カタクチイワシは虎と踊る   作:ターキーX

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お待たせいたしました。連載再開させていただきます。
思うところあり今回から、今まで不規則だった行間空けを台詞→地の文で必ず空ける形にしております。
今までより読みやすい、読みにくい等があればご指摘いただければと思います。


第三十五話 アリスと紅茶と豹獅子と

 巨大プロジェクターを前に作られた観戦席に、大きなどよめきが広がる。モニターに映るのは、黒森峰の校章が描かれたティーガーが白旗を上げる姿。

 

『こ……これは、何と言う事でしょう! 西住姉妹の姉であるまほ選手、謎の砲撃により白旗を……え? 何!? ええと……ちょっとお待ちください! 撮影班からの報告によると、これは大学選抜チーム・島田愛里寿隊長が乗り換えたT-28による超遠距離砲撃によるものだとの事です!』

「Wow! 流石天才少女、ウチのナオミにも見せたかったわね!」

「うぅ、観ているだけで胃が……」

 

 実況席の王大河がマイクを握り締めつつ戦況を説明すると、横の解説席に座るケイは感嘆し、エクレールは腹を押さえた。

 

「………」

 

 その実況席からやや離れた、来賓用のテントの中。

 北海道とはいえ8月ともなれば暑さを伴う空気を扇子で払いつつ、戦車道連盟理事長の児玉七郎は険しい顔でモニターを見ていた。

 

「お顔の色が悪いようですね」

 

 その横に座る学園艦管理局長・辻廉太は対照的な涼しい顔で彼に言葉をかける。

 つい先ほどまで、両者の表情は逆転していた。次々とパーシングを撃破してゆく大洗側の健闘に理事長は安堵の表情を浮かべ、辻は険しさを増していた。

 それを一変させ得るほど、今の一撃は大きかった。

 高校生最強を誇る西住姉妹、その姉である西住まほがあっさりと撃破されたという事実だけでない。理事長のみでなく、全ての観客がそれを感じ取っていた。

 通常の戦車道の試合ではあり得ない狙撃を難なく成し遂げた、島田愛里寿という天才。彼女が残っている限り、大学側の勝ちは動かないのではと。

 

「大洗側を応援されているようですが……なに、まだ勝負は分かりませんよ」

「………」

 

 見え見えの気休めを言われつつ、理事長は無言で辻を見た。

 モニターの画像が切り替わる。そこに映るのは、四両の戦車。

 

『ドローンを全速で飛ばしました! ここが島田隊長の狙撃位置付近のようですが……おおっと! 島田隊長が搭乗しているT-28の横にはセンチュリオン! そしてそれを丘の麓から狙うのは……大洗側のダージ、じゃなかった、キリマンジァロさんの搭乗するブラックプリンスと、大洗レオポンさんチームのポルシェティーガーです!』

『流石ね。T-28の撤退からこの展開を予測していたのかしら?』

 

 大河の実況にケイが解説を添える。

 理事長は画面を慎重に眺めた。どうやら大洗側は二つに分かれて丘を登り、T-28を狙える位置まで接近してから左右から攻撃を加えるつもりのようだ。T-28の正面上部の装甲は300mm、下部でも約130mm。確かに今の大洗の戦力であれを止めようとするならば足回りを狙うか、比較的薄い背面(それでも約50mmはあるのだが)を狙うしか無いだろう。

 

「……ん?」

 

 そこまで考え、理事長は自身が印を押したある文書の内容を思い出した。T-28のレギュレーション通過が認可された際、「戦車道ルール上で運用するために」という理由で施された改装内容を。

 

「いかん!」

 

 理事長の光る額に汗が浮かび、握り締められた扇子がみしりと音を立てた。

 

 

 

 劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第三十四話 アリスと紅茶と豹獅子と

 

 

 

「全速後退! ジグザグに曲がりつつ下がってください!」

 

 遊園地南部・メインスリート。

 まほの叫びが収まるのを待たず、みほは操縦手に指示を出した。履帯がメンストリートの石畳を噛み、左右に車体を揺らしつつティーガーIが後退してゆく。

 

「お姉ちゃん、今のは!?」

『T-28による超長距離からの砲撃だ、おそらくは島田愛里寿が乗っている』

「………!」

 

