カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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エピローグ
第四十四話 そしてイワシは海へと帰る


「黒森峰女学園フラッグ車・ティーガーⅠ、走行不能! よって、大洗女子学園の勝利!」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第四十四話 そしてイワシは海へと帰る

 

 

「……か、勝った、の?」

 Ⅳ号戦車内、沙織はまだ不安さを残しつつ言った。

「勝ったんです……よね?」

 操縦席の華が、力が抜けたようにシートにもたれかかる。

「はい、勝ったんです、私たちが……!」

 次第に興奮が沸きあがってきたのだろう。優花里が身を震わせつつ答えた。

 

 

 そのⅣ号戦車のすぐ前で逆さまになっているCV38。そこから二人の少女が這い出てきた。アンチョビと麻子だ。

「やれやれ、結局最後まで吹き飛ばされ通しとはな」

「それは、まあ、吹き飛ばされるのが目的だったからな」

 服に着いた埃を払いつつぼやく麻子に、アンチョビが申し訳なさそうに答える。

 

 煙幕で視界を塞いでいる間にCV38の上に括っていた看板を展開して、その後ろにCV38、更に後ろにⅣ号を置く。

 みほが先にこちらに気付くと踏んだ上で先攻させてCV38がそれを被弾。看板である事に気付き、他からの攻撃を警戒するために出来た隙を利用して後方のⅣ号が撃ち抜く。

 無論、簡単にできる手段ではない。実際のところ、みほの砲撃が放たれたのは態勢がどうにか整った直後だった。あと少し遅れれば間に合わなかっただろう。

 

「……ねえ」

 Ⅳ号戦車の砲塔から身を出していたエリカがアンチョビに言った。

「何だ、エリカ?」

「後ろに回っておいてなんだけど、ティーガーの狙いがCV38から外れていたらⅣ号に直撃していたわ。それは考えなかったの? またギャンブル?」

 そう問われ、アンチョビは上を向いて答えた。

「信じたんだよ。西住みほを」

 

 

 白旗を上げるティーガーⅠ、そこに接近するティーガーⅡ。

「すみません、副隊長。間に合いませんでした……!」

「ううん、勝負を決めようとした私のせい……ごめんね、赤星さん」

 ティーガーⅡの砲塔上からの小梅の謝罪に、みほは首を横に振った。

 風にはためく白旗を見る。母や姉との演習以外で、自分の戦車にこれが立つのを見たのは何時以来だったろうか。

 回収用トレーラーが向かってくる音が聞こえる。みほは顔を上げ、小梅に言った。

「戻ろう。挨拶が終わるまで、試合は終わってないから」

 

 

「姐さーん!」

 回収された選手たちの待機場所に戻ってきたアンチョビ達を真っ先に出迎えたのはペパロニだった。満面の笑みで抱き着き、興奮を抑えきれないまま言った。

「最高ッスよ姐さん! 西住姉妹を二人とも倒すなんて!」

「お疲れ様でした、統帥」

 その後ろから追い付いてきたカルパッチョも労いの言葉をかける。

 アンチョビは彼女らに微笑み返すと、ふと一瞬だけ真面目な顔になりペパロニの耳元で小声で言った。

「ペパロニ。学園艦に戻ったら、後でカルパッチョと一緒に私の所に来てくれ。話がある」

「え? 姐さん?」

 怪訝な顔をするペパロニ。アンチョビは再び笑顔に戻ってペパロニに目配せすると、抱き着いたままの彼女を引きはがした。そこに追い付いてくる他のメンバーたち。

「……安斎」

 桃が一歩進み出た。

「いや……アンチョビ。この度の活躍、感謝の念に耐えない」

 一見落ち着いて言っているように見えるがその肩は震え、眼鏡の奥の瞳は潤み始めている。

「本当に、本当に、ありが……」

 ついに堪えられなくなったのか、桃はそれ以上言葉を言えず泣き出した。

「あ、ありっ、がっ……うぅ、うあぁ、あぁぁあぁぁ……!」

「桃ちゃん、泣きすぎ……」

 傍らの柚子が呆れつつもハンカチを渡す。その様子を見て杏が改めて言った。

「チョビ子……これで学校、廃校にならずに済むよ」

「ああ。P40一両分の仕事は出来たか?」

「………」

 無言で杏はアンチョビの背に手を回し、抱き着いた。

「ありがとう……私達の学校、守れたよ」

 その背は僅かに震えている。

 

