第十九話 踊る会議とムカデの献策
「さあ! 突然の増援もありましたが、いよいよ始まりました大学選抜VS大洗女子学園の大規模演習試合! この試合は戦車道連盟とアンツィオ高校放送部の協力のもと、元大洗放送部からの複数機のドローンによる独占ウェブ配信にて放送しております! おっと申し遅れました! わたくし、今回実況を担当します『王大河』です!」
客席の一角に設えられた実況席。
そこに座る眼鏡をかけた小柄な少女が、身体に似つかわしくない大きな声でマイクに向かっていた。後ろで左右に短く分けられた小さなお下げが、声を出す度に揺れる。
「また今回は30両対30両の大規模戦という事で、ちょうど客席で観戦されていた高校戦車道の隊長の方々に解説役をお願いして来ていただいております! まずはこの方! 高校戦車道において最大の戦車数を保有するサンダース大付属で隊長を務める、物量作戦の第一人者! ケイさんです!」
「ハーイ! 今日は楽しんでいきましょう!」
八月末とはいえやや肌寒い北海道においてホットパンツにヘソ出しの黒シャツ、上からラフに羽織ったジャケットという煽情的な格好で寒がる気配もなく、ケイは陽気に言いながら客席に手を振った。
「そしてもうお一人! 彼女が試合を行う町では胃薬が売り切れると専らの噂! 長い伝統を誇る名門校、マジノ女学院で二年生ながら隊長を務めるエクレールさん! 無理を言って来ていただきました!」
「ど、どうも、エクレールですわ……」
「……どうされましたか?」
「いえ、その、こういう、人前で解説するとかは慣れていないもので……」
「No,problem! 気楽に気楽に!」
青い顔で早々に胃薬を呑む、ウェーブがかった黒髪の少女。エクレールが落ち着かなげに言うと横のケイが笑いつつ肩を叩く。
実況席に置かれているのはかたや水と胃薬、かたやバケツサイズのポップコーン容器と同じくバケツサイズのコーラという極端な並びだ。
「さて現在の状況ですが、大洗側から試合前に編成などを含めた打ち合わせを行いたいというタイムアウトの申請があり、大学側もそれを受理したため一時間ほどのミーティングを双方行っています。宣誓前のギリギリでの増援だっただけに、これは当然と言えるでしょう」
そう言いつつ、大河はカメラに向けて両方の戦力が書かれたテロップを立てた。大洗側の戦力は手書きである。
「当初は30両対十数両という圧倒的な劣勢での試合となると予想されていましたが、各校の支援により大洗にも30両の戦力が集まりました。あまり見慣れない戦車もあるようなのですが……この大洗側の戦力、どう見られますか?」
「そうね。色々と面白い戦車が揃ったんじゃないかしら? 火力面もティーガー三両にIS-2、三突にポルシェティーガー、それに85mm砲搭載型のT-34も二両。これだけいれば、全国大会決勝戦で大洗が苦労していた『敵戦車を撃破できるのが2,3両しかいない』っていう事にはならないと思うわ」
高校戦車道において規模で言えば最大手のサンダースだけに、こういった場に慣れているのだろう。振られた話題について、ケイはすらすらと答えた。
「なるほど! ではこの勝負、大洗にとっても悪くはない展開が見込めると?」
「Ofcourse! ……と、言いたいんだけどねー」
「え?」
ケイの言葉の勢いが落ちる。
「正直まだ、かなり大洗側に不利な状況ね」
「そ、そうなんですか?」
戸惑いつつ尋ねる大河に、ケイは頷いた。
「確かに戦力的には五分に近いわ。でも、問題は別のところにあるの」
「その問題とは?」
「それは彼女に説明してもらうわ。ヘイ、エクレール! 貴女も気付いてるんじゃないの?」
「はいっ!? え? ええ……」
難しい顔をしていたところに突然話を振られ、エクレールは慌てつつも答えた。
「それではエクレールさん、改めて……今の大洗が抱える問題とは何なのでしょう?」
「そ、その……ひとことで言うと、編成と作戦の組み立ての難しさですわ」
そう言うと、エクレールは大河の立てていた両戦力のテロップを指した。
「……例えば大学選抜側。一部シークレット車両もあるようですが、大半がパーシングとチャーフィーによって構成されています。これは今までの選抜の試合とほぼ変わらない編成で、また演習も同様の編成で行ってきたと思われます。そのため、彼女たちは性能差にムラがなく、また安定した部隊運用ができます」
