カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第二話 イワシと鐘と鳴る電話

「ンだコラァ!? ベルウォール舐めてっと怪我じゃ済まねえぞコラァ!」

「あァ!? そっちこそ去年負けといてアンツィオ馬鹿にしてんのか!? 病院でリゾットしか食えなくさせてやんぞオラァ!」

 

 

 戦車道連盟公認・戦車道呉演習場

 小高い丘を中心として、森と草原が広がる演習場。夏の日差しが照りつける中、吹く風が僅かばかりの涼しさを与えてくる。

 夏らしい爽やかさを感じさせる筈の空気は今、不穏な気配で包まれていた。

 

 

 自然を背景に佇む武骨な造りの建物がひとつと、その前に並ぶ左右5両ずつ、計10両の戦車たち。更にその戦車の列をそれぞれ前にして、二組の少女たちが睨み合っていた。

 右側はベレーと白シャツにネクタイ、白タイツに揃えたアンツィオの生徒たち。

 もう一方、左側は『鐘壁魂』『夜露死苦』等と背中に書かれた特攻服やらロングスカート、ボア付きの毛皮のコートなど、全く服装に統一性の無い少女の集団である。

 

「やれるモンならやってみろやコラァ!」

「あ”あ”!? そんなにリゾット食いたいなら食わせてやんよオラァ!」

「今朝トマト畑で採れた新鮮な完熟トマトと、畜産科が育てた今朝搾りの牛乳をたっぷり使ったリゾットだオラァ!」

「普通に美味そうじゃねえかコラァ!」

「腹ァ減ってきたじゃねえかコラァ!」

 

「……何をやってるんだ、アイツらは」

 練習試合の書類上の手続きを終え、演習場の事務所から出て来たアンチョビはその光景を見て呆れたように呟いた。歩み寄りつつ、仕方なく彼女らを制止しようとする。

「おーい! お前ら……」

 

 

「コラ─────────!!」

 

 

 瞬間、それをかき消すほどの大声が周囲に響いた。

「アンタたち、今日は大人しくしててって言ったでしょ!」

 アンチョビが声の方に振り向く。

 そこには同じく事務所から出て来た、赤銅色の髪をツインテールに結わえた少女が怒りも露に立っていた。

 その権幕に両陣営の少女達は一瞬呑まれ、睨み合いも解いて赤髪の少女の方に振り向いた。

「折角練習試合のオファーを受けてくれた相手に何やってんの!? 練習場だってこっちに合わせてくれたんだから、台無しにしてんじゃないわよ!」

「ああ? ンな事言ってもよ、マネージャー。手ぇ出してきたのはあっちだぜ?」

 左側のひとり、夏場だというのにボア付きの長袖コートを着た少女、ベルウォール学園戦車道「キャプテン」山守音子(ねこ)が親指でアンツィオ側を指し示した。無造作に跳ねた髪と牙の様に尖った歯、黒く塗られた爪が特徴的な、どこか荒々しい印象を与える少女だ。

「こちらとしては売られた喧嘩を買っただけなんだけど……」

 音子の横に立つ、前に分けた髪の右側だけを染めたロングスカートの少女がそれに続く。ベルウォール学園「キャプテン」土居千冬。音子とは対照的に物静かだが、常に薄笑いを浮かべるその姿には彼女とはまた異なる威圧感が備わっている。

 

「いや、それは違うッスよ姐さん!」

 今度は反対側、アンツィオ陣営からペパロニが言った。

「先にあっちの連中が、ウチのCV33を見て『貧乏臭い』って笑ったんス!」

 そう言ってベルウォール側の双子らしき、同じ顔で髪の結び目の左右が違う小柄な二人の少女を指し示す。

「び、貧乏臭いのを貧乏臭いと言って何が悪いのよ!」

「まともな戦車なんて1両しか無いじゃない!」

 そう言われた相手、ベルウォール学園戦車道「スポンサー」の柏葉金子・剣子の二人は多少怯みながらも悪びれる事無く言い返した。

「バ柏葉! アンタ達ねえ……」

 それに更に怒りを増した赤毛の少女が怒鳴りつけようとした時、アンチョビが頭を掻きつつ言った。

「まあ、そうだな。その二人の言う通りだ」

「ね、姐さん!?」

 戸惑うペパロニ。割って入るようにアンチョビは進み、両陣営の間に立った。そのまま静かにベルウォール側の戦車を眺める。

「ティーガーⅠに、エレファント。ヤークトパンターに……T-44か。それとⅡ号戦車。偵察役も含めて、確かにいい戦車が揃ってるじゃないか」

「お……おう」

 笑顔でそう言われ、少し戸惑いつつ音子が答えた。

 続けてアンチョビはアンツィオ側を見た。

「それに比べて、確かにウチの戦車は貧弱だ。P40に、M41が二両。それとCV33と、CV38」

 仰々しく両手を広げて、そのイタリア戦車達を示す。

 そしてアンチョビは、再度ベルウォール側に振り返った。

 

