カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第三話 イワシは走り、虎は泣く

『すまない、アンチョビ……しくじった。大洗女子学園は、廃校になる』

 

 戦車道呉演習場、事務室。手にした受話器から角谷杏の声が聞こえる。

 その時、アンチョビの頭は咄嗟に理解を拒否した。

 解決した筈であった。数か月に渡る訓練と実践と、試合の数々。

 どこで負けてもおかしくはなかった全国大会の強豪との試合を勝ち抜き、皆で力を合わせて優勝をもぎ取った。それで解決して、既に過去の問題だった筈であった。

 

 

「………え?」

 

 

 声が漏れる。

『今さっき、学園艦管理局から通達があった……今月末で、学園艦の全搭乗者は撤収。学園艦はその後解体される』

 受話器から聞こえる杏の声。そこには普段の彼女の言葉の随所に混じる冗談っぽさも、気楽な雰囲気も無かった。

「な……」

『……すまない』

 謝罪の言葉。

 そこでアンチョビは、彼女の言葉が全て真実である事を理解し、

 

 

「何だってえぇぇぇ!?」

 

 

 ───大声で叫んだ。

 

 

劇場版 カタクチイワシは虎と踊る  第三話 イワシは走り、虎は泣く

 

 

「ちょ、ちょっと待て杏!? 一体何がどうしてそんな事に!?」

 事務員の女性がアンチョビの叫びに反応して驚いて振り向くのを、頭を下げて謝罪しつつ声を落として尋ねる。

『優勝すれば廃校を撤回するという話は、確約では無かったそうだ』

「いや、『確約では無かった』って……約束してたんだよな!?」

『……少なくとも、私と小山、河嶋が聞いた言葉は『優勝すれば大洗の廃校を撤回する』だったよ。でも、ここに来てひっくり返された』

 誰かに言う事で、多少落ち着きを取り戻したのかもしれない。杏は静かに言った。

 アンチョビは何とか頭を整理しようと考えつつ、その言葉に返した。

「その、反故にされたって事か?」

『こっちが甘かった。優勝すれば文句のつけようも無いと思っていたが、『優勝すれば大洗の廃校について再検討する』って約束をした事にされて、結局廃校が決定した』

「無茶苦茶だ!」

 アンチョビの声には怒りがあった。余りに急であり、そして理不尽だった。

「な、何か約束の証明みたいのは無かったのか!? ほら、誓約書とか!」

 僅かの望みを込めた問いかけだったが、杏の返事はその希望も絶った。

『……無い。あの時はこっちもその場で廃校の決定を取り消すのに必死で、文証とかまで頭は回らなかった』

「何て事だ……!」

 

 アンチョビは受話器を手にしたまま天を仰いだ。

 話が振り出しに戻ったどころではない。少なくとも数か月前の勝利条件は「大洗の優勝」だった。その勝利条件を達成した上でゴールが無くなったのだ。

 何とかここから状況を好転させる手段はないか。

 アンチョビは顔を戻すと、更に杏に尋ねた。

 

「……最悪だな」

『ああ、最悪だ。それにまだ、話が終わってない』

「まだあるのか!?」

『何とか時間を稼ごうと色々言ってみたが……もし撤収に必要以上に手間取った場合、職員や生徒の家族の再就職の斡旋をしないと言ってきた』

「………!」

 

 もはや言葉も無かった。

 学園艦管理局は、更にその上の文科省は本気で、そして実に大人げなく、手段を選ばず大洗を廃校にしようとしている。

 アンチョビの中から強い怒りが沸きあがってきていた。そして、杏に心から同情した。

こうしてまた聞きで聞いているだけでここまで衝撃を受けるのだ。突然これらの事を言われた杏の気持ちはどれほどだったか。

「………」

 目を閉じ、大きく息を吐き、そして目を開く。

 

 このまま黙って大洗の廃校を涙ながらに見送るか?

 突然の悲劇に嘆く大洗戦車道のメンバーを「残念だったな」と労うか?

 高校戦車道全国大会初出場、初優勝の伝説だけを残して過去の物にするか?

 そして何事も無く卒業して、寂しい思い出話として後に語るか?