 左右に激しく揺れる中、みほは咄嗟に双眼鏡を取り出すと攻撃の方向を見た。最大望遠にして目を凝らすと、確かに小さく二両の戦車が見える。

 

「そんな……あんな遠くから!?」

『私はここまでだ。みほ、何とかここを脱出し、味方と合流を』

 

 その言葉を最後にまほからの通信が途絶える。白旗が上がってから可能な最後の通信は僅かな時間だ。

 

「ッ!?」

 

 至近距離に斜め上からの着弾。土煙が高く上がり、みほの視界を塞ぐ。

 3㎞以上の距離から狙っているとは思えない程の精密な予測射撃だ。みほは戦慄を覚えると同時に、素早く次の行動に思考を切り替えた。

 

「榴弾装填、砲塔旋回! 瓦礫を破壊して、この通りを脱出します!」

「了解!」

 

 装填手からの迅速な応答。狙うのは後退しつつ向かっている、メインストリート北側の建物の瓦礫の山。

 

「装填完了!」

「砲塔旋回停止後、すぐに発射っ……!?」

 

 強い衝撃。T-28の105mm徹甲弾がティーガーの前面装甲を掠めたのだ。火花が散り、装甲に黒い弾痕を残す。

 狙いがより正確になってきている。行動範囲を限られた現状、避けきれるのはあと一発か、二発か。

 

「車長!?」

「私なら大丈夫! 砲塔停止後、すぐに撃ってください! 後退止めないで!」

 

 回転が止まり、反動と共に榴弾が放たれた。着弾し、僅かの間隔の後に爆発を起こす。だが──

 

「……駄目、まだ通れない!」

 

 爆発によって瓦礫は大きく吹き飛んだが、その空いた穴に周囲の瓦礫が崩れ落ち、再び塞ぐ。

 先ほどの大学側のパーシング二両──おそらくは、このために特攻してきたのだろう──は、通りの建物でも大きなものを選び破壊していた。嵩こそ低くなったが、ティーガーで乗り越えるにはまだ高い。

 みほは車内の装填手に指示を飛ばした。

 

「再度榴弾装填、同じところを狙ってください!」

 

 その瞬間、みほの背中に殺気が突き刺さった。

 

「っ!」

 

 咄嗟に背後、南側の丘を見る。

 双眼鏡を外した肉眼で、3㎞以上先の粒のような小ささの戦車を判別する事はほぼ不可能だ。しかし、みほは感じ取っていた。こちらに真っ直ぐに向けられる、研ぎ澄まされた戦意。

 

「まずい……!」

 

 西住流の鍛錬の中で培われた、みほの経験と直感が非情な結論を下す。

 これは、避けられない。

 

「……砲塔180度回転! 急停止、全速前進!」

 

 常人ならば殺気に打たれただけで戦意を喪失しかねない状況の中、みほの表情には諦めも絶望も無かった。操縦手に咄嗟の指示を出し、砲塔から車内に戻る。強烈なGがかかり、後退を止めたティーガーが今度は猛烈な勢いで前進を始める。

 

「くっ!」

 

 激しい衝撃が襲う。みほは身体を支えつつ耳を澄ました。

 

「(……大丈夫、白旗は上がってない!)再度後退! 走りつつ装填完了後、すぐに発射してください!」

 

 判定装置が働かなかった事を確認し、みほはまた砲塔から身を出すと車体の状況を確認した。果たして、砲身近くの防盾に痛々しい弾痕が残っている。

 愛里寿の次弾回避が困難と判断したみほは思考を切り替え、早々に回避を諦めるとティーガーで最も厚い装甲の箇所で受ける事を選んだのだ。T-28の105mm砲は確かに強力ではあるが、それでも3㎞以上の超長距離からティーガーを撃破するには車体上面などの薄いところを狙う必要がある。危険な賭けだったが、何とかしのぎ切った格好だ。しかし、次はこれも通用しないだろう。

 一旦南側に向いていた砲塔が再び北側に回る。みほはここまでの愛里寿の攻撃間隔と、ティーガーの砲塔の旋回速度を素早く計算した。

 

「間に合わない……!」

 

 僅かに、僅かに足りない。砲塔の旋回が完了し榴弾を撃つまでに、愛里寿の次の攻撃があと一撃は来る。

 その瞬間、北側に後退しつつ向かっていたティーガーの前方の建物が砲撃で横に吹き飛んだ。

 

