カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第四十三話 決着

 ───決勝前日、大洗女子学園・生徒会室

 

 

「……とまあここまでが、西住姉妹を分断させるまでの流れだ」

 ホワイトボードに書かれた試合会場の大まかな図面。アンチョビはそれを乗馬鞭で示しつつ、一旦言葉を止めた。

 ホワイトボードの前には来客用のテーブルとソファが並び、各チームの車長が各々座っている。翌日に決勝を控えた中での、作戦の最終確認である。

 

「いやあ、改めて聞いても無茶な作戦だねー」

 干し芋を齧りつつ杏が言った。

「陸橋爆破、障害物の設置、中立の連盟車両の利用……隊長? アンタ、本気で『戦争』やってるつもりじゃないでしょうね?」

「正面からの勝負で私たちは絶対に勝てないからな。ここまでやってようやく4対6……いや、3対7かそれ以下だ」

 黒森峰の正統派の戦術からすれば邪道以外の何物でもない戦術である。皮肉混じりに言う逸見エリカに、アンチョビは真面目に答えた。再び作戦説明を続ける。

 

「そしてここから次の段階、『包み焼き(アル・フォルノ)』作戦に移る。まず、東側の私を中心とした部隊が西住まほの撃破を試みる。それまで西側のエリカを中心とした部隊は爆破した陸橋の辺りから西住みほの部隊を牽制。本格的な戦闘に持ち込ませないよう、迎撃に徹してくれ」

「了解」

「アンチョビのP40で誘い込んで、ヘッツァーとⅢ突での狙い撃ち……成功させないとね」

「任せてくれ、必ず仕留めてみせる」

 頷くエリカ、不敵に笑う杏、腕を組みつつ断言するカエサル。

「黒森峰は決めの試合では高確率で妹のみほのティーガーをフラッグ車に指定している。姉のまほのバックアップがある限り、撃破は難しいだろう。まほを撃破してから本格的にフラッグ車の撃破に移る」

「私たちの八十九式で煙幕を張って、副隊長が敵フラッグ車を誘い出す……ですね」

「ああ、継続高校戦の時よりも大変だとは思うが、お前たちアヒルチームがこの作戦の要だ。頼む」

「任せてください! 根性見せます!」

 アンチョビの言葉に、典子が拳に力を込めつつ答えた。

「ボクらの三式とカモチームのB1bisは、それ以外の敵の足止めだね」

「そして学校に誘い込んで、中庭に入った所を私たちのポルシェティーガーで塞ぐ、と」

 ねこにゃーとナカジマが言った。

「レオポンは塞ぐ時の車両の角度に気を付けておいてくれ。それだけで大幅に損傷率を下げられる筈だ。アリクイとカモの両チームは、悪いがここで体力を使い切るつもりで撃ち続けてくれ」

「が、頑張ります!」

 二人の言葉にアンチョビは補足した。そど子が緊張しつつ返事をする。

「あの、私たちはどこまで偵察していればいいですか?」

 梓が挙手して尋ねた。

「この作戦は、分断された東西の敵味方の動きの情報が重要になる。ウサギチームは東側の決着が着くまでは偵察。その後は状況を見て遊撃として動いてくれ」

「分かりました!」

 元気の良い返事。アンチョビは改めて全体を見渡した。

「……この作戦は、どこか一か所が破綻しても失敗する作戦だ。私自身も必ずまほを仕留めてみせる。どうか皆も最善を尽くしてくれ」

『はい!』

 声を揃える一同。

「そして、最後は私達のⅣ号とみほのティーガーとで一騎打ち……か。責任重大ね」

 エリカが言った。先程までの皮肉めいた笑みは影を潜め、その表情には決意が浮かんでいる。

 

「……やれるか?」

 アンチョビの率直な問い。エリカは静かに答えた。

「やるわ。約束したもの」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第四十三話 決着

 

 

 決勝戦会場・観客席外れ、自らが作った特設席に座るダージリンとオレンジペコ。

「まさか、ここまでもつれ込むなんて……」

 ペコがそう感嘆すると、ダージリンがカップをテーブルに戻しつつ言った。

「まさに『虚仮(こけ)の一念岩をも通す』と言ったところかしらね」

 その言葉にペコは違和感を覚えた。些か”らしくない”引用だ。

 

