カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第六話 駆けるイワシと暴君の咆哮

「はっはっはー! 遅かったッスね、大洗!」

 アンツィオ高校・新統帥ペパロニは大声でそう言うと、一団の先頭のエリカを指さした。

「……そっちは随分と早く負けたのね」

「勝って来てるに決まってるだろ! ワッフル学院のリース品のヴィッカーズなんて、我々アンツィオの敵じゃなかったッスよ!」

 冷静に返すエリカにペパロニは胸を張って答えた。横のカルパッチョが続けて言う。

「まあ、実際は敵のM4に半分やられてギリギリだったんですけどね」

「か、勝ちは勝ちだ!」

「それでペパロニ、何しにきたの?」

 エリカの横に立つ杏が尋ねた。

「フン! プラウダ相手にお前らが勝てるとは思えないからな。一回戦で敗退するなら、せめてその負けざまを見て留飲を下げようと思っただけッス!」

「……その格好で?」

「それはそれ、これはこれッス! という訳で、アンツィオ名物砂漠パスタ、如何ッスか? パスタを茹でる水の調達に手間取ってちょっと割高500万リラだけど、味は保証するよ!」

 コック姿のペパロニはそう言って手慣れた風にフライパンを揺すった。

「資金調達を兼ねた偵察という事で。あ、たかちゃんは幾らでも無料だからね」

 横のエプロン姿のカルパッチョがそれを補佐してパスタを茹でる。

「砂漠でパスタ茹でた話はフォークロアじゃなかった?」

「細かい事気にしてるとモテないッスよ? それより、アンタの所の姐さ……もとい! アンチョビはどこに行った?」

「彼女なら……」

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第六話 駆けるイワシと暴君の咆哮

 

 

 砂漠試合会場・プラウダ高校スタート地点。

 仮設されたテントの中で、隊長のノンナは額の汗を拭った。流石にこの暑さで正規のプラウダのパンツァージャケット装着は困難なため、現在の彼女らは袖を捲ったシャツと膝上丈ののタイトスカートという涼し気な服装である。

「ノンナ、防塵フィルターの全車両の交換が完了したわ」

「ご苦労様です、カチューシャ。車輌の調子はどうですか?」

「……良くはないわね。思った以上に冷却が効いてない」

 ノンナの問いに、カチューシャは難しい表情で答えた。

 

 プラウダが主力とする旧ソ連戦車は、そもそも砂漠での運用を前提としていない。特に空調機能やエンジンの冷却機能は寒冷地での運用を前提としたものであるため寒さには強いが暑さには脆弱である。メンテナンスは行っているが、それでも数台の試合中の不調は覚悟せねばならないだろう。

 だが、それでも戦力的なプラウダの圧倒的有利は動かない。車輌数だけでも10対6、更にこちらの主力のT-34の装甲を抜けるのは更に半数程度。それに比べてプラウダ側は最弱の76.2mm砲でも相手の大半を正面から撃破可能だ。

 

「すンませーん、隊長ー!」

 その時、テントの外から隊員の声が聞こえた。

「どうしました?」

「あンのー、大洗の隊長さンが来られてますー!」

「………」

「………」

 無言でノンナとカチューシャは顔を見合わせた。入り口に近いカチューシャが先に出て行き、ノンナが後に続く。そこには、CV33の上に座り周辺を伺うアンチョビがいた。こちらは新しく作られた、黒を基調とした大洗専用パンツァージャケット姿だ。

「お、出てきてくれたか」

 テントから出てきた二人に気付くと、アンチョビは車輌の上から降りて歩み寄った。

「どうも、大洗隊長のアンチョビだ。こういう時は格下から挨拶に伺うのが礼儀かと思ってな、ちょっと来させてもらった。今日はよろしく頼む」

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 アンチョビの意図を計ろうとしたか、数秒の沈黙の後ノンナはアンチョビの差し出した手を握り返した。だがその視線はどこまでも冷たい。