 アンチョビは思った。この自分より小柄な少女は、飄々とした態度の裏で一介の女子高生が背負うには余りに重すぎる使命と責任と責務を負ってきたのだ。本来ならば、後ろで号泣している桃のように泣き出したいだろう。

 しかし彼女は泣かない。それが生徒会長・角谷杏という、彼女が示そうとする姿だからだ。

 

「……お疲れ様」

 アンチョビはそう呟き、杏の背を軽く叩くと身を離した。

「みんな! 感激するのはいいけど、続きは挨拶が終わってからよ!」

 後ろでタイミングを見計らっていたエリカが手を叩き、場の空気を切り替える。

 それで初めて気づいたように、メンバーは慌てて指定の場所へと向かって行った。

 歩きつつ、アンチョビはエリカに言った。

「……お前は泣かないのか?」

「泣ける気分じゃないわ。彼女に勝った気にもね」

「最後の一撃を決めたのはお前だ。胸を張れ」

 どこかすっきりしない顔のエリカに、アンチョビは静かに、しかし強く言った。

 

 

「両校、礼!」

『ありがとうございました!』

『ありがとうございました!』

 

 

 試合開始時と同様に、両校の生徒たちは一斉に礼を行った。

 汚れたパンツァージャケットや、彼女らの後ろにある戦車の損傷がその戦いの激しさを物語っている。この後は優勝校である大洗女子学園は優勝旗授与のセレモニーへ参加。黒森峰は撤収となる。挨拶を終え、散開してゆく少女たち。

「よし、私達も表彰台に向かうか」

「……ごめん、隊長。先に行っててもらえる?」

 背を伸ばしつつ言うアンチョビの言葉に、エリカは少し迷った後に言った。

「ああ、行ってこい」

 エリカがそう言うのは予測済みだったのだろう。アンチョビは頷き、黒森峰の方にエリカを促した。

 黒森峰は撤収も迅速だ。既に用意していた輸送車に乗り始めている。エリカは早足でそちらに向かった。同じ黒のパンツァージャケットの中、彼女の姿を探す。

「西住さ……」

 そう言いかけ、エリカは迷った。これではまほも反応してしまうかもしれない。

「えっと……みほ!」

 焦る気持ちから思わず呼び捨てで呼んでしまう。しかし、彼女は気を悪くする風でもなく振り返った。

「……逸見さん」

 みほは足を止め、エリカと向き合った。

 そこまで来て、エリカはみほに何を言うか考えていなかった事に気付いた。伝えたい気持ちはあるのだが、それが具体的に固まらない。

 そうしている内に、みほが先に手を差し出してきた。

「優勝おめでとう、逸見さん」

「……ありがとう」

 その手を握り返す。

「負けちゃったね。逸見さん、本当に強かった」

「そうでもないわ。あの時、CV38が降ってこなかったら負けてたのは私だった」

 そう言いつつ、エリカは目を伏せた。

 

 それだけが、エリカにとって悔いとして残っていた。

 結局、自分は今回もみほに届かなかったのではないか?

 みほに戦車道の楽しさを伝えられなかったのではないか?

 それがまだ棘の様に心に刺さっていた。

 

「そうかな?」

「……多分ね」

 みほの問いに、エリカは少し迷いつつも答える。

 それに返ってきた言葉は、エリカの予想外のものだった。

「それなら……また、試合したいね」

「え?」

 エリカは顔を上げた。

 みほの表情には悔しさも、悲しさも、憔悴も無かった。

 背負い続けていたものが初めて無くなったような安らかさと、落ち着きがあった。

「……ええ。次こそ、はっきりさせましょう」

 エリカはそう言って笑い、握っていた手を離した。

「またね、逸見さん!」

 みほも笑い返し、黒森峰の車両に向かってゆく。

 それを見送り、エリカは大洗の皆の元へと向かった。

 

 

「……すまなかったな、みほ」

 輸送車の座席に座っていたまほが、向かいに座ったみほに言った。

「私が撃破されてからの指揮を、よく執ってくれた」

「ううん。結局負けちゃったし……」

「黒森峰に戻ったら、すぐに今試合の総括と反省だな。この試合を参考にして、今後の他校の黒森峰対策は一変するだろう」

「そうだね……こっちの思いもしない戦術ばかりで、本当に驚かされた」

 そう言うみほの表情の変化にまほは気付いた。少しの驚きを浮かべ、まほは尋ねた。

「みほ……楽しかったか?」

「え?」

「エリカ達との勝負は、どうだった?」

「うーん、楽しかった……のかな?」

 改めて聞かれ、みほは曖昧に返事をしつつ考える。

 少しの後、彼女は答えた。

「正直、分からない。でも……試合が終わった時、負けたのに何だかすっきりして『また戦車に乗りたい』って、初めて思えた」

「……そうか」

 