 同音異義語である「苔」と誤解されがちだが、本来は「虚仮」という文字を当てるのがこの格言の正しい使われ方である。虚仮とは、思慮が浅く愚かな事。また愚かな人を示す。つまり「愚か者でも意思を貫けば大きな事を成せる」という意味だ。

 当然、ここで言う「愚か者」とは大洗の面々を示す。他人を露骨に批判する事の無いダージリンが言うにしては、少し辛辣な言葉だとペコは思った。

 

「あの、ダージリン様。ひょっとして、少し悔しがってませんか?」

「………」

「……そうなんですね」

 『沈黙は口論よりも雄弁である』とはトマス・カーライルの言葉だったか。ペコはそう思いつつ、微笑みを浮かべたまま返事をしないダージリンに言った。この聖グロリアーナ女学院の隊長を務める少女はおよそ高校生らしからぬ達観と余裕を持つと同時に、やはり高校生らしからぬ子供っぽさを持ち合わせている。

 ただ、その気持ちがペコにも分からなくはなかった。英戦車しか使わない聖グロの伝統を曲げてまでパーシングを準決勝で投入したにも関わらず倒せなかった黒森峰。それを自分たちより遥かに劣る戦力で決勝に挑んだ大洗は西住まほを撃破し、今こうしてフラッグ車同士の直接対決まで持ち込んでいる。そこに羨望を感じるのは当然だろう。

「戦ってみたいものね。私達も、彼女らと」

 そう言いつつ、ダージリンはモニターに目を向けた。

「戦えますよ。大洗が優勝すれば、エキシビジョンで」

 ペコも答えつつ、改めて膝を正して視線を向ける。

 モニターに映る、校舎の中庭で向かい合う二両の戦車。先にⅣ号戦車が動いた。円を描くように進み、中庭から再び校舎の間へと抜けてゆく。それを追うティーガーⅠ。

「……ん?」

 モニターの片隅に映る、別カメラからの映像。ペコの目がそこに止まる。

「どうやら、まだ何かするみたいね……あの隊長さんは」

 ダージリンが微笑む。

 高速道路上、CV38は全速力で走りつつどこかを目指していた。

 

 

 88mm徹甲弾が白塗りの校舎の壁に撃ち込まれる。

 高校中庭。中庭という響きとは裏腹にその構造は非常に広い。グラウンド並みの大きさの広場を中心として体育館などの幾棟かの建物が並び、それがより大きい校舎によって囲まれている。

 Ⅳ号戦車は円を描くような動きでみほのティーガーを牽制しつつ建物の間に入った。エリカは後方を警戒しつつ指示を出す。

「相手の後方に回り込む隙を作るわ。華、次のところを左折したらすぐに右折。視界から逃れてから停止」

「分かりました!」

 短く答え、操縦席の華は操縦桿を手際よく捌く。速度こそ同等だが、一回り小さいⅣ号の方が小回りではやや上回る。その後ろを追ってくるティーガーの音。それが僅かだが遠ざかった。

 縦長の校舎をぐるりと回り込むように動く。上手く行けばやり過ごし後方を突ける筈だ。

 その時、ティーガーの方向から発砲音が届いた。僅かの間を置いて爆発音。

「榴弾……?」

 みほが無暗に撃つような真似をする筈がない。エリカのその疑問は、壁沿いに走り次の角を曲がった時に明らかになった。進行方向のやや先に崩れた瓦礫の山。上を見れば、校舎の一部が破壊されている。

「後退急いで。回り込まれるわ」

 こちらの動きを読んでいたか。後ろを見つつエリカは華に言った。前進を止め、後ろに走り出すⅣ号戦車。エリカは耳を澄ました。ティーガーの走行音は聞こえない。

 

───聞こえない?