「カチューシャから下見中に会った話は聞きました。こちらとしては、素直に戦力差を認めて降伏して下さると助かるのですが」

「そりゃできない相談だ。こっちもこっちで事情がある」

 慇懃無礼なノンナの言葉に、アンチョビは笑顔で返す。

「『洞窟の中で一匹なら、ネズミもライオンを気取る』……我々の目標は黒森峰の西住姉妹。それ以外はただ駆除されるだけのネズミです。それを自覚しなさい」

「ネズミも二回噛めばライオンを殺せる。アナフィラキシーショックでな」

 更に鋭さを増すノンナの言葉。それに対しアンチョビは切り返すと、握手を解き再びCV33の上に乗った。

「それじゃ、また! 今日はいい試合をしよう!」

 そのままCV33はエンジンを立ち上げ、プラウダの面々を後にした。

「……なかなか面白い隊長ですね」

 ノンナはそう呟くと再びテントに戻った。その表情は先ほどまでと変わらない。

 長い付き合いのカチューシャのみが、今の彼女が相当に頭に来ていると理解していた。

 

 

「怖かったー……何だアレ、本当に私と同じ歳か?」

 一方、車内に戻ったアンチョビは襟を解いて首筋に風を送りつつ脱力していた。

「本当に挨拶に行っただけだったんだな」

 操縦席の冷泉麻子が淡々と言う。

「まあ、それだけじゃないがな……この時間で整備に動いてるメンバーが何人かいた。おそらくこの暑さでエンジン周りが上手くいってないんだろう」

 分析しつつ地図を広げ、既に何ヵ所か付けられた×印に書き込みを加える。

「で、どうするんだ?」

「『ラザニア作戦』は予定通り行こう。正直ミスれば一発アウトだが、読みが当たれば敵フラッグを一撃で仕留められる」

「やれやれ、色々な意味で責任重大だな」

 麻子はそう呟くと、大洗勢の待つスタート地点へ向かった。

 

 

 砂漠に設置された客席は雛壇でない。運動会で使われるような集会テントが幾つも作られ、中にはトレニアとパイプ椅子が設置されている。

 観客は強い日差しを避けつつ大型表示板を眺めていた。プラウダ側が8割埋まっているのに対して大洗側の客席はまばらだ。やがて表示板のカウントが0に近づき、表示が「開始」に変わった。

 

『大洗女子学園対プラウダ高校。試合、開始!』

 

 アナウンスが響き、開始を示す発砲音が鳴る。客席に設置された大型掲示板には双方の戦力と動きが表示されている。まだどちらも動き始めた時点で接敵はしていない。

 プラウダの10台の車両。T-34/76×5、T-34/85×4、そしてIS-2×1という陣容に対し、大洗側はCV33、Ⅳ号、Ⅲ突、M3Lee、八九式、38(t)という編成。

「やはり、大洗は厳しいかもしれませんね……」

 ひと商売を終え大洗側の客席にペパロニとカルパッチョはいた。改めて両者の戦力差を確認し、カルパッチョが呟く。

「統帥ならどうします?」

「んー……まあ、基本は待ち伏せやおびき寄せからの一発狙い。ただ、相手に密集されて一斉砲撃を食らったら囮どころじゃなく吹き飛ぶな。もう一枚何かが必要になる」

 画面を見ながら腕を組んでペパロニが答える。

「………」

「……どうした?」

「いえ、思ったより普通に考えられていて驚いただけです」

「なあカルパッチョ……お前、私の事を実はバカにしてないか? ……ん?」

 そう言い合う中、画面の両者は対照的な動きを見せていた。

 プラウダ側は分散せず楔形陣形、いわゆるパンツァーカイルの陣形で進む。一方大洗は開始早々に分散し、それぞれが特定の地点に向けて動いていた。

「……あれは」

「おいおい、気づいてないのか!?」

 二人が驚きの声を漏らす。大洗側フラッグ車、CV33はまっしぐらに敵陣の方角に単騎で突撃しようとしていた。

 

 

 砂塵を巻き上げ、プラウダの10両の戦車が進む。その歩みは速くは無い。

 姿勢安定のため砲を後ろに向けつつ先頭を進むIS-2のハッチが開き。防塵ゴーグルを装着したノンナが姿を見せた。張り付く砂を払いつつ観測し、一両に通信を送る。

『8号車、見たところ遅れているようですが』

『すンません! エンジンが熱持ってスまって、回転上がらねェです!』

『……分かりました。10号車を護衛に残します。復旧後に追って下さい』

『あ、ありがとうございまス……』

『……「赤」に上がりたければ、素早く直しなさい』

『は、はいっ! 分かりまスたっ!』

 震えあがるような声を残し8号車の車長は通信を切った。10号車に指示を飛ばし、二両を後方に残す。

 やはりこの高熱と砂塵でエンジンの調子が悪い。それはノンナの搭乗しているIS-2も例外ではなく、元々が車体サイズを無視した122mm砲を搭載させたピーキーな車両だけにエンジンは常に不機嫌そうな音を立て、フィルターが防げなかった砂が軋みを立てる。