 今はまだそれでいい。初めの一歩を踏み出すだけでいい。

 そこから戦車道の楽しさを、彼女の戦車道を見つければいい。

 そうすれば来年の黒森峰は、間違いなく今より強くなる。

 まほは微笑み、表彰台で優勝旗を掲げるアンチョビ達を見た。

 

『優勝、大洗女子学園!』

 

 

「よーし、みんなお疲れ様ー! 明日は大洗に戻って優勝パレードと宴会だから、今日はゆっくり休んで明日に備えて。そんじゃ解散ー!」

 大洗学園艦への戦車の搬入を終え、杏は一同に言った。

「まあ、私たちはこれから徹夜で修繕だけどね」

「明日のパレードまでに、何とか走れる程度には直さないとねえ」

 早くもパンツァージャケットからツナギに着替えていたナカジマとスズキが言う。

「試合終わって休みなしで悪いけど、よろしくね」

「パレードの花形だからね。駆動系だけじゃなく、出来るだけ外装も直しておくよ」

 杏の言葉にホシノが答える。10両の戦車のメンテナンスと整備という、戦車専門業者でもひと仕事となる作業量を一晩でやってのける。大洗女子学園自動車部が他校から伝説と呼ばれる所以である。

 その光景を見つつアンチョビはエリカに言った。

「みんな疲れてる。今日の試合の内容の振り返りは色々と終わってからやろう」

「そうね、私も流石に堪えたわ」

 その提案にエリカも同意する。三々五々、散ってゆくメンバーたち。アイスを食べに行く者、自宅に帰る者、名残惜しそうに戦車の側にいる者、様々だ。

 その中、ペパロニとカルパッチョはアンチョビに歩み寄った。

「姐さーん! 来ましたけど、どうしたんスか?」

「………」

「ああ、すまなかったな。ちょっと……」

 怪訝な顔のペパロニと、何かを察しているようなカルパッチョ。アンチョビは二人に気付くと顔を近づけ、周囲を確認すると小声で言った。

 

「荷物を纏めろ。今晩中に学園艦を出る」

 

 

 静かな海を進む学園艦を月が照らす。

 誰が見ている訳でもなかったが、リュックを背負ったペパロニは周囲を警戒するように見回すと小走りで学園の通用門を抜けた。短期転校という事もあり、最低限の荷物だったのが幸いだ。

「そんな歩き方だと余計に怪しまれます、ペパロニ」

 その後ろを進むカルパッチョが言う。

「そんな事言われても……」

 答えるペパロニはどこか落ち着かない。気のせいか、どうも背後にカルパッチョ以外の気配を感じてしまう。

 

 つい数時間前、アンチョビは唐突に学園艦からの退出───雰囲気的には脱走と言った方がしっくり来るが───を言った後、二人が驚く間も無く言葉を続けた。

「今夜、大洗からアンツィオへ経由するコンビニ輸送船が接舷する。そこにP40とCV38ごと乗り込む。ナカジマや向こうの輸送船には話は通してあるから、急いで用意を」

 その行動の目的についてアンチョビは説明しなかったが、二人にはその理由が大凡分かっていた。おそらくは───

 

 校舎の間を抜け、外灯が弱く照らす花壇の横を進む。やがてその先に見えてくる、煌々と明かりが灯る大洗戦車道のガレージ。

「……来たか」

 既に来ていたアンチョビが二人を見て言った。

「姐さん、とりあえずアタシ等の荷物はこれだけです」

「分かった。それじゃP40の方に乗せてくれ。私はCV38を動かすから」

 その背後にはP40とCV38が既に用意されており、彼女の荷物と思われる大小様々な包みや棒状の物体や寝具等が上に括られている。 

「とりあえず走行できる程度には直したけど、後はアンツィオに帰ってから頼むね」

 戦車の横にいたナカジマが言った。

「最後まですまない、あと……」

「分かってるって。明日までは秘密にしておくから」

 アンチョビの言葉にナカジマは笑顔で答えた。

 

