「……という訳。分かった?」
「それに従えと? 大丈夫なのだろうな?」
「信じる、信じないはそっちの勝手だよ。こっちは別にアンタが居なくても隊長が居れば大洗には勝てるからね」
「……フン、了承しよう。空砲を撃てばいいのだな?」
「そーそー。間違っても変な態度を取っちゃ駄目だよ? レフェリーストップ中にドクターを殴り倒したりしたら即退場だからねー」
「貴様の例えは良く分からん。だが……一先ずは、言う通りにしてやろう」
「もうちょっと感謝してもいいんじゃない? せっかくアンタに『西住流・島田流の両方のエースを撃破した戦車乗り』の肩書をあげようって言ってんだからさ」
「ならば、もう少しはこちらを利用しようとする気配を隠せ」
「……フヒッ」
通信を終えたT-34/85の車内。特徴的な髪飾りを着けた少女が口元を歪ませた。
「フヒヒッ。いいねっ、いいねっ、アンタくらいのが一番扱い易いよっ」
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第三十六話 アリスは進み、悪魔は装う
「ナカジマさん、そちらのエンジンの状況は?」
『何とか持ちこたえてくれてるって感じかな。普段可愛がってる分、こっちの無茶に我慢してくれてるよ』
遊園地外部・丘周辺。
側面からの砲撃を警戒して動きを変えたセンチュリオンと眼前で対峙しつつ、ダージリンはナカジマと通信を行っていた。ブラックプリンスとセンチュリオンの相対距離は、先ほどの煙幕による誘導で詰められて現在500m強。ポルシェティーガーとは1000m強といったところか。
『どう動く、ダージリンさん?』
「ブラックプリンスは装甲は厚いけど機動力に欠けるわ。こちらが攻撃を引き付けている内に、敵の背面に回り込んで攻撃を」
『了解!』
通信を終え、ダージリンは手元のカップの紅茶を飲み終えると傍らに置き、ペコに言った。
「ペコ、もう少し頑張ってもらえるかしら?」
「はい、ダージリン様」
他人を矢面に立たせず、自らを死地に置き、優雅さを忘れずに振る舞うべし。それこそが聖グロリアーナの隊長が示すべき
既に腕が痛い程であろうペコはダージリンの言葉に静かに答えると、幾度目かの装填を行った。
「こちらに敵の意識を向けさせるわ。アッサム、お願いね」
「はい、ダージリン」
停車していたブラックプリンスが動き始める。棒立ちのまま撃ち続けては、島田愛里寿ならば容易く撃破してくるだろう。少しでもの回避行動だ。
時速20㎞にも満たない速度ながら、動くだけで戦車の砲撃の精密度は大幅に下がる。しかし、聖グロ戦車道は休みなき行進間射撃による浸透突破戦術を良しとする。起伏の少ない草原でこの速度ならば、アッサムにすれば停車している時と難易度はさほど変わらない。
アッサムはダージリンに答えつつセンチュリオンに照準を合わせた。砲塔から小さな少女が身を覗かせ、こちらとポルシェティーガーを伺っている。
奇襲に失敗したセンチュリオンは早くも次の動きを見せていた。砲塔をブラックプリンスに向けたまま、車体を転回させて水平に走り始める。移動先はポルシェティーガーの射線とブラックプリンスの射線が重なる位置。同士討ちを警戒し、こちらが攻撃を躊躇すると考えているか。
「発射!」
アッサムの声と共にブラックプリンスの17ポンド砲が放たれた。冷静な予測射撃による、センチュリオンの進攻方向先に向けられた砲撃。
これをセンチュリオンは僅かに速度を落とす事で避けた。直後、車体を回転させ別方向に向ける。
直後、回転させたセンチュリオンの側面をポルシェティーガーの砲弾が横切る。
「……こちらの攻撃のタイミングを、読んでいる?」
ダージリンの瞳に僅かな驚きが浮かんだ。砲塔上の愛里寿はこちらを見たままだ。
確かにこちらの攻撃タイミングは読めるだろうが、背後のポルシェティーガーの動きはどうやって?
