「……ここ。ここから先なら弄れると思う」
「エンジンの耐久は?」
「リミッター解除から早くて数十秒、もって一分強ってところかな……」
「何だか本当に必殺技みたいだねー」
遊園地南西部、中世城砦型アトラクション「ニュルンベルグの要塞」内。
停車しているポルシェティーガーの底面で機関部を整備しつつナカジマ、スズキ、ホシノ、ツチヤらレオポンさんチームの四人は言葉を交わしていた。
彼女らを守るように門の付近で構えているのはブラックプリンスと、途中合流したB1bis。
その横には折り畳み椅子と机で造られた簡素な茶会のセットがあり、幾人かの少女が優雅に紅茶を堪能している。
「何をされているんでしょう?」
「『私たちらしさ』というのを考えたら、ポルシェティーガーの改造を思いついたそうよ」
ナカジマ達の様子を伺うペコに、カップを傾けつつダージリンが言った。
「それはレギュレーション違反なのでは?」
「『エンジン自体を交換する』とかならそうでしょうね。でも……あの子なら、抜け道がある」
同席するアッサムの当然とも言える疑問に、悪戯っぽく微笑みながら返す。
高校戦車道の規定において、使用できる車両は「1945年以前に開発、設計されていた戦車(ペーパープラン含む)」と定められている。
これは砲弾、エンジン等のパーツも含まれる。
しかしポルシェティーガーは通常のエンジンで動く戦車と異なり、まずエンジンの回転で発電機を動かし、そこで生まれた電力でモーターを回すという現代で言うハイブリッド車的な発想で作られた機体である。そしてこのモーターや発電機に関しては、戦車道連盟の規約には改造の可否などは明記されていないのだ。
これはハイブリッド構造の戦車が極めて少ない事に加え、エンジンが変更できない以上基本的な出力を上げられないという理由に依る。どれだけ優秀なモーターにしてもそれを回すエネルギーに限界がある以上、爆発的な性能の向上は見込めないからだ。
「『エンジンを壊さない』という前提でなければね」
「そんな改造を、この短時間で可能なのでしょうか……?」
「そ、その、大丈夫だと思います。うちの自動車部なら……」
澄ました顔で言うダージリンにペコが怪訝な表情で尋ねる。それに答えたのは同席しているカモさんチーム操縦手、ゴモヨこと後藤モヨ子である。
「走行中に煙を出したポルシェティーガーを、止めずに直した事もある。パーツは車内に載せていたのを使って、十数分あればできるって」
テンションの低い口調でクッキーを摘まむのは同砲手、パゾ美こと金春希美。
「……と言うか、こんな時にお茶をしていて良いものなの? みんなあちこちで頑張ってるのに」
「そう言いながらちゃんと一緒に飲んでるよね、そど子」
「お茶の誘いを断るのは失礼でしょ、風紀委員として!」
そう渋い顔で言う同車長兼副砲手、そど子こと園みどり子の言葉にパゾ美がツッコミを入れる。はきはきとした声でそど子は言い返し、卓上のシナモンスティックを取るとそれで紅茶を混ぜた。シナモンの鮮烈な香りが漂い、そど子の気持ちを落ち着かせる。
「改造中無防備なレオポンさんの盾となる事も大事な働き。ここなら攻撃は正面からのみ。しばらくは警戒しつつくつろぎましょう?」
「……それって、お茶を飲む言い訳じゃないわよね?」
「………」
ダージリンは答えず、自身の紅茶を飲んだ。個性的な面々が揃う大洗も大概だが、よくよく聖グロリアーナの生徒はマイペースだ。そど子はそう思いつつシナモンスティックを抜き、強いシナモンの風味が混じった紅茶を飲む。
「……ダージリン様」
ふと、ペコが動きを止めた。城砦の門の方へ小走りに向かい、耳を澄ます。
「来たのね。数は?」
「何両か向かってきています……かなり速いですね。既に交戦しつつ走っているのかと」
「下手に動けば、注意をこちらに向ける事になるわね。各員搭乗。ただし攻撃は行わず、状況の確認を優先します」
ダージリンの言葉を合図に卓を囲んでいた少女達は一斉に席を立ち、各々の戦車へと向かう。門から戻ってきたペコは素早く茶会のセットを片付け、瞬く間にブラックプリンスの車内へと戻った。
「凄い片づけスキル……」
「風紀委員に欲しい人材ね」
