カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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虎とカンテレ編
第十三話 虎の鍛錬、イワシの鍛錬


「……そうだ、一旦中止する。他校の投入状況によっては再度の検討の可能性はあるが、少なくとも今大会での使用は無い。詳しくは後で書面で送る」

 シンプルながら機能美を持ち合わせたドイツ製の家具が並ぶ、黒森峰女学院戦車道の隊長室。執務机の電話を置き、隊長の西住まほは一息ついた。ノックの音。

「失礼します」

「入れ……ああ、みほか」

 入室してきたのが副隊長にして妹のみほであると気付き、僅かに姿勢を崩す。

「お姉ちゃ、いえ、隊長。予定していたマウスの投入を中止したって聞いたんだけど……」

 つられてみほも家での呼び方でまほを呼びかけるが、改めて副隊長としての姿勢を保つ。

「知波単に先を越された上に、そのオイ車が撃破されたからな……マウス投入は以前から予定はしていたが、これで実際に使えば知波単の後追い扱いされるだろう。何より、今回の件で他校も超重戦車対策はしてくる筈だ」

「そっか……そうだね。あの試合、私は後でダイジェストで観ただけだけどアンツィオ高校の人たち、凄い頑張ってたね」

「今のアンツィオは猪突猛進型で戦略性は弱まっていたと思っていたが、見方を変えなければならないな。それでみほ、用件は?」

「あっ、うん。次試合のマジノ女学院戦の対策ミーティングの時間が来てたから」

「分かった。行こう」

 机の上の書類を片付け、まほは席を立った。みほがそれに先行する。

「マジノの次は聖グロリアーナかサンダースか……決勝は誰が来るかな? アンツィオ、継続、逸見さんのいる大洗……頑張って、そこまで行きたいね」

「まずはマジノだ。新隊長のエクレールは精神的に脆いとは聞いたが、油断はできない……だが、誰がその先に来ようが我々のする事はひとつだ。分かっているな、みほ」

 話しかけるみほに、まほは端的に答えた。

「……うん、お姉ちゃん」

 

 撃てば必中 守りは固く 進む姿に迷い無し

 鉄の掟 鋼の心 それが西住流

 

 西住流の掟を体現し、それを実行してきた姉妹はそれ以上何も言わず隊長室を出た。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十三話 虎の鍛錬、イワシの鍛錬

 

 

 同時刻、大洗女子学園・学園艦生徒会長室。杏とアンチョビ、エリカ、他各車の車長が集まり次試合についてのミーティングを行っていた。

「河嶋。そんで、次の試合会場は何処になったんだっけ?」

 ソファに足を組みつつリラックスした姿勢で座ったまま、角谷杏は聞いた。

「は! 次の試合ですが『森林地帯と雪原』となりました」

 直立不動の姿勢で、ホワイトボードの前に立つ桃が答える。ボードには次の試合場所と継続高校の前試合での戦力が書かれている。

 

フィールドは寒冷地の雪原。何ヵ所かに森林地帯があり、それによって迷路めいて分断されている地形だ。視界は悪く、互いの動きは読みづらい。何より日本海側を拠点とする継続高校にとっては得意とする地形だ。

 

「前回のプラウダではこっちに地形が味方してくれたけど、今回はアウェーか」

 腕を組んでアンチョビは考えつつ言った。その反対側に座るエリカが手を挙げる。

「敵の継続高校の戦力だけど……一回戦の戦力は本当にそれでいいの?」

「はい。前試合のオーダーをそのまま書き写しました」

「……何と言うか、本当にごちゃ混ぜね」

 そう言いつつ、エリカは改めてホワイトボード上の車両名を眺めた。

 

・BT-42(フラッグ車)×1 ・三号突撃砲G型×1 ・Ⅳ号戦車J型×1

・T-34/76×1 ・T-34/85×1 ・T-26×1 ・BT-5×2 ・BT-7×2

 