「……その我々が勝てるのが戦車道だ」

 

「!?」

 ベルウォール側の一同が息を呑む。

 アンチョビの笑顔は、不敵な微笑みに変わっていた。

「戦車の事で始まったケンカなら、戦車でケリをつけるのが筋だ。この後の試合で負けた方が『ごめんなさい』って事でどうだ?」

「……オーケー、そっちがそれで良いなら」

 多少落ち着いたのか、赤毛の少女は頷くと改めてベルウォール側の一団の前に立ち、アンチョビの前に立って手を差し出した。

「よろしくお願いするわ。アンチョビ隊長」

「よろしく頼む。ええっと……」

「エミ、中須賀エミ。こっちの戦車道の、まあ、マネージャーみたいなものよ」

「分かった。よろしく頼む、中須賀さん」

「エミでいいわ」

「……分かった。じゃあ私もアンチョビと呼んでくれ」

 そう言って、アンチョビとエミは握手を交わす。

 

(……成程。こいつが実質的な隊長か)

 

 アンチョビは内心でそう思いつつ、エミの真っ直ぐな瞳を見た。

 

 

劇場版 カタクチイワシは虎と踊る  第二話 イワシと鐘と鳴る電話

 

 

 簡単な挨拶を終え、両陣営の戦車はそれぞれのスタート地点で待機していた。

 練習試合のルールは双方の取り決めで定められるが、今回は5対5、殲滅戦で行われる。

 フラッグ戦では展開次第であっさり勝負がついてしまう事もあるため、チームの課題の抽出が目的の練習試合では殲滅戦が適用される事が多い。

 互いのスタート地点は演習場の丘を中心に東西に向き合うポイント。丘を押さえれば戦術的に有利になるため、そこの取り合いになりやすい地形だ。

 

 

『まあ、楽勝なんじゃねーの?』

『火力、装甲、共に上。総合力ではこちらが明らかに勝ってるわね』

 ベルウォール側、ヤークトパンターの車長の音子が言った。エレファント車長の千冬もそれに同意する。

「油断しちゃ駄目よ。何しろ相手は大洗女子学園を優勝に導いた”奇策のアンチョビ”、何を仕掛けてくるか分かったもんじゃないわ」

 ティーガーⅠの車長席からエミは言った。その表情に緩みはない。

「確か、決勝戦では倍以上の戦力の黒森峰相手に色々な作戦を仕掛けて翻弄したんだよね」

 装填手席に座る亜麻色の髪のショートカットの少女、柚本瞳がエミに尋ねる。頷くエミ。

「ええ。練習試合だからって何も仕掛けてこないって事は無いと思う。むしろ公式戦前に、作戦を試してくるかもしれない」

 そう言うとエミは喉頭マイクに指を添え、全車両に向けて通信を送った。

「みんな、いい? 前の西グロには何とか勝てたけど、私達のチームにはまだまだ実戦経験が足りないわ。今回の課題はそれぞれの練度の確認と、連携の強化! 外すのを恐れずに積極的に攻撃を仕掛けて!」

『言われるまでもないわ!』

『ボッコボコにしてやるんだから!』

『任せるネー!』

 Ⅱ号戦車の柏葉姉妹に続き、T-44車長の南陽子──純粋な日本人ながら何故かエセ中国人口調で喋る中国戦車好き──が元気よく答える。

 

 その時、試合開始のサイレンが鳴った。

 

「それじゃ行くわよ、パンツァー・フォー!」

 

 

『中須賀エミ……噂には聞いていましたが、彼女がベルウォールの例の留学生ですね』

 二両のセモヴェンテM41の一両で備えるカルパッチョからの通信を、アンチョビはP40の車長席で聞いていた。

「隊長不在で崩壊してたベルウォール戦車道をスポンサーの確保から内輪もめの解決までほぼ一人で解決した、ドイツからの留学生……だったか? 確かにしっかりしてそうだった」