「!?」

「コホッ、コホッ……無茶苦茶するわね、貴女!」

「この際、手段は選んでいられないでしょ!」

 

 破壊された場所から現れるパンターとティーガー。その砲塔からそれぞれ身を覗かせる二人の少女。

 

「エミちゃん! ツェスカさん!」

「みほ、こっちに! 造りが雑な建物だったから、このまま乗り越えられるわ!」

 

 迷路周辺で遊撃戦を行っていたエミとツェスカの姿を確認し、みほが声をあげた。こちらの盾になりつつ誘導しようとするエミ。

 横穴めいた建物の陰にティーガーを移動させつつ、みほは通りの南側で白旗を上げるまほのティーガーに一度だけ視線を送った。

 

「………」

 

 まほは砲塔から身を出したまま、みほを見ていた。その姿は小さく、遠い。しかし姉からのメッセージを、確かにみほは受け取った。

 

「うん、頑張る」

 

 小さく呟き、みほは再び前を見た。

 

 

 

「……なるほど、あれが西住流か」

 

 遊園地外部・南側の丘。

 T-28の砲手席から愛里寿は着弾状況を確認すると双眼鏡を外した。その表情には焦燥も落胆も無い。

 視線を後ろに向け、砲塔からの偵察を指示していた元の砲手に尋ねる。

 

「あの二両の状況は?」

「どちらも距離を詰めてきています。左右に等距離、約1500m。間もなく相手の攻撃可能距離に入ります!」

「分かった」

 

 報告に短く答え、席を立つと愛里寿はT-28の車長に言った。

 

「相手に先に撃たせてからセンチュリオンに乗り換える。私の指示に合わせて“発動”を」

 

 

 

『……みほさん、包囲を抜けたようね』

「とりあえずは一安心だね。ダージリンさん、こっちは攻撃距離に入ったよ」

 

 ポルシェティーガー車内、車長席のナカジマがダージリンと通信を交わす。

 

「視界良好、遮蔽物なし。いつでもいけるよ」

 

 砲手席のホシノが照準を合わせつつ言った。丘の上という事もあり、狙うには絶好の位置だ。

 

『こちらも射程に入りましたわ。狙うのは島田愛里寿が搭乗したままのT-28』

「了解。打ち合わせ通り、両横から同時に脚を壊すんだね」

『ええ。86tの重さのT-28では、一度足回りをやられれば復旧は困難。まずは彼女に退場してもらってからセンチュリオンを』

 

 通信を行いつつ、ナカジマは砲塔から身を出すと肉眼で丘のT-28を見た。

 こちらの存在には気付いているのだろう。のろのろと後退しつつ、随行しているセンチュリオンと共に丘を下ろうとしている。しかし時速20㎞にも満たない鈍足では、そう簡単に退避とはいかないようだ。

 ナカジマは息を呑み、砲撃のタイミングを測った。

 

『「……撃て!」』

 

 ダージリンとナカジマの声が重なる。

 ブラックプリンスの17ポンド砲とポルシェティーガーの88mm砲が同時に火を吹き、狙い過たずT-28の左右の転輪を直撃した。大きな爆発音と共に黒煙が上がる。

 

「よしっ、撃破……!?」

 

 勝ち鬨を上げようとしたホシノの眉がひそめられる。

 

「どうしたの、ホシノ?」

「いや、何だかこちらの攻撃の命中前に爆発が起きたような……?」

「………?」

 

 ナカジマは改めて双眼鏡をかけ、着弾状況を確認した。T-28の両の履帯からは黒煙が上がり、左右の転輪が完全に破壊されている。しかし──

 

『これは……?』

「白旗が、上がってない?」

 

 普通ならば白旗が上がる筈。しかし、T-28の車上には白旗は上がっていない。

 やがて、T-28の履帯の外側がゆっくりと倒れた。

 

『履帯を……脱いだ?』

「まずい、ダージリンさん! 島田愛里寿が……!」

 

 四本の履帯の内、破壊された二本の外側の履帯をパージして離れるT-28。

 ナカジマの双眼鏡には、その車上からセンチュリオンに身軽に乗り換える島田愛里寿の小さな姿が写っていた。 

 