 以上の10両が、一回戦で継続高校が使用したオーダーである。

 継続高校は元々フィンランドとの繋がりが強く、使用する戦車もフィンランド軍が使用したものが多い……のだが、実際のところ純粋なフィンランド戦車というのは無い。当時のソ連に対抗するため当のソ連戦車を鹵獲して使用したり、ドイツから供給された戦車を使用する等で大国に対抗したのだ。

 そのため、彼女らの編成は独戦車とソ連戦車が混ざり合っている。その辺りについては「プラウダの廃棄車両を掠めて改修している」「『鹵獲ルール』という戦車を賭けた独特のルールでプラウダと定期的に勝負して奪っている」など、様々な噂があるようだ。

 そしてその編成は決して弱くない。高速戦車による機動戦、またⅢ突やT-34シリーズによって撃ち合いにも対応できるバランスの良い編成だ。

 実際この編成で一回戦ではフランス戦車を主体とするBC自由学園を翻弄し、連携が崩れたところを隊長のミカがBT-42で敵の中枢に入り込み単騎で数両を撃破したと言う。

 

「前の知波単やアンツィオみたいに、秘密兵器を用意したりするだろうか?」

 カエサルの質問に、アンチョビは少し考えてから答えた。

「そうだな……KV-1を持ってるって話もあるが、おそらく使ってこないだろう。あの隊長のミカは正面から大洗と勝負をして勝とうとしている。そうする事で黒森峰に勝つ実力をチームに持たせようとしているんだ」

「随分と見込まれちゃったねー」

 杏が笑いつつ干し芋を咥える。

「となると、相手の戦略は地形を活かしてBTシリーズで電撃戦を仕掛けて、T-34やⅢ突でこちらが混乱したところを狙い撃ち……かしらね」

「まあ、そう考えた方が良さそうだな」

 エリカの推測をアンチョビも肯定した。

 前試合のプラウダ戦と異なり、今回は戦車のスペックではそこまで大きな差は無い。そうなれば数と戦略、そして相互の練度が物を言うだろう。

「了解、それじゃ早速今日の訓練からそれを意識した内容にしていきましょう。具体的な練習は私が組むから、それに従ってやってみて」

「オッケー。そんじゃ逸見ちゃん、お願いね」

「『ちゃん』は付けないで」

 杏の言葉に、エリカは憮然と返した。

 

「……随分と乗り気になってくれたな」

 ガレージに向かいながら、アンチョビは横のエリカに言った。

「仕方ないでしょう? あんな事言われて、そうですかで済ます訳にもいかないし」

 うんざりした様にエリカは言い返した。

 あの日、アンツィオ対知波単学園戦が終わった後に杏から言われた事を思い出す。

「……それに、私だって一応は大洗の生徒よ? 潰れてほしくない気持ちはあるわ」

 

 

「―――ウチの学校、この大会で優勝しないと廃校になるんだ」

 その場の人間が、頭を掻きながら言った杏の言葉を飲み込むのには時間がかかった。

「ちょ……え? ええ!?」

 少しづつ理解できてきたのか、沙織が口に手を当て驚きの声を上げる。

「ど、どういう事ですか!?」

 優花里の言葉に答えたのは、杏の後ろに立つ柚子だった。

「その、会長の言葉通りの意味です……この戦車道大会で優勝しないと、わが校は来年三月の年度末をもって廃校となり、学園艦は解体されます」

「また偉く唐突な話だな……何でそんな事に?」

 流石に麻子も驚きを隠せないようだ。

「いやあ……もともとは学園艦管理局からの一方的な通達だったんだよね」

「それを会長がその場で何とか『かつて大洗で盛んだった戦車道で今年優勝すれば廃校を取り消す』という約束まで持ち込んだんだ。会長に責は無い」

 杏の言葉を補うように桃が言った。

「だ、だからって無茶苦茶よ!」

 エリカがそれに対して強く言った。彼女はかつて黒森峰で優勝を経験している。

それ故に分かる。優勝旗を強豪校から奪う事が如何に難しい事なのかを。

「そもそも戦車道をしてたってのも大昔の話じゃない? 見つかった戦車にしたって旧型やら軽戦車やらでギリギリ公式戦に参加できる数が揃ってるだけ。これで黒森峰を倒して優勝するって、本気で考えたの?」

