「……出てきた」
テント外で整備を行っていたベルウォール学園の鷹見優が、パーカーのフードを上げつつ言った。各校の隊長たちが姿を見せ、それぞれの学校の戦車へと向かってゆく。
「お疲れー。エミちゃん、どうだった?」
自身のティーガーに歩み寄る中須賀エミに、同車の装填手である柚本瞳が声をかける。
「とりあえずの形は固まった……って所かしらね。私達ベルウォールの戦車はバラバラの編成になるわ」
「分かった。私たちは?」
「私たちは正面、丘を攻める部隊になるわね。部隊名は……“カマンベール”だったかしら?」
「カマンベール?」
「アンチョビさんの趣味で、『四種のチーズピザ作戦』って作戦になったのよ」
「……お腹が空きそうな名前だね」
「フフッ、そうね」
ふと、その時エミは別方向を見た。
「………」
黒森峰・パンターG型車長のツェスカ。彼女が視線をこちらに向けている。
「ごめん、瞳。ちょっと待ってて」
エミはその視線に気づき、彼女に歩み寄った。視線を正面から受け止め、真っ直ぐに見返す。
「どうかしたかしら?」
そのエミの姿に、ツェスカは挑発的な姿勢を崩さずに言った。あえてそれに乗らず、落ち着いた口調でエミが答える。
「……はっきりさせておきましょう?」
「何を?」
「アンタの事。後ろから撃ちそうな目で試合中も見られていたら、正直安心できないわ」
本心を隠さず言う。ツェスカは僅かの沈黙の後に、静かな怒りを浮かべた。
「……少し待っていれば思い出すかと思ったけど、結局忘れたままとはね」
皮肉めいた笑みと共に、エミを指さす。
「まあ……二軍にいたメンバーの顔まで覚えてる訳無いわよね、貴女が」
「……やっぱり、私のいたチームのメンバーだったのね」
「貴女は覚えてなくても、私は嫌という程覚えてるわ。貴女が荒らしたチームの立て直し、どれだけ大変だったか」
エミの脳裏に、苦みと共にドイツでの戦車道の記憶が蘇る。
混血のエースを認めないチームの気風。それに抗おうとして、意地を張ってしまった自分。埋めがたい軋轢、噛み合わぬ連携、悪化するチームの空気。そして当然とも言える大会での初戦敗退。その後のチームの崩壊。
心身ともに限界に達していた当時のエミに周囲を気にする余裕など無かった。監督を務める教師の勧めからベルウォールに転校して以降、過去を振り返る事ができるようになったのはごく最近の事だ。
「おかげで私も一軍に上がれて、こうして日本戦車道トップの黒森峰に交換訓練に来ることができた。その事だけはあんたに感謝しているわ。でも……」
もはやツェスカの瞳には明らかな敵意が表れていた。口調も次第に荒々しくなってゆく。
「そのあんたが、ここでまた戦車に乗ってるのが許せない」
少し目を閉じ、エミは動揺を抑えつつ言った。
「当時の私が意地を張ってたのは認めるわ。でも……」
「ふざけないで」
その言葉は途中で切り捨てるように止められた。
「戦車道って、チームでやるものでしょう? それを否定して、好き勝手やった挙句に姿を消したあんたが、こうして日本でまた戦車道をやってる事自体が悪い冗談だわ」
「………」
エミは言葉に詰まった。今の自分が過去のエミ自身を見れば、確かにそう思うかもしれない。それを否定できなかった。
「あんたに戦車道をやる資格は無い。戦車に乗る資格も、指揮を執る資格も」
ツェスカは険しい表情のまま、エミに言い切った。
「笑止」
突如、二人の背後からの声。
「何やら等々と語っているかと思えば、黒森峰の精鋭とは思えぬ言い草よな」
エミとツェスカが揃って声の方を見ると、そこには鶴姫しずかが呆れたような笑みを浮かべていた。
「な、何よ、あんた!? 部外者は……」
「我らは皆が大洗復活の為に集った同志。部外者など何処にいる?」
追い返そうとするツェスカに、しずかは畳みかけるように言った。
「戦車に乗る、乗らぬなど当人が決める事。何より、隊長が将ならばその他は兵。将に忠を尽くさぬ兵こそ責められるべきであろう? それを棚に上げ、『負けたのは将が傲慢で無能だったからだ』と言うが正しき事とは、私には思えんな」
腰を曲げ、見上げるように言うしずかにツェスカは僅かに怯むと、エミに言い捨てた。
「と、ともかく、だから私はあんたを見定めに来た。それだけは覚えといて」
そう言い残し、自身のパンターに戻ってゆくツェスカ。
