具箱を取って来よう」

 

 博士は快諾してくれた。三人と一体で階下に降りて、工具箱を取ってきた。イッキとタチアナは喜びと興奮を隠せなかった。メダロットの生みの親であり、メダロット界の権威であるその人から直々に教えてもらえるのだから。

 イッキは金衛門を転送した。前の事件で天領イッキのメダロットになったヘルフェニックスだ。

 

「よろしくございます、メダロット博士。おや、こちらのお嬢は誰ですか? イッキ殿」

「この子はタチアナさん。隣のアンビギュアスはラードゥガって名前だって?」

「お初目にかかります。私はヘルフェニックスの金衛門と申し上げつかまつる」

 

 金衛門は時代劇がかった挨拶をした。タチアナはその金衛門の挨拶の仕方に「サムライね」とおかしそうに反応した。二人も、こちらこそと返した。

 金衛門はイッキの名前を呼ぶ際、必ずイッキ「殿」と付ける。金衛門曰く、前の主人の趣味に合わせているうちにこのござる口調が定着したらしい。

 イッキとタチアナは、金衛門とラードゥガ。二体のティンペットからパーツを外した。

 メダロットはティンペットのマッスルケーブルなどの圧縮機能で、大きさからして合わないと思えるパーツも装着可能である。

 機能停止してないのに、丸裸になっても動く二体のメダロットを見ているのは奇妙な気分だ。

 

「今、どんな気分?」と聞いてみた。

「そうですな。一言で表せば、体が軽いと申しましょうか。しかし、軽すぎて不愉快というか。背中から、メダルが簡単に零れ落ちそうな気がしてしまいそうで不安です」

 

 二人はすぐにパーツの整備に取り掛かった。学校の図工の授業は嫌いではないが、今している整備はそれよりもっと楽しい。

 二脚・多脚など他の脚部とは違い、浮遊・飛行・水中パーツの造りは複雑で、イッキぐらいの小学生が一人でメンテナンスするには技術が高い。タチアナはイッキに教えられたとおり、順調に、まず下半身(脚部)パーツの修復を終えた。

 イッキは手始めに両腕パーツの整備を終えて、金衛門に付けてやった。タチアナが右腕から左腕パーツの整備に移行したとき、イッキは脚部パーツの整備に手間取っていた。二脚のメタビーとは異なり、配線などが複雑で、見ているだけで眩暈がしてきた。

 見兼ねてメダロット博士自らが整備を手伝ってくれた。といっても、実質博士一人で、イッキの出番はあまり無かった。博士が脚部パーツを整備してくれている間、イッキは頭部パーツの整備をした。

 整備だけならまだしも、破損・故障の度合いにもよるが、するとなれば、相当技術が長けた人物でなければ無理である。仮にイッキがその道に関する天才だとしても、上記に挙げた三種のパーツを一人で修復できるようになるまで、最低でも一年間はどこかの工場で学ばなければいけない。

 浮遊・飛行・水中系メダロットの所有者が陸上型より少ないのは、お金がかかる以外に、メンテナンスの複雑さも関わる。

 博士はイッキより早く、脚部パーツの整備を済まし、金衛門に足を着せてやった。続けて、五分遅れて、イッキは金衛門に頭部パーツを付けた。金衛門は中も外もすっかり綺麗に仕上げられた。

 

「感謝致します。イッキ殿、メダロット博士」

「バリショーエ スパスィーバ」

 

 ラードゥガもタチアナ、イッキに何か言った。バリショースパバ?

