カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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第十七話 そして役者は舞台に集う

「……悪趣味じゃ、ない」

 

 その白黒のエプロンドレスに身を包んだ少女は、不機嫌そうにエミとエリカに言った。

「頑張れボコ殿おぉぉっ!」

 完全に壇上のボコに集中している鶴姫しずかの声が響く。

「え? あ、ご……ごめんなさい」

 彼女から吹き付ける、まるで88mm砲を至近距離で突き付けられているかのような殺気にエミは息を呑み、素直に謝った。続けてエリカも。

「ええっと、その……すまなかったわね」

「………」

 その少女は小さく頷くが、不機嫌そうな視線は変わらずに二人に向けられたままだ。

 

「………」

 

 無言のプレッシャーがかけられる。次の行動を待っているように。

 エリカは彼女が何を待っているかを察し、覚悟を決めたように壇上に向き合った。

「が、頑張れー、ボコー……」

「ま、負けるな、ボコー……」

 顔を赤らめつつ、エリカは小声で言った。エミもそれに続く。

 

「……もっと大きく」

 

 どうやらまだ駄目のようだ。エミは覚悟を決めると大きく息を吸った。

「ま、負けんじゃないわよ、ボコー!」

「ボ、ボコー!」

 壇上に届く程度の大きさになった歓声に、少女も満足したようだ。

「負けるなボコー! ボコー!」

 小柄な体ながら、張りのある声で自身もエールを袋叩きにされているボコに送り始める。

「頑張れ、ボコー!」

 エリカらの隣のみほは二人の様子に気付いていないのか、普段の彼女からは出ないような大きさの声で応援している。

 

『うおお、キタキタキター!』

 

 客席の全員が応援するのが合図だったのだろうか。袋叩きを食らっていたボコは力強く立ち上がった。その様子に怯んだ三人のネズミたちと再度対峙し、力強く腕を振る。

 

『みんなの応援のお陰でパワーが漲ってきたぜ! ありがとよ!』

 

 そう言うと、ボコは全力で突っ込んで行き──振りかぶった拳を空振りさせ──転んだ。

 再び始まる袋叩き。

 

『ンだよ、口だけじゃねーか!』

『驚かせやがって!』

『オラオラー!』

『ち、ちっくしょー!』

 

 三匹のヌイグルミの容赦ない攻撃に、ボコは悔しげに叫ぶ。

「……何、これ?」

 思わず素の表情で呟くエリカ。

「結局はボコボコにされるのね……」

 同様に疲れた声で言うエミ。それを聞き留めたみほが強く言った。

「それがボコだから!」

「ボコ殿……負けると知ってなお挑むその姿勢、見事、見事な……!」

 一方、どこがツボに入ったのか分からないがしずかは目元に涙を浮かべ、嘆息していた。それを呆れつつも微笑みを浮かべて鈴は見ている。

 

『やられた~……次は負けないからな!』

 

 殴りつかれた三匹が去ったあと、ボコはヨロヨロと起き上がり、客席に手を振った。

 緞帳が左右から引かれ、ショーの終了を示す。

「……え?」

 背後からの殺気が消える。

 ふとエミが振り返った時、既に先ほどのエプロンドレスの少女は姿を消していた。

「……何だったのかしら、あの子?」

 思わず呟くエミに、エリカが言った。

「ただの熱心なボコファンの子供でしょ、多分」

 そう言いつつも、エリカの頭のどこかに引っかかるものがあった。直接会った事は無いだろうが、何処かで見たような既視感。

「………」

「これがボコ・ショーか……西住殿。良いものだな、ボコは」

「鶴姫さんもそう思う? うん、ボコはあの絶対にくじけない所がカッコいいの!」

 その横では、しずかとみほがボコ談義で盛り上がっていた。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十七話 そして役者は舞台に集う

 

 

