カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十九話 干し芋の思い、サラミの想い

 初夏の暑さを増しつつある日差しが注ぎ、早朝の冷えた地面を温めてゆく。

 未だ朝もやのかかる山岳部、そこを進む一両の軍用ジープ・フォードGPWの姿があった。

 それに乗る制服姿の三人の少女。慣れない道を注意深く運転するポニーテールの少女。

助手席に座り、周囲の光景をデジタルカメラで撮影する眼鏡の少女。

 そして後部座席で寝転がりながら干し芋を齧る、ツインテールに髪を結わえた少女。

 

「んっ!? お、思ったより荒れてますね……」

 運転する小山柚子は、シートを時折激しく揺らす地面の凹凸に辟易しつつ言った。

「山岳と荒地ステージ、これはアンツィオに有利な地形になりそうだな」

 その横の助手席でブレに苦心しつつ河嶋桃が周辺の景色を撮影する。大洗に持ち帰り、次の試合の対策を練るためだ。

「まあ、やるだけやらないとね。小山、このまま山頂まで向かって!」

「は、はい!」

 角谷杏は寝転がりながら地図を広げ、柚子に指示を飛ばした。

 

 二回戦・第四試合、聖グロリアーナ対サンダース付属は聖グロの勝利で終わった。安定した米戦車の性能を活かし正面からの勝負を仕掛けるサンダースに対し、聖グロは隊長のダージリン自らが囮となって攻撃を集中させ、その間に伏兵のマチルダⅡが側面左右に回り込み挟撃。サンダース側のフラッグ車を撃破したのだ。

 こうして準決勝に進出する4校は揃い、次の試合会場が決定した。

 大洗VSアンツィオはイタリア北部を思わせる山岳と荒地の一帯。

 黒森峰VS聖グロリアーナはノルマンディー上陸作戦を思わせる海岸地帯である。

 その結果を受け、彼女ら大洗女子学園生徒会兼カメさんチームの三人は学園艦を抜け現地の視察に赴いていた。

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る 第十九話 干し芋の思い、サラミの想い

 

 

 登山者用に作られた道をジープはゆっくりと走る。

 道の左右に広がる森も山頂に近づくほどに木々は細く、本数も少なくなってゆく。戦車が通れない程という訳でもなさそうだが、見通しは悪い。

 やがて道の勾配は次第に緩やかになり、開けた草原に彼女らは到着した。

「会長、到着しました」

「りょーかい。ここが試合会場で一番高い所だね」

 桃の言葉に杏は起き上がり、周辺を見回した。少し進んだところで停車させ、首から双眼鏡を吊り下げてジープを降りる。柚子と桃もそれに続く。

「高地に続く道はここと、反対側に一本。まあ森を抜けてくる事もできるか」

 杏は地図と実際の地形を合わせ見ながら歩く。一部は崖になっているようだ。注意しながら崖の近くまで寄ってみる。

「おー、こりゃ見渡せるねー」

 崖下を見ながら杏は言った。先ほどまで自分たちが走ってきた登山路も見下ろせる。

「ここをⅢ突などで押さえる事が出来れば、かなり有利になりますね。会長」

 俯瞰できる景色を撮影しつつ桃が言った。更に方向を変えて撮影を続ける。

「……ん?」

 杏たちが登ってきた登山路の反対側、その付近に何かの大きな物体がある。桃は更にカメラを拡大して物体に焦点を合わせた。その表情が驚きに変わる。

「あれは……AS42!?」

 AS42、「サハリアーナ」の名を持つイタリア製の偵察車両。早朝から山登りをしようと来た登山者が乗ってくるような車両ではない。では、あれは……

「か、会長! 我々以外の偵察車が!」

 慌てて桃は杏に報告した。言われて双眼鏡を手にしてそちらを見る杏。

「……おー、向こうも来てたみたいだね」

 そう言うと杏は双眼鏡を下ろし、AS42に向かって歩き始めた。慌ててそれを追う二人。

「会長、どこに行かれるんです!?」

「どこって、挨拶に行くに決まってるじゃん。私達専用の場所って訳でもないし」

「そ、それはそうですが……」

 桃は言葉に詰まった。杏の言う事は確かにそうなのだが、アンツィオ高校の隊長のペパロニは今まで会う度にアンチョビに強烈な敵意をぶつけてきた。挨拶に行って穏便に済むとは思えない。

 

