カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第三十三話 魔女とイワシと母虎と

 大洗女子学園・特別応接室。一般的な訪問者ではない人物を迎えるために用意された、通常の応接室より内装、調度品共にワンランク上の部屋である。

 

 

「どうぞ、粗茶ですが」

 生徒会副会長の小山柚子は、アンチョビらを呼びに行った河嶋桃の戻りの遅さを内心心配しつつもそれを表には出さず、静かに湯飲みとお茶請けを差し出した。

「こちらこそ、急な訪問にお応えしていただいて申し訳ないわね」

 差し出された側のソファに座る、葡萄酒色のフォーマルドレスに身を包んだ女性。穏やかな微笑を浮かべたまま、頭を下げてから茶を少し飲む。

 

 ニンジャ戦術とも呼ばれる奇襲戦法で名を馳せ、日本戦車道において西住流と並び競う名門、島田流。その家元である島田千代と直接会うのは柚子も当然初めてである。

 しかし、非凡な人物の持つ独特の空気とでも言えば良いだろうか。来客であるはずの彼女が、まるでこの部屋の主人であるかのような錯覚を柚子は感じていた。

 

 コツコツとノックが鳴る。慌てて柚子は立ち上がり、ドアを開けた。

「申し訳ありません、お待たせしました。生徒会長の角谷です」

 流石に来客に対してまでは普段の態度は取らず、ドアの向こうにいた角谷杏は一礼して入室してきた。その後に続く三名の少女。河嶋桃、アンチョビ、エリカ。

「えー、こちらは生徒会広報の河嶋、あとこの二人はうちの戦車道の……」

「そこからは存じておりますわ。隊長のアンチョビさんに……副隊長の逸見エリカさん。逸見さんとは、昨日の試合で偶然お会いしました」

「……それは奇遇ですね」

 

 ―――『偶然』ねえ。

 

 表面上の言葉とは裏腹に、杏はそう思いつつソファに座った。

 

 

 カタクチイワシは虎と踊る 第三十三話 魔女とイワシと母虎と

 

 

 杏は接待用のスマイルを緩やかに保ちつつ眼前の千代の微笑みを見る。油断できる相手ではない。

 日本戦車道においての存在感こそ西住流に譲るが、海外にも道場を持ち、国際的な知名度では西住流を上回る流派、島田流。派手なプロモーションや道場展開の裏には様々な噂も付きまとう。その島田流の家元が、決勝前のこの時に訪れた理由は何か。

 

「大洗には初めて来たけれど、良いところね。学園艦と言うとその学校の特色が出過ぎるきらいがあるけれど、ここは非常に落ち着いていて、陸地と間違えそうになるわ」

「いやあ、そんな事は……古いだけが取り柄の、小型学園艦ですから」

 千代の世辞に謙遜して返す杏。少しだけ横を見る。こちらのソファに座るのは4人。千代から向かって右から桃、杏、アンチョビ、エリカ。こういう場面に弱い桃が完全に固まっているのは仕方ないとして、戦車道の重鎮という事もあるのだろう。アンチョビやエリカも少なからず緊張しているようだ。

「あの……昨日は、お世話になりました」

 エリカが改めて頭を下げる。

「ふふ、あの時『近いうちに』とは言ったけど、思ったより早くお会いできたわね。帰りは大丈夫だった?」

「それが、高波で連絡船が止まってしまって……結局、学園艦関連の旅館に泊まらせていただきました」

「……それは大変だったわね」

 気遣うような千代の言葉。その時、柚子が杏たちの分の茶を淹れて持ってきた。丁寧に並べると、盆を持ったまま横に控える。既に4人座っている事もあり、立ったまま話を聞くつもりのようだ。