「うー、イテテ。今日のはちょっとキツかったぜ……」

 粗末な舞台の袖口から着ぐるみのボコが姿を現す。その格好は舞台上で汚れたままだ。

「ボコー!」

「おお、嬢ちゃん。今日も待っててくれたのかよ。嬉しいぜ!」

 そこに駆けてくるエプロンドレス姿の少女。彼女の姿を認めると、ボコは強がるように片手を挙げた。

 彼女はこの閑散としたテーマパークに頻繁に訪れ、ショーが終わると幕が閉じるのを待たずにこうやって退場するボコを待っていてくれる。言わば「出待ち」だ。

「ボコ、今日はいつもよりかなりボコボコだった……」

「おうよ。何時もより応援してくれる子が多かったから、ちょっと頑張っちまった。アレってお嬢ちゃんの友達かい?」

 ボコの問いかけに、少女は首を横に振った。

「ううん、知らない人……でも、私が言ったら応援してくれた」

「そうかい。へへっ、ありがとよ」

「明日からしばらく、ショーを見に来れなくなるから」

 寂し気に少女が言うとボコは着ぐるみのまま俯き、小さく言った。

 

「そうか……そんじゃ、ひょっとしたらショーで会えるのは、これが最後かもしれねえな」

 

「……!?」

 少女の顔に驚きが浮かぶ。ボコは言葉を続けた。

「ここが閉園するかもしれねえんだ。オイラも頑張ってボコボコになってきたけどな……」

「そんな……」

「まあ、そうなっても忘れないでくれよな」

 着ぐるみのボコの表情は当然ながら変わらない。しかし、何処かその頭に巻かれた包帯が何時もより痛々しく見えた。

「分かった」

「すまねえな、嬢ちゃ……」

「私が、何とかしてみる」

「……嬢ちゃん?」

 少女の顔には強い決意が浮かんでいた。どんな障害があろうとも、閉園を防ごうとする強い決意が。

 

「……私に、任せて」

 

 そう最後に一言残すと、少女は身を翻して走り出した。

 エプロンドレスのポケットから携帯を取り出す。着信履歴あり。見慣れた番号。少女は慣れた手つきでその番号にかけ直す。

 二度の着信音で、すぐに相手は出た。

『……すまないわね。大学の方に居なかったから、いつもの場所に行っているとは思ったのだけど』

「構いません、お母様」

 落ち着きのある女性の声。島田流家元、島田千代。

『大学選抜チームの準備の方はどうかしら?』

「問題ありません。今夕に最終ミーティングを行い、そのまま北海道に向かいます」

『その選抜メンバーについてなのだけど、文科省側から二両加えてほしいという要請が来たの。うち一両の車長は、辻局長のご親戚の方らしいのだけど……』

「二両?」

 千代は端的にその内容を説明した。少女の眉がひそめられる。

 顔は見えなくとも、どんな反応を娘がするかは予想済みだったのだろう。千代はなだめるように言った。

『邪魔だとは思うのだけど、使いようはある車両よ。お願いするわね』

「……分かりました。お母様、私からもお願いが」

『何かしら? 無茶をお願いしているし、思い切ったお願いでもいいわよ?』

「この試合に勝ったら、ボコミュージアムに援助をしてほしいの。このままだと閉園になるって」

 13歳の娘が母親に頼むには、余りに大それた頼み。しかし電話の向こうの千代は僅かの悩む風も無く答えた。

『分かったわ。その位なら』

「ありがとう、お母様」

 顔をほころばせる少女、しかし千代はそこに釘を差すように言った。

『その代わり、容赦なく叩き潰しなさい。特に西住姉妹は徹底的に、西住家の名が地に堕ちるように』

「……はい、お母様」

 大学選抜チーム隊長にして島田流家元の娘、島田愛里寿は頷きつつ答え、携帯を切った。

 

 

「……ん?」

 ボコミュージアムから遥かに離れた聖グロリアーナ学園艦、「紅茶の園」の隊長室。

 謎の悪寒を感じ、出された紅茶を口にしようとしていたアンチョビは咄嗟に背後を見た。自分が入って来たドアがあるだけで、そこには何も無い。

「どうかしたかしら?」

「あ……いや、何でもない」

 円卓の向かい側に座るダージリンの言葉に、アンチョビは小首を傾げると姿勢を戻した。

「さて、折角来て下さったのに申し訳ないのだけど……お返事は変わりませんわよ?」

 白磁のティーカップを音もなく手にするダージリンが真っ直ぐにこちらを見据えている。口元には穏やかな笑みが浮かんでいるが、その瞳には鋭い光が宿っている。

 

「それとも……何かこちらを動かす材料でも、用意してきたのかしら?」

 