 そうこうする間にも杏の歩は進み、AS42の姿がはっきり見える所まで接近した。銃座が外されており、その分乗車スペースを広く取っているようだ。その車上に二人の人影。

 杏はその姿を確認すると、大きく手を振りつつ声をかけた。

「おーい! そっちも偵察ー!?」

 そこで初めて相手は杏達に気付いたようだ。特に慌てる風もなく、一人が立ち上がった。

「あー、アンタ達も来てたんスか! どうッスか、まだなら一緒に朝飯!?」

 アンツィオ統帥(ドゥーチェ)の証であるマントを羽織ったその少女、ペパロニは屈託ない笑顔で手を振り返し、バケットから出したパニーノ(イタリア風サンドイッチ)を高く掲げた。

 

 

「どうぞ。バジルは大丈夫ですか?」

「あ、は、はい、どうも……」

 助手席のカルパッチョが差し出したパニーノを、後部座席に座る桃は落ち着かなげに受け取った。一口齧ると、新鮮なバジルの風味とスモークサーモンの濃厚な旨みが広がりまだ起ききっていない身体に刺激を与えてくれる。

「特濃エスプレッソもあるッスよ。 朝の目覚ましにはこれが一番効くんス!」

「へー……ンッ、ンッ……うひゃ! 確かにこりゃ効くねー!」

 水筒から紙コップに注がれたコーヒーを受け取り、杏は一口飲んで苦みに顔をしかめた。

「すみません、こちらも何かお返しできればよかったんですが……」

「気にしないでください。私達もつい作り過ぎてしまったので」

 柚子が申し訳なさそうに言った。それに手を振って答えるカルパッチョ。

「学園艦に戻るまで保たないッスから、遠慮なく食べていいッスよ」

 そう言ってペパロニはバケットを差し出した。

 

(……どーも読みづらいなあ)

 杏はそう思いつつコーヒーを飲んだ。舌が痺れる程の苦さと濃さだが、確かにそれが頭を鋭敏にしてくれるようだ。

 あの継続高校の隊長のミカも大概本音の読めない隊長だったが、この眼前で無邪気にパニーノを頬張るペパロニは別の意味で読みづらかった。この屈託ない親し気な態度と、アンチョビを前にしての強烈なまでの敵意。それがどうにも杏の中で一致しない。

 そして、何より……

 

「……ねえ、ペパロニ。アンタ的に私はどうなの? チョビを連れてった張本人だよ?」

 表面上は皮肉めいた笑みを浮かべつつ、杏はペパロニに聞いた。

 そう言われたペパロニは口の動きを一瞬止め、再び口を動かしパニーノを吞み込むと一拍置いてから申し訳なさそうな顔で答えた。

「その、まあ、噂程度はアンタの所の状況も聞いてるッス。私立のウチは無関係ッスけど、公立の学園艦の統廃合が進んでて、アンタ等大洗がヤバいっての位は知ってるッスよ……正直、アンタ等には同情してるんスよ?」

「………」

 杏は無言で目線のみ横のカルパッチョに向けた。首を左右に振るカルパッチョ。

 彼女はペパロニに話をしていない。これはペパロニ自身が独自で知り、判断した事だ。

「そ、それなら何故アンチョビにだけ、あそこまでの敵意を?」

 自分と同じことを考えていたのだろう。横の桃がペパロニに尋ねた。

「……んー」

 ペパロニは腕を組み、空を見上げた。自分の気持ちをどう言葉にすれば良いか考えているようだ。やがて腕を解き、顔を下げる。その口元は固い。

「例えば……例えばッスよ? アンタ等、ある日突然、親に捨てられたらどう思う?」

「親?」

 急な質問にきょとんとする杏。

「……アンチョビがアタシ等にしたのは、そういう事なんスよ」

 

 

 

 彼女にペパロニが会ったのは、一年歓迎のオリエンテーションの時だった。

 屋台で手作りパスタを売り、学園艦の町中をCV33で走り回ってビラを撒き、新入生に戦車道について左右のロール髪を揺らしながら熱く語る彼女、アンチョビがそこにいた。

 当時の―――恥ずかしながらお世辞にも素行が良いとは言えなかった―――ペパロニが戦車道の門を叩いたのは正直からかい半分だった。戦車道は古臭くてダサいと実際思っていたし、あそこまで必死にそれをアンツィオでやろうとしている彼女に興味もあった。

 

 いきなり喧嘩をふっかけられた。

「お前、戦車道を下らないと思ってるな? いいだろう!」

 自分の態度からそれを感じ取ったのだろう。アンチョビは言うと笑い、上に乗りながら説明していた豆戦車と、その背後にある戦車(正確には突撃砲だったのは後で知った)をそれぞれ指し示した。