「……あ、ありがとう」
一息つき、エミは改めてしずかに礼をした。
「ああ。あー……」
頷き、言葉を返そうとするしずかは手を挙げたまま動きを止める。
「……蜂須賀殿……だったか?」
「(名前も知らずに割って入ったの!?)」
内心で驚きつつも、エミは訂正する。
「中須賀よ。中須賀エミ」
「おお、そうであったな! すまぬ、どうもこう人が多いと名前が入りきらぬ」
「いいわよ。気にしてないわ」
微笑むエミに、しずかは顔を近づけた。
「眼にものを見せてやれ、あ奴にな」
そう言い残し、しずかは自身の赤いテケ車へ向かう。
「……そっちも気をつけて。一番危ないところに踏み込むんだから」
エミは彼女の背にそう言うと、自身のティーガーⅠへと足を向けた。
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第二十話 チーズとアリスと道化師と
「各中隊、状況を」
『こちらメグミ中隊、丘に向かい前進中。先行のチャーフィーから、丘に向かう敵部隊の存在を確認しています』
『こちらルミ。西側を問題なく侵攻中』
『こちらアズミ。東側、現在チャーフィーを先行させ偵察中です』
大学側開始地点付近。草原に佇むセンチュリオンから島田愛里寿が小柄な身体を覗かせつつ、各中隊長との通信を行っていた。
当初の予定通り、愛里寿はメグミ・アズミ・ルミの三人をそれぞれ中隊長として三つの部隊に分け展開していた。メグミは丘正面、アズミは東の森林側。ルミは西の草原側である。
「よし。予定通りアズミ中隊は森林から大洗の部隊を突破、丘を後ろから包囲しろ。メグミ中隊はそのままゆっくり前進。丘を押さえようとする動きを見せろ。ルミ中隊は展開を広げ、足止めに徹しろ」
『了解!』
13歳とは思えない泰然とした態度で愛里寿は指示を振り、通信機を戻した。部隊展開を表示しているタブレットを取り出し、指で現在の部隊の位置を補正する。
「ねーねー隊長、アタシは?」
その背後からかけられる呑気な声。
「………」
「アタシはこのまま隊長のトコで待機? ちょーっとつまんないんだけどー」
髪飾りに付けられたアンテナを揺らしつつ、T-34/85の車体からメンバーのトウコが手を振りつつ言った。眉一つ動かさずに愛里寿が答える。
「接敵まであと15分ほど。お前の出番はじきに来る、それまでは待機だ」
「フヒヒッ、だと良いんだけどねー。正面からの勝負なら、普通にこっちが圧勝でしょ?」
ニヤニヤと笑いつつトウコは返した。ボサボサの髪が毛並みのように揺れる様は、笑みと合わさってどこかチェシャ猫を思わせる。
「……相手を軽く見るな。お前の後輩も居るのだろう? 油断すれば痛い目を見るぞ」
「はいはい。了解」
隊長に対するには敬意に欠ける返事を返し、トウコは内心で呟いた。
「(フヒヒッ、アンタには負けるよ。隊長)」
車体に身体を戻しつつ、その眼を細める。
「(だって……例えアタシらが全滅しても、単騎で30両を全滅させられるつもりでいる)」
車長席に腰かけ、背筋を伸ばす。
「(しかも本当にそれが出来ちまう程強いんだから。おっかないねェ、天才ってのは)」
その時、通信機が鳴った。
「ん?」
通信手を通して回線を回させる。
『こ、こちらアズミ中隊7番車!』
こちらの応答を待たずに聞こえてくる声。強い焦りが滲んでいる。
「(中隊長を挟まず、本隊に直接?)」
トウコはその意味を悟り、戻ったばかりの車長席を蹴って車外に出た。見れば愛里寿も同様の通信を受けているのか、レシーバーに手を添えている。
『偵察ポイントへ移動中、敵と遭遇! ヤークトパンター、全速でアズミ中隊に向かっています!』
「……フヒヒッ」
その通信を聞き、トウコは何時もの奇妙な笑いを見せた。
「っべェ! 追い抜いた!」
「チィッ! 速度を上げるのに集中して見落としましたわ!」
丘の東側、森林地帯の木々の間を抜けるヤークトパンターから半身を覗かせ、山守音子は背後のチャーフィーを見つつ叫んだ。それにやや遅れて続くクルセイダーのローズヒップが、優雅とは言い難い舌打ちする。
「うぇ!? ど、どうすんスか、姐さん!?」
操縦手の神原の問いに、間髪入れず音子が答える。
「このまま前進! 速度落とすんじゃねえぞ! 通信こっちに回せ!」