『少し前には優勝記念杯出場権を巡って西グロとの試合に勝利したそうですし、立て直したばかりとはいえ油断はできません』

『ええっ!? アイツら、聖グロに勝ったんスか!?』

 カルパッチョの言葉に驚くCV38のペパロニ。アンチョビは笑って答えた。

「『聖グロ』じゃなくて『西グロ』だ。西呉王子グローナ学園。通称西グロ」

『なーんだ』

「とはいえ聖グロのクローン部隊と言ってもいい連中だがな。今の隊長のキリマンジァロってのが大のダージリンファンで、本人がダージリンそっくりにしてるだけじゃなく、制服どころか戦車の編成まで本家そっくりって話だ」

『……悪趣味ッスね』

「まあ、流石に隊長車はチャーチルじゃなくてブラックプリンスだそうだが……だからベルウォールは、戦力的には本家聖グロに近い相手を破ったチームとも言えるな」

 そこまで言うと、アンチョビは手にした愛用の乗馬鞭をぴしりと鳴らした。

「そしてそんな連中だからこそ、今回の練習試合を受けた意味がある。お前たち、言った通りこの試合は黒森峰との試合を想定した仮想戦だ。相手の装甲は厚く、火力は強い。ノリと勢いを忘れず、それでいて注意深く狙ってゆけ」

『了解ッス!』

 

 その時、こちら側でも試合開始のサイレンが鳴った。

 

「よし……早速『スピナチ作戦』を発動する! 速度が勝負だ。頼むぞペパロニ!」

『任せてください、姐さん!』

 言うが早いかペパロニのCV38はもう一両のCV33を連れて走り出した。その車体には何枚もの木の板が括り付けられている。

「それじゃ私達も行くぞ! アーヴァンティ!」

 

 

 丘に向けて進むベルウォールの四両の戦車。先行するティーガーにエレファント、ヤークトパンター、T-44が続く。そこにⅡ号戦車の姿は無い。

「ドッペルゲンガーズ、そっちはどう?」

 ティーガーの砲塔から身を出しつつ、エミがⅡ号戦車に通信を送る。ドッペルゲンガーズというのは、双子の柏葉姉妹にエミが付けたあだ名だ。

『こっちはとっくに麓まで来てるわ!』

『私達のドラテクなら、この程度平地と同じよ!』

 強気な応答が返ってくる。

 

 柏葉姉妹は元々は戦車道経験者ではない。

 親の財力を背景にベルウォール学園自動車部のトップ2として好き勝手やってきたところ、戦車道立て直し中のエミと衝突して勝負する事になり、結果敗北した彼女らは戦車道に協力する事になったのだ。

 そのため、二人は戦車道ではほぼ素人。アンチョビはⅡ号戦車を偵察車両と思っていたが、正直なところ偵察に必要なスキルを持ち合わせている訳でもない。

 そこでこの試合でエミが考えたのは、彼女らの自動車部の運転スキルを活かしての先行での遊撃的なポジションだった。

 

 エミは車内に戻り、演習場の地図を広げて膝に置いた。

 あと少しで丘の麓に到達する。アンツィオの攻撃の要はP40と二両のセモヴェンテ。火力で劣るアンツィオ側が有利に立つには、丘の奪取は必須のはず。そこをどう狙ってくるか。

 それから僅かな時間の後、柏葉姉妹から慌てた口調で通信が来た。

『ちょ、ちょっと! 相手の全車両、もう丘の上で構えてるわよ!?』

『ンだとぉ!? 早すぎねェか?』

「………!?」 

 驚く音子の声。エミは少し考えてからⅡ号戦車に通信を返した。

「向こうからの攻撃は?」

『まだ撃ってきてないわよ!』

『すぐに隠れたから、気付かなかったみたいね!』

「………」

 エミは手元の地図を見つめる。

 

 確かに部隊の速度では、エレファントを編成に組み込んでいるベルウォール側の方が劣る。しかしアンツィオ側のセモヴェンテにしても最高速度35㎞/hとさほど速い訳ではない。

 普通に考えて、こちらがまだ麓に着く前に頂上に部隊展開が可能かと考えると……

 

