『黒森峰女学園・パンターG型、走行不能!』
『申し訳ありません、4号車やられました!』
まほのティーガーの左側面を護衛していたパンターから白旗が上がる。
「大丈夫だ。よく守ってくれた」
ハッチから身を出しつつ、まほは移動しながら心の中で数を数えていた。
「(25,26,27,28……)」
左を走り抜けながら発砲してきたパーシングの部隊は、そのまま後方から右に今度は回り込もうとしているようだった。ティーガーの背面から砲声。これは命中せず、付近のビルに当たった。砕けたコンクリートの粉塵が両者の間の視界を妨げる。
その寸前、まほは発砲してきた車両がどれかを視認していた。赤いマーキングが施された、先頭を走る隊長機だ。
「……やはりか」
小さく呟き、部隊前方のみほとの通信を開く。
「みほ、そちらはどうだ?」
『何とかみんな頑張ってくれてるけど、防戦一方……まだ敵本隊は発見できない。お姉ちゃん、これって……』
「おそらくは、そうだろう」
みほの言外の推測をまほも肯定する。
「あと少しでパーシングの攻撃は途切れる。みほ、頼めるか?」
『うん。前衛をパンターにお願いして、裏から抜けてみる』
「単独で行くのか?」
『聖グロリアーナのダージリンさんは用心深いから、二両でも気付かれると思う』
「……分かった。気をつけて」
みほの言葉に迷いは無い。まほは僅かに表情を曇らせたが、すぐに隊長の顔に戻り全車両に指示を飛ばした。
「皆、あと少し持ち堪えればパーシングの攻撃は止まる。そこから一気に反撃に移る。それまでは各機、防御と回避に徹しろ」
『りょ、了解!』
『了解!』
確信に満ちたまほの言葉に、浮足立っていた各車両の車長が落ち着きを取り戻してゆく。
再びパーシングが姿を見せた。部隊右側面。細かく狙わず、撃てるタイミングになったら一斉に砲撃してくる、行進間射撃と言うよりは暴走に近い攻撃。
それを遮蔽物で躱しながら、まほは再び数える。
「(1,2,3,4……)」
カタクチイワシは虎と踊る 第二十七話 二匹の虎に紅茶は嗤う
「ああもう、何やってるのよ!」
観客席のモニターに向かい、逸見エリカは歯噛みして言った。
聖グロリアーナのパーシング部隊の行動は、黒森峰の「マチルダとチャーチルを盾として、高火力を活かした遠距離支援」という予測を完全に裏切る「足の速いパーシング四両での先行突撃」というものだった。
結果、黒森峰は敵部隊のトリッキーな動きに翻弄されて先制を許す形となってしまった。既にⅢ号戦車とパンター二両がパーシングの餌食となり、戦力比は聖グロ15対黒森峰12となっている。
しかし、エリカのいらつきはその損害についてではなかった。余りにみほとまほ以外の車両の動きが拙い。否、拙いと言うよりはどう動いてよいか自分で判断が出来ていない。
黒森峰は確かに上下関係や規律を重んじる校風で、それは戦車道でも表れている。しかしそれは、現場での判断能力を放棄する事とイコールではない。各車両が各々で最大のパフォーマンスを発揮できてこそ、指揮官は最良の戦術を行えるのだ。それが足りていない。
「隊長、副隊長に判断を委ね過ぎてる……」
それは今の黒森峰の弱点であり、大洗側のエリカとしては本来喜ぶべき所なのだろう。しかしそれを素直に喜べない自分がいる。
「……コホン」
横の島田千代が咳払いをした。
「……あ」
そこでエリカは自分が聖グロ側の観客席に居る事を思い出し、口を閉じた。こちら側で黒森峰を応援するのは確かに不審に見られるだろう。