 

 

『こ……これはどういう事なのでしょうか!? T-28、履帯に左右からの直撃を受けここまでかと思われていましたが、その左右の履帯を外してしまいました! 動きは流石に鈍くなったようですが……未だ健在です!』

 

 実況席の大河が驚愕も露わに状況を説明する。その横のケイが呻くように言った。

 

「Oops! あの機能込みでレギュレーション通過してたのね!」

「機能? ケイさん、解説をお願いします!」

「T-28の足回りは、不整地でのめり込みを防ぐために四本の履帯を使って重さを拡散させているわ。ただ、この外側の履帯は取り外し可能なのよ。ちょっと、今の着弾シーンをスロー再生できる?」

「え? は、はい!」

 

 モニターの一つが切り替わり、つい先ほどのブラックプリンスとポルシェティーガーの砲撃直前の場面になる。左右から迫る砲弾。引くT-28。そして着弾──

 

「ここ、よく見て。着弾の直前に、もうT-28の両横が爆発しているでしょ?」

「……おお! 確かに、砲弾が当たる前に爆発が起きています!」

 

 言われて大河は気付いた。砲弾が当たる寸前、外側と内側の履帯の間に爆発が起きている。

 

「本来は小型クレーンを使うなどして、二時間半くらい使って取り外すものなんだけど……戦車道の試合中にそんな時間はかけられないから、爆発ボルトとかを使って即座に外せるようにしたんでしょうね」

 

 

 

「むぅ……!」

 

 来賓席の理事長は唸りつつ扇子を扇いだ。先ほど握り締めた際に留め具を痛めたか、少し風が弱い。

 只でさえ戦車道という競技は大量の人員と資材、そして手間を必要とする。それを少しでも簡略化するために、元々の機能の効率化や簡略化を戦車に組み込んだ上でレギュレーションを通過させる事は珍しくはない。例えば本来なら7~8名の搭乗員を必要とするMk.Ⅳ戦車を、操縦系を簡略化する事によって5人乗りで操縦可能にするなどだ。

 しかし、このような使い方をしてくるとは。

 

「……すまない」

 

 想定外の使い方を咄嗟の判断で繰り出した愛里寿の戦術眼に理事長は舌を巻くと同時に、あの機能を認可する印を押した本人として大洗に申し訳なさを覚えた。

 モニターに映るセンチュリオンが動いた。狙いは、ブラックプリンス。

 

 

 

「ダージリンさん、どうする?」

『センチュリオンは足の遅いこちらを先に狙ってくるでしょう。ナカジマさん、貴女はその内にT-28を。貴女の88mmなら、薄くなった側面を今度こそ狙えますわ』

「……分かった。気をつけて」

『ふふ、姉妹対決も悪くないものですわね』

 

 この状況においてなお、ダージリンは優雅さを崩さずにいた。その落ち着きある声の裏の覚悟をナカジマは感じ取り、短く答えると通信を切った。

 

「ツチヤ、T-28を左に見ながら丘を上がって。一撃で仕留めて、ダージリンさんの支援に回ろう」

「いいけど、この勾配をこの子で上がるのはちょっとキツいよ?」

 

 操縦席のツチヤが操縦桿に加わる抵抗に苦心しつつ答える。ポルシェティーガーのモーター発電型エンジンのパワーでは、重力に逆らって坂を上がるのもひと苦労だ。それはナカジマも知っている。

 

「上がりは丁寧に、下りは大胆に行こう。戻りは“ニトロ”発動で一気に行く」

「おお、いよいよ必殺技のお披露目だね」

 

 ナカジマの言葉に装填手のスズキが愉快そうに言った。

 ポルシェティーガーのモーターが苦しげに唸りながらも、車体を動かす。T-28の正面に回らないように注意しつつ、横に細くなった車体を追う。

 T-28から愛里寿が戻ったセンチュリオンは早くも動き始め、ダージリンの予測通りブラックプリンス側に向かうようだった。

 

「装填完了!」

「ホシノ、一発で片づけて」

「了解!」

 

 ナカジマの指示にホシノが口元を引き締めつつ照準を合わせる。

 

「発射!」

 