「これって……ひょっとすると、アンツィオ名物『マカロニ作戦』かもしれないわね」

「マカロニ作戦?」

「戦車が書かれた板を足の速い車両に乗せて、部隊に先行して展開。本物と勘違いした相手を足止めさせる作戦。全国大会でアンツィオや大洗がやってたヤツ」

 瞳の質問に答えつつ、エミは更に考える。

「だとすると、アンチョビの狙いはこっちが警戒して速度を落としている内に、左右から包囲しての殲滅……って所かしらね」

 そう言うと、エミは再度柏葉姉妹に指示を送った。

「Ⅱ号戦車、敵に向かって攻撃。反撃してきたら即離脱して」

『コラ、私達を鉄砲玉にする気!?』

『ふざけんじゃないわよ!』

「大丈夫、多分……反撃してこないから」

 確信と呼ぶには少しの不安もあったが、エミはそう言うと通信を終えた。

 そう言う間にも本隊も進み、麓の手前まで到達した。草原はそのまま緩やかな坂となり、木々が濃く生い茂り始めている。

 エミは再び砲塔から身を出した。耳を澄ます。遠くからの20mm機関砲の銃撃音と、何かの破砕音。直後、Ⅱ号戦車からの通信。

『ちょっと、どうなってるの!?』

『5両とも全部板だったわ。敵影なし!』

 そう言う柏葉姉妹の言葉に、エミは自分の読みが当たった事を確信した。

「全車両、速度を上げて。おそらく敵はこちらの足止めからの包囲を狙ってたはず。その前に丘を取るわよ」

『了解』

『おうよ』

『了解ネ』

 木々が密集してきた中、山道を一列に進む。エミは双眼鏡を手に周囲を警戒するが、敵は見当たらない。看板を設置した、おそらくはCV33は既に別方向に向かったのだろうか。

『こちらⅡ号戦車、こっちはもう山頂に着いたわよ』

『敵もいないわ』

 柏葉姉妹からの通信。

 エミはまた考える。ここまでは上手く行っている。相手の策を読み、その裏をかく行動を取れている。しかし───

「……どーも引っかかるわね」

 

───上手く行き過ぎる。

 

 やがて山頂が見えてきた。肉眼でもⅡ号戦車が見える。

 念のためエミは再び双眼鏡を装着し、ざっと周囲を見た。戦車の姿なし。

「よし、それじゃ山頂に着いたら周囲を警戒しつつ陣形を組んで迎え撃つ形に……」

 その瞬間、発砲音と共に最後尾を進んでいたエレファントの後部が火花を散らせた。

『敵攻撃! これは……機銃ね』

 装甲を貫通しないと分かっているのだろう。攻撃を受けながらも落ち着いた口調で千冬が報告した。

「後方から!?」

 エレファントが撃たれたのは後方右側。慌ててエミはそちらの方向に双眼鏡を向けた。敵影なし。

「どこから……!?」

 そう呟くのとほぼ同時に、今度は後方左側からヤークトパンターが撃たれた。後方40mmの装甲を抜く程ではないが、それでも車体を揺らす程度の攻撃。

『ンだぁ!?』

 声を荒げる音子。しかしその銃撃は数発で終わり、また静寂が周囲を包む。

「そんな、見落とした!?」

 そちらの方向を確認するエミ。しかし敵影は見えず、木々が並ぶだけだ。

 ベルウォールの一団は山頂を手前に動きを止め、周囲を警戒した。

「……まずいわね」

 駆逐戦車であるエレファントとヤークトパンターは砲塔が回せず、こういった咄嗟の攻撃への対応には弱い。焦りを感じつつも、エミは必死に頭を働かせた。

「(今の攻撃の威力的に、おそらく相手はCV33とCV38……やっぱりまだ、P40は来ていない。それじゃ何処から……?)」

 そう考える間にも再度の攻撃。しかしまた箇所を特定する前に攻撃は止む。

『……面倒臭ぇな』

『音子と意見が一致するのは嫌だけど、同感ね』

 その時、音子と千冬の声が聞こえたかと思うとエレファントとヤークトパンターは旋回して砲身をそれぞれ左右に向けた。

「ちょっと、どうするの?」

『決まってんだろ、相手が見えねえってんなら……』

『撃ってくる瞬間のカウンターを狙うわ』

 二人の声にエミは思わずツッコミを入れた。

「駆逐戦車でそれは無茶よ!」

『向こうはこっちの正面を抜けねえんだ。だったら問題ねえよ』

『ティーガーは正面を警戒しておいて』

 どうやら二人とも引く気は無いようだ。こうなると指揮権を持つエミの言葉でもなかなか従わない。エミはため息を吐くと言った。

「……分かったわ。お願い」

 