 杏は茶を少し冷ましながら飲むと、湯飲みを置いて千代に言った。

「さて……では、用件の方を伺っても宜しいでしょうか? 島田流家元直々に、わが校の戦車道の視察に来られただけ……では、ないですよね?」

「ええ」

 推し量るような杏の言葉に、千代は微笑みを崩さずに短く答えた。横に置いていたショルダーバッグから、折りたたまれた何枚かの書類を出す。

「……島田流はこの高校戦車道の決勝戦、大洗を全面的に支援したいと思っているの」

「支援……ですか」

「先の準決勝のアンツィオとの試合での大洗側の出場車両数は……確か、7両だったわね。それから戦力の増強はできたのかしら?」

「それは……」

「二両。三式中戦車とポルシェティーガーが加わったが……それだけだ」

 千代からの質問に素直に回答するか杏が迷っている間もなく、アンチョビが答えた。その目は緊張しながらも、真っ直ぐに千代を見ている。

 アンチョビの答えに千代は頷いた。

「珍しい戦車があったものね……でも、それでも9両。対して黒森峰は編成上限の20両。それもティーガーを初めとする強靭な独戦車を揃えてくる。どんな相手だろうと、黒森峰は、西住流は決して手は抜かない。今のままでは、大洗に勝ち目は無いわ」

「………」

 アンチョビは答えない。千代はそれを肯定と受け取ったのか、手にした書類を机に広げた。

「……申請書?」

 杏はその書式に見覚えがあった。つい先日、ペパロニ達を大洗に迎え入れるために用意した書類と同じものだ。すなわち、高校戦車道・戦車レンタリース申請書。それが複数枚。

 だが、問題はそこに書かれている内容だった。横で机上の書類に目を走らせていた桃の声が驚きで上ずってゆく。

「ヨーグルト学園からⅣ号戦車1両……BC自由学園からオチキス1両……コアラの森学園からマチルダⅡ2両……サンダース付属からパーシング2両!? か、会長!」

 読み上げた書類以外にも何枚かある。全て、他校から大洗への戦車レンタリースと、搭乗員の短期転校を兼ねた書類だ。

「これは……?」

 杏は内心の驚きを隠しつつ尋ねた。千代は微笑みを崩さない。

「ちょっとした美談よ。『決勝戦に奇跡的に勝ち進んだ戦車道新設校。しかし決勝の20両対20両に挑むには圧倒的に車両数が不足していた。それを知った緒戦で敗れた他校が、打倒黒森峰の夢を託して戦車を送ってきた』……というね」

「……成程ね」

 

 無論、実際にそんな事が起きている訳ではない。如何に注目されていようと、相手の顔も知らない相手にいきなり戦車を送ってくる学校はそういない。そういうシナリオだ。

 杏はここまでの流れで、聖グロリアーナにパーシングを送ってきたのも十中八九、島田流であろう事を察していた。だが、幾らなんでも一校から10両以上の戦車を送るのは不自然に過ぎる。それを分散させ、美談のカモフラージュを乗せようとしているのだ。

 なりふり構わぬ手段である。それだけ、島田流としては黒森峰を、ひいては西住姉妹を、西住流の面子をここで潰しておきたいのだろう。

 しかし―――

 

「だ、だが、これだけの一斉レンタリースなんて可能なのですか!?」

 動揺しつつ桃が千代に聞いた。その質問は予測済みだったのだろう。平静を保ちつつ千代は答える。

「問題ないわ。だって、これは黒森峰にとって不利になる訳ではなく、『圧倒的大差』だった勝負が『五分と五分』になるだけ。仮にこれを高校戦車道連盟理事長の西住しほが握りつぶしたとしたら、それこそ黒森峰は、西住流は勝負から逃げた事になる」

「なるほど、それなら……!」

 桃の顔が紅潮してゆく。絶望的な戦力差が埋まり、優勝への道が見えてきたのだ。興奮しない方がおかしいだろう。

「会長、これで!」

 桃は勢いづいて横の三人を見て―――

「……え?」

 ―――その顔に疑問符を浮かべた。

 

 杏、アンチョビ、エリカ。三人は一様に肯定とは異なる、しかし各々が異なる表情を浮かべていた。

 一言で言い表すならば、エリカは懊悩、杏は推敲。アンチョビは書類を手に取り、何かを探すように注意深く読み進めていて顔は伺えない。

「ど、どうしたんですか、会長?」

「……んー」

 何時ものノリであれば、ここで二つ返事で申し出を受けるのが杏である。だが、今の杏は顎に指をあてて何かを考えている。

「まだ何か疑問が?」

 千代は静かに聞く。

「申し入れ自体は嬉しいし、有り難いと思うよ。でもね……」

 そこまで言うと、杏は真剣な表情で千代を見た。

「例えば、家元。あるスポーツチームがあって、そのチームのメンバーの6割がその試合だけの助っ人だったとして……それって、『実力で勝った』って言って納得されるかな?」