「なるほど……」
「逆に大洗は、ケイさんが言われるように火力のある車両こそ揃いましたが、その性能差には非常に大きなムラがありますわ。例えばダージ、ええと、キリマンジァロ……さんでよろしかったかしら? 彼女が乗ってきたブラックプリンス。これなどが分かりやすいですわね」
プラックプリンス歩兵戦車。
マチルダ、チャーチルに連なる歩兵戦車の発展拡大型として、大戦末期のイギリスにおいて主力戦車センチュリオンと同時進行で開発が進められた車両である。
チャーチルの全長7.4m・全幅2.7mに対して全長約8.8m、全幅3.4mと一回り大きく設計されたその戦車は最大厚152mmの装甲と、対戦車砲として使われていた17ポンド砲を搭載した強力な歩兵支援戦車として設計されていた。
しかしチャーチルより10tほど重くなり最大速度18㎞/hという車体は機動力に欠け、競合であるセンチュリオンが優先され試作車が数両作られたのみでドイツ降伏後には開発中止となった不遇の戦車だ。
「時速18㎞とは、確かに遅いですね」
「あくまで歩兵を支援して随行するのが歩兵戦車のコンセプトでしたから、それ自体はおかしくはないのですわ。ただ、これが戦車道となると他戦車と足並みを揃える必要が出てきます」
そう言いつつ、エクレールは他の戦車を指し示す。
「ティーガーでも最大速度38㎞、ヤークトパンターに至っては時速60㎞まで出せます。編成によってはこれらの機動力を殺す事になりかねませんわ。これはあくまで一例ですが、大洗側はそういった、性能も搭乗者の技量もバラバラの30両の戦車で編成を組んで挑まねばならない……」
「グッド! いい説明だったわ、流石マジノの隊長さんね!」
「きょ、恐縮ですわ」
サムズアップしながら笑いかけるケイに、エクレールは赤面しつつ頭を下げた。
「あと色々な学校のメンバーが集まったけど、彼女たちは校風も、戦車道でのやり方もそれぞれ違ってるわ。それを短時間でまとめて、勝ちを見込める作戦を立てないといけない」
「それは……」
ケイの捕捉に、門外漢である大河にもそれが簡単でないことは容易に想像できた。エクレールが首を横に振る。
「正直、私には無理ですわね。大洗の隊長さんも、今頃頭を抱えているかもしれませんわ」
ため息と共に、エクレールはそう言いつつ観客席に設置されたプロジェクターを見る。
───その彼女の言葉は、大凡で当たっていた。
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十九話 踊る会議とムカデの献策
「だからよぉ、編成なんてしねえで固まって全力で殴りゃあいいんだって! 丘を無視して平原を一気に突っ切ってドーン! これだろ?」
「おお、突撃でありますか!?」
「それでは、伸び切った所を横から分断される。ヤークトの全速についてゆけるのはクルセイダー程度だ。包囲されて後ろから撃たれるぞ」
「ンだよ、それじゃ何かほかに手があるってのか?」
「守りに徹して冬将軍を待ちましょう! あと二月もすれば雪が降り始める。そうすれば足の弱いパーシングなんて敵じゃないわ!」
「クク……なるほど、悪くはない提案ね。私達が二ヵ月分の食料と水を用意していればの話だけど」
「今、カチューシャを笑いましたか?」
「ごめんなさいね、この笑い方は昔からなの。ただ、子供っぽくて可愛い提案だとは思ったわね」
「ちょ、ちょっと千冬さん! それ逆に喧嘩売ってるわよ!?」
「ベルウォールは冗談の偏差値も低いようですね……良ければ個人的に少しお話でも」
「えっ、ええっと、その、二人とも……」
「……喧嘩なら外でやって」
「いやあ、賑やかだねえ」
冷たく静かな視線をぶつけ合う千冬とノンナに向けて、エリカは疲れた声で言った。
正直なところ、各隊長クラスをまとめるという行為についてエリカは甘く見過ぎていたと言えるだろう。編成を固める段階から、こうして意見が飛び交っている状態だ。
連盟の設置した作戦用テント内にはエリカ、アンチョビ、杏、みほ、まほ、ペパロニ、ノンナ、カチューシャ、エミ、音子、千冬、絹代、ダージリン、ミカら各校の隊長クラス。それに加えてしずかと鈴も加わった15人ほどのメンバーが揃い机を囲んでいた。