「……それでも、諦めたく無かったんだよ。目立つような実績も無い、ウチのような小規模な学園艦が生き残るにはね」

 

 実際、杏たちがその場で廃校回避の約束を交わしたのは半ば勢いだった部分がある。改めて自分たちが言った条件がどれだけ難しいものだったのか理解したのはその後だ。

 直後より彼女ら生徒会は戦車道復旧のため動き始めた。風紀委員らを動員し、戦車を捜索し、戦車道カリキュラムの復活と履修者募集の準備を整えた。

 一番の問題だったのは、学内に戦車道経験者が皆無だった事だ。杏は素人であろう大洗の履修者たちにトレーニングを施し指揮を執れる隊長を探し求めた。

 杏が門を叩いた学校はひとつふたつでは無い。幾つもの学園艦を尋ね、頼み、頭を下げ―――そして全てで時には素気無く、時には慇懃に断られた。

 考えてみれば当然の事ではあった。「素人集団を優勝できるまでに育て、貴女の母校に勝てるくらいにしてくれ」と言って素直に承諾する学校がある筈がない。

 そして、杏が最後に尋ねた場所がアンツィオ高校だった。

 

「……で、後はさっき杏が話した通りだ」

 アンチョビが言った。エリカは何故、彼女がこの件を話そうとしなかったのか理解した。移動の件を告白すれば、自然とこの廃校の件を言わねばならなかったからだ。

 戦車道を始めたての面々に「お前らが頑張って優勝しないと大洗は廃校になる」等と言った日には、大半の生徒は及び腰になるだろう。

「もう一度言うが、私は本気でこの大洗を優勝させるつもりだ。その為に来た……その、こういう形で言う事になって驚いているとは思う。でも、それだけは信じてほしい」

 握った拳を胸にあて、アンチョビは続けて言った。エリカらを見回し、反応を待つ。

「………分かったわよ。アンタが嘘を言ってないのは分かる」

 数秒の間を置き、エリカが吐息と共に言った。

「私も……アンチョビさんを信じます。勝ちましょう。ここでしか咲けない花を、それを守るために」

 華が続けて答えた。沙織、優花里、麻子も続く。

「……うん! やっぱり私も付いていくよ! 一回戦だって優勝候補に勝ったんだもん、この調子で行けば優勝だってできるって!」

「その、自分も精一杯頑張らせていただきます!」

「乗りかかった船が沈みかけと言うんだ。最後まで足掻いてみよう」

「みんな……すまない、ありがとう。まずは次の継続高校、必ず勝つ」

 アンチョビ、そして杏たち生徒会の三人は彼女らに礼をした。

(思った以上のものを背負う事になっちゃったわね……本当)

 エリカは内心でそう思い、静かに心を定めた。

 

 

「……それはそれとして隊長、アンタの方こそどうなのよ?」

「どうなのって?」

「ミカから言われた弱点、守りの弱さについてよ。何か克服できる方法は考えた?」

「いや、さっぱり」

 アンチョビの答えは余りにもあっさりしていた。思わず足を止め、エリカは言った。

「さっぱりって、それ大丈夫なの!?」

「今までこの戦闘教義(ドクトリン)でやってきただけになぁ……今更これを根っこから変えろと言われても実際無理だ。一敗も許されない中でそんなのをいちいち考え直してたら、考え中にドカンとやられ兼ねない」