「あ……」

 その言葉で、桃は杏が何を考えていたかに思い至った。 

 

 確かに、この大幅な支援を受ければ勝率は大きく上がるだろう。

 しかし―――それで優勝したとして、文科省の学園艦管理局は納得するだろうか?

 元々、大洗の廃校を前提にしていた連中だ。素直にこちらの勝ちを認めるとは思えない。杏が危惧しているのはそこなのだ。

 下手をすれば、優勝しても難癖をつけられて約束を反故されるかもしれない。そうすれば、ここまでの全てが無駄になるのだ。

 

「……ま、とはいっても戦車の運用についてはこっちの隊長二人に任せてるからね。アンチョビ達が支援を受けるってのなら大歓迎だよ」

 そこまで言うと杏は相好を崩し、いつも通りの笑みに戻って左の二人を見た。

「どう、二人は?」

「……その」

 先に口を開いたのはエリカだった。膝に手を置き、背筋を伸ばして千代に向き直る。

「私は……私は、黒森峰から離れたとはいえ、未だ西住流の道場に札を残す身です。西住に身を置く者として、島田流のお手をお借りする訳にはいきません。私としては、支援を受ける事には反対です」

 そう言うエリカには、普段の強気な態度とは真逆な深い迷いがあった。

「……そう」

 エリカの言葉に、千代は気を悪くした風でもなく頷いた。

「ただ、私はあくまで副隊長です。反対の意は示しますが、最後の判断は隊長に一任します」

 そこまで言うとエリカはアンチョビを見た。

「隊長……判断を」

「ん? ああ」

 そう言われ、書類に顔を当てる程の近さで読んでいたアンチョビはようやく机の上に書類を戻し、千代に向き合った。その表情を見て、エリカは嫌な予感を覚えた。

 

「全く、随分とエグい事を考えたもんだな」

 その口元に浮かぶのは、笑み。

 エリカはその表情に見覚えがあった。相手の作戦を喝破した時、それに対する反撃策を思いついた時―――要するに「ろくでもない事」に考えが至った時の笑みだ。

 

「強引だとは自分でも思うわ。でも、この位しないと黒森峰には……」

「そうじゃない」

 説明しようとする千代の言葉をアンチョビは遮った。

 千代の表情から微笑みが消えた。そのまま彼女の言葉の続きを待つ。

「お、おい、安斎! 家元に対して失礼だろう!」

 気分を害したかと思った桃が慌ててフォローに入る。しかし、アンチョビはそれを気にする事無く言った。

「失礼なのはお互い様だ。島田流家元……こいつは私たちが勝つと思っていない」

「何?」

  怪訝な顔をする桃。千代はそのアンチョビに対して穏やかな口調のまま聞いた。

「何故、そう思うのかしら?」

「理由は3つ。まずひとつは、アンタの目だ。どんなに表面を装っても、本当に必死な奴ってのはどこかにそれが見えるもんだ。西住流を、西住姉妹をこの大会で叩き潰したいって割には、それが全く無い」

「……随分と主観的な見方に思えるわね」

「まあ、これは気付きのきっかけ程度だがな」

 千代の静かな抗議にアンチョビは更に言う。

「二つ目は、この支援の戦車だ。実際よく考えられてる……考えられて、全体ではしっかり黒森峰に劣る戦力で揃えられてる。加えて、改装型がある戦車は軒並み旧型だ。このオチキスとか、よく見たら旧砲塔型のままだしな」

 書類を机の上に広げる。それに反論する桃。

「ま、待て安斎、それは言いがかりだろう! 家元は、この状況の中で戦車を用意して申し入れてくれているんだぞ!?」

「私も最初はそう思っていたさ。でもな……」

 アンチョビは千代を見た。小首を傾げる千代。

「……でも?」

「本気で私たちに勝ってもわらないと困るなら、ここにセンチュリオンが入ってないとおかしいんだよ。これが三つ目だ」

「………」

 