 

 

 ───冗談じゃない。

 

 

「分かった! 今からすぐに大洗に向かう。そこで具体的な作戦を練ろう」

『……すまない』

 杏の返事は短かった。しかし、そこには確かな安堵があった。

 アンチョビは受話器を肩口に挟んだまま、電話台に用意されていたメモとペンを取った。

「杏、そっちはこれからどう動く?」

『これから学園艦に戻って、みんなに説明してから撤収の準備にかかるよ……はは、逸見ちゃんに締められるかもね』

 乾いた笑い。しかしそれでも、多少は杏も調子が戻ってきたようだ。

「それじゃ、そっちはそれで進めておいてくれ」

『っとと! 待った、まだあとひとつ有るんだ!』

 話を終わらせてすぐ電話を切ろうとするアンチョビに、慌てて杏は言った。

「……まだ何かあるのか?」

『大洗の所有する戦車だが、文科省預かりで撤収を待たず回収される事になった。何をするにしても、とりあえずこれを何とかしないといけない』

「徹底しているな……何か手はあるのか?」

 アンチョビは額を押さえた。

『書類上は、紛失扱いで何とか誤魔化せると思う……ただ、その戦車を何処かに一時的にでも預けるところが無いと、結局意味が無い』

 

 大洗の所有する戦車は八両。これを隠す場所が必要だった。

 仮に「渡す戦車は無くなった」と言っても、当の戦車が学園艦の中に置かれたままでは意味が無いし、といって大洗のメンバーが直接持ち出してはすぐにバレるだろう。

 サンダース大付属の所有するスーパーギャラクシー等を利用できればあるいはそれも容易だったのかもしれないが、大洗と接点の無いサンダースに突然協力を申し込んでもおそらくは門前払いの可能性が高い。

 

「戦車八両を黙って受け入れてくれる場所と人、そして輸送手段か……」

 頭を掻きつつその内容をメモに取る。

『多分、こっちがこれ以上戦車道で何かするのを警戒しているんだと思う』

「だろうな」

 戦車道での戦果は、今の大洗が切り出せる数少ないカードだ。学園艦管理局もそれを最も警戒しているのだろう。

 そして、警戒しているという事は───まだ逆転の目はあるという事だ。

『こっちでも何か手は無いか探るけど、アンチョビの方でも当たってみてくれない?』

「ああ……心当たりがあるから、そっちに連絡しておく」

『心当たり?』

「まあ、まだ当てにはしないでいてくれ。正直不確定だ」

 そう言いつつアンチョビは事務室の時計を見た。既に午後三時を回っている。

「それじゃ、これで。何とか今日中に着けるようにしてみる」

『分かった……頼む』

 短く答え、杏は電話を切った。ため息と共に受話器を置く。

「……よしっ!」

 この後の行動を素早く決め、アンチョビは事務室を飛び出した。

 

 

「遅かったッスね、姐さん。何の連絡だったんスか?」

 事務所の外では試合の中断でアンツィオ、ベルウォールの双方の生徒が待機していた。ペパロニが軽く尋ねてくるのに対し、アンチョビは真剣に返した。

「ペパロニ、カルパッチョ、緊急事態だ! すぐに大洗に行くぞ!」

「ちょ、ちょっと、どうしたんスか姐さん!?」

 その権幕に驚くペパロニ。後ろのカルパッチョが言った。

「統帥、大洗で何かあったんですか?」

「大洗の廃校が決まった。今月末で撤収だそうだ」

「……!?」

「はあ!? そ、それってどういう……」

「話は後だ! とにかくすぐに大洗に向かう!」

 今にも走り出さん勢いのアンチョビに、ペパロニは慌てて言った。

「いや、そんな事言ったって姐さん! 練習試合の真っ最中だし、それにここ広島ッスよ!?」

 

 ライバル校の西呉王子グローナ学園の名にもある通り、ベルウォール学園は広島近辺を拠点とする学校である。今回はそれに合わせてアンツィオ艦も広島に寄港していた。 

 更に間の悪い事に、広大な敷地を必要とする戦車道の演習場の多くは市街地から離れた郊外に設置されている。当然ながらアクセスは良いとは言えない。

 