 

「まずい! 華、緊急停止! 優花里、榴弾を装填して前方の瓦礫を壊して!」

 半ば直感的な指示だったが、それが正解だった事をエリカは1秒後に知った。

 Ⅳ号戦車が今にも下がろうとしていた位置の壁が爆ぜた。窓ガラスの破片が舞い、粉塵が巻き起こる。

「嘘、校舎ごと撃ち抜いてきた!?」

 通信手席の沙織が驚く。

「装填完了!」

「撃て!」

 優香里の報告に間髪入れずエリカが返す。放たれた榴弾は前方に撃ち込まれ、瓦礫を四方に吹き飛ばした。まだ残ってはいるが、Ⅳ号であれば乗り越えられる程度にまで障害は減った。

「全速前進!」

 唸りを上げてⅣ号が走り始める。その数秒前までいた位置に撃ち込まれる88mm徹甲弾。

 

 装填速度が早い。黒森峰を代表するティーガーⅠ、その搭乗員は車長以外もメンバーの中で屈指の実力者で揃えられている。少女が持つには余りに重い88mm砲弾を立て続けに装填できる装填手と、車長の狙いと100%合わせられる砲手。やはり車長の意思通りの動きを可能にする操縦手。それらを逸見エリカは知る。

 

 更に後方に一発。88mm砲は1500mの距離からなお100mm近い鉄板を撃ち抜ける。薄い壁とガラス程度の遮蔽であれば紙同然だ。

「華、止まって!」

 突如、エリカは停止の指示を出した。今度は前方の壁が弾け飛ぶ。

 

 だが、それより恐ろしいのは視界が防がれた状態での予測射撃の正確さだった。榴弾によって前方を防いだ上でその後のⅣ号がどう動き、どこでどの位置に来るか。それはⅣ号戦車の制動距離や加速力、速度、そして相手がどう判断するかを把握していなければ不可能な狙いだ。

 定石で考えれば有り得ない戦術。それを可能にする、みほの知識と経験と練度とはどれ程の物か。

 

「くっ……!」

 至近距離での砲撃で耳鳴りが酷い。エリカは頭を振って回復させつつ言った。ティーガーのエンジン音が僅かに聞こえる。

「!?」

 後方から一際大きな破砕音。徹甲弾で相当に崩れていた壁を完全に壊しつつ、ティーガーが現れる。ガラス片や鉄片が残っているだろうに、砲塔からは一人の少女が身を出していた。誰かは確認する必要もない。

「全速前進、次の角を曲がって! 優花里は砲塔転回。後方のティーガーに撃ち続けて! 吞まれたら負ける、沙織も装填の補助に回って!」

「了解であります!」

「わ、分かった! 任せといて!」

 素早く指示を飛ばし、エリカは後方のみほを見た。

「ったく……本っ当に、変わってないわね!」

 

 相変わらず恐ろしく正確で、恐ろしく大胆で、恐ろしく強い。

 だが、勝つと決めた。

「撃て!」

 エリカは乾いた唇を湿らせると、彼女を見据えたまま砲撃の指示を出した。 

 

 

 エリカがこちらを見ている。砲塔から身を出しつつ、西住みほはそれを正面から受け止めた。

「このままⅣ号を追います。行進間射撃を続けてください」

 Ⅳ号から放たれた75mm徹甲弾がティーガーの車体を掠めた。そのまま逃げようとするⅣ号に狙いをつけつつ搭乗員に指示を出す。

 車体に乗っていたガラスの破片がパラパラと落ちる。みほは髪にかかったコンクリートの粉を振り払いつつ考えた。

(逸見さん、強くなってる……)

 

 過去のエリカであれば───黒森峰の定石しか知らなかった彼女であれば、今の建物越しの砲撃で仕留められる筈であった。しかし、それを彼女は躱した。今もこちらの攻撃に怯む事無く反撃を続けている。

 みほはあの日の隊長室の光景を思い出した。自分を「化物」と呼び、深い絶望を浮かべたまま部屋を去っていったエリカの姿を。

 あれから数か月、エリカがどのような経緯で大洗に移り、そして辞めた筈の戦車道を始めたのかをみほは知らない。しかし、それからの彼女が向こうでどのような仲間と出会い、どのような戦いを経てこの決勝まで来たか、それはこうして走り合い、撃ち合う中でみほに伝わってきていた。良い友人と共に、壮絶な戦いを勝ち抜いてきた事を。

「……勝ちたいな」

 ふと言葉が漏れる。みほは自分が発したその言葉に小さな驚きを感じた。

 強くなった彼女とあくまで正面から戦い、勝ってみたい。

 それは今まで「勝たないといけない」という強迫観念でしか勝利と向き合っていなかったみほにとって、未知の感覚だった。そして、心地よい感覚だった。

 