 巡行戦車センチュリオン。戦車道のレギュレーションである1945年以前の戦車(ペーパープラン含む)において投入可能な、おそらくは最強の戦車。その名前は戦車道を学ぶ中で桃も知っていた。それを大学戦車道が所有している事も。

 火力・装甲・速力、全てに高いバランスが保たれ、戦時中に開発された戦車ながら戦後のMBT(メイン・バトル・タンク)の手本として戦後第一世代戦車として扱われた機体だった筈だ。

 

「それこそ軽戦車や旧型戦車の数だけ揃えて申し入れてくるより、数を絞って送ってくる方が遥かに目立ちにくいしリスクも少ない。少なくとも、ここまで大っぴらな手段を使う必要は無いはずだ」

「………」

 千代は答えない。まるでアンチョビがどこまで彼女の正解に近づくのかを試すように。

「家元。おそらくだが、アンタの狙いはデータ収集じゃないか? 大学に上がってきた西住姉妹を、より確実に倒すための」

「大学で西住姉妹を……倒す?」

 桃が尋ねる。アンチョビはゆっくりと答えた。

「ああ。緊張で飛んでいたが、段々思い出してきた。高校戦車道に西住姉妹がいるように、大学戦車道にも天才と呼ばれる島田の……」

「……ふふっ」

 千代が笑った。それは先ほどまでの社交的な形だけの笑いではなく、感心と愉快さが含まれた笑いだった。

「やはり直接会ってみるものね。アンチョビ隊長、評判だけで貴方を判断していた事をお詫びするわ」

「それは、どうも」

 千代の言葉に不敵な笑みで返すアンチョビ。千代は机上の書類を手に取ると纏め、バッグに戻した。

「でも、決勝戦を楽しめるものにしたいというのは私の本心よ。だから……”支援射撃”程度は許してもらえるかしら?」

「無礼をした相手に、随分と気前が良いじゃないか?」

「『正解』した回答者へのプレゼントと思ってくれればいいわ」

 両者は視線を交わす。互いに笑顔にも関わらず、桃は室内の温度が下がっているかのように感じた。千代が立ち上がる。

「忙しいところ、失礼したわね」

「いえいえ。こちらこそお構いできなくて……小山、案内を」

「あ! は、はい!」

 千代の礼に合わせて杏が頭を下げた。これでこの話は終わりという合図だ。場の緊張感に呑まれていた柚子が慌ててドアを開け、彼女が乗って来た大型ヘリのあるヘリポートまで案内しようとする。

「……ごきげんよう」

「……ごきげんよう」

 千代とアンチョビはそう言葉を交わし、そしてドアは閉められた。

 

 

「………」

「………」

「………」

「……あああ」

 応接室に残された4人は、しばらく座ったままでいた。それを破ったのは桃の嘆息である。

「あああ安斎! せめてパーシングくらい借りても良かったんじゃないか!?」

「まあ、チョビ子が要らないって言うんだからしょーがないね」

 未だに未練を残す桃に対し、杏の反応はあっけらかんとしていた。腕を上に伸ばし、アンチョビの方を見る。その視線に鋭さが混じる。

「……でも、あそこまで啖呵を切ったからには頑張ってもらうよ?」

「勿論。これで勝たなかったら恥もいいところだ」

「……すまないわね、隊長」

 エリカが静かに言った。気にせずに手を振るアンチョビ。

「気にするな。お前が乗り気だったとしても断るつもりだったんだし。それより……」

「それより?」

「……逸見、さっきの『西住流に札を~』って話、アレは嘘だよな?」

「え?」

「きっちりしてるお前の事だ。黒森峰から出るとき、その辺りのケジメも付けてきたんだろ?」

「………」

 エリカは答えない。しかしその反応が何よりの答えとなっていた。

「……後で話すわ。気持ちが落ち着くまで待ってて」

 それだけ言い、エリカは沈黙した。

「いやー、それにしてもチョビ子、度胸あるねー。島田流家元相手によく言ったもんだよ」

「フン、こっちを馬鹿にしたような提案をしてきたんだ。舐められては話にならないからな」

「いや、そうじゃなくて」

「え?」

「島田流家元は大学戦車道連盟の理事長も務めている。安斎、大学に上がっても戦車道を続けるなら間違いなく睨まれるぞ?」

「……え?」

「……まさか、それを考えていなかったとか言わないわよね?」

「………」

「今更震え始めないでよ!」

 