「………」

『………』

『………』

 

 僅かな静寂。直後、右側からの銃撃。

『そこかァ!』

 音子の反応は素早かった。発砲音が鳴り最初の一発が着弾するかのタイミングで指示を出し、88mm砲が火を放つ。

 放たれた徹甲弾は狙い過たず攻撃元へ撃ち込まれ、そこに描かれていた樹の絵もろともCV33を吹き飛ばした。

 

『アンツィオ高校・CV33、走行不能!』

 

 放送が流れる。

「擬装!?」

 エミが再度左側の方を見る。確かにそこには、木々の合間で不自然に動く樹木があった。

 

 

『ペパロニ姐さん! すみません、やられました!』

「上出来だ! あとは任せとけ!」

 CV33からの通信を受け、CV38のペパロニは威勢よく答えると横の操縦手に言った。

「バレたなら仕方ねえ、突撃だ!」

「了解!」

 そのCV38の前面には、丁寧に描かれた樹の絵が取り付けられていた。それを外さずにベルウォールの一団に向かってゆく。

 覗き窓から見えるエレファントがこちらに砲口を向けている。半ば直感的にペパロニは叫んだ。

「右だ!」

 直後、128mm砲がCV38の左側に着弾した。掠めただけでも豆戦車ならば白旗が上がるだろう。

「姐さん、気付かれました! そっちはどうですか!?」

『こちらアンチョビ! 準備まであと数分だ、少しだけ持ちこたえてくれ!』

「了解! 何とかやってみるッス!」

 更に続けてこちらに向いたヤークトパンターの攻撃。これも何とか避ける。擬装で相当に見づらくなっている筈だが、それでもこれだけ至近弾を当ててくる腕にペパロニは敵ながら感心した。

「なかなかやる……大口は伊達じゃねえって事か」

 動きを変え、木々を盾にするようにベルウォールの部隊と平行に動く。速度ではCV38の方が上だ。これで駆逐戦車組はそう簡単には狙えなくなる。できるだけ下の方、相手が山頂から背を向けるように。

「と言っても、やっぱりキツいか……!?」

 それでもそこに容赦なく撃ち込まれる砲弾。残る二両もティーガーⅠにT-44、ドイツの誇る名戦車に、T-34後継機としてソ連が冷戦時代初期まで使われた名機。どちらもCV38で抜ける相手ではない。

「わあぁ!?」

 至近距離で榴弾が炸裂した。CV38の擬装が木片となり吹き飛び、車体もバランスを崩し横倒しになる。

「しまっ……!」

 比較的軽量なCV38は乗員二名で復帰できるため、まだ白旗は上がらない。しかし動けない以上、命中は必至だ。

 だがその瞬間、別の砲撃音が鳴った。ベルウォール側で衝撃音。

 

『ベルウォール学園・T-44、走行不能!』

 

 放送と共に、ペパロニは何とか自分の時間稼ぎが間に合った事を知った。

「よし、今のうちに復帰させるぞ!」

 

 

「何!?」

『アイヤー! ゴメン、後ろから攻撃食らったネ!』

 陽子からの報告を受け、慌ててエミは後方、山頂部周辺を見た。

 山頂には慌てているⅡ号戦車しか見えない。次にその周辺。

「多分、セモヴェンテも……」

 一見何も居ないような森の中をエミは注意深く観察した。

「……いた! 10時方向、擬装したセモヴェンテ!」

 周囲に溶け込み気付きにくいが、全く葉が揺れていない場所があった。おそらくそこが敵位置。

「撃て!」

 砲塔の旋回を待ち、ティーガーはそちらに向けて榴弾を撃ち込んだ。セモヴェンテの装甲は正面でも僅か30mm。十分攻撃は通る筈だ。

 果たして撃ち込まれた位置にあった看板は粉々に吹き飛び、そこから現れたセモヴェンテは白旗を上げた。

 

『アンツィオ高校・M41セモヴェンテ、走行不能!』

 