その手際の良さに思わず感心の声を漏らすゴモヨに、そど子が同意する。
やがて、ペコ以外にも戦車の走行音が届き始めた。城砦からやや前方、左から聞こえてくる複数の車両の音。そど子とダージリンは砲塔から身を出し、門の影から息を潜めて接近する敵を待つ。
裏門方面から土煙を上げつつ走ってきたのは、大学選抜側の軽戦車チャーフィー。何かから逃げているのか、城門に警戒を向ける事もなく右側、遊園地南西部の江戸エリアへと一目散に走ってゆく。
そして、そのチャーフィーを追う一両の戦車。
「お待ちやがれですわ! チャーフィーッ!」
最高速でチャーフィーを追う巡行戦車クルセイダー。その車上から身を乗り出しつつ、ローズヒップが拳を振り上げながら叫んでいる。
「うおぉっ!? ヤベえヤベえヤベえ!」
それに続く駆逐戦車ヤークトパンター。“ベルウォールの鮫”こと山守音子はしきりに後方を振り返りつつ、やはり城砦に注意を向ける事無く前を通り過ぎてゆく。
砲声が響き、ヤークトパンターの付近に着弾した。見ればヤークトパンターの更に後方から一両のパーシングが追いかけつつ攻撃を繰り返している。
チャーフィーをクルセイダーとヤークトパンターが追い、それを発見したパーシングが追撃しているという状況だろうか。
「……追いますか?」
「この子の脚で、あの子たちに追い付くのはちょっと無理ね」
アッサムの問いかけに、ダージリンは涼しい顔で答えた。
「それにしてもローズヒップ……何だかベルウォール学園の戦車と一緒に戦っている時の方が活き活きしているわね。今度、交換訓練でも申し込んでみようかしら?」
「何のんきな事を言ってるの!? ダージリンさん、ここは貴女に任せるわよ!」
「でもそど子、私たちの脚も大して速くないけど……」
「だからって無視できないでしょ! B1bis、味方の支援に向かうわ!」
小柄な身体に闘志を燃やしつつ、そど子はB1bisを城砦の外へと向けさせた。
「撃てーっ!」
ローズヒップの指示と共にクルセイダーの57mm砲が放たれる。しかし、チャーフィーは砲門を後ろに向けながら攻撃を回避し、逆に75mm砲を発射する。
「うおっと!? や、やりますわね!」
紙一重で回避し、ローズヒップは優雅とは言い難い口調で強がる。
『何やってんだ、さっさと当てやがれ!』
「山守さん、そちらこそしっかり攻撃してくれますこと!?」
『後ろのパーシングがこっちを狙ってんだよ! 引き付けてやってんだから早く仕留めろ!』
「わ、分かってますわ!」
やや後方を走るヤークトパンターの音子からの通信に、ローズヒップは手元のカップの紅茶を溢しつつ言い返す。
とはいえ、互いに最高速に近い速度で走らせている状況で正確に当てる事は難しい。より正確に狙うならばせめて躍進射撃(走行→一時停止→発射を繰り返す射撃法)で狙うべきなのだが、停止すれば後方から自分たちを狙うパーシングにとっても絶好のタイミングとなる。
ではクルセイダーの横を走るヤークトパンターはどうかと言うと、こちらは砲塔の無い駆逐戦車である。長砲身88mm砲は正面からの撃ち合いや待ち伏せなどでは無類の強さを発揮するが、後方からの攻撃や機動戦などには滅法弱いのだ。
そうこうしている間に、周囲の風景は江戸風の長屋を抜けて城と堀が見えてきた。石垣造りの壁は苔むし、古風な日本の城の白塗りの壁と調和した色使いを見せる。しかし残念ながら、ローズヒップにも音子にもそれを優雅に眺める余裕はない。
「(せめて、先回りができれば……!)」
ローズヒップはそう思いつつ、前方を逃げるチャーフィーの更に先を見た。
あくまでアトラクションの一つとして造られた模造品の城と堀、そこまで幅はない。その堀を囲む、落下防止の手すり。
「山守さん、ちょっとお手伝いお願いできますこと!?」
「困ったものね。敵を見つけたのはいいけど、後先考えず追いかけるなんて……」
黄色いマーキングのパーシングの車上、部隊長のアズミはそう呟きつつ江戸エリアへと向かっていた。
「……本当に困ったこと」
その口調は柔らかいままだが、視線は極めて冷たい。
愛里寿とアズミ達三人を除く大学選抜メンバーの個々の判断力の低下。それが今の大学選抜が潜在的に抱える問題だ。