 88mm徹甲弾が放たれ、T-28の側面に吸い込まれた。大きく車体を揺らしたT-28は、今度こそ白旗を上げる。

 

「よしっ!」

「喜ぶのはまだだよ! ツチヤ、“ニトロ”使って!」

「ぶっつけ本番だからどれだけ加速するか分からない! みんな、しっかり摑まって!」

 

 撃破の余韻を感じる暇もなくナカジマは次の指示を出す。

 許可を得たツチヤは、後方に注意を呼び掛けると操縦席の隅に設置した赤いボタンを押した。

 

 

 

「ペコ、苦労をかけるわね」

「お気になさらないでください、ダージリン様」

 

 午後の昼下がりに主従が優雅に交わす会話にも聞こえるような穏やかな語調で、ペコは何発目かの高速装填を行った。

 2ポンド砲に慣れたマチルダⅡ搭乗のメンバーであれば音を上げかねない負担である。普段からチャーチルの75mm砲に慣れているペコだからこそ頼める仕事だ。とはいえ、額に浮かぶ汗は流石に抑え切れていない。

 姉妹機とはいえ、性能で勝るセンチュリオンにブラックプリンスが取り得る選択肢は多くない。側面への回り込みを防ぐための牽制で手一杯だ。

 

「アッサム、精密に狙わず続けて砲撃を。側面にだけは回らせないで」

「分かりました。ダージリン」

 

 その時、大きく車体が揺れた。センチュリオンの76.2mm砲が当たったのだ。ダージリンは手元の紅茶の入ったカップを絶妙な角度に傾けて零れるのを防ぐ。白旗は上がらない。

 機動性でこそセンチュリオンに大きく水を開けられているブラックプリンスだが、その正面装甲は約150mm。1000m程度の距離からの砲撃であれば十分に耐える事ができる。

 ──逆に言えば、これ以上接近を許すとまずいという事でもあるのだが。

 

「優秀ね……流石は我が英国屈指の名機だけの事はある」

 

 このままでは押し負ける。どこかで刺し違え覚悟の砲撃を撃ち込まなければ。

 そこまで考えた時、ダージリンが見据えるセンチュリオンの動きが変わった。

 

「……?」

「ダージリン、煙幕です!」

 

 アッサムの声とほぼ同時に、センチュリオンの速度が急激に落ちた。その車体の側面から煙幕が噴き出し車体を覆ってゆく。

 そのままセンチュリオンは一度後退したようだった。白煙が前方を覆い、視界を妨げる。

 

「……さて」

 

 どちらから来る? 右か? 左か? 

 ダージリンは耳を澄まし、愛里寿の思考を読もうとした。

 左からの回り込みは、こちらに向かっているポルシェティーガーの射線と重なる。可能性は低い。

 

「だからこそ、かしらね」

 

 小さく呟き、ダージリンはアッサムに指示を出した。

 

「アッサム、砲塔を10時の方向に旋回。センチュリオンが煙幕を抜け次第砲撃」

「分かりました」

「この一撃で決めるとしましょう」

 

 操縦手に停車させ、ブラックプリンスは煙幕を前に足を止めた。

 

「………」

 

 数秒、あるいは十数秒の静寂。砲塔の回転音が止まり、砲身が煙幕の左に据えられる。

 そして、センチュリオンが姿を見せた。

 

「……なるほど」

 

 ダージリンは静かに目を閉じた。

 ブラックプリンス真正面、煙幕を真っ直ぐに抜けてセンチュリオンが向かってくる。

 おそらく装填は完了している。超長距離狙撃を成し遂げる愛里寿の腕から考えて、狙いは正面でも薄い正面下部。

 こちらに「左右どちらかから来る」と思わせた時点で彼女の勝ちだったという事か。

 砲塔の戻しは、間に合わない。

 直後、砲声が響いた。

 

「!?」

 

 側面からの別の砲撃、センチュリオンからのものではない。

 

『……間に合ったかな、ダージリンさん』

 

 ナカジマからの通信。

 ハッチを開け、ダージリンは少しだけ頭を覗かせると砲撃の方向を見た。

 不穏な黒い煙を出しつつも、こちらに向かってくるポルシェティーガーの姿。

 

『さあ、反撃だよ!』

 

 

劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第三十五話 終わり

次回「アリスは進み、悪魔は装う」に続く

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