その一方で千代も、いつの間にか差した日傘の影で戦況の推移を見守っていた。モニターが切り替わり、ティーガーを砲撃するパーシングが移る。絶えず移動し続けるパーシングを追うのはカメラも大変なようで、しきりにアングルが切り替わってゆく。
「これは」
数度画面が切り替わり、再び砲撃。それを見つつ、千代は小さなため息をついた。
「少し渡すのが遅すぎたわね。確かに、こう使うしか……ダージリンさん、貴女の運用は適切だわ」
幾つもの弾痕が残る街道を四両のパーシングが走る。
借り物のその車体は幾つもの擦過痕と弾痕が残る。返却時に修繕する聖グロ整備班は徹夜になるだろう。
「いい感じですわ! このまま一気にフラッグ車を叩きますわよー!」
そんな事は気にもせず、先頭を走るパーシング隊長車の車内でローズヒップは威勢よく指示を出した。既に三両撃破。敵の足並みは乱れており絶好の好機だ。
敵部隊の右側面を抜け、再び180度転回して部隊の後方を狙う。敵はこちらを警戒しながらも停止して迎撃しようとはしていない。次の交差点に出た所が最良の砲撃ポイント。
やがて、小隊は交差点に差し掛かった。砲塔が90度転回する。
「西住……西住……西住の姉の方! その首いただきますわー! 攻撃っ!」
名前を思い出そうとして思い出せず、ローズヒップは適当に叫ぶと攻撃を命令する。
同時に交差点にパーシングは飛び出し、射線が通る。
しかし、パーシングは砲撃する事無くそのまま通過した。再び射線が切れる。
どうしたのか、後続のパーシングも砲撃する事無く通過してゆく。その最後尾の一両がティーガーの攻撃を側面で受けた。大きくよろめき、付近の商店に激突すると動きを止めるパーシング。その車上に白旗が上がる。
『聖グロリアーナ女学院・M26パーシング、走行不能!』
「ちょ、ちょっと、どうしましたの!?」
予想外の損害に、ローズヒップは手にしたカップを落としかけながら砲手に言った。
「すみません車長! 装填がまだ終わってなくて……」
「何て事ですの! 装填手、お急ぎなさって!」
「は、はい、車ちょ……」
装填手は答え、息切れしつつも砲弾を持とうとする。
「って、ちょっとお待ちなさい!」
その時、ローズヒップはカップを咄嗟に置くと席を立って装填手に近寄り、その腕を触った。
装填手の少女の顔は青白く、その腕の筋肉は痙攣している。
「不覚ですわー!」
それを見てローズヒップは立とうとする装填手を強引に座らせ、各車への通信を開いた。
「各車両! 装填手は大丈夫ですの!?」
『こちら二号車、その、既に装填手がダウン! 現在砲手が兼任中!』
『……すみません、応答遅れました! 同じく装填手ダウン。現在車長が兼任中!』
「……しまったですわー!」
ローズヒップは悔恨の叫びを上げた。
クルセイダーに搭載されているのはWWⅡ中期までの英戦車で主に使われていた2ポンド砲、すなわち40mm砲である。対してパーシングの砲は90mm。当然ながら砲が大きくなるほど、それに込める砲弾も大きくなる。
これは単純に倍の太さになったから重さも倍になるとかの話ではない。より重いものを飛ばすためには長さも必要になる。結果、2ポンド砲の砲弾と90mm砲の砲弾とではその重さは4倍近くとなるのだ。
無論、聖グロリアーナの装填手の少女たちも日々のフィジカル・トレーニングは欠かしていないし、通常の2ポンド砲で試合中にスタミナ切れが起きない程度のタフネスは持っている。
―――しかし、普段5kgの物を抱える仕事をしている人間が突然20kgの荷物を渡され、それを通常と同じペースで消化しろと言われればどうなるか?