「………」
その中で一人、ミカのみ机からやや離れたところに座ったままカンテレの調律を行っていた。会議の内容に耳を傾けてこそいるが、自分から積極的に加わるつもりは無いようだ。
「……ん?」
ふと、エリカはアンチョビとペパロニの姿が見えない事に気付いた。
「遅くなったッスー!」
「どうだエリカ、少しは話が進んだか?」
テントの天幕が開き、いつの間にかテントを抜け出していた二人が戻ってきた。手にはレトルトのパスタが乗せられた紙皿。
「………」
無言でエリカは席を立つと、噛みつきそうな顔でアンチョビに近づいた。
「アンタたちは、この状況で、何を、やってんの?」
細かく刻まれた言葉の止め具合が、内面の怒りを現している。慌てて間に入るペパロニ。
「ま、待った! 姐さんがどうしてもパスタが食いたいって言うもんで……」
「聖グロにはお茶菓子とマーマイトしか無くて、朝からまだ何も食ってなかったんだ……頭を回すにも、まずは食わないとな」
「……何だかアンタを見てると、この状況で悩んでるのがバカバカしくなってくるわね」
深いため息を一つつくと、エリカは席に戻った。
「見ての通りよ。まだ何も纏まってないわ」
「少しいいかしら」
その時、ダージリンが音も立てず手を挙げた。場の視線が彼女に集まる。
「戻ってきたところで聞きたいのだけど……この部隊の大隊長は逸見さんとアンチョビさん、どちらで良いのかしら?」
「ああ、それは勿論エリカだ」
その質問に、アンチョビはあっさりと答えた。
「あくまでこの試合は大洗女子学園と大学選抜の試合だ。本作戦の最終決定権は彼女にあると思ってくれていい。私は副隊長だ」
「……という事で、よろしく頼むわ」
エリカはその話を聞いてはいなかったが、アンチョビの中ではそれで定まっていたのだろう。淀みなく言うと、エリカに視線を送った。改めてエリカも頭を下げる。
「隊長、先ほどから色々と意見が出ているが、判断は?」
まほがエリカに尋ねた。凛とした姿勢と「西住姉妹の姉」という存在感によるものだろうか。彼女が発言するだけで場の空気が引き締まる感がある。
エリカは少し息を吸い、呼吸を整えてから答えた。
「それですが……地形的に、おそらく大学側は部隊を分け三方向から攻めてくると考えられます」
そう言いつつ、机上に置かれた地図に指を置く。
現在、両陣営は高地を挟んで向き合う形で対峙していた。大洗側は北、大学側は南。
丘の東側には森が広がり、西側は草原となっている。高地の標高はそれなりにあり、山頂を押さえる事が出来ればどちらにとっても有利となるだろう。
定石で考えれば、この高地の取り合いになるはず。
エリカはそこまでは予測できたが、一抹の不安があった。果たして大学側の島田愛里寿がそこまで単純な攻め手で来るものだろうか。
エリカはまだパスタを食べているアンチョビに視線を向けた。
「副隊長、貴女の意見を聞きたいのだけど」
「……んー」
アンチョビはパスタを呑み込み、歯切れ悪く答えた。
「正直、まだ読み切れないな。シークレット車が二枠、島田流の支援があれば用意できない戦車は無いと言っていいい。ここに何を仕掛けているか次第で、島田の作戦は大きく変わってくる筈だ」
「……なかなかに厳しいわね」
アンチョビの言葉にエリカは首を振った。
今まで大洗の勝利に貢献してきたアンチョビの戦術眼だが、彼女の戦術は相手の戦力を把握し、事前に様々な仕掛けや準備を施しておいて仕掛けるスタイルを得意とする。こういった即興での戦術の組み立てというのは実際のところ不得手なのだ。
「やっぱ突撃が一番なんじゃねーの?」
音子が椅子にもたれかかりつつ言う。エリカは彼女の横に座る絹代を見た。知波単の彼女が話に乗ってきたら、また先ほどの応酬の繰り返しになる。
「……?」
絹代は、何か考えているようだった。俯かせていた顔を上げ、おずおずと口を開く。
「逸見殿、そのしーくれっと枠なのですが……」
「逸見殿、ひとつ聞きたいのだが」
しかし、その言葉は先に放たれたしずかの発言で遮られた。それまで静かに黙考していた彼女の言葉に、エリカは向き直った。
「何かしら?」
「この試合は殲滅戦との事だが……仮に隊長車が撃破された場合、その際の指揮権はどうなるのだ?」