「……大丈夫ですか?」

 車内の搭乗員に声をかける。

「大丈夫です、隊長!」

「万事異常ありません、隊長!」

 機敏な返事が返ってくる。

 彼女とカチューシャの戦車の搭乗員は他の車両と異なり「赤」の中でも特に練度の高いメンバーで固定されている。だが、それでも疲弊は隠せていない。蒸れた車内で絶えず汗を拭い、内外からの熱に無言で耐えている。

「生理用食塩水の補給は常に行いなさい」

 そうノンナが指示を飛ばした時、2号車のカチューシャから通信が来た。

『ノンナ、正面に敵車両一両発見!』

(一両?) 

 ノンナは再びハッチから顔を出し、正面を見た。砂丘の陰を利用して接近したのか、前方数百mの地点に一台の車両。フラッグを立てたCV33。それが全速力でこちらに向かってくる。護衛は無い。

『全車両停止。停止後に一斉砲撃。IS-2の砲塔回転を待たずに撃ちなさい』

 全機に通信を送り、車内に戻る。停車させ、真後ろを向いた砲塔を回転させる。それに続き、後続の7両も順次停止した。砲塔を突っ込んでくるCV33に向ける。

『………どうしました?』

 

 ―――後方の車両が撃とうとしない。CV33は回避運動もせずに突っ込んでくる。適当に撃っても外すのは難しい距離。当たれば一撃。

『そ、そンの……た、弾ァ落とスてしまって! すンぐ装填します!』

『ちょ、ちょっと待って下さい!』

『わ、わたスらも……!』

 ぎこちない返答、嘘なのは明らか。では何故嘘をつくのか。

(……成程、そういう事ですか)

 ノンナは今回の試合に「灰」を中心に編成した事を後悔しつつ、砲手に指示を飛ばした。

「僚機は当てになりません。私達で撃破します」

 

 

「おい、全砲門こっちを見てるぞ、大丈夫なのか?」

 突撃するCV33車内。麻子はエンジンを全開にしつつアンチョビに聞いた。

「大丈夫だ! 普通ならとっくに撃たれてる。やっぱりアイツら、私達を撃てないんだ! 『撃ったら試合が終わってしまう』からな!」

 アンチョビは会心の笑みを浮かべて言った。

 

 彼女が突いたのはノンナ考案の「灰」の昇格のシステムだった。戦場での戦果が昇格に関わるこの制度において、試合では一両でも多く撃破した方が彼女らにとって有利になる。逆に試合が早々に終わってしまっては昇格できる者は限られる。

 また、このシステムで他者のチャンスを潰してまで上がろうとする行為は意味が無い。再転落の可能性がある以上、それを一度行って再転落すれば二度と上がれなくなる。

 故にアンチョビは「灰」のメンバーが中心となった今回のオーダーにおいて、最初に

フラッグ車が出てきても撃破は躊躇されると読んだのだ。

 無論、それが無謀に限りなく近い作戦だったのも間違いないのだが。

 

「とは言ってもIS-2は砲塔を向いた瞬間こっちを撃つぞ、それまでに敵陣に突っ込め!」

「やれやれ、舌を噛むなよ」

 麻子が呟き操縦桿を動かす。アンチョビは車体から体を出して敵陣を見る。

 IS-2にフラッグは立っていない。フラッグ車はその横の二号車。おそらくカチューシャが搭乗している車両だろう。

「……麻子、右だ!」

 アンチョビはその砲塔に不穏なものを感じ、咄嗟に麻子に指示を飛ばした。直後、砲声が響きCV33の左側の地面が抉れる。だが何とかCV33の動きがIS-2の砲塔の回転速度を上回った。IS-2の側面を抜け、そのまま陣形の内側に入り込む。

「カチューシャ、何のつもりだ!? まあいい、中には入り込んだ。ラザニア作戦、二枚目いくぞ!」

『ラザニア了解!』『ラザニア了解!』

 通信機から典子と杏の声が返ってくる。CV33はそのまま後方まで抜けると、停車するT-34の間を抜けるようにして走りながら8mm機銃を乱射し始めた。

 

 