最初こそ普通のペースをこなせるかもしれないが、じきに体力は底を尽く。ましてや彼女らの乗る車両は、聖グロの戦車の中でも最も荒っぽく動き続けるローズヒップ小隊なのだ。その中でバランスを取りつつの装填は消耗も大きい。
それが、この結果であった。
「しゃ、車長、大丈夫ですから……」
「おバカな事をお言いになるものではなくって。わたくしが装填手を兼ねますわ! 医療キットの冷却スプレーと湿布を使ってお休み遊ばせ!」
まだ身を起こそうとする装填手を言葉で制し、手早く救急箱を渡すとローズヒップは砲弾を抱えた。ずっしりとした重みが両腕にかかる。成程。これを連続装填するのは確かに大変だったろう。
「車長、ダージリン様から通信です!」
「うお……りゃ! 了解ですわ!」
通信手からの声。優雅とは言えないかけ声と共に装填を完了すると、ローズヒップは通信に応えた。
『大丈夫、ローズヒップ? 一両やられたみたいだけど』
「装填手がダウンしましたけど、まだまだ大丈夫ですわ!」
威勢よくローズヒップは答えた。装填速度が落ちるのは痛いが、まだ戦意は下がってはいない。
「こちらも準備が整ったわ。上からにお気をつけなさい」
「了解しましたわ!」
通信を終え、ローズヒップは搭乗員に言った。
「準備が整いましたわ! ダージリン様の攻撃と合わせますわよ、全速前進ー!」
「……思ったより持ちこたえたな」
白旗を上げるパーシングを横目に、ティーガーから半身を出してまほは呟いた。潮風が髪を揺らす。
まほが数えていたのはパーシングの砲撃の間隔だった。最初は約20秒に一度だった砲撃のペースがどんどん落ちていくのに気付いたまほは、装填手がパーシングに慣れていない事を察しスタミナ切れを待ったのだ。
既に装填速度は1分に一発程度まで下がっている。反撃するならば今か。
「敵の装填速度は大幅に落ちた。ここから反撃に……」
その時、まほの頭上に音がした。見上げると、ビルの最上階近くに被弾の跡。パーシングの90mm砲の砲撃ほど破壊されてはいない。という事は。
「全車両、山側の建物の影に退避!」
即座にまほは僚機に指示を飛ばした。それとほぼ同時に彼女らの周辺に立て続けに砲弾が撃ち込まれる。どれも斜め上の方向からの砲撃だ。
「……やはりか」
双眼鏡を取り出し、まほは町を包むようにそびえる山側を観察する。木々の合間から見える黄土色の車体。マチルダだ。
同時にまほは先ほどの弾着の数を思い出す。最初に確認の一発、続けて七発。
ティーガーに比べ火力や装甲で大幅に劣るチャーチル・マチルダなどの英戦車だが、それでも独戦車に勝る部分が幾つかある。そのひとつが不整地での登攀能力だ。独戦車ならば立往生してしまうような険路でも容易に登っていってしまう。
ダージリンがパーシングの息切れを把握していたのは間違いないだろう。結果、彼女が選んだ戦法はパーシング四両を囮としての英戦車での山登りだった。90mm砲を搭載した重戦車四両ともなれば、マジノ戦の時のように無視してフラッグ車を目指すのは難しい。黒森峰の予測した定石に捕らわれないパーシング車長の動きもその混乱を増幅させた。
既にマチルダは山岳の中腹あたりに半包囲するように配置され、整然と一定間隔おきに一斉砲撃を仕掛けてくる。互いにそれなりに距離を持ちながらもタイミングが狂わないのは、流石聖グロリアーナと言うべきか。
海辺の小さな町という事もあり、そう頑丈な遮蔽物がある訳でもない。連続の砲撃に晒され、たちまち削り取られてゆく。
「このままでは時間の問題か……」
まほは戦況を確認し、傷ついた各車両に号令をかけた。
「次の砲撃から装填までの間を使い、一斉に動く。次の交差点の建物の影に向かえ」
この状況での突撃は困難だ。如何な頑強な独戦車とはいえ、その上面はマチルダの砲撃でも容易に貫通してしまう程の薄さしかない。
砲撃が来る。建物の隙間を抜けた砲弾がパンターの直上を撃ち抜いた。
『黒森峰女学園・パンターG型、走行不能!』
放送を聞きつつ、ティーガーは次の交差点を目指す。そこに駆けてくる三両のパーシング。
「……みほ、頼むぞ」
まほはそう呟き、パーシングに迎撃の砲火を放った。
山岳中腹部。まほ達を見下ろす位置のやや開けた場所にチャーチルは構えていた。
「……流石は黒森峰、対応が迅速ですわね」
双眼鏡を下ろし、車内に戻ったダージリンはそう言うと車長席に置かれたティーカップを手に取り紅茶を飲んだ。試合が始まってから初めての一口だ。
「次からは坂道でも飲めるように、カップ置きにバランサーを付けましょうか」