「その場合は基本的に副隊長へ指揮権は移行するわ。それで副隊長が撃破されれば部隊長へと移るわね」
「なるほど」
エリカの答えを受け、しずかは頷き、
「……ではこの戦、要は島田愛里寿の首を取れば良いという事だな?」
──獣めいた笑みを浮かべた。
「!?」
その猛々しさにエリカは息を呑んだ。
「大学側のメンバーについては伺ったが、島田流の指揮を執れるのは隊長である島田愛里寿のみ。ならば彼女ひとりを仕留めれば、相手側は戦術の組み立ても出来なくなるという事であろう?」
戦車道チームも持たない楯無高校のいち戦車乗りに過ぎない彼女は、ある意味この場において最も「何者でもない」存在である。しかしその姿には各校の隊長にも負けぬ自信と、身体から溢れる闘争心があった。
「……面白い娘を引き入れていたものね」
彼女に興味を持ったのか、ダージリンが呟く。
「で、でも、島田流は西住流みたいに緒戦から矢面に立ったりはしません。多分、陣形の一番奥から指揮を執ってるから、直接攻撃は難しいかも……」
みほが手を挙げる。しずかは心得ているように頷くと、一同を見回した。
「それについて我に策がある。可能か伺いたいが、如何に?」
「それで隊長、どう動きますか?」
丘を挟んだ南側の陣営。草原に幾両もの戦車が既に展開している。試合開始の指示を待つばかりの状況だ。
その中、パーシングの砲塔から身を覗かせつつメグミは愛里寿との通信を開いていた。
「高校生ながら、かなり強力な戦力を有していると思いますが」
『相手は三方向から進攻してくると予想される。最優先目標は高火力のプラウダ義勇軍、ベルウォールの重戦車と重駆逐、西住姉妹のティーガーだ』
「丘の制圧はどうしますか?」
『取らせてやれ。むしろ好都合だ、高地上での展開を確認できたなら第四部隊に連絡し、砲撃を行え』
「宜しいのですか?」
『押し付けとはいえ、使えるものは使うとしよう』
13歳とは思えない、落ち着いた言葉が通信機から届く。
メグミは相手の大洗に少しの哀れを感じた。文科省から押し付けに近い形で編成に組み込まれた二両の戦車。正直なところ大学側からすればいい迷惑だが、高校戦車道からすれば想定外もいいところの車両だ。訳も分からぬまま撃破されるかもしれない。
「了解しました」
しかし、メグミの答えに迷いは無い。隊長への絶対の信頼こそが、大学選抜の最大の強さだ。
懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
大洗が求めたタイムアウト終了まで、あと10分ほどまで迫っていた。
同時刻、大洗連合側テント内。
「……という流れだ。如何か?」
しずかはそこまで語ると口を閉じ、場の反応を待った。
「随分とリスクの高い作戦ですね」
冷静な口調でノンナが言った。
「いいんじゃねえか? 最初の一手でしか使えねえ作戦だ」
音子が身を乗り出す。
「我々の突撃力を活かせるというのであれば、喜んでお力をお貸しします!」
絹代が姿勢よく手を挙げた。
「『良いポーカーとは大体忍耐だ。しかし偉大なポーカーは勇気である』……乗ってみるのも悪くないわね」
ダージリンがそう言いつつ、手元の紅茶を口に含む。
「まあ、ウチはマネージャーの判断に任せるわ。どう?」
千冬が視線をエミに向けた。
「……やってみていいんじゃないかしら。どの道、こっちが不利な勝負なんだし」
エミは少しだけ考え、そう答える。
場の流れを観察していたエリカは、そこで横のアンチョビを見た。
パスタを食い終わり、口元のトマトソースをナプキンで拭っていたアンチョビはエリカの視線に気づくと、僅かに笑いながら頷いた。
「……よし」
小さく呟くと、一同に向けてエリカは号令をかけた。
「鶴姫さんの作戦で行きましょう。部隊編成は今から行うわ。皆、お願いね」
ノンナを含めた全員が頷く。
「ところで、大事な話なんだけど……作戦名はどうするの?」
そこでダージリンが言葉を挟んだ。一斉に皆が声を上げようとするが、一手早くアンチョビが身を乗り出し、口を開いた。
「この形なら決まっている……『
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第十九話 終わり
次回「チーズとアリスと道化師と」に続く