カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第二十四話 統帥

「楽しかったッスよ、アンチョビ姐さん!」

 二つの砲声が、同時に響いた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第二十四話 統帥

 

 

 アンチョビのCV38が砲撃で弾き飛ばされる。直後、一瞬前までCV38がいた位置を砲弾が通過し、対角線上に構えるⅣ号戦車の付近に着弾した。白旗は上がらない。

「何!?」

 P40の車長席のペパロニは、そこで初めてⅣ号の砲塔がこちらでなくCV38の方に向けられていた事に気付いた。着弾した筈のCV38を見る。車体に大きなヘコみを作ってはいるが、貫通した弾痕は無い。

「……演習弾か!?」

 

 

 試合開始の挨拶を終えた後、アンチョビはエリカに言った。

「エリカ。この試合、おそらく今までとは逆に相手から仕掛けてくる試合になる」

「……でしょうね」

「頼みがある。おそらく、ペパロニは私の予測を一枚上回る戦術を立ててくる。それに備えて、演習弾を一発積んでおいてくれ」

「演習弾?」

「かなり限定的な状況だが……お前が私とペパロニを視認して、もし私がアイツの背後を取れていたなら、それで私を吹き飛ばしてくれ」

 アンチョビの大真面目な言葉にエリカは呆れ、言葉を探し、ため息と共に答えた。

「……今までも大概だったけど今度は本当に無茶苦茶ね。それが本当にチャンスだったならどうするのよ?」

 エリカの当然とも言える返答。それに対しアンチョビは歩みを止めないまま笑った。

「それならペパロニの実力がその程度だったって事だ。すぐもう一度後ろは取れる。だが……アイツが本当に私を越えようとしているなら、私に最大のチャンスを与えてくる」

「……OK。アンタの『先輩の勘』ってのを信じるわ」

「頼む」

 

 

「……まさか本当に役に立つとは思わなかったわね」

 Ⅳ号戦車内、エリカは小さく呟くと優花里に指示を送った。

「すぐに次弾装填、目標敵フラッグ車!」

 

 

「ね、姐さん、どうしますか!?」

 砲手が動揺しつつペパロニに指示を仰ぐ。

「落ち着け! え、ええっと……!」

 履帯の切れたP40で回避行動は難しい。一転して窮地に陥った状況にペパロニは即座の判断を迫られた。

 Ⅳ号を狙うか? いや、一撃で仕留められなければ逆にやられる。CV38は動けるのか? 先程までの機動で逃げられたら今度こそ……

「……狙うのはあくまでアンチョビだ! 次弾装填、目標CV38!」

 その答えに至るまでにペパロニが要した時間は僅か数秒。

「姐さん! Ⅳ号の砲塔、こちらに指向中!」

 しかし、それは敵が次弾装填するには十分な数秒。

 まだCV38は走り出していない。まだ、まだ間に合う!

「装填完了!」

「撃……!」

 ペパロニが言い終わる前に衝撃がP40を襲う。

 Ⅳ号の長砲身75mm砲は、P40の正面を正確に撃ち抜いた。

 

 

『アンツィオ高校フラッグ車・P40、走行不能! よって、大洗女子学園の勝利!』

 

 

「……やったな」

 吹き飛ばされたCV38の中、アンチョビは大きく息をついて肩の力を抜いた。

『心臓に悪かったわ。全く』

「大丈夫だ。その為に演習弾……」

「ねえ隊長。演習弾でも、過度の衝撃なら判定装置が働いて白旗が上がるって知ってた?」

「……え?」

 アンチョビの声が凍る。

『やっぱり、アンタとギャンブルはしたくないわね』

 

 

 大きく沸く観客席、その中で固い表情のままの女性と、二人の少女。

「酷い試合だったわね」

 西住姉妹の母、西住しほはそう呟くと席を立った。

「……はい」

 まほはそれを否定しなかった。軽量の車両が中心の試合だったとはいえ、奇策同士の仕掛け合いからの裏を取っての勝利。西住流の提唱する、高い練度による正面からの撃ち合いによる勝利からは最も程遠いスタイルだ。しほからすれば到底認められるものではないだろう。