「それはそうかもしれないけど、もうちょっと考えてからでも良いんじゃないの?」

 呆れつつエリカが言った。それに対しアンチョビは手を挙げて返す。

「まあ、何も考えてないって訳でもない。それについての策は幾つか考えてる。エリカ、お前にも頼みたい事があるんだが……」

「な、何よ?」

 アンチョビはその内容を端的に言った。

「アンタね……聞いた事無いわよ? 大会途中で……」

 額に手を当てつつ返事を返すエリカ。それにアンチョビは頷き返した。

「ルール上は問題は無い。どうだ?」

「……分かったわよ。ここまで来ればアレね。毒を食わらばって奴」

「よしっ、よろしく頼む! あと練習内容なんだが……」

 

 

 それから試合開始までの数日は慌ただしく過ぎていった。

 

 校庭に幾つものポールが立てられている。エリカが拡声器で説明を始めた。

「次の試合は森林地帯の中での戦闘も起こりうるわ。各車、順番にこのポールを樹木と思って当たらないように走行してみて。戦車ごとの幅はバラバラだから、自分の戦車がどの程度の間隔を通過できるのかを把握して」

 

『きゃ!?』

 先行の八九式が通過した所を通ろうとしたM3がポールに接触した。

「M3Leeではそこは通れないわ! 今はポールだけど、実践で樹木にぶつかれば損傷する事もある。今の感覚を覚えて!」

『は、はい!』

 エリカの激に梓は緊張した声を返した。

 

 CV38と八九式に継続高校マークのワッペンが貼られている。

「継続高校の得意とするのは高速戦車を主力とした機動戦、なので今回はこの二両を仮想敵とした模擬戦を行うわ。敵役の二両は動き続けて回避に専念。攻撃側は動く相手の移動先を読んでの予測射撃を練習してみて!」

 やはり拡声器で指示を飛ばすエリカ。

『了解!』

 

 CV38の後方に次々撃ち込まれる演習弾。

『わははは! その程度の狙いでは改良されたCV38に当てる事は……』

 そう言っている間に直撃を受け、CV38は横向きに吹き飛んだ。

「そうよ、一両で回避方向を固定させてもう一両で撃破する。装甲の薄い高速戦車ならウチの低火力の戦車でも十分に仕留める事ができる。連携も重要になるわ」

『……少しはこっちの心配もだな』

 

「いくよー! 大洗ー、ファイッ!」

 典子のかけ声を合図に、体操服姿の紗希がサーブを上げた。

「ととっと……それっ!」

 ラインギリギリに撃ち込まれたボールを何とか桃がレシーブで返す。浮き上がる球。カエサルがトスを上げ、妙子がアタックを狙う。

「そーれっ!」

「何のっ!」

 アンチョビがブロックを仕掛けた。しかしそのブロックを破る強烈なアタック。

「うわっ!?」

「まだよっ!」

 だがそのアタックはエリカのカバーで返された。決まったと思った妙子勢の隙をつきボールは相手側のネットに落ちた。審判役の杏がホイッスルを鳴らす。

「赤、マッチポイント。頑張ってー」

「……ってコレ、何の練習なのよ?」

 ポジション変更をしつつエリカが言った。

 

 

―――そして、試合当日の朝が来た。

 

 

 継続高校ガレージ内。誰もいない車庫の中で隊長のミカは一人カンテレを弾いていた。

「ふわぁ……おはようミカ、早いね」

「今日の試合は楽しみだったからね」

 アキがあくびしつつ入ってきた。手には一枚の紙。戦車道連盟から届いた、大洗側のオーダーだ。継続高校が出したオーダーも今頃は向こうに届いているだろう。

「それを見せてもらっていいかな、アキ?」

「いいけど……誤植かな? 何だか変な所があるんだよね」

 首をひねりつつアキはミカに書面を手渡した。それを広げ、上から読んでゆく。

 その目線の動きは、ある箇所で止まった。

「……なるほど、これが彼女らの答えか」

 ミカは楽しそうに言いつつ、カンテレを鳴らした。

 

大洗女子学園

      隊長 逸見エリカ

     副隊長 アンチョビ

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十三話 終わり

次回「虎の電撃、カンテレの風」に続く

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