「そんなのどうにかなる!」

「無理ッスよ! 瀬戸内海を抜けて学園艦で行くにも一日以上はかかるし、そもそも目的地変更は生徒会の許可が必要ッス!」

 自身が一時期でも統帥を務めていた事もあり、ペパロニもその辺りの事情は把握していたのだろう。勢いで言うアンチョビに懸命に説明する。

「だったら陸路だ!」

「それこそ無理ッスよ!」

「あー……何かよく分かんねえけどよ、今日中に茨城まで行きたいって話か?」

 その時、言い合う二人に後ろから誰かが声をかけてきた。そちらを向くペパロニとアンチョビ。

「何だったらアタシのヤークトに乗ってくか? 時速60㎞で山を突っ切って行けば1時間もあれば駅近くまで送れるぜ。そっから新幹線なら……まあ、夜には着けんだろ」

 山守音子は携帯をいじりつつ言った。どうやらアクセス状況を調べているようだ。

 突然の申し出に、アンチョビは戸惑いつつ答えた。

「本当か!? いや、助かるが……どうして?」

「本気で焦ってる奴を放っておく程、ワルじゃねえよ」

 音子はそう素っ気なく答えると、その後ろのエミに言った。

「いいよな、マネージャー?」

「………」

 何かを考えるようにエミは腕を組み、沈黙している。

 アンチョビはエミの方に歩み寄ると、頭を下げて言った。

「本当にすまない……試合中だが、どうしても今日中に大洗に行かないといけない件が出来た。この落とし前は必ずつけるから、中断させて貰いたい」

「……本当にヤバい事みたいね」

 余程焦りがにじみ出ていたのだろう。アンチョビの姿にエミは頷いた。

「仕方ないわね。落ち着いたら、再戦させてもらうわよ?」

「ありがたい! 勿論こっちからベルウォールに合わせるから、その時は頼む!」

 ぱっとアンチョビは喜びを浮かべると、もう一度礼をして音子のヤークトパンターへ向かって行った。

「行くぞペパロニ! 手荷物だけ持ってきてくれ!」

「りょ、了解ッス!」

「統帥、アンツィオのメンバーの撤収の指示は私が出しておきます」

「頼む、カルパッチョ!」

「たかちゃ……向こうのカエサルも落ち込んでいると思います。私が心配していたと伝えて下さい」

 慌てて走ってゆくペパロニと、あくまで冷静な姿勢で話をするカルパッチョ。

 

 その様子を見つつ、何時の間にかエミの近くまで来た千冬が彼女に言った。

「残念だったわね、決着を着けられなくて」

「……ヤバかったわね、正直」

 エミはそう言うと息をついた。

 エレファントを撃破された時点で、勝負の天秤は大きくアンツィオに傾いていた。あの後の一撃でヤークトパンターがやられていればどうなっていたか。

 また、そのヤークトが撃破されていればこうして音子がアンチョビを送る事も出来なかった。結果として、あの電話は最も良いタイミングで鳴ったとも言える。

 

「おーし、準備できたか!? 行くぞ!」

 ペパロニが荷物を持ってヤークトパンターに乗り込んだ。確認して音子も乗り込んでゆく。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 何かをメモに書き込んでいたアンチョビは、それをカルパッチョに手渡した。

「カルパッチョ、これを電報で書いてある先に送っておいてくれ」

「統帥?」

「頼む!」

 怪訝な顔をするカルパッチョに説明もせず、アンチョビは一言を残してヤークトパンターに乗り込んだ。

「うっはー! これがパンターッスか、かっこいいッスねー!」

「呑気だなお前は!」

 中からペパロニの声が聞こえてくる。

「定員オーバーで飛ばすから、しっかり摑まっておけよ! マネージャー、送ったら学園艦に直接戻るからよ、そっちはそっちで撤収を進めといてくれ!」

 砲塔から再度姿を出した音子がエミに言う。頷くエミ。

「分かった。気をつけて!」

「んじゃ行くぞ手前ら! 全速前進!」

 その言葉を言い終わる前にヤークトパンターは唸りを上げて走り始めた。土煙を上げ、獣道ほどしか開けていない道に突っ込んでゆく。

 それを見送る一同。カルパッチョはエミに改めて礼をした。

「ご迷惑おかけします。このお詫びはまた機会を改めて……」

「いいわよ、そんな堅苦しくなくても」

 エミはひらひらと手を振って答えた。全く気にはしていないようだ。

「それより、教えてもらえる? 何で彼女があそこまで焦ってるのか」

「……統帥にとって大事なものが奪われようとしているんです。場所と、仲間が」

 逆に聞いてきたエミの問いに、カルパッチョは頷いて答えた。

 

 

 夕暮れの中、大洗女子学園の戦車道ガレージに数十人の女生徒が集まっていた。

 

「……以上だ。他に質問は?」

 

 角谷杏はそこまで言うと、口を閉じた。

 静寂と言うには余りに重い空気が場を支配する。

 並ぶ少女たちの表情は様々だった。驚きを浮かべたままの者。唇を噛み締める者。涙を滲ませて俯く者。紗希のようにひたすら天井を見続ける者もいる。

 

 ───しかし、その表情が示す感情が「絶望」である事は全員が共通していた。

 