 

「バリショーエ スパスィーバはロシア語で、日本語でありがとうていうの。スパスィーバだけでもいいけど、お行儀よくしなきゃいけない場ではバリショーエも付けたほうがいい」

 

 タチアナが説明してくれた。どうやら、このアンビギュアスは日本語を話せないだけで、無口というわけでもなさそうだ。

 

「そっか、日本語話せないんだ」

「普通に喋れるぞ」

 

 ラードゥガはさらりと日本語を話した。これには、面食らった。

 

「ええっ! じゃあ、さっきはなんで?」

「長年の習慣だ。今でもついうっかり、ロシア語が飛び出しちまう。他に、英語とかも話せるぜ」

 

 それを聞いて、イッキは金衛門とメダロッチのメタビーに質問した。

 

「あ! ラードゥガが喋れるのなら、金衛門も他の国の言葉は喋れるの?」

「私は日本語以外喋れぬ。記憶機能はあるから、本を読んで勉強すれば、人間の倍のスピードで話せるようにかもしれん」

「話せねぇよ。けど、読むだけな出来るかもな」とメダロッチからメタビー。

 

 金衛門も、同じく読むだけならできると答えた。読む取れるだけでも長い歳月をかける必要がある人間とは違って、メダロットは喋れなくても、その言語を読み解くことならできる。改めて、メダロットの凄さを知ったような気がした。

 博士から、メタビーの謎の発光現象の解答は得られなかったが、代わりに今日、イッキは別の物を得た。

 

「カシャッサは、どこに住んでいるの? 僕は御神籤(おみくじ)町の三丁目のとこ」

「ちょっと離れているね。私は、オミクジタウンの七丁目」

「七丁目か。でも、ギンジョウ小学校でみかけないな。僕より年上?」

「私、九歳ヨ。ギンジョウ小学校には通ってない。代わりに、ガリベン塾校に通っている」

「ガリベン塾校!?」

 

 イッキは思わず大声を上げた。ガリベン塾校といえば、ギンジョウ小学校より教育レベルが高い反面、教育費がとても高く、並みに一般家庭ではあまり気軽に通わせられないところ。別名、御神籤町のミニ花園学園とも呼ばれる。

 そんなところに通っているとは。イッキはしげしげとタチアナとラードゥガを見比べた。ロシア語と日本語を話せて、ガリベン塾校に通っている。

 更に、考えてみれば、アンビギュアスはコウジのスミロドナッド同様、子供が一、二年間小遣いとお年玉を貯めたぐらいでは買えないお高いメダロットを所有している。急に、タチアナが凄いというか。何かの距離が遠のいたような気がする。

 そんなイッキの気持ちを知ってか知らずか、タチアナはまた会えるかと言った。

 

「イッキ。ワタシラが遊べるのは短い時間になるかもしれないけど、また会えるかい?」

「うーん。絶対じゃないけど、暇があれば」

「そうだ。三日後、学校が終わった後にでも、メダロットラボの前に来れないか?」

「三日後か。うん、いいよ。特に予定とかないしさ」

「約束だよ」

 

 タチアナは拳を握り、小指だけを伸ばした。

 

「こういうとき、指切りげんまんとかするのでしょう」

 

 イッキは笑顔で、タチアナと指切りげんまんをした。というより、可愛い女の子と手を触れ合えて、顔が崩れそうになった。

 タチアナ、それにカリンちゃんやコウジが金持ちだろうと関係ない。さっきまで感じた気持ちはどこへやら、イッキは子供らしく、タチアナと遊ぶ約束をした。

 この日のママとの御夕飯での会話は、専らメダロット研究所偶然出会った、異国の友達タチアナの話だった。さすがに、メダロット博士との別件についてまでは、注意してうっかり話すことはなかった。

 

 

 

 タチアナの家は赤煉瓦塀で囲まれた、右寄りに窪んだ箇所がある真四角な形の白い家だ。窪みの上は窓、区切るように小さな雨避けがあり、その下に表玄関がある。黒く塗られた鉄柱門越しから、香しい匂いがする小さな白い花弁を付けたカミルレが所狭しに咲き、通路状に沿って向日葵が植えられていた。

 タチアナは元気よく、大きくただいまと言った。タチアナの母マイアは、おやと思った。

 タチアナはロシアに居た時代は元気よくただいまの挨拶をしていたが、三年前、日本に引っ越ししてからは小さな声で言うようになった。

 今はそれほどでもないが、当初は日本語が上手く喋れず、昔から現在に至るまで、塾校でも友達にまで発展するような関係は築けなかった。

 そのタチアナが、どうして今日に限って? リビングに居るタチアナに、マイアは尋ねてみた。ここでは、ロシア語を日本語に訳したという形で送りたい。

 