喉頭マイクに手を添え、音子は後続の車両に通信を送る。
「すまねえ、偵察に来てたチャーフィーを追い抜いた! そっちで仕留められるか?」
『お任せ下さい、中隊長殿!』
はきはきとした絹代の声が即座に返ってくる。それとほぼ同時に森の中から姿を見せる三両のチハと一両の九五式軽戦車。
「細見、玉田、福田! このまま止まらず一斉攻撃!」
『了解であります!』
声と共に一斉に放たれる砲撃。三発は木々に当たり、絹代のチハの一発がチャーフィーに着弾する。しかし白旗は上がらない。
「くっ、浅いか!?」
チャーフィーの正面装甲38mmに対し、知波単の火力は些か厳しい。
細見・玉田の乗る旧型チハの18口径57mm砲の貫通力は500m距離で17mm。絹代の乗る新砲塔型チハの48口径47mm砲でなら44mmまで貫通可能だが、傾斜装甲を施されたチャーフィーを行進間射撃で精密に狙うのは困難だ。
「こちら副隊長の西! 申し訳ありません、こちら撃破に失敗……」
その瞬間、チャーフィーに後ろからの砲撃が着弾した。75mm砲の直撃を受け、今度は流石に白旗が上がる。
『知波単のみんな、そのまま行っちゃってー』
「角谷殿、かたじけない!」
杏からの通信に、絹代は振り向き後続のヘッツァーへ一礼した。
チャーフィーの撃破を確認し、音子は本隊への通信を開いた。
「えーっと、こちら『チェダー』! 偵察で先行してたチャーフィーと遭遇、これを撃破! 敵さんに気付かれた。すぐに動き始めんぞ!」
『こちら『モッツァレラ』、状況了解。『カマンベール』、『ゴルゴンゾーラ』両隊も行動開始』
緊張したエリカの声が返ってくる。
『チェダー中隊は予定通りに突撃を敢行して。無理はせず、でも少しは粘ってもらうわ』
「ああ、望むところだ!」
通信を終え、音子は中隊の全車に指示を飛ばした。
「チェダー中隊、このまま全速前進! 態勢が整う前に敵さんの頭をぶん殴るぞ!」
『了解!』
チェダー中隊編成
・ヤークトパンター(音子) ・チハ新砲塔型(西) ・チハ旧砲塔型×2(細見・玉田)
・九五式軽戦車(福田) ・ヘッツァー(杏) ・クルセイダー(ローズヒップ)
「(……何を考えている?)」
センチュリオン上で、愛里寿はタブレットを広げつつ考えた。想定していた接敵より遥かに早い。
彼女にとって、大洗の動きは逆の意味で予想外であった。戦術としては──相当に悪手だ。
タブレットの画面には、丘を中心として三方向からの矢印がそれぞれ向き合っている。その中で、東側の大洗の矢印だけが大きく伸びている。
速度にムラのある大洗の戦力で、速度の近い車両をまとめて奇襲戦法を仕掛けてきたか?
確かに相手の意表を突けるかもしれないが、戦線としてみれば大きく突出しすぎている。
「……ふむ」
細い指を整った顎に添え、愛里寿は喉頭マイクに手を伸ばした。
「メグミ中隊。偵察用のチャーフィーとパーシング二両の小隊を残し、突出した大洗の部隊の側面を叩け。アズミ中隊は現在の位置で広く展開。メグミ中隊を待ち、十字砲火を浴びせろ」
『了解』
『了解』
落ち着いた二人の声が返ってくる。
「小隊は丘方向に向かって引き続き前進。相手が丘を押さえたら、第四部隊に連絡を取り狙撃地点の指示を行え」
通信を終え、愛里寿は背後から自分に向けられる視線を感じた。
「フヒヒッ。いいねっ、いいねっ、楽しくなってきたねっ」
先ほどまでつまらなそうな顔をしていたトウコが楽し気に笑っている。愛里寿は表情を変える事無く言った。
「お前にも、ひと仕事してもらうぞ」
『こちらⅡ号戦車! 相手の部隊が分散してゆくわ!』
『残った三両はこっちに向かってる!』
偵察に先行させたⅡ号戦車に乗る、柏葉姉妹からのけたたましい報告。
「……始まったね」
丘を見上げる位置に展開する大洗の車両たち。その中のティーガーから西住みほが通信機を置いて言った。
「………」
一方、姉のまほは何かを考えるように丘を見上げていた。
「どうしました、中隊長?」
「敵の動きに迷いが全く無い……何か仕掛けがあるのかもしれない」
パンターのツェスカからの問いかけに、まほは静かに答えた。そこに横からカチューシャが声をかける。
「今が丘を押さえる好機なのは確かだわ! ここは一気に上がって、みんなの支援に回りましょ!」
「私たちの到着が遅れれば、チェダー中隊が全滅しかねません」