「大洗女子学園・B1bis、走行不能!」

 

 放送が流れる。増援部隊の足止めを敢行していたB1bisだが、1両では限界があったか。これで増援部隊も学校側へ向かう事ができる。

 現在、校舎のゲートは大洗のポルシェティーガーが封鎖しているが、それを黒森峰が破るのは時間の問題だろう。そうなれば、勝敗は決する。増援でエリカのⅣ号を囲み、圧殺して終わり。

 その終わり方は確かに黒森峰の勝利だ。しかし、みほはその勝ち方でこの勝負を終わらせたくないと思った。

「もう一度、Ⅳ号を広場まで誘導させて決着をつけます。距離を置きつつ追撃してください」

 みほはそう指示し、Ⅳ号戦車を追った。

 

 

『こちらカモチーム、やられました! 後はお願いします!』

「よく持ちこたえてくれた! ゆっくり休んでいてくれ!」

『冷泉さん! 優勝したら遅刻回数ゼロにしてあげるから、頑張りなさいよ!』

「おお……!」

 後方からのティーガーⅡの攻撃を警戒しつつ走るCV38車内。

 カモチームからの最後の交信にアンチョビは答え、麻子は珍しく瞳を輝かせた。

 

 登り口から高速道路に上がったCV38に、ティーガーⅡは執念深く追い付いていた。こちらの動きを察知し、強引にショートカットをしてきたか。重量70t近くある巨体がアスファルトを削りつつ追いすがる姿は、CV38の小ささも相まってネズミを追う巨獣のようでもある。

 恐ろしいのは、その巨体と重さでありながらも最高速は時速38㎞とティーガーⅠとほぼ同等で、更にアンチョビ達の乗るCV38の最高時速42㎞と僅差であるという事だ。無論、エンジンにかかる負荷は相当なものだが、それを黒森峰は細やかなメンテナンスと、決勝まで本車輌を温存していた事で凌いでいた。

 

「無茶苦茶だ! 下手すれば高架が崩れるぞ!」

「説得力があるな」

 88mm砲が右のフェンスを撃ち抜いた。それに焦りの声を上げるアンチョビと、それに落ち着いた口調で返す麻子。

「で……どうするんだ? このまま逃げ続けるつもりじゃないよな?」

「ああ、あと少しでポイントに到着だ」

 そう言いつつ、アンチョビは手元の地図を広げた。高速道路に『A』と書かれた点、エリカ達が現在戦っている高校に『B』という点が書かれており、その二点は道路を無視した奇妙な線で結ばれている。麻子は嫌な予感を覚えつつ尋ねた。

「これは?」

「幸いこの辺りは建物が密集してる。高速道路の上からビルの屋上をだな……」

「分かった。もういい」

 アンチョビの説明を麻子は途中で打ち切った。

「隊長、いつからウチはサーカス団になったんだ?」

「普通に向かっても学校付近の敵増援にやられるだけ。到着できる可能性があるなら、それをやってみようじゃないか」

「……上のそれ、捨てたらどうだ?」

 麻子が示すのは、車体上に括りつけられた板状の物体だ。今もバタバタと音をたて、僅かながら抵抗を生んでいる。

「これはダメだ! まだ、使う可能性がある」

「到着できればな」

 高速は大きなカーブへと差し掛かった。アンチョビは銃座につき、狙いをつける。

 20mm機関砲が火を吹き壁の一部を吹き飛ばした。見えるのは空とビル群。

「行くぞ、舌を噛むなよ」

「頼む、麻子!」

 顎を引き、衝撃に備える。

 速度を一切落とさず、CV38は宙を舞った。

 

 

 逃げたと見せかけて方向転換するⅣ号。すれ違いざまに砲撃を交わす。

 Ⅳ号戦車とティーガーの戦闘は続いていた。交差した際に近づき過ぎたか、Ⅳ号右側のシュルツェンが火花を散らしつつ外れ、後方に転がってゆく。

「煙幕は残ってる!?」

「あと一本です!」

 エリカは車内の優香里に確認した。即座に返事が返ってくる。万一の際の備えではあったが、迂闊には使えない。

「次、右に曲がって」

「それでは、広場に戻りますが……」

「大丈夫。それでいいわ」

 やはり小手先の技では通用しない。こちらの全力の一撃でなければ、彼女には届かない。

 