「(……まあ、こうなるよねえ)」

 一通りの説明と質問の対応を終え、あえて無表情を維持しつつ杏は内心で嘆息した。

 生徒会長としての務めの中、それなりに心の強さを持ち合わせていると自身でも思っていた杏ですら心が折れかけたのだ。それを普通の少女が告げられればどうなるか。

 それに加え、杏の気がかりはもう一つあった。ここに居るのが”大洗”の女生徒だけならまだ多少はマシだったのだが。

「そんな……そんなの、あんまりじゃないですか!」

 その対象、大洗のパンツァージャケットに身を包んだ西住みほは一歩踏み出すと杏に言った。

 

 西住みほ。先の全国大会まで無敗を誇っていた高校戦車道の怪物「西住姉妹」の妹。

 エキシビジョン直前に大洗への交換訓練に来た彼女の存在は、大洗のメンバーにとっても良い刺激となり、また黒森峰の堅苦しい戦車道しか知らなかったみほにとっても自由な大洗の校風は新鮮な印象を与えていた。

 このまま良い経験と記憶を持ち帰ってもらい、次の交換訓練先のプラウダに行ってもらいたい。そう思っていた矢先の事だった。

 

「………」

 杏は答えない。みほは更に言葉を続けた。

「大洗のみんな、こんなに頑張って、黒森峰に勝って……それが、こんな……!」

「大丈夫よ、西住さん」

 その後ろからの声。

「……逸見さん」

「折角の交換訓練中に嫌な思いをさせちゃったわね。貴女は気にしなくていいわ。ちょっと早まったけど、引き上げの準備をしておいてくれればいい」

 隊長の徽章を付けた逸見エリカは、みほの肩に手を置くとそう言った。その表情は落ち着いており、口調も静かだ。そのまま杏の前に立つ。

「言うのは、私の役目」

「(ああ、こりゃキレてるかな)」

 

 しかしそれが本当に落ち着いている訳ではなく───怒りが限界を超えているだけだという事に、杏は気付いていた。

 

「どーしたの、逸見ちゃん」

 あえて軽い口調で答える。

「……つまりこういう事よね? 『生徒会のいい加減な約束で、私たちはここ数か月無駄な事をやっていた』『親の職業を盾にされて、すごすご帰ってきた』」

「い、逸見!」 

 杏の後ろに控えていた桃が声をあげる。その目は赤くなっており、頬には涙の跡が残ったままだ。既に桃と柚子の二人には事前に説明を終え、桃はそこで泣きはらしたのだ。

 だから分かる。杏が痛みも無しに皆に説明した訳ではない事を。

 杏はエリカの瞳を正面から見返すと答えた。

「そうだね……その通りだよ」

「っ!」

 エリカの手が振り上げられる。

 杏は目を閉じ、歯を食いしばった。頬の一発打たれるくらいの事は仕方ないと思っていた。

 

「………」

 

 数秒の間。頬に痛みは来ない。

 

「………?」

 

 目を開ける。

「………」

 エリカは手を上げたまま、動きを止めていた。その目から涙が流れる。

「……分かってるわよ」

 震えながら、その手を下ろす。

「ここでアンタを、責めて、も……!」

 涙が止まらない。そのままエリカは膝を落とし、床に手をついた。

「ううっ、うっ……!」

 すすり泣きが広いガレージに響く。

 杏の後ろに立つ柚子が、背筋を伸ばして言った。

「みんな! 悪いけど、撤収の準備に取り掛かって。ご家族が学園艦にいる人は家の引っ越しの手伝いを。個人の人は荷物をまとめておいてください」

 そう言う間にも、エリカの泣き声は続いている。

「あぁ、ああぁぁぁ……!」

「逸見さん……」

 みほはそのエリカの横に座り、震える背を優しく撫でた。

 

 

 

「で、どうするの?」

「便利屋扱いされるのは不本意だけど……まあ、無視するのも寝覚めが悪いよね」

「素直に『勝ち逃げされたくない』って言えばいいんじゃないの?」

「……行こうか。進路、大洗学園艦」

 薄暗い船の中、届けられた一枚の電報を前にする少女たちはそう言葉を交わした。

 

 

 オオアライ センシャ スベテ ロカク タノム

 24ジカン イナイ

 

 

 劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第三話 終わり

 次回「イワシの帰還」に続く




※ベルウォール学園が実際どこを拠点としているかは作中で明記はされていません
 競合の西呉王子グローナの名前から推測した本作オリジナル設定ですので、ご了承ください。
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