「お前はそのデカいのに乗っていい。場所はコロッセオ内。10分間、一発でも私に当てられたらお前の勝ち。お前が卒業するまで昼飯を私が毎食奢ってやろうじゃないか」

「……面白い事言いいますね、先輩。取り消し効かないッスよ?」

 流石にそこまで言われてはペパロニも引き下がれなかった。同じ戦車道の履修者から手伝ってくれる砲手を一人選び、突撃砲に乗った。その時の砲手がカルパッチョだ。

 

 ―――結果は完敗だった。

 後になって振り返ってみれば砲塔を回せないセモヴェンテで小回りの利くCV33に命中させるのはかなり無理のある話で、アンチョビもそれを見越して勝負を仕掛けたのだろう。

 10分間、CV33はコロッセオの中を縦横無尽に走り回りペパロニのセモヴェンテを翻弄し続けた。ペパロニはそれを必死に追い、砲撃を指示したが至近弾すら当てられなかった。

 勝負を終え、戦車を出る時のペパロニの顔は蒼白だった。入学早々に見栄を切って酷い負け方をしてしまった。これからの三年、恥を背負って暮らさないといけないのか。

 しかしハッチを開けた彼女を出迎えたのは、敢闘を称える観戦していた生徒の歓声と、笑顔で自分に手を差し伸べるアンチョビだった。

「ようこそ、アンツィオ戦車道へ!」

 笑顔で差し伸べられたその手を、ペパロニは握り返した。

 

 そこからの一年間はペパロニにとって、今までの人生で一番密度の濃い一年だった。

 食事、授業、食事、戦車道、食事、戦車道。アンチョビが入学して一年が過ぎていたアンツィオの戦車道は一応の形にこそなっていたが、いかんせん戦車も人も足りなかった。食事だけは欠かさなかったが、それ以外の時間は募集と訓練に明け暮れた。

「確かに、私達には黒森峰やサンダースのような立派な戦車は無い。だが我々には相手を掻き回すCV33の足がある。敵の装甲を撃ち抜ける突撃砲がある。肝心なのはノリと勢い、そして少しの考える頭だ! いいか、アンツィオは弱くない、いや強い!」

 アンチョビは常にそう言って皆を鼓舞していた。

 戦車道初心者だったペパロニも、もともと軽車両を中学から乗り回していた事もあり適応は早かった。短期間の訓練でその練度はアンツィオの生徒の中でも上位となり、何時頃からかカルパッチョと共にアンチョビを補佐する立場になっていた。

 訓練を終えた学校帰り。三人は常に一緒に帰り、先輩後輩として、また友人として共に遊び、料理を作り合い、時に意見の相違もありはしたが最終的には纏まったりと普通の高校生活を送る関係にもなっていた。

 ペパロニも彼女を『アンチョビ姐さん』と慕い、苦楽を共にしていった。

 

 やがて第62回高校戦車道全国大会が始まった。初戦の相手はベルウォール学園。気性の荒い不良生徒が中心の、連携は弱いが突撃力のあるチームだ。

「いいかお前ら、これが新生アンツィオの第一歩だ。思いっきり暴れてこい!」

 アンチョビの指示はシンプルだった。すなわちCV33で敵陣をかき回した上でのセモヴェンテでのフラッグ車の撃破。

 これが綺麗に決まった。個々人の性能や能力ではベルウォールが上だったが、足並みを乱され各人が勝手な行動を取り始めて戦線は混乱。その間隙を突いた突撃砲の75mm弾が敵フラッグ車を撃ち抜いた。

 初の公式戦勝利にアンツィオの戦車道メンバーは沸きに沸いた。アンチョビも涙ぐみ、泣きながら祝勝会の支度を行い、泣きながら皆を労わった。

「ありがとう、みんな! ここからだ。アンツィオはもっと、もっと強くなれる!」

 まあ次戦のサンダース戦では完封負けしてしまったが、それでもアンツィオの戦意は大きく高まった。自分たちでも勝てるという自信がメンバーに定着した。 

 

 アンチョビが何か考えるような素振りを見せるようになったのは、その頃からである。

 彼女が入学する遥か以前から積み立てられてきたP40購入基金がようやく目標額に達しそうである事は、ペパロニも把握していた。アンツィオにとって明るいニュース。

「何とか、あと少し戦力が欲しいな」

 何度がアンチョビはそう言っていた。そこには自分についてきてくれていた戦車道のメンバーを勝たせたいという気持ちが滲んでいた。それに応えるべく、ペパロニも更に練習を積み、翌年の大会でアンチョビを支えられるよう努力した。