「タチアナ? 今日はやけに元気ね」

「うん! あのね。メダロット研究所に行ってきたの。そこでね、そこでね! メダロット博士に会ったの。博士は髪型は変だったけど、凄く優しい人でね。メダロットのこととか、メダロットの整備とか教えてもらったの」

「あら、そう。良かったわね。今度、その博士にお礼しなきゃね」

 

 やけに元気が良かったのはそういうわけか。疑問が溶けて、マイアは夕食の支度に戻ろうとしたら、タチアナがあのねと、ややためらいがちに声をかけた。

 

「どうしたの? まだ、何かあるの」

「うん。あのね。そこでね、日本人の男の子に会ったの。あっ! いじめられたとか、そういう意味じゃないわ。その子にもメダロットの整備とか教えてもらって、一緒にメダロットの整備をしたの」

 

 ラードゥガを見やった。確かに、ラードゥガは出かける前より綺麗になっていた。

 

「それでね。三日後に、イッキっていう名前の男の子なんだけど。その子と遊ぶ約束をしたの」

 

 マイアは眼を見開いた。まさか。日本に来てから、俯きがちで、受動的になったこの子が、自分で日本人の子と遊ぶ約束をしたとは。驚きよりも、涙がこみ上げてきた。うるうマイアに、タチアナは「泣くことのほど」とからかった。

 

「そう! 良かったわね。パパが帰ってきたら、報告しなくちゃ」

 

 マイアは意気揚々と台所に戻ろうとした。と、思い出したようにタチアナに聞いた。

 

「タチアナ、その子にあのことは話しておいたの?」

 

 一瞬の間。タチアナはわざとらしく、何度もうんうん頷いた。

 

「そう。でも、良かったわ。だって、せっかく三年間も日本に居たのに、あなたが寂しい思い出を抱えたまま帰ることになるのじゃないかと心配したわ。本当にママ、嬉しいわ」

 

 マイアは大変機嫌よく夕食の準備を再開した。ラードゥガはタチアナの顔をのぞき見た。タチアナの顔は優れなかった。

 

 

 

 三日後。イッキはアリカと共に、自転車でメダロット研究所前に立ち寄った。本当なら、自分一人で来るつもりであったが、アリカに何か隠しているのではないかと詰め寄られ、ついタチアナとの約束を明かしてしまった。デートに横槍を入れられた気分だ。

 五月半ば。漫画やアニメのような、熱くも寒くもない良い天気なんてそうない。帽子も被ってないので、二人は頭頂部が少し熱くなってきた。反面、メダロットたちは日光を吸収できて、気持ちよさそうである。

 遅れて二十分後。タチアナとそのメダロット、アンビギュアスのラードゥガが到着した。タチアナも自転車に乗っていた。

 

「イッキ、待たせてごめん。あれ、その子は誰?」

「初めまして、タチアナ。私、未来のジャーナリストの甘酒アリカよ!お近づきの印に、一枚撮らせてね」

 

 アリカはタチアナに断りなく、タチアナとラードゥガをカメラに収めた。困惑気なタチアナに、イッキは済まなそうに首を振った。アリカはものはついでにと、イッキを撮り、最後は時間差設定で、全員を撮影した。撮り終わったあと、タチアナはアリカに頼んだ。

 

「アリカさん。すぐにとは言わないけど、よければ、後で写真のコピーをちょうだい。日本での思い出が欲しいの」

「良いわよ。でも、タチアナ。さん付けはやめてちょうだい。普通に、アリカって呼び捨てでいいから」

「オーケー、アリカ」

「ただし」アリカはびしりとタチアナの眼前に人差し指を立てた。

「一つ条件があるわ。今日一日、私の学内用新聞の取材に付いてくること」

 

 これは不味いかなと思い、イッキは割り入って説明した。

 

「アリカはたまに、UFOが出たとか出鱈目な記事を載せることもあるけど。大丈夫、今回は学校と町から許可を貰った健全な取材で、楽しい部類に入る方だよ」

「それどういう意味? 普段の私は嘘八百の三流赤新聞しか書かないと言いたいの?」

 