「……やっぱりか」

 

 その時、ペパロニの背後から別の声が聞こえた。

「!?」

 慌ててペパロニは振り向いた。そこに立つ、小柄な黒髪の見慣れた少女。

「麻子!? どうして!?」

「解散して、アンチョビと何か話をしてからのペパロニの様子が明らかに変だったからな。優勝したこのタイミングで何かやるつもりだとしたら、明日の宴会でのサプライズか学園艦からの脱出くらいだろうと予測しただけだ」

 ペパロニの言葉に麻子は淡々と答えた。ペパロニとしては平静を装っていたつもりだったが、麻子には通用しなかったのだろう。

 

「………」

 アンチョビは無言で麻子を見た。

「どういうつもりだ?」

 麻子が問いかける。アンチョビは少し考え、言い訳を諦めたようにため息をついた。

「……私が大洗に来た目的は『優勝させる事』だったからな。それが済んだからアンツィオに帰る。それだけだ」

「皆を見捨ててか?」

 麻子の遠慮ない言葉。アンチョビは首を横に振った。

「逆さ。この先、私が残っていたら大洗にとってマイナスになる」

 そう言いつつ、アンチョビはCV38の屋根に乗った。そこで胡坐をかきつつ話を続ける。

「私がここまでやってきたのは、言ってみれば『試験に合格させるため』だけに近道やら裏道やらで初心者に基礎をすっ飛ばして応用を勉強させてきたような手段だ。ここからの大洗には基礎が必要だ。アンチョビ流でない、大洗流の戦車道となるためにはな」

「………」

 麻子はじっとアンチョビの目を見つつ言った。

「聞かないんだろうな」

「それが、私だからな」

 そう言ってアンチョビは笑った。麻子の口元にも苦笑いが浮かぶ。

 壁に掛けられていた時計が午前2時を指した。連絡船の到着まであと僅かだ。

「……世話になったな」

 そう言い、麻子は一歩引いた。

「こいつに乗りたくなったら何時でもアンツィオに来い。フリーパスで乗せてやる」

 アンチョビはそう言い残し、CV38に乗り込んだ。

「そんじゃ、アタシ等も行くッスかね」

「麻子さん、本当にありがとうございました」

 ペパロニとカルパッチョもそれに続いてP40に乗り込む。

 直したてのエンジンが鈍い音を立てる。走り出した戦車は、そのままガレージの外の闇に消えていった。

 

 

「………」

「………」

「……どうしたの、麻子さん?」

 二両の戦車が去ったガレージの中、麻子がまだこちらを見ている事に気付いたナカジマが尋ねた。

「いや、どうしてナカジマさんがアンチョビに協力したのかと思ってな」

「うーん……」

 そう聞かれ、ナカジマはどう答えたものか考えつつ言った。

「ほら、ウチも来年は私もホシノもスズキも卒業で、主力を張れるのはツチヤだけになるからさ、『後輩のため』って言われると弱いんだよね」

「……自動車部も大変だな」

 アンチョビ達が向かって行った方向を見る。既に二両の戦車は見えない。

「やれやれ、明日からはまた大変になるな」

「ふふ、河嶋さんが大騒ぎしそうだね」

「……だな」

 遠くから聞こえる汽笛の音。輸送船の音だろうか。

 ナカジマは他の車両の修繕を再開する。麻子はその背中を見送り、自身もガレージを出て自宅に戻っていった。

 

  

 翌朝。

「なあああぁぁぁっ!?」

 ガレージの中で右往左往しつつ、桃は怒声を上げていた。

「探せ、探せぇっ! 探し出せえっ!」

 周囲のメンバーに腕を振って命令を飛ばす。

「えらい騒ぎだな。隊長がどうかしたのか?」

 集合時間にやや遅れて来た麻子は、知らぬふりをしつつ尋ねた。

「隊長!? 安斎がどうした!?」

「……アンチョビが居なくて騒いでるんじゃないのか?」

 焦りを隠さず問い返す桃。麻子は怪訝な顔で聞き返した。

「何いぃっ!? では、まさか……!」

 そう言われ、初めて桃はアンチョビの不在に気付いたようだった。周囲のメンバーを改めて確認し、確かにアンチョビが居ない事を確認して叫ぶ。

「おい、じゃあ誰を探してるんだ?」

 更に麻子が尋ねる。桃は血走った眼で答えた。

 