「……正直、今の戦力で準決勝進出は難しいでしょうね」

「そんな事ないッスよ! アンチョビ姐さんがいて、アタシ等が頑張れば絶対行けます!」

 来年の大会について語り合った時、カルパッチョとそう言い合った事もある。

 その時のアンチョビは、少し困ったような顔をしていた。

 

 

―――そして、アンチョビはアンツィオから姿を消した。

 

 

 その日、何時も通りに皆の前にマントを羽織って出てくる筈の彼女の姿は無かった。代わりにカルパッチョが一枚の書面を皆に見せた。アンツィオから大洗への転校手続。

「『私が教えられる事は全て教えたつもりだ。大会で会おう』……以上です」

 ペパロニはそれを最初は何かの手の込んだ冗談だと疑わなかった。アンツィオの戦車道とはアンチョビそのものであり、彼女がいないアンツィオは考えられなかったからだ。

 しかし、その日の練習が解散となりカルパッチョと二人だけになった時、彼女は言った。

「統帥は本当に大洗に転校しました。多額のスカウト料を受けたと聞いています」

 

 国公立の学園艦が少子化の煽りを受けて統廃合が進められているというニュース程度はペパロニも知っていた。それに大洗が候補に挙がっている事も。

 そこにスカウトされて行く。廃校前に一花咲かせようという大洗の思惑か。だが……

「……何でなんスか」

「戦車道の国際試合に向けて、各校に戦車道の強化と助成が行われていて……」

「そういう事を言ってるんじゃないッスよ! 何でなんスか!? 何で!?」

 何が『何で』なのかはペパロニ自身にも分からなかった。激情が噴出し、涙が流れた。

 カルパッチョは、それ以上何も言わなかった。

 

 その夜は一睡も出来なかった。ただ、これからどうするべきかを考えていた。

 いきなり生物から心臓が無くなったようなものだ。早急に誰かが代わりに心臓を務めねばならない。例えそれが能力的に不十分だったとしても。

 でなければアンツィオの戦車道は死ぬ。アンチョビが、自分たちが作ってきたものが。

 

 翌朝、アンツィオ高校戦車道隊長室。

 まるでペパロニが来る事を知っていたように、クリーニングされたマントが乗馬鞭と共に執務机に置かれていた。無言でペパロニはそれを広げ、羽織った。 

 それは僅かな重みのマントに過ぎない筈だが、ペパロニの肩に重くのしかかった。

「……姐さん」

 乗馬鞭を握る。彼女が勇ましく振りかざし、皆を鼓舞した鞭を。

「……アンチョビ」

 呼び慣れた言い方を捨て、呼び捨てる。

 

 何から始めれば良いのかすら分からない。ただ、一つだけ成すべき事は知っていた。

 彼女を、アンチョビを叩き潰さねばならない。でなければアンツィオの戦車道は彼女の幻影から逃れる事は出来ない。それはやがて自壊を招くだろう。

 アンチョビを倒し、彼女を超える事で初めてアンツィオの戦車道は立て直せる。

 彼女が作り上げたものを守るために、彼女を、大洗を、容赦なく叩き潰す。

 

「いいか手前ら、よく聞け! 今日から私が新統帥(ドゥーチェ)、ペパロニだ!」

 ―――そして、アンツィオの新統帥は誕生した。

 

 

 

「だから、まあ、その、上手く言えないんスけど、アンタ等の事情とかも分かるし、それにどうこうってのは無いんス。でも……アンチョビを倒さないと、アンツィオにも先は無いんスよ」

 そう言い終えたペパロニの表情には確かな決意があった。

 

(……参ったね。チョビ、アンタが残した遺恨はこりゃ重いっぽいよ?)

 表面こそ笑みを崩さなかったが、杏は内心で嘆息した。

 単に彼女の敵意が裏切られたという怒りから来るものであれば、それを逆に利用する事も出来ただろう。だが、どうやらそう簡単なものでもないようだ。

 彼女らは言っていた。『つい』弁当を多く作り過ぎてしまったと。ではその作り過ぎた分は誰のものと思って作ったのか?

 杏は眼前のペパロニとカルパッチョの間に、アンツィオのパンツァージャケットを着たアンチョビが居るかのような幻視を覚えた。

 

「そういえば、何故そちらは偵察に来られていないんですか? 統……アンチョビは」

 朝食の片づけをしつつカルパッチョが聞いた。

「あー、今頃朝練してるんじゃないかな……いや、ありゃ荒行かな?」

 20mm対戦車ライフル搭載に改装されたCV38、それで自分以外の5両を同時に相手どり演習弾の集中砲火を受ける姿を思い出しつつ、杏は答えた。

 

カタクチイワシは虎と踊る 第十九話 終わり

次回「そしてイワシは幕を上げる」に続く

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