島田愛里寿が指揮を執るようになり確かに大学選抜の公式試合での勝率は飛躍的に上がり、全体的な質も向上した。しかしそれは同時に「愛里寿の指揮ならば間違いない」という安心感を生み、自然と彼女らを指示待ちにさせた。
この試合において愛里寿が矢面に立たず、基本的に後方からの指揮に徹しているのもそういった理由が多分にある。各大学を代表するメンバーならば、高校生の相手くらい己の判断で勝って見せよという無言のメッセージ。
「……まあ、それだけではないけれど」
誰に言うとでもなくアズミは呟く。
島田愛里寿にとって、究極的には試合の過程や敵の健闘や、果ては戦力差などどうでも良いのだ。
彼女が動けば、試合が終わるのだから。
『よく分かんねえけどよ。できるのか、そりゃ?』
ローズヒップからの提案に、音子は呆れ混じりで尋ねた。
「そんなモンやった事ある訳ありませんわ。でも、こういう時は失敗を恐れては駄目と、ええと、ダージリン様もそんな感じの事を言ってましたの!」
「何だそりゃ? まあ……そう言うなら、やってみるか!」
答えるローズヒップの言葉は真剣そのものだ。それが伝わったのか、音子も了承する。
ローズヒップは改めて前方を見た。こちらが速度を落とした事でチャーフィーとの距離は離されている。既に堀の向こう側だ。逆に後方のパーシングはこちらとの距離を詰めてきている。
「さーて……リミッター、外しちゃいますわよー!」
「車長、本当にやっていいのね!?」
ローズヒップの足元から操縦手の声。
「二度は言いませんわ、おやりになって!」
「ああもう、知らないわよ!」
彼女は一度決めた事を覆すことは無い。それをよく知る操縦手はヤケ気味に、計器類の隅に用意された赤い不穏なボタンを押した。
「うおっと!?」
がくん、と一瞬車体が揺れ、直後クルセイダーに強烈な加速がかかる。危うくバランスを崩しかけつつ、ローズヒップは装填のため車内に戻った。三人乗りのクルセイダーは車長が装填手を兼任するのだ。
クルセイダーの最高速度はカタログスペック上では時速44㎞。しかし、これはあくまでガバナー(調速機・駆動系に負担をかけないためのリミッター)が効いている場合のもので、リミッターを解除すれば実に時速60㎞を越える速度を実現する。
無論、安全性のために取り付けられているリミッターである。それを外すリスクは大きい。しかし、前に進むと決めたローズヒップに迷いは無かった。
ローズヒップの背後から機銃音。ヤークトパンターの機銃が堀の手すりを撃つ。7.92mm機銃では金属製の手すりを破壊する程ではないが、フレームを歪ませ、カタパルトめいた形に傾いてゆく。
「お見事ですわ、山守さん!」
ローズヒップは背後の音子に感謝すると、更にクルセイダーの速度を上げさせた。
「いっけーですわーっ!」
次の瞬間、クルセイダーは宙を舞った。
手すりから飛び出し、堀を大きく超え───それは丁度、角を曲がったチャーフィーの直前に着地した。
「撃て!」
激しい揺れ。着地の衝撃に堪えつつローズヒップは指示を飛ばす。
クルセイダーの6ポンド砲が火を吹き、チャーフィーを正面から撃ち抜く。
「やっ……」
直後、クルセイダーは方向転換できず正面の建物に激突した。
「痛ーっ! な、何ですの!?」
「20tのこいつの脚で飛ぶとか無茶したら、足回りが壊れるに決まってるでしょ!」
ローズヒップの叫びに操縦手が言い返す。
小銃の発砲音めいた白旗の射出音が二つ鳴り、チャーフィーとクルセイダーの両車の上にたなびいた。
「あー、ありゃ成功した……って言っていいのか?」
走るヤークトパンターの上から、音子はその様子を見て呟いた。
「さて……こっちも覚悟、決めねえとな」
後方から距離を詰めるパーシングに視線を向けつつ、乾いた唇を湿らせる。
リミッター解除のクルセイダーと同等の時速60㎞が出せるとはいえ、45tの重さを誇る重駆逐であるヤークトパンターには流石に飛ぶような芸当は不可能だ。
前に見えるのは堀、相手はそこでヤークトパンターが減速し、方向転換するのを待っている。そこが最良の砲撃のタイミングだからだ。こちらへのプレッシャーと、必殺を期するためだろう。パーシングが速度を落とす気配は無い。