「大洗女子学園・ポルシェティーガー、黒森峰女学園・パンター、共に走行不能!」

 

『ごめん! 何とか1両は道連れできたけど、やられちゃった。ただ、ゲートを通れないようにして負けたから回収までの時間は稼げると思う』

「了解、ここで決めるわ」

 放送と共に届いたレオポンチームのナカジマからの通信に、エリカは頷いた。残り時間は数分から、十数分。

 

 やがてⅣ号は最初の広場に到着した。反対側から現れるティーガー、すれ違ったままこちらに向かってきていたか。

 

「………」

「………」

 

 エリカとみほは無言で視線を交わした。同時に喉頭マイクに指を伸ばし、搭乗員に指示を出す。

「沙織、優花里、今より早く装填って可能?」

「お任せください!」

「わ、分かった!」

 優花里と沙織からの力強い返事。

「沙織、すまないけど頑張って。できるだけ優花里に素早く砲手席に着けるようにしてあげて」

「大丈夫ー!」

「華、正面から一気に相手の後部に回り込むのってできる?」

「履帯が切れるかもしれませんが……」

「大丈夫、ここで決めるから」

「……分かりました。やってみせます」

 華からの静かな、しかし確信に満ちた答え。

 再びみほに視線を送る。向こうもほぼ同時に搭乗員への指示を終えたのだろう。マイクから手を離し、こちらを見た。

「………」

 

 信じよう、今まで戦いを共にしてきた仲間を。

 信じよう、自分が積み重ねてきたものが、相手に通じる事を。

 

「前進!」

 エリカの指示と同時にⅣ号が動いた。ティーガーにやや左に寄りつつ前進する。

「撃て!」

 75mm砲が火を吹いた。動き始めていたティーガーの側面を掠める。みほの口が動く。ティーガーの88mm砲から放たれる徹甲弾。辛うじてそれを回避する。

「今よ、回り込んで!」

 エリカが叫ぶ。一気に最高速まで加速したⅣ号でティーガーの背面に回り込んでの一撃。正面からティーガーを抜く事が困難なⅣ号戦車で可能な唯一の、そして履帯破壊を前提とした決死の策。

 ティーガーが動く。Ⅳ号から見て右に、全速力で。

「……これって!?」

 

 広場の中心部を対称に、まるで鏡合わせのように二両の戦車は動いていた。

 ティーガーの背面に回り込もうとするⅣ号と、その背面に回り込もうとするティーガー。

(何でティーガーがⅣ号の背面を!?) 

 エリカの脳裏に浮かぶ疑問。しかし、それは砲塔からこちらを見詰めるみほの挑むような視線で氷解した。

 増加装甲を施されたⅣ号の正面では、高確率で抜けるとはいえ絶対ではない。みほは、エリカ同様にここで決める事を決断したのだ。

(……よりによってこんな所で息が合うなんて!)

 冷水のような戦慄と敗北の予感がエリカの脳裏にによぎる。

 だが、その口元には無意識に笑みが浮かんでいた。

 

 こちらに向かうみほの眼には、感情があった。

 誰の為でもなく勝負に勝とうとする、必死さがあった。

 全力で挑んでくる相手を全力で倒そうとする決意があった。

 

(ああ、ここまでね)

 同じ動きをするならば、あとは戦車の性能と搭乗員がものを言う。ここに来て本来5人で運用するⅣ号戦車を4人で乗ってきたツケが回ってきた。おそらくはティーガーが先に撃つ。みほは外さない。白旗を上げるⅣ号のイメージが浮かぶ。

 しかし、不思議とエリカに悔いは無かった。

 これで廃校になるという悲しさはあった。だが、自分と仲間たちが可能な最大の戦術と作戦を出し切った事は確かだった。これで負けたと言うのなら、悔いは───

 

「ぁぁぁ……!」

 

 悔いは───

 

「ぁぁぁああ……!」

 

 悔いは───?