「やった!」

「喜ぶのはまだ早いわよ。多分反対側からもう1両来てる!」

 喜ぶ瞳にエミがそう言った直後、その通りに山頂向かって右側からの砲撃。再度確認しようとするが、先ほどより遠い所から砲撃しているのか場所を特定できない。

「もう一両のセモヴェンテ、2時方向から攻撃を仕掛けてきてるわ。全車一斉攻撃!」

 CV38を狙っていたエレファントとヤークトパンターも向きを変え、そちらに向けて砲撃を撃ち込む。後方からは復帰したCV38が銃撃を仕掛けているが、牽制以上のものにはなっていない。セモヴェンテは成形炸薬弾ならば120mmを貫通させられる。優先度では上だ。

更にセモヴェンテからの攻撃。先ほどよりも近い。どうにか視認できたエミは通信を送った。

「見えたわ、1時方向、山頂からやや下! そこに攻撃を集中させて……」

『ちょ、ちょっと!』

 そこにⅡ号戦車からの通信が割り込んできた。慌てた口調の柏葉姉妹にエミは言った。

「どうしたのバ柏葉! アンタ達も攻撃に……」

『そんな事言ってる場合じゃないわよ!』

『後ろ、後ろー!』

 そう叫ぶ柏葉姉妹の言葉には本気の焦りがあった。

「……後ろ?」

 怪訝な顔をするエミ。

 次の瞬間、後方から今までのCV38の攻撃とは比べ物にならない音が鳴った。

 

『ベルウォール学園・エレファント、走行不能!』

 

「まさか!?」

 エミは後方を、丘の麓を見た。

 こちらを見上げるように砲身を向ける、P40。

「……なるほど、そういう事!」

 アンチョビの目的が何かをようやくエミは悟り、汗をかきつつも口元に笑みを浮かべた。

 

 

 まず最初に見破られる前提でマカロニ作戦を展開。

 看板を破壊し、進むベルウォールを今度は周囲の景色に擬装した看板を装備した豆戦車で足止め。

 それで時間を稼いだ所でやはり擬装したセモヴェンテで攻撃を仕掛け、これを本命と思わせる。

 そこで単騎で丘を迂回していたP40が後背に回り込み奇襲を仕掛ける。

 

 

「ここまでは上手くいってくれたが……」

 P40の砲塔から山道の敵を確認しつつ、アンチョビは呟いた。

「姐さん、装填完了です!」

 P40車内の装填手からの声。

「よし、次の目標はヤークトパンター! 正面を向かれる前に仕留めろ!」

「了解!」

 P40はアンツィオでは最も強力な戦車だが、それでもヤークトパンターやティーガーの88mmの直撃を食らえば容易に白旗が上がる。奇襲で最優先目標のエレファントこそ潰せたが、それでも状況はアンツィオ有利とは言えない。

「撃て……!」

 

 

 ピーンポーンパーンポーン……

 

 

 その時、戦場の空気とはまるで場違いなチャイム音が鳴った。

「な、何だ?」

 攻撃の指示を止め、思わず呟くアンチョビ。ベルウォール側も反撃を止めているようだ。

 試合参加者全員の動きを止めるようにもう一度チャイムは鳴り、数秒の沈黙の後、スピーカーから事務員の女性の声が響いた。

 

「試合中申し訳ありません。アンツィオ高校のアンチョビ様、大洗女子学園の角谷杏様より緊急の件で連絡が入っております。至急演習場事務所まで……」

 

 

 戦車道の試合はその性質上数時間かかる事も珍しくなく、その試合中に緊急の連絡要件が発生する事は起こりうる事態である。

 多方に迷惑がかかる公式試合中では余程の件で無ければ代理の者が連絡を受けて済ませるが、重要性の低い演習の場合はこのように場内放送で呼び出される事も実際あるのだ。

 この場合試合は一時中断となり、用件が済んだ後に再開となる。

 

「とはいえ、何でよりによってアイツはこんなタイミングで電話してくるかな……」

 そうぼやきつつ、アンチョビは戻ってきた事務所で受話器を手に取った。

 試合は良い展開で進んでいる。余程の事でない限り、さっさと話を済ませて再開させるつもりだった。

 

「あー、もしもし? どうした杏? すまないが、今ちょっと練習試合中で……」

 

 だが、

 

『すまない、アンチョビ……しくじった。大洗女子学園は、廃校となる』

 

 それは、「余程の事」だった。 

 

「……え?」

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第二話 終わり

次回「イワシは走り、虎は泣く」に続く

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