「準決勝の聖グロリアーナに勝つのは勿論、この程度の相手に決勝で後れを取る事は許しません。一両でも撃破されれば黒森峰の恥と思いなさい」

 そう二人に言うと、しほは観客席を降り始めた。それに返事をして付いてゆくまほとみほ。

「はい、お母様」

「は、はい!」

 モニターの映像が切り替わり、Ⅳ号戦車から顔を出すエリカを映す。みほは少しだけ足を止め、そこに映る彼女を見た。

「……楽しそう」

 映像のエリカは汗をかき、疲弊しながらも笑っていた。黒森峰にいた頃の彼女があんな表情をしていた時はあったろうか。そして、負けた時の彼女はあんな表情が出来るのだろうか。

 みほの脳裏に、かつての黒森峰紅白戦で撃破されたエリカの顔が浮かぶ。怒りでも悲しみでもない、何かから突き落とされたような絶望の顔を。

「ごめんね、逸見さん……勝たないと、いけないから」

 それを振り払うようにみほは呟くと、改めて二人の後を追った。

 

 

「……やはり、大洗の勝利で終わったようですわね」

 豪奢な応接室の中、聖グロリアーナ女学院隊長、ダージリンはキリマンジァロからの報告を聞き終わり、受話器を置くと言った。

「ふふ、貴女の予想通りだったわね」

 その前の長椅子に座る栗色の髪の女性―――戦車道島田流家元・島田千代はそう言って微笑んだ。

「大した予想ではありません。廃校という、より負けられない物を背負っている者が勝った。それだけですわ」

 澄ました顔でダージリンは手元の紅茶を飲む。

「どちらにせよ、これで次戦の私たち聖グロリアーナと黒森峰との試合が実質的な決勝戦。ここで西住姉妹が倒されれば、戦車道界隈での西住流の名は大きく落ちるでしょう」

「あら、そこまで望んではいないわ」

 意外そうに千代は答えた。測るようにダージリンを見ると、言葉を続ける。

「私が望むのは先程言ったとおり。試合後のインタビューで島田の名を出すだけ。それ以上は何も……」

「……そうでしたわね」

 恐縮したように頭を下げるダージリン。

「(……まるで睨み合いです)」

 その傍らに控える小柄な少女。チャーチル装填手オレンジペコ。彼女は笑顔で語り合う二人を見つつそう思った。二人とも全く本心を見せず、複雑かつ歪曲な表現で遠回しに真意を伝え合っている。

 

 島田流は『ニンジャ戦術』とも呼ばれる奇抜かつ派手な戦法と大っぴらなプロモーションにより、全国に道場を持つ知名度も高い戦車道の流派だ。

 だがその存在感も近年では、伝統性と黒森峰10連覇を背景に勢力を伸ばす西住流に大きく押されていた。準決勝を控えた聖グロリアーナに彼女が訪れたのは、無論これと無関係ではない。

「『伝説』を残したくないのよ。島田流は」

 ダージリンはペコにそう説明した。

 このまま黒森峰に11連覇を許せば、みほとまほの西住姉妹は『高校戦車道無敗』という伝説を得て大学に上がってくるだろう。大学戦車道連盟は現在は島田流の影響下にあるが、西住姉妹が大学戦車道に乗り込んで来れば西住流の影響は少なからず流れ込んでくる。それは島田流にとって致命傷になり兼ねない。

 だから、今まで静観していた島田が動いた。

 

 そしてそれは聖グロリアーナにとっても渡りに船の話であった。

 名門校同士の試合として注目される黒森峰VS聖グロリアーナだが、実のところこの勝負は相当に聖グロリアーナ側に不利なカードである。

 とにかく火力が違いすぎるのだ。聖グロリアーナの主力であるマチルダⅡの主砲は、パンターはともかくティーガーの正面を抜く事ができず、フラッグ車のチャーチルでもティーガーを抜くのは難しい。逆に黒森峰の戦車は比較的格下のパンターやⅣ号駆逐でさえマチルダを容易に貫通させてしまう。

 ではより強力な戦車を導入すれば、という話になるのだが、ここで聖グロリアーナの伝統の悪い所が顔を出す。聖グロ戦車道OG会の存在である。

 社交界・政界・財界にも大きな影響力を持つ女性が多いOG会は、現行の聖グロ戦車道にも大きな影響力を持っている。彼女らが難色を示せば整備用オイルのメーカーひとつ決められないのだ。