 流石は聖グロリアーナのダージリン、察しが早い。アンチョビは内心で感心しながらも表面上は不敵な笑みを浮かべた。

「アンタ達の状況は分かってるつもりさ。島田の手助けでパーシングを導入した貸しもあるし、確かに『聖グロリアーナのダージリン』としては難しいだろう」

「………」

 ダージリンは微笑みをたたえたまま、アンチョビを見ている。こちらが何を仕掛けてくるつもりなのか測るように。

「だが……これならどうだ?」

 

 そう言いつつ、アンチョビは一枚の紙を差し出した。前回もアンチョビが持ってきた短期転校手続きの申込用紙。しかし、白紙だった前回と異なり今回は既に記入されており、誰だかの印鑑まで押されているものだ。

 

「……!」

 傍らのオレンジペコがその紙を取り、文面を確認する。僅かに顔に浮かぶ驚き。ペコは書類をダージリンに手渡した。 

「……フフッ」

 そこに書かれている名前と学校名にダージリンは数回瞬きし、やがて楽しそうに笑いだした。

「フフッ、フフフッ……なるほど、なるほどね」

 含み笑いをするダージリン。アンチョビは彼女からの言葉を待つ。

 笑いを止め、ダージリンは言った。

「ひとつ、お願いしたいのだけど?」

「何だ?」

 スッとダージリンは掌を挙げ、ペコの方を見つつその手を扉に振った。

 彼女の意図を察し、ペコは足音も立てずに扉に近づくとドアノブに触れた。そのまま一気に開ける。

 

「のわわわわわっ!?」

 

 直後、そこから転がり込むように赤毛の少女が倒れ込んだ。

「あ……あら?」

 周囲を見回す。

「え、えーとですね、ダージリン様! これはドアの立て付けの整備を……」

 彼女、ローズヒップは自分に向けられる視線に気づき、汗をかきつつ言い訳を始める。

「……この子の分の短期転校手続きの書類も、用意して下さるかしら?」

 その言い訳を聞き流しつつ、涼しい顔でダージリンは言った。

 

 

 それとまた同時刻、プラウダ学園隊長室。

 

「……出来たわ! これで誰も私たちとは分からないわね!」

「ええ、これなら問題ないでしょう」

「………」

 

 目元と口元だけ空けた覆面を被り、自慢げに言うカチューシャ。それを肯定する、骸骨を模した覆面で口元を隠したノンナ。そして二人に何か言いたげに、しかし自身も銀行強盗めいた黒布で顔の下半分を隠すクラーラ。

 彼女らは別に今から仮装行列に参加する訳ではない。彼女らがこれから行おうとしている戦車の運用が名目上、プラウダとして動いてはいないというアピールである。

 全国大会で初戦敗退した事もあり、その後の改革もあったとはいえノンナ等へのOG会からの風当たりは強い。それを避けるためにノンナが提案したものだ。

「大洗側は、助力を含めてまだ30両は揃えていないのですね?」

「ハイ、コノママデハ僅カニ戦力不足ニナルカト」

「なら、やっぱり私たちの助けが必要ね!」

 力強く言うカチューシャ。その姿にノンナは眼を細めた。

 

 ノンナの思惑通り、カチューシャは「自ら気付き」「大洗を助けようと言い出し」「悩むノンナを動かした」。これが最終調整だ。

 やはりカチューシャは英雄になるべき存在だ。その思いを更に強め、ノンナは彼女を押し上げる決意を確かにする。

 

「大学側の戦力はどうなっていますか?」

「ソレガ……諜報部モ動イテハイルノデスガ、確カナ情報ハ来テイマセン」

 申し訳なさそうに首を振るクラーラに、カチューシャが尋ねた。

「メンバーについてはどうなの?」

「確カナノハ島田愛里寿……アト、“バミューダトリオ”ノ異名ヲ持ツ三人ノ中隊長モ確認サレテイマス」 

「手強い相手ですね……」

 その名を聞き、ノンナの顔に険しさが混じる。島田流家元の娘の天才少女に、大学戦車道において最強の連携を見せる三人、いずれも油断できる相手ではない。

 しかしクラーラの話はまだ終わっていなかった。覆面姿のまま、もう一人の名前を挙げる。

「アト、今試合ニ参加スルカハ不明デスガ……前ノ大学選抜ノ試合デ気ニナル名ガ」

「気になる名前?」

 きょとんとするカチューシャ。クラーラは静かに言った。

 

「……“道化師(トリックスター)”」

 