 アリカに睨まれて、イッキは慌てて否定した。その二人を見て、タチアナは微笑んだ。タチアナはアリカに尋ねた。

 

「楽しい方て何」

「町の取材よ」

 

 アリカを先頭に取材陣は出発した。

 これまで、他の日本人の子と遊んだ経験が無いタチアナにとって、アリカの取材同行は正に未知の世界への切符を手にしたようだ。アリカは学校に許可を貰い、毎週商店街の店一件を取材し、記事にしている。イッキもしばし同行させられているから、イッキ、アリカは商店街の顔馴染みとなっている。

 今回は裏角のお団子屋さんの取材。待っている間、三人はみたらし団子を一本貰った。三人はそれぞれ礼を言ってから、ありがたくお団子を食した。スーパーで売っている物とは違い、出来立てほやほやで、砂糖醤油の葛飴にお店の秘密の調味料を加えた団子はほっぺが落ちそうだ。

 タチアナも一口、パクリ! 齢五十になるいかにも職人という風体の店のおじさんが、味はどうかと聞くと、タチアナは可愛らしい笑顔で「美味い」と答えた。

 取材後。イッキ、アリカは気を利かし、タチアナに今まで取材したお店とその店員の人を紹介した。商店街の人たちは皆優しく、変な目付きもせず、タチアナを普通の子供として扱った。更に二人は、本当は近寄ることすら禁じられているおどろ山までタチアナを連れた。

 その頃にはすっかり日も暮れて、三人は商店街を抜けたところで別れた。次の日は、取材ではなく普通に遊ぶ約束をした。たった一日、その一日の三時間以内の出来事だが、タチアナの世界は大きく広がった。

 次の日はやや曇りもちがちだったが、遊ぶ分には問題ない天気だった。三人は、植林樹もある町で一番大きな五丁目公園に集合した。

 

 三人はここで、かくれんぼをした。かくれんぼとは、地域によってルールに差異はあるが、まず鬼を一人を決めて、電柱など何かタッチする場所を決める。鬼が数えている間に他の子たちは隠れ、鬼はその子を見つけたら、その子の名前を叫ぶ。それでその子は捕獲されたことになる。あるいは、タッチする場所に戻り、そこに触れてその子の名前を言えば捕獲したことになる。鬼から他の子を助け出すには、鬼が他の子を捉えた電柱周りにタッチして、解放するしかない。これを応用した缶けりという遊びもある(場合によってはサッカーボールなどを代用する)。

 三人では足りないので、メダロットたちも転送した。金衛門は脚部を二脚に変えた。追加ルールとして、メダロットたちには索敵パーツの使用を禁じた。

 かくれんぼは知っていたが、こうして遊ぶのは初めてだった。ジャンケンに負けたアリカが鬼役だ。イッキは、ジャーナリストは相手を追っかけるのが仕事なんだし、アリカが鬼役なんてぴったりだね。と、言ってしまいそうになった。もし、これを言ったら、軽く惨劇が予想できる。

 イッキはタチアナと隠れている間、そのことを洩らし、二人して笑いを堪えた。三回もアリカが鬼役をしたときは、アリカを可哀想に思った金衛門が鬼役を買って出た。

 ただ、遊んだだけ。それだけなのに、タチアナの内側の氷塊は少しずつ溶けてきた。そして、イッキとアリカにまだ明かしてないことがあるのを思い起こし、申し訳なくも思った。

 

 

 

 毎日、顔を突き合わせているわけではない。三人には三人の時間があり、自分だけでしたいこともある。その後も、毎日ではないが、三人は週に二、三回のペースで顔を合わせた。三人は口に出すことはしなかったが、心の中ではもう、互いに友達と認めていた。

 タチアナは変わった。両親はその変化を素直に喜んだ。イッキとアリカ、あの二人と付き合うようになってからカシャッサは以前の明るさを取り戻し、更には塾校の子たちとも打ち解けられた。メダロットに感謝すべきか、あの二人に感謝すべきか。スージとその夫は両方に感謝した。