「人じゃない、優勝旗が無くなったんだっ!」

 

 前日の晩、贈呈された優勝旗は凱旋セレモニーに備えてガレージに飾られていた。終了後は生徒会室に飾られる予定だったが、それが無いと言うのだ。学園艦という移動する閉鎖空間において、わざわざ優勝旗を盗む者などいるはずも無い筈であった。

 

「確かに隊長が居ないわ。ペパロニとカルパッチョも」

「アンツィオ勢まで戦車ごと居なくなった!? お、おい、自動車部! 前の晩に整備中、何か無かったのか!?」

 エリカの報告を聞き、桃は集まった中のナカジマに問い詰めた。

「こっちも徹夜で突貫作業してたから、正直記憶が曖昧なんだけど……ひょっとしたら休憩中に何かあったのかも」

 ナカジマは普段通りの態度で答え、小さくあくびをした。

「誰か手がかりを持っているヤツはいないのかー!?」

 桃が一際声を張り上げるが、反応する者はいない。

「ん?」

 ふと、桃の袖を誰かが引いた。

「ど、どうした、丸山?」

 いつの間にか、紗希が後ろに立っていた。その手には一通の手紙が握られている。

 桃がこちらに気付いた事が分かり、紗希はその封筒を差し出した。そこには『大洗戦車道の皆へ アンチョビ』と書かれている。

「これは……丸山、何処にあったんだ!?」

 そう問われ、ガレージの一角の机を指さす紗希。そこに置かれていたと言いたいようだ。

 慌てて桃は封筒を破った。中には数枚の便せんが入っている。

「手紙?」

「そのようだな。ええっと……?」

 怪訝な顔をするエリカ。桃はそれを声に出して読み始めた。

 

 

『前略 

 

 おそらくこれを皆が読んでいる頃、私は輸送船の上だろう。

 

 まずは優勝おめでとう。みんな、本当に頑張ってくれた。

 緒戦でみほの足止めを身を挺して行い、分断成功の礎となったカバチーム。

 不慣れな三式を乗りこなし、捨て身の戦法で大物・ヤークトティーガーを仕留めたアリクイチーム。

 障害物の設置、煙幕など、かく乱役としての役割を十全で果たしてくれたアヒルチーム。

 足止めから始まり、奇襲役など八面六臂の活躍を見せてくれたカメチーム。

 偵察役として情報を提供し続け、最後にはエレファントを撃破したウサギチーム。

 足止め役として、単騎で踏ん張りを見せてくれたカモチーム。

 最後の作戦の要として、最後まで盾となってくれたレオポンチーム。

 そして、あの西住みほを倒してくれたトラチーム。

 ああ、あとそこに麻子はいるだろうか? 居たら、彼女にも礼を言っておいてくれ。あいつが居なければ、西住まほは倒せなかったろう。 

 

 正直なところ、大洗に来たばかりの頃の私にとっても『優勝』の二字は遠いものだった。それが現実の物となれたのは皆のお陰という他は無い。本当にありがとう。

 

 だが、私が教えた戦車道は本来の戦車道からは外れたものだ。ここからは、基礎を積み重ねた『正しい戦車道』を学んでいってほしい。

 お前たちは既に戦車道の楽しさを知った。皆で力を合わせて戦う事の面白さを知った。今のお前たちならば、容易にその練度を上げられるだろう。

 そして、その戦車道を学ぶ上で私がその上に立ち続けていれば邪魔になる。無意識でも、自然と私の戦車道に、策に頼りすぎる戦車道に近くなってしまう。それでは駄目だ。

 優勝した以上、これからの大洗は人材も戦車も豊かになるだろう。どうか、硬軟を使い分けられる優れた戦車道を、本当の意味での『大洗の戦車道』を作り上げてほしい。

 

 さて、最後にもう一件、皆に宣言しておきたい事がある。

 先も言ったように、この優勝は皆で勝ち取ったものだ。それは感謝の念に耐えない。

 しかし客観的に見た場合、この私、アンチョビの功績が最も大きい事は皆も異論は無いと思う。作戦の立案や指揮などの貢献度からして、全体の5割は私の功績としても良いのではないだろうか。そして、5割は四捨五入すれば10割だ。

 そこで私ことアンチョビは、今大会優勝旗の所有権は私個人にあると主張し、この優勝旗をアンツィオに持ち帰る事とする。

 これに異議ある場合、近く行われる優勝記念エキシビジョンマッチにおいてアンツィオに勝利し奪い返すように。

 新隊長指揮のもと、より強くなった諸君と会える事に期待する。

 それでは皆、体に気を付けて。

 