 

 柚子に案内されたヘリポートでは、陸自でも利用される大型ヘリCH-47が既に発着準備を整えていた。

「また来させていただくわ。会長さんにも隊長さんにもよろしく伝えておいてね」

「は、はい!」

 柚子にそう言い残し、千代はヘリに乗り込んだ。30人余りが搭乗できる広い搭載部には専用席が二つ設けられ、そのひとつには誰かが座っている。

「……寝ていなくて大丈夫なの?」

「大丈夫。酔いは覚めたから」

「戦車以外の乗り物にも、もっと慣れないといけないわね」

「ごめんなさい、お母様」

 まだ幼さを残しながらも、どこか落ち着いた少女の声。千代は自分の席に座った。

「……お母様、何か楽しい事があったの?」

「どうして?」

「今のお母様、戦車に乗っている時と同じ顔をされているから」

「……そう」

 千代はそう言われ、優しげに隣に座る少女に笑いかける。

「さて……忙しくなるわね」

 少女にも聞こえない声で、千代は小さく呟いた。

 

 

「……東富士演習場が使えない?」

 戦車道連盟本部。理事長室において西住しほは眼前の壮年、戦車道連盟理事長・児玉七郎に対し静かな怒りと共に問い返した。

 

 東富士演習場。戦車道において「聖地」と呼ばれる場所である。

 高校戦車道全国大会において準決勝までの試合会場はルーレット方式でランダムに決められるが、決勝だけはその演習場で固定されていた。

 緑豊かな平原と森、山が広がり、場合によっては市街戦に持ち込む事も可能な、総合力を問われる試合会場だ。

 当然ながら、今年の高校戦車道もそこが決勝戦の舞台となる予定だった。

 しかし、連盟本部に来たしほに対して言われたのは試合会場変更の要請だった。

 

「その、大学戦車道が同演習場を別の日に使用する事は西住さんも知っていたと思うんだが、各大学と社会人戦車道チームの予定の調整が難航していて、どうしてもその日でないと演習が困難という事になってだね……」

「その為に高校戦車道連盟が譲れと?」

 しほの言葉は鋭い。理事長は光る頭に汗を浮かべつつ答えた。

「代替案として、大学戦車道連盟から別会場での提案も貰っているんだが……東富士に引けを取らない大規模な……」

「ならばそこを大学側が使えば良いのでは?」

「もっともなんだが……国際試合を想定した試合を行える場所となると東富士がベストという事で、要望が強く来ていてだね……」

「それは『何処』からの要望ですか?」

「………」

「……そうですか」

 理事長の沈黙に、しほはここで彼に抗議をする事が無意味であると悟った。

 おそらくは戦車道連盟の更に上、文科省が動いている。

 そして、大学戦車道と文科省を同時に動かせる人物となると―――

 

(小賢しい真似をする)

 

 しほは理事長がおずおずと差し出した図面を手に取った。そこには、ベルリンを思わせる巨大な都市の地図が広がっている。

 

(西住に「逃げる」という言葉は無い。正面からただ撃破するのみ)

 

「……承知しました。すぐに変更の対応と手続きを行います」

「申し訳ないね、西住さ……」

「失礼します」

 理事長の言葉を待たず、しほは背を向けて退出した。それを咎める言葉はない。理事長自身もこの要望が理不尽であると理解しているのだろう。

 しほは廊下を足早に歩きつつ思う。過信ではない確信を。

 

(―――そして、私の娘たちに「敗北」の二字は無い)

 

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第三十三話 終わり

次回「探るはイワシ、出会うは虎」に続く

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