 そして、それを黙らせるだけの影響力を島田流は持っていた。

 

「……では、約束通り四両、サンダース経由で」

 そんな事をペコが考えている内、二人の話は更に進んでいたようだった。

「認可が通りますかしら?」

「大丈夫、西住流家元は握りつぶすような真似はしないわ。導入させた上で娘たちに潰させる」

「……なるほど」

 納得したようにダージリンは頷き、紅茶を一口分だけ残して飲んだ。退出の合図だ。

「良いお茶でした。今度は当艦で栽培した茶葉をお持ちしますわ」

「ええ。楽しみにさせていただくわ」

 立ち上がるダージリン。慌ててそれに合わせて支度をするペコ。

 千代は笑みを崩さないまま、静かに頭を下げた。

 

 

「一同、礼!」

『ありがとうございました!』

 審判の合図で、左右に分かれた両チームが頭を下げる。

「………」

 頭を上げたアンチョビは、正面に立つペパロニを見た。

「いやー! やられちゃったっスね、流石ッス!」

 カルパッチョを伴い歩み寄ってきたペパロニは、頭を掻きつつ言った。

「最後の一撃で絶対やったと思ったんスけどねー! いや、本当に参ったッスよ!」

「……ペパロニ」

 アンチョビは静かに言った。

「く、悔しくなんか、ないッスよ! ホント、運が悪かったって感じで……」

「ペパロニ」

「ほ、ホント、残念とか、そんなのは……」

 

 ペパロニは泣いていた。必死に笑おうとしながら、アンツィオの流儀に則った「勝者を祝福する」をやろうとしながら。

「………」

「………む、難しいモンッスね……敗けて、笑うのって……クッ、ううっ……!」

 最初は涙を誤魔化そうとしていたペパロニだったが、遂に耐えられなくなったのか座り込み、嗚咽を始めた。

「ううっ……うあぁ……!」

「ペ、ペパロニ……」

「……何でなんスか」

 思わず屈みこんだアンチョビに、ペパロニは涙声で言った。

「……何で、何も言わずに出ていったんスか!?」 

「それは、だな……」

 言葉が見つからないアンチョビを見かねて、背後のカルパッチョが答えた。

「ペパロニ、統帥はP40の導入のために……」

「ンな事ァ知ってたッスよ、最初っからっ!」

 ペパロニの怒声。

「アタシだってアンツィオの予算くらい知ってるッスよ! それが姐さんが居なくなって、急にP40が増えて、気付かないとでも思ってたんスか!? そんなにみんな、アタシの事をアホだと思ってたんスか!? 馬鹿にしてんじゃないッスよ!」

「………」

 カルパッチョは沈黙した。ペパロニは涙を流しつつ、更に叫んだ。

「姐さんのいないアンツィオで勝っても何の意味も無いんスよ! ニンニクの入ってないペペロンチーノッスよ! 何でそんな事も気付かないで、何も言わずに出ていったんスか!? 姐さんそんなにアホだったんスか!?」

「ペパロニ……」

 アンチョビは屈みこみ、肩を震わせるペパロニを抱きしめた。

「……すまない、私がアホだった」

「……今更、気付いても、遅いんスよ……!」

 そのまま肩を震わせ嗚咽するペパロニ。しばらくアンチョビは彼女の背中を撫でていたが、やがてペパロニのマントの留め具に手を添えた。

「借りるぞ」

「……姐、さん?」

 留め具を外し、アンチョビはそのマントを翻すと自身の大洗パンツァージャケットの上から装着した。地面に落ちていたペパロニの鞭を手に取り、その懐かしい感触を確かめる。

「このマント、決勝まで貸してくれ……約束する。必ずアンツィオ高校に、高校戦車道の優勝旗を持って行ってやる」

「姐さん……」

 ペパロニは見上げた。マントを羽織り、鞭を持った、ツインテールの髪型の見慣れたシルエットを。

「……ドゥーチェ(統帥)、ドゥーチェ!」

 大きく息を吸い、カルパッチョは腕を振り上げて言った。

「ドゥーチェ! ドゥーチェ!」

 背後で彼女らの姿を見守っていたアンツィオ生徒の一人が続けて腕を上げた。ひとり、またひとり。

『ドゥーチェ! ドゥーチェ!』

 それは次第に大きな合唱になってゆく。

「……ドゥーチェ! ドゥーチェ!」

 ペパロニも膝をついたまま腕を振り上げた。泣きながら、誰より大きな声で叫んだ。

『ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ! ドゥーチェ!』

 その歓声に、大洗とアンツィオの両の象徴を着込んだ少女は大きく鞭を持つ手を掲げた。

 