 草々  愛すべき大洗女子学園の皆へ  アンチョビ』

 

 

「何が『体に気を付けて』だ……安斎ぃぃっ!」

 手紙を読み終え、桃はそれを引き裂かん勢いで顔を上げた。

「あの馬鹿を追うぞ! 直ちにアンツィオ艦の位置を補足、学園艦の進路を変更させろ!」

「無茶だよ桃ちゃん!」

「桃ちゃん言うなー!」

 今にも走り出しそうな桃を懸命に止める柚子。

「いやあ、こりゃ一本取られたねえ」

 頭をかきつつ杏が言った。

 

 おそらくはあの時───準決勝が終わった後、ペパロニに『優勝旗をアンツィオに持ち帰ってやる』と約束してた時、既にこれを彼女は考えていたのだろう。

 あの時は杏もそこまで深くはその言葉を捉えていなかったが、アンチョビは本気だったのかもしれない。あるいは、隊長を辞める上での結束を固めさせる材料として優勝旗を使ったのか。それは本人以外、いや、あるいはアンチョビ自身もどちらが本心か分かっていないのかもしれない。杏はそう思った。

 

「……あいつめ、何が『それが私だからな』だ」

 麻子は小さく呟くと、半ば呆然としているエリカに言った。

「それで、どうするんだ”隊長”?」

「……え?」

 そう言われて、エリカは初めて皆が自分に視線を向けている事に気付いた。

 

 ”新隊長”指揮のもと、より強くなった諸君と会える事に期待する───

 

「いいのか? このまま優勝旗を持って行かれて」

「……黙ってはおれんよな、”隊長”?」

 エルヴィンが不敵に笑いつつ言った。それに続き、典子や梓もエリカに呼びかける。

「私達も、もっと根性で強くなります、”隊長”!」

「よろしくお願いします、”隊長”!」

「………」

「……これは、逃げられないかな」

「アンチョビさんに、成長した所をお見せしないといけませんね」

 エリカの傍らの沙織と華が言った。優花里が瞳を輝かせて向き合う。

「命令してください、逸見殿……いえ、隊長殿!」

「………」

 エリカは周囲を見回し、覚悟を決めたように目を閉じ、僅かに笑った。

「……決まってるでしょ」

 その目が開かれる。

 

「あの馬鹿に目にものを見せてやろうじゃないの! 凱旋セレモニーが終わったら、即練習開始よ。私の練習はアイツ程甘くないから、覚悟しなさい!」

『おおー!』

 

 決意の込められた拳が一斉に突き上げられ、ガレージに少女たちの声が響いた。

 

 

 朝日が輸送船の甲板を照らす。

 優勝旗を重そうに抱えながら、アンチョビは海を見ていた。その傍らに立つペパロニとカルパッチョ。

「……今頃大洗では大騒ぎでしょうね」

 カルパッチョが呟く。ペパロニが迷うようにアンチョビに言った。

「姐さん……本当に良かったんスか?」

「いいんだよ」

 アンチョビはあっさりと返した。

「あいつなら、今のエリカなら大洗を今以上のチームにしてくれる。だから……いいんだ」

「だったら何で、ずっと大洗学園艦の方を見てるんスか?」

「………」

 そう言われ、アンチョビは今更のように別方向を向いた。

「まあ、アタシとしても嬉しいのは嬉しいんスけどね。アンツィオの飯、姐さんが知ってる頃よりもっと美味くなってるッスよ?」

「ふふっ、それは楽しみだな」

「……あ!」

 カルパッチョが何かに気付いた。

 輸送船の先に小さく学園艦が見えてきた。それは次第に大きくなってゆく。

「んー……」

 ペパロニが目を凝らす。乗り付け口に見える、こちらに向かってアンツィオの旗を振る一団。

「お迎え、来てるッスよ」

「なら、こっちもお返しするか!」

 そう言うと、アンチョビは畳んでいた優勝旗を掲げた。重さでバランスを崩しそうになるが、それを横で手を添えてペパロニとカルパッチョが支える。

「おーい! お───い!」

 海風を受けた優勝旗は大きく翻り、朝日にその金糸を輝かせた。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第四十四話 終わり

最終回「カタクチイワシは虎と踊る」に続く

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