「カチューシャ?」

 IS-2車内。二号車に通信を開こうとしていたノンナの耳にカチューシャの声が響いた。

『アンタたち、目標を間違ってるんじゃないわよ!』

 カチューシャが全車両通信を行い怒声を飛ばす。

『試合に負けたら全員「灰」のまま! 個人の戦果より全体の勝利を優先しなさい! 今試合、勝利した場合は個々人の戦果を問わず全員昇格! 撃破されても罰則は無し! だから全力であの豆戦車を狙いなさい!』

 当たり前だが、それらの言葉に隊長であるノンナは関わっていない。カチューシャが即興で考え、語っているだけの内容である。

 しかし、その言葉には聞いた者を信用させるだけの強さと決断があった。

『りょ、了解!』

『カチューシャ副隊長、了解スました!』

『ウラー!』

 通信機から返ってくる諸隊員の声も勢いがある。やがて、撃つのを躊躇っていた戦車も次々とCV33を狙い始めた。

『……ごめん、ノンナ。越権行為だったのは分かってる』

ノンナの乗る隊長車にのみ向けられた通信。今さっきまでの決断的な声とは別の、申し訳なさそうな穏やかな声だ。

『でも、皆を動かすにはああ言うしか無かった。責任は全て私にあるわ』

「……いいえ、結構です。カチューシャ、貴女の今の判断は正解です」

 

 確かに隊長にのみ許された命令権を無視した行動であり、本来ならば処罰の対象である。

 しかしノンナはカチューシャのその行為にむしろ満足し、決意を新たにしていた。

 やはりカチューシャには長たる器がある。その場の人間の動揺や不安を抑え、最適な答えを素早く出す決断力が。

 こんな所で手こずる訳にはいかない。黒森峰の西住姉妹、彼女らをカチューシャが倒すことでプラウダにカチューシャの不動の伝説を打ち立てる。それが自分の使命。

「……同士討ちを恐れず撃ちなさい。一発当たればこちらの勝利です」

 苛烈な指令を送り、自身も敵影を追う。IS-2の122mm砲はCV33にとってはオーバーキルと言える威力を誇るが、反面その装填速度はT-35に比べて大幅に劣る。注意が必要だ。

 T-34/85の一両が砲撃を放った。CV33は横滑りするように回避。その射線上にあったT-34/76を直撃する。煙と共に白旗が上がるT-34/76。

 だが、その回避した先には既に二両のT-34/76が待ち構えていた。逃げ場は無い。

「……捕まえた」

 ノンナが呟く。その時、CV33前方のT-34/76の一両に爆発が起こった。

「!?」

 

「根性ーッ!」

 二両の後方、迷彩ネットを外した八九式が突撃してきていた。車上の磯辺典子が叫びと共に更に砲撃を加える。八九式の57mm砲ではT-34の装甲を背面からでも抜けないが、無視できる存在でもない。

『た、隊長! もう一両……ひゃあっ!?』

 無線から悲鳴めいた声。見ればCV33を後方から狙おうとしていたT-34/85が砲撃を受け、履帯を破壊されている。反対方向から突撃してきた38(t)が更に接敵し、攻撃を加える。エンジン部を直撃され、白旗が上がる。

 CV33に多数の戦車が砲門を向けていたため、対応が間に合っていない。

 

(先手を取られ、同士討ちを含めてこれで二両撃破……)

 格下相手のこの失態。通常の指揮官であれば少なからず動揺する所である。

(……違う、これも本命ではない)

 しかしノンナは眉一つ動かさず、戦場を冷静に俯瞰した。

 二重のかく乱、乱れた陣形。敵のCV33、八九式、38(t)―――ノンナは左前方、遥か先の砂丘を見た。

「砲塔回転。目標、9時方向の砂丘上」

 砲手に指示し、再度通信を開く。

「IS-2砲撃後、全車両、前方全速前進。距離を置き改めて陣形を整えます。相手の車両は側面を近距離で狙わない限りはこちらを撃破できません。落ち着きなさい」

 砲塔が向く。目標はその先、砂丘上のⅢ突とLee。

 

「……まずい、気付かれた!」

 回避行動を続けるCV33から顔を出し、アンチョビはIS-2が砲塔を回転させるのを確認して慌てて回線を開いた。

 「エルヴィン下がれ! IS-2がそっちを狙っ……!」

 だが、その声はIS-2の122mm砲の轟音にかき消された。

 

 

カタクチイワシは虎と踊る 第六話 終わり

次回「虎は潜み、イワシは踊る」に続く

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