「……!?」

 その名を聞き、ノンナは息を呑んだ。

「ちょ、それって……!」

 カチューシャは驚き、クラーラを見返した。

 他校の人間がその名を聞いても、あるいは無反応だったかもしれない。

 しかしノンナ等はその異名に聞き覚えがあった。あるいは黒森峰や大洗以上にプラウダを苦しめた、その異名を。ノンナは確信と共に呟いた。

「……荒れますね、彼女が加わるなら」

 

 

 

 東京湾に一隻の大型艦が就航していた。その大きさは学園艦と同等だが、その上に広がるのは校舎でなく広大な演習場だ。

 これは戦車道・大学選抜チーム専用の大型艦である。多数の大学の選手と戦車を運用する必要のある大学選抜において、複数の学園艦を一斉に動かす手間と労力を省くためのものだ。

 故にその施設、設備は戦車道の強化に特化されている。敷地の大半は演習場として使われ、それ以外は住居と住人のための商業施設、戦車道連盟の建物がある程度だ。

 その建物の一室、ミーティングルームにおいて三人の女性と一人の少女が映像を見ていた。

 

『黒森峰フラッグ車・ティーガーⅠ走行不能! よって、大洗女子学園の勝利!』

 

 流れている映像は、先の高校戦車道全国大会の決勝戦のものだ。

「……まるで映画だ」

 決勝戦の録画映像を見る四人の内、眼鏡をかけたスレンダーな女性が呟いた。

「噂通り、随分と破天荒な戦術を仕掛けるチームのようね」 

 その横、ストレートの黒髪を肩口まで伸ばした女性がそれに返す。

「でも技量そのものは高校生レベル……隊長、どう思いますか?」

 更にその横、メンバーの中で最も豊満なプロポーションの女性が背後に声を向ける。

 

「問題ない、この程度なら安定した勝利が可能だ」

 

 子供用のかさ高の椅子に座りつつ、愛里寿は落ち着いた声で答えた。

「そうですね、隊長」

 黒髪の女性、メグミが愛里寿に頷き返す。

 7,8歳年下の、文字通り大人と子供ほど違いのある幼い隊長に対してメグミ等は絶対の信頼を置いていた。それは彼女の島田流後継者としての強さと素質を間近で見てきた事で培われてきたものだ。

「全く、相手が可哀想になるわね」

 グラマーな女性、アズミが笑いつつ言う。圧倒的な戦力、優秀な人材、優れた隊長。大洗側に一切勝つ要素は無い。

「メンバーの選出は?」

「ほぼ固まっています。ですが……」

 愛里寿が視線を眼鏡の女性、ルミに向ける。ルミは頷きつつも言い淀んだ。

「何か問題が?」

「車長としてメンバーに加える予定だった者が一名、パーシングでなくT-34/85を使わせてくれと要望して来ています」

「T-34/85?」

 無表情に僅かの怪訝を乗せ、愛里寿が尋ねる。

「前回の社会人戦で良い働きをしていたので、今回もと思ったのですが……足並みが乱れるようであれば、編成から外します」

「ああ……彼女か」

 そこまで言われ、愛里寿は誰を指しているのかに思い至った。

「構わない。私の直属に回す」

「……分かりました」

 愛里寿は椅子から降り、三人の中隊長に言った。

「相手が何を仕掛けてこようとも私たちに負けは無い。動じず、何時も通りに撃ち、何時も通りに戦おう」

『はい!』

 規律のとれた返事が返ってくる。愛里寿は頷き、僅かに微笑んだ。

 

 

 彼女らがミーティングを行っている建物からやや離れたガレージ。そこに停まる一両のT-34/85が西日を浴びていた。

 

「いやー……」

 

 その車上で横になり、天井を見つめる少女がひとり。ボサボサの黒髪を、アンテナめいた飾りの付いたヘアバンドで申し訳程度に纏めている。

 

「楽しみだねっ、楽しみだねっ。強くなってるかなぁ、アイツら」

 

 誰に言うでもなく、その少女は呟く。

 

「弱かったら容赦なくフッ飛ばしてやらないとねェ……ま、強くってもフッ飛ばすけどね。フヒヒッ」

 

 奇妙な笑いが口元から零れる。

 継続高校元隊長、かつて「道化師(トリックスター)」と呼ばれたその少女、トウコは楽しげに笑った。

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十七話 終わり

次回「結集」に続く

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