カチューシャの言葉をノンナが支持する。まほは頷き、車体を丘に向けた。
「……そうだな」
カマンベール中隊は隊長まほ、副隊長カチューシャという編成である。
本来ならばプラウダの隊長であるノンナが副隊長となるのが自然なのだが、何故かノンナはそれを固辞しカチューシャを副隊長に推薦した。
「“礼儀正しい少女たち”はあくまでプラウダとは無関係の義勇軍であり、発案者であるカチューシャが代表である」というのが言い分だが、実際のところは彼女を立てたいというノンナの思惑であろう。
「全車前進。丘の頂を押さえ、各隊の支援に回る」
上空に雲が広がっている。通り雨になるかもしれない。
嫌な予感を振り払うように、まほは各車に指示を出した。
カマンベール中隊編成
・ティーガーⅠ×3(みほ/まほ/エミ) ・パンターG型(ツェスカ) ・T-44(南)
・三号突撃砲F型(カバチーム) ・T-34/85×2(カチューシャ/クラーラ)
・IS-2(ノンナ) ・Ⅱ号戦車(柏葉姉妹)
森林に展開される数両のパーシング。その先頭の一両から、豊満な身体の女性が身を出した。中隊長のアズミである。
「各車両、チハの攻撃は気にせず、ヤークトパンターとヘッツァーの砲撃のみ注意し迎撃を続けなさい。優先目標もその二両で」
その時、アズミのパーシングに砲撃が撃ち込まれた。しかしそれはチハの57mmだったようで、貫通する事もなく弾き返される。
「各車、砲撃」
車体の衝撃にもアズミは気にする事無く指示を出し、優雅な手つきで通信機を戻した。フランス戦車を主体とするBC自由学園出身を伺わせる、落ち着きある動きだ。
今のところ、中隊の被害は偵察のチャーフィーのみ。相手は動きを止めることなく行進間射撃を続けている。いわば、走り回りながら撃ちまくるガンマンを相手に整った隊列で迎え撃つ状態だ。
対してアズミ側は半円を描くような陣形で、パーシングの側面や後背を取られないようにしつつ一定間隔で統制された攻撃を行っていた。パーシングの90mm砲は相手にとっても脅威なのであろう。流石に肉迫する事は無く、一定の距離を置いている。
「奇襲のつもりだったのだろうけど、練度が足りてなかったわね」
アズミは不敵な笑みを浮かべた。おそらくはこちらの迎撃態勢が整う前に何両か撃破して足並みを乱そうとしていたのだろうが、こちらの反応の早さが勝った格好だ。
『こちらメグミ中隊。攻撃可能位置に到達』
増援に来たメグミからの通信。アズミはそちらの方角を見つつ答えた。
「了解。火力を集中させて、そちら側に誘導するわ」
『お願いするわ』
至近距離に着弾。先程の砲撃よりも衝撃が大きい。ヤークトパンターの88mmか。砲塔を回転させられない駆逐戦車での行進間射撃は、やはり狙いが難しくなる。
「……さて、仕留めるとしましょう」
その言葉と共に、アズミのパーシングが90mm砲を放った。
『来た来た来た! こちらチェダー中隊、側面からの砲撃! そんなには長く持たねえぜ!』
「分かってる。『ゴルゴンゾーラ』は既に動いてる。何とか持ちこたえて」
草原を進むモッツァレラ中隊、そのⅣ号戦車の中で逸見エリカは音子からの通信に応じていた。
「始まりましたね」
砲手席の優花里がエリカを見上げる。
麻子がCV38の操縦手に戻ったことにより、Ⅳ号戦車は操縦手に華、装填手兼砲手に優花里、通信手に沙織という編成に戻っていた。
『こちらウサギチーム、敵を確認しました!』
「了解。M3Leeは戻って。各車展開を」
今度は梓からの通信。内心の焦りを抑えつつ、エリカは指示を出した。
ハッチを開け、砲塔から周囲の車両の展開を確かめる。
「(……頼んだわよ、『ゴルゴンゾーラ』)」
内心でそう祈りつつ、エリカは正面を見据えた。
モッツァレラ中隊編成
・Ⅳ号戦車(エリカ) ・M3Lee(ウサギチーム) ・B1bis(カモチーム)
・ブラックプリンス(ダージリン) ・P40(ペパロニ) ・M41(カルパッチョ)
・八九式中戦車(アヒルチーム) ・ポルシェティーガー(レオポンチーム)
・三式中戦車(アリクイチーム)
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第二十話 終わり
次回「溶けるチーズと天の雷」に続く