「手前ら、チキンレースだ! 覚悟決めろよ!」
『はい、姐さん!』
音子の激に、搭乗員を務める舎弟たちが答える。
江戸風の街並みをヤークトパンターは駆ける。前方の城が次第に大きくなってゆき、堀が近づく。
「砲撃準備、ブレーキに足を置くなよ!」
更に接近。堀の手前の辻に出る。
「今だ!」
激しい土煙を上げ、ヤークトパンターの履帯が唸る。速度を落とさぬまま曲がろうとする車体が大きく引っ張られ、堀の寸前まで持って行かれる。
「撃て!」
長砲身88mm砲が火を吹いた。同時に転輪が逆に回る。砲撃の反動で強引に力の流れを変え、そのままバックで堀に添って後退してゆく。
その動きはパーシングにとっても予想外だったようだ。慌ててブレーキをかけるが、止まり切れず堀に車体の一部をはみ出させて止まる。
「よい……しょっ!」
そこに後方から忍び寄っていたB1bisがパーシングを押した。
重さではパーシングが上回るものの、重心を崩したところに押されてはひとたまりも無い。そのままパーシングはバランスを崩し、堀に落下した。程なくして白旗の射出音。幸い、水没するほどの深さまで水は溜まっていなかったようだ。問題なく回収もされるだろう。
「サンキュー、委員長!」
「名前で呼びなさいよ!」
手を振って礼を言う音子にそど子が返す。
『お見事ですわ! 山守さん、あと……ええと、おかっぱの方! わたくしはここまでです。後はお願いしますわ!』
そこにローズヒップからの通信。音子は感心と呆れの両方を感じつつ言った。
「アンタも大したものだったぜ。お嬢様学校の戦車乗りの割に、随分と度胸あるじゃねえか。なあ、良かったらウチに来ねえか?」
『……お断りしますわ。わたくしはダージリン様のような瀟洒で優雅な英国淑女を目指していますの』
「………」
本人の真剣な返答に“それは無理なんじゃねえかなあ”と音子は思いつつも言えなかった。
突然、砲声と共にB1bisの後部が爆ぜた。
「きゃーっ!?」
そど子の悲鳴。音子は咄嗟に攻撃の方向を見る。
通りの遥か先、黄色いマーキングのパーシングが砲煙をくゆらせていた。
「チャーフィーとパーシングを引き換えに、こちらはB1bisとクルセイダー……交換としては、こちらが大損ね」
白旗を上げるB1bisを確認しつつ、アズミは呟いた。
ヤークトパンターは素早く建物の影に隠れ、迎撃の態勢に移っている。待ち構えている重駆逐相手に正面から攻めるのは悪手。とりあえずはここまでか。
「こちらアズミ、敵B1bisの撃破を確認。またクルセイダーの走行不能も確認しました」
落ち着いた口調でアズミは報告を行う。
その数秒後、彼女の眉が不快そうにひそめられた。
『こ、こちら9号車! 北部イベントエリアにおいて10号車と共に撃破されました!』
『こちら25号車、ウエスタンゾーン付近においてP40にやられました。申し訳ありません!』
「………!?」
素早く計算を行う。
この遊園地に突入するまでの戦力比は大洗23両に対して大学選抜側22両。
トウコの報告によれば、オイ車はⅡ号戦車とチハ2両を道連れにしたという。これで20対21。
直後、観覧車の暴走から敵戦力が分散し、通用門付近の戦国エリアでこちらが2両やられて20対19。
更にルミの報告ではボガージュ迷路でアンチョビを追い詰めたが反撃を受け更に2両撃破され20対17。
そしてここで相手が2両走行不能になったが、こちらもチャーフィーとパーシングをやられ18対15。
今の報告で敵の損害が無いとすれば、18対12。
「これは……!?」
戦車の性能的にも戦場の流れ的にも大学側が圧倒しており、大洗は追い詰められ、散り散りになり個々に撃破されるだけの存在だった筈であった。少なくともアズミも、メグミも、ルミもそう捉えていた。
──追い詰められているのは、我々の方ではないか?
自分の中に生まれた考えを、アズミは否定できなかった。
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第三十一話 終わり
次回「虎と英雄は映写機を回す」に続く