 遊んだり、ゲームをしたり、アリカの取材旅行に付き合ったり、タチアナに勉強を教えてもらったり。楽しいこと、悲しいこと、平凡なこと。時は過ぎて、七月に突入した。七月の半ば、イッキとアリカに嬉しいニュースが来た。メダロッ島チケットの購入だ。

 二人の父親は、つてで一週間滞在チケットを購入することに成功したのだ。メダロッ島は日本最大の行楽地の一つ。また、そこにはメダロッターにとっては流涎(りゅうえん)ものの二つの大イベントが行われる。

 ひとつは各国のゲストを招いたロボトル大会の開催。そして、もうひとつのイベントは…。

 この喜びを伝えたいがために、イッキはタチアナの家を訪ねた。もしかたら、タチアナの家もチケットを手に入れたかもしれない。タチアナの母マイアは喜んでイッキを招き入れたが、タチアナの顔は浮かない様子だ。

 思い起こせば、ここ一週間のタチアナの様子は変だ。まるで、何かが喉に詰まったような感じだ。イッキは、タチアナに聞いてみた。

 

「ねえ、タチアナ。ここんとこ、何だか元気がないよう気がするけど、どうしたの?」

 

 タチアナはイッキから顔を逸らした。スージがジュースを持って部屋に入ってきた。マイアはカシャッサの浮かない顔を見て、イッキと同じくどうしたのとロシア語で聞いた。

 

「タチアナ、どうしたの? 何だか、思いつめた顔をして。気持ちは分かるけど、別れはきちんと済ませておきなさいよ」

「ううん、そうじゃないのママ。実は」

 

 マイアはあらまと驚いた。イッキはぽかんと二人を見た。二人はロシア語で会話しているため、イッキの介入する余地はなかった。

 

「あなた、まだ言ってなかったの!? てっきり、もう言っていたとばかり…。何故、すぐに言わなかったの」

「話すタイミングを逃したの。言おうと思ってたけど、言いそびれて、そのままずるずると」

「呆れた。深く問い質さなかったママにも責任があるけど、ともかく、今すぐ言いなさい。ごめんなさいね、イッキくん」

 

 マイアは最後の謝罪の部分だけ日本語で言った。一体、何をどうしてのごめんなさいのなのだろう。

 タチアナはとても申し訳なさそうに、イッキに、自分が夏休みの始めにはロシアへ帰国することを明かした。

 

「そんな! 今までどうして」

「ごめん。話そうとおもていたけど、言うタイミングを逃して、そのまま」

 

 タチアナは打ち明けた。ラードゥガはタチアナを可哀想に思った両親のプレゼント。父の仕事の都合でロシアから日本に渡ったのは既に聞いていたが、面倒な手続きを全て済まし、ロシアに帰国することになった。

 

「ごめんなさいね。言おうと思っていたけど、言えなくて」

「気にしなくていいよ。言いにくいことなら僕にもあるしね」

 

 イッキのあっけらんかんとした態度に、タチアナは感謝した。

 

「それで、いつの日?」

「行くのは七月の二五。ちょうど夏休みが始まる日だよ」

「塾校とかでお別れ会とかするの?」

「一応、する。そうだ! イッキ、アリカも連れて来ればいい。塾校側に頼んでみるわ」

 

 タチアナはその日の内に、塾校側に頼んだ。勉強するだけでなく、生徒の自主性と意見も重んじるガリベン塾校は、他校の生徒がお別れ会に参加することを快諾した。

 夏休み二日前、二三日に他校のゲスト二人も交えた総勢一八名のお別れ会が行われた。二人の想像とは異なり、ガリベン塾校の生徒も案外普通の子供であった。

 光太郎が、このまま普通のお別れ会では詰まらないと言って、外でメダロードレースをしようと提案した。この案に、イッキとアリカ以下、ガリベン塾校らの生徒は大賛成した。彼らもまた、メダロットが好きだった。