「……大したものね、ウチの隊長は」

 その光景を見て、エリカは腕を組みつつ言った。

「うーん……」

 一方、その横で杏が何かを考えていた。傍らの桃に何かを尋ね、ルールブックを広げて突然読み始める。

 やがて、杏はルールブックを閉じると跪いたペパロニに歩み寄った。

「ねえ、ペパロニ」

「ドゥー……な、何スか?」

「またアンチョビと一緒に戦いたい?」

「そ、そりゃ、まあ」

「だったらさ……」

 

 

 西住流家元、西住しほは多忙である。

 僅かな時間を作って試合観戦に娘と共に行った後も仕事が無い訳ではない。ましてや高校戦車道全国大会開催中である現在、高校戦車道連盟の理事長であるしほは様々な事柄の最終決定権を持つ。無論、全ての業務に目を通す訳ではないが重要な件は無視できない。

「理事長。あの、戦車のレンタリースについての認可書類なのですが……」

 高校戦車道連盟・理事長室。入室してきた事務担当の職員が、おずおずとしほに話しかけてきた。

「レンタリース?」

 各校間の戦車のレンタリースは珍しくない事である。公式戦に出るには戦力の足りない中小校が、サンダース等の名門校から戦車を借り受けるのだ。リース料も決して高いものではない。

 中小校からすれば足りない戦力を補える。名門校からすれば倉庫で埃を被っている戦車を有効利用できる。双方にとって有効な意味を持つ取引なのだ。

「私が目を通す必要のある内容なの?」

「それが……」

 言い淀む担当官。それ以上しほは尋ねず、無言で差し出された二枚の書類を見た。

「サンダース大学付属から、聖グロリアーナ女学院に……パーシング四両?」

 M26パーシング、大戦末期のアメリカで製造された重戦車である。ドイツのティーガーに対抗するために設計された戦車であり、前身のシャーマン戦車に対し火力・装甲共に大きく上回る車両だ。

 だが、サンダース大学付属高校にパーシングがあるという情報はしほの知る限り無かった。パーシングはその上、サンダース大学戦車道が主力としていた戦車の筈だ。

「……なるほどね」

 その書類の裏に込められた意味を悟ったしほは、無言で「承認」の印を押した。

「宜しいのですか?」

 思わず尋ねる職員に、しほは淡々と答えた。

「構いません」

 そう言い切り、もう一枚の書類に目をやる。

「……アンツィオ高校から大洗女子学園に、P40を一両?」

 しほは先ほどの書類より少し長い時間考え、やはり書類に「承認」の印を押した。

 

 

 数日後、大洗女子学園戦車道のガレージに一両の戦車と、その前に立つ数名の少女がいた。

 彼女らの横に立つ杏が大きな身振りで話し始める。

「……と、言う訳で! 正式な承認のもと、アンツィオ高校からの『ご厚意』でP40一両のレンタリースと、それに付随して搭乗・指導員数名の短期転校をしていただける事になった。拍手っ!」

 まばらな、反応に困っているかのような拍手。

「やめっ!」

 止まる。

「コホン、それでは短期転校して貰ったアンツィオの皆さん、自己紹介をどうそ!」

「どーも、ペパロニッス! 前の試合の事は水に流して、姐さん共々よろしくお願いするッス!」

「同じくカルパッチョです。たかちゃ……こちらのカエサルさんとは昔からの友達で、色々とこちらでも教えて貰えればと思います」

 陽気に手を振るペパロニと、丁寧に頭を下げるカルパッチョ。

「会長、何かペパロニに話してると思ったらこういう事だったのか……」

「って、統帥がアンツィオを空けて大丈夫なの?」

「……一週間程度なら、飯を食わせていれば大丈夫だそうだ」

「……何だったのよ、今までのは」

 彼女らの姿に半ば呆然とアンチョビとエリカは言葉を交わし、同時に脱力した。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第二十四話 終わり

次回「虎と紅茶と猛犬と」に続く

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