「何の意味が……」
呟きつつも装填手のオレンジペコは淀みない動きで次弾を装填する。
「これで14対11。このまま行けば良いのですが……」
「……まあ、そうはいかないでしょうね」
アッサムの言葉にダージリンは平然と返した。実際、この程度で押し切って勝てる相手ならば昨年のプラウダが倒しているだろう。
その時、離れた場所で別の砲声が響いた。数秒後に放送が流れる。
『聖グロリアーナ・マチルダⅡ、走行不能!』
「……ね」
「来ましたね。おそらくは……西住みほ」
ダージリンはその放送を聞き微笑んだ。アッサムが頷く。
『こちら7号車ルクリリ、申し訳ありません! 敵ティーガー、背面に回り込んでいます!』
その推測を裏付けるように、撃破されたマチルダからの通信が届く。
「ここまでは目論見通り……さて、仕上げは上手くいくかしら?」
楽しげに呟くと、ティーカップを音もたてず皿に戻しダージリンは通信機を手に取った。
「ポイント22地点。来るわよ、ニルギリ」
「……よし」
眼前のマチルダから白旗が上がったのを確認し、ティーガー車上のみほは次のマチルダが狙撃を行っているポイントに進路を向けた。その外装には幾つもの木の枝が取り付けられ、即席の迷彩となっている。
みほは空を見上げた。発生していた入道雲が町の近くまで来ている、荒れる天気になりそうだ。周辺を確認しつつ、まほへの通信を行う。
「一両撃破。お姉ちゃん、このまま順に撃破してゆくから包囲が弱まったところから抜けて」
『分かった。こちらだがパーシングの抵抗が思ったより激しい。何とか持ちこたえるが出来るだけ急いでくれ』
「……うん、任せて」
頷き、通信を終えるとみほは次の指示を搭乗員に飛ばした。
「このまま隠れつつ次の敵の狙撃位置を目指します。移動しているかもしれませんから、慎重に向かってください」
「了解しました!」
木々の密集していないところを低速で進む。敵は山全体に展開しているが、その分各車両の間隔は広い。町のまほの部隊への攻撃を緩める事も出来ない状況で密集して迎撃する可能性は低いとみほは読んでいた。
「……止まって!」
しばらく進んだ後、みほは停車を指示して双眼鏡を手にした。
その目線の先、約2000m程の距離に見えるマチルダの敵影。その砲身は町に向けられている。
マチルダの装甲を貫通するには十分な距離。やや遠いが……
「ここから狙います。外した場合は即座に退避」
「了解!」
装填を終え、砲手が狙いを定める。みほは双眼鏡越しにマチルダの挙動を伺う。町中に向けて砲撃を行った。直後、車体が止まる。
「撃て!」
指示と同時に砲撃が放たれた。88mm砲の徹甲弾が吸い込まれるようにマチルダに当たる。
数秒後、白旗が上がった。
『聖グロリアーナ・マチルダⅡ、走行不能!』
「これで二両……すぐに次のポイントに……」
その時、みほは視界の端に何かを捉えた。マチルダとは違う、何か素早い影。
「あれは……」
双眼鏡で確認しようとするが、その速度は早い。捉えようとすればすぐに視界から逃れてしまう。
「マチルダⅡの速度じゃない、だったら……」
みほは車内に戻り、地図を広げると緊張した表情で搭乗員に言った。
「交戦に入ります。この付近で崖になっている所に向かって下さい」
太陽に厚い雲がかかり、ティーガーの車体に影を落とした。
嵐が、近い。
観客席では、モニター横の戦力表示に変化が起きていた。
聖グロリアーナ側の戦力の一番下。シークレットになっていた箇所が回転し、名前を表示する。
『クロムウェル』
「……私はね、ペコ」
「はい?」
再び優雅に車長席に腰かけ、ダージリンはペコに言った。
「この試合、まだ私たちが押されていると思っているの」
「そ、そうなんですか?」
「ええ」
西住姉妹を切り離す事は出来た。まほには半包囲からの砲撃とローズヒップのパーシング。そしてみほのティーガーにはクロムウェルとクルセイダー二両。
クロムウェル単体でティーガーの相手をするとなると足が速いだけで勝負にはならない。だが機動力で勝る3対1、ティーガーの足を十全に活かせぬ山岳地ならばどうか。
ここが勝負どころだ。フラッグ車であるまほを撃破できれば勿論、みほを撃破しても黒森峰の士気は崩壊する。
「……こんな格言を知ってる? 『競争は速い者が勝つとは限らず、戦いは強いものが勝つとは限らない』」
そう言うと、ダージリンは微笑みつつもう一口紅茶を飲んだ。
カタクチイワシは虎と踊る 第二十七話 終わり
次回「二匹の虎の牙と爪」に続く