 

「ぁああああああああ!」

 

 声が、いや、叫び声が上から聞こえる。エリカは空を見上げた。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」

 

 轟音と共に、二両の戦車の間に何かが落ちてきた。

「麻子! 大事な事が分かった。これって死ぬほど怖いぞ!」

「そういう事はやる前に知っておけ」

 その物体から聞こえる二つの声。

 突然の事態にタイミングを逃したのか、ティーガーも攻撃をしないまま動きを止めている。

 エリカは呆気にとられ、

「……ははっ」

 やがて、笑いつつ言った。

「遅いのよ、馬鹿隊長!」

 そのCV38は奇跡的に動ける状態で着地していた。どうやってか知らないが、建物の屋上を伝ってここまで辿り着いたようだ。

 アンチョビは負けずに声を張って答えた。

「そっちこそ負けかけてたじゃないか、逸見エリカ!」

 

 エリカは再び口元を結んだ。どうやらまだ諦めさせてはくれないらしい。

「優花里、煙幕!」

 Ⅳ号から最後の煙幕が噴出された。みほとエリカの両者の間を煙が覆う。

 その煙幕から抜け出しつつ、アンチョビは叫んだ。

「エリカ、最後の手段だ。アレをやるぞ!」

 

 

 突然のCV38の乱入に、みほは僅かに取り乱したものの直ぐに持ち直した。あくまで狙いはフラッグ車であるⅣ号戦車。CV38の20mm機関砲はティーガーの正面には無力だ。『最後の手段』と言っていたが、こちらが背面を見せなければ相手の撃てる手は限られる。

「だったら……」

 みほは操縦手に指示を出し、ティーガーを大きく後退させて体育館にその背面をぴたりと付けた。これで後ろから狙われる事はない、それはCV38が無力化されたという事だ。

 周囲は先ほど展開された煙幕に覆われている。相手からもこちらの位置の把握は困難なはずだ。迂闊に撃てば自身の位置を教える事になる。先に手は出してこないだろう。

 

「………」

 

 眼を凝らし、耳を澄ます。僅かな兆候も見逃さないように。

『みほさん、今ゲートを抜けました! あと少し待っていてください!』

 小梅の声が聞こえる。ガリガリと車体が外壁を擦る音。ポルシェティーガーの回収を待たずに強引に入ろうとしているようだ。

「………」

 みほはそれに答えず、更に周囲に意識を向ける。風が吹いた。煙が少しずつ拡散してゆく。

「……いた、3時方向!」

 Ⅳ号戦車の砲塔の一部、それが僅かに見えた。やはり側面から狙うつもりだったか。まだ相手は気付いていない。砲塔を回転させ、狙いをつける。

「撃て!」

 渾身の88mm砲が放たれる。それは正確にⅣ号戦車の正面下部を撃ち抜いた。

 衝撃音と共にⅣ号戦車は粉々となり、木片が周囲に飛び散る。

 

『大洗女子学園・CV38、走行不能!』

 

「看板!?」

 みほは咄嗟に別方向に警戒を向けた。今のが偽装なら、本物のⅣ号は何処に───

 風が強まり、煙が晴れる。

 

「え?」

 

 今、みほが撃った方向。

 白旗を上げるCV38の先、Ⅳ号は砲塔を向けてそこに居た。

 砲声が響く。ティーガー側面に撃ち込まれる75mm徹甲弾。

 衝撃で揺れた車体から、数秒の後に白旗が上がる。

 

 

「……決まってくれたな。『早茹でマカロニ(エヴォリツィオレ・マカロニ)』」

 88mm砲の直撃を受けてひっくり返ったCV38の車内で、アンチョビは呟いた。そこにエリカからの通信が入る。

『アンタね、打ち合わせ無しでいきなり『最後の手段』とか言い出さないでよ!』

「でも、合わせてくれただろ?」

『……全く』

 悪びれずにアンチョビは答えた。僅かな沈黙の後、苦笑まじりにエリカは言った。

『……ありがとう。終わったわ』

「ああ……これで、終わりだ」

 

 

「黒森峰女学園フラッグ車・ティーガーⅠ、走行不能! よって、大洗女子学園の勝利!」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第四十三話 終わり

次回「そしてイワシは海へと帰る」に続く

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