 メダロードレースとは、メダスポーツと呼ばれる競技の一種。要約すれば、かけっこだ。ロボトルで自分のメダロットが傷つくのが嫌だ。でも、メダロットの体を動かしたい。そんな人のために考えられたのがメダスポーツである。

 メダロードレースは近くの公園で行うことにした。

 

「頑張れメタビー!」

「勝つのよブラス!」

「ラッスィーヤ フペリョーット!」

 

 メダロットを持っている子も、持ってない子も応援した。騒ぎを聞きつけ、他のクラスの子達までメダロードレースに参加した。

 

「よーいドン!」

 

 塾講師の一人が愛機であるシアンドッグのライフルを合図に、メダロードレースの開始を告げた。

 メタビーとラードゥガが駆け抜ける。ブラスが懸命に腕を回す。他のメダロットたちも必死に走る。勝負はメタビーとラードゥガの一騎打ち。イッキとタチアナは今日ばかりは、互いをライバルと見て、声を嗄らして自分のメダロットを応援した。二週目に差し掛かる頃、気合一声メタビーが加速をし、一歩の差でラードゥガに勝利した。

 二人にはささやかな拍手が送られた。メダロードレースも終わり、お別れ会の片付けも終えた後、イッキはタチアナに謝った。

 

「君のお別れ会のはずなのに、何か最後らへんちょっとずれちゃったね。ごめん」

「そんなことはないわ。ほんの少しだけど、イッキと本気でぶつかり合えて、私は楽しかったよ。負けたのはちょっと悔しかったけどね…」

 

 そうして、二人は笑いあった。その二人のメダロットも頷き合い、互いを認めた。

 二日後。七月二五日の早朝。タチアナの一家はタクシーに乗り、駅まで向かおうとした。そこへ、自転車に乗ったイッキとアリカが息を切らしてやってきた。二人の来訪に、タチアナは喜びを禁じ得なかった。

 

「はあ……はあ……あの、すぐに終わりますんで。ほんの少し待ってください」

 

 アリカは一言、タチアナの両親に断った。タチアナの両親はもちろん了承した。イッキはメダロッチからメダロットたちとパーツを転送した。アリカもブラスを転送した。三体もカシャッサと対面しての別れを望んでいた。

 転送されたパーツはダッシュボタンの左腕だ。イッキはタチアナにパーツを差し出した。

 

「これあげる。アンビギュアスは強いけど、装甲が脆いから不安定な一面もあるんだ。主力武器は右腕だし、左腕をこれに付け替えれば、ある程度安心して戦えるようになるよ」

「スパスィーバ、イッキ。大切にするわ」

「私からはこれ」

 

 アリカは現像した写真をいれた封筒を渡した。それには、初めて出会ったあの日の写真も封入されていた。

 

「遅れてごめんなさいね。でも、思い出は熟成するほど甘くなるものよ。なんて! 言い訳にならないわね」

 

 パーツと写真を受け取ると、タチアナは両の腕でそれをギュッと抱きしめ、涙を流した。母のマイアも貰い泣きした。長い人生のたった二ヶ月半の出来事だったが、最後に、とても身のある期間だった。イッキもちょっと涙ぐんだ。アリカは最後にもう一枚、タチアナの両親を含めた集合写真を撮った。

 別れが済むと、一家はタクシーに乗った。カシャッサとアルコ・イリスは窓から身を乗り出して、腕を振った。

 

「さようなら! イッキ! アリカ!二 人のことは忘れないよ! 絶対に! さようなら!」

 

 タクシーが去ったあとも、二人はしばらくじっと立ち続けた。陽がある程度の位置にまで来ると、アリカはイッキの腕を引っ張った。

 

「ほら、今更お布団になんか戻れないし。子供は風の子、ジャーナリストの資本は体と頭脳。もうこのまま、ラジオ体操にいきましょ」

「最後の二つは関係ないよ」

 

 イッキはアリカに引っ張られる形でギンジョウ小学校に向かった。寂しさを胸に、二人の心は楽しい夏休み一日目が来たことで段々と浮かれた。




タチアナやマイアは人名図鑑的なもので、これと思うロシア人の女性名から適当に選んだだけです。
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