「アッサム、休みなく攻撃を」
「はい」
静かな会話と共に激しい砲撃が再度撃ち込まれる。ほぼ同時にポルシェティーガーからも攻撃が放たれる。
「……!?」
センチュリオンは回転を止めず、まるで踊るように二発の砲弾を回避した。それはダージリンの知るどの戦車の動きよりも滑らかで、優雅で、軽快であった。
そのままくるくると回るようにセンチュリオンはブラックプリンスとの距離を詰めてきた。車体が回っているにも関わらず、その砲身はぴたりとブラックプリンスに向けて定められている。
「これは……」
懐に入られた。この距離では、ポルシェティーガーは撃てない。
ダージリンは即座に状況を判断し、ナカジマに通信を開いた。
「ナカジマさん、こちらに砲撃を!」
『ダージリンさん!?』
「センチュリオンはこちらを攻撃する瞬間に必ず止まりますわ。誤射を恐れず、こちらに向けて撃ちなさい」
『そんな!』
「どの道、このままでは無為に私たちは撃破されます。そうなる前に、早く!」
そこまでダージリンは言うと、今度は車内に指示を出した。
「ペコ、次弾装填を。敵の攻撃を誘います。アッサム、先行して撃ちなさい!」
「分かりました、ダージリン!」
ペコの装填が完了する。
アッサムは迅速に、しかし丁寧に照準をセンチュリオンに合わせた。
「発射!」
17ポンド砲が火を吹き、砲撃が撃ち込まれる。
センチュリオンはこれを回避した。ダージリンは静かに微笑んだ。これで島田愛里寿は──
「……え?」
センチュリオンは止まらなかった。超伸地旋回で地面を抉り、急速に下がる。
直後、ブラックプリンスの側面にポルシェティーガーの88mm徹甲弾が撃ち込まれた。
「くっ……!?」
まさか──
激しく車内が揺れ、小銃めいた白旗の射出音がブラックプリンス車内にも届く。
「……お見事、と言うべきでしょうね」
ダージリンは敗北感と共に、敬意めいた感情を敵に抱いた。一手先どころではない、こちらの遙か先を読む愛里寿の戦術眼に。
才能だけで到達できる境地ではない。無数の実践とシミュレートを重ねた上で、更にそこから取り得る選択肢の最良を常に選ぶ。努力と才能が噛み合ってこそ可能な領域。
ダージリン自身、相手の先を読む能力については相応の自信を持っていた。しかし、彼女は平然とその上を行った。“天才”とはこういう事か。
「とはいえ……あの子達についてはどうかしら?」
飛び入り参戦だったダージリンの行動パターンなども把握していたのだ。おそらく彼女の中には数多くの戦車のデータや、高校戦車道でそこそこ名の知れた面々のスタイルなども入っているだろう。
しかし、本日この場で作り上げた仕掛けならば?
『ごめん、ダージリンさん!』
「構いませんわ、ナカジマさん。それに……貴女達なら、彼女の意表を突けるかもしれない。頼みましたわよ」
詫びを言うナカジマにダージリンはあくまで優雅に答えると、最後の通信を終えた。
「……ペコ、回収が来る前にもう一杯淹れてもらえるかしら?」
「はい。アッサム様の分もお淹れしますね」
「やられたな……完全に読まれてた」
「落ち込むのはあと! ここでセンチュリオンを何としても止めるよ!」
悔しさを滲ませるホシノにナカジマが言った。
最後にダージリンが残した言葉の意味はナカジマにも伝わっていた。操縦席のツチヤに声をかける。
「ツチヤ、もう一回いける?」
「とりあえずは大丈夫。エンジン、これ終わったらまた思い切り可愛がってあげないといけないねー」
「……そうだね」
のんびりとした口調でツチヤは答えた。
実際、ここまで急加速で駆けつけてきた事でモーターには過度の負担がかかっているだろう。エンジンルームからは嫌な音がする。どこまで持ってくれるか。
手間のかかる車体ではある。パワー不足のエンジンはすぐに機嫌を悪くするし、時折火を吹く事もある。足回りは重いし、急勾配の坂なら牽引されないと上がれない。
だからこそ、愛着ある可愛い子だ。ナカジマは優しく車体をひと撫ですると、表情を引き締めた。
「スズキ、。
「了解。面白くなってきたねー」
「ツチヤ、まずは距離を詰めて。500mまで接近してから“ターボ”は使うようにして。確実に行く」
「了解。一気に加速するから、持って行かれないようにね」
「ホシノ、攻撃のタイミングは多分一回だけになる。頼んだよ」
「了解! きっちり決めるよ」
各搭乗員に指示を出し、ナカジマは正面を見据えた。
「……前進!」
ポルシェティーガーの履帯が地面を噛み、前に進み始める。
ブラックプリンスの撃破の確認もそこそこに、センチュリオンは次の行動に移ろうとしていた。砲塔を回転させつつ、車体の正面を角度をつけつつこちらに向ける。ポルシェティーガーのAPCR(重金属を軽合金で包んだ、通常の徹甲弾より貫通力を強化した砲弾)は命中さえすればセンチュリオンの正面装甲だろうと貫通する。それへの警戒は当然だろう。愛里寿は未だに砲塔から身を出したまま、こちらに視線を向けている。
だが、「一発当たれば終わり」はこちらも同じだ。センチュリオンの長砲身17ポンド砲は、ポルシェティーガーの100mmの正面装甲を容易に貫通し得る。
直撃を食らえばどちらも一発で終わる。痺れるような緊張感がナカジマを包む。汗が滲み、無意識に拳が固くなる。今にも足が震えそうだ。
「でも……負けてられないよね」
しかし、あえてナカジマは不敵に笑った。自分の中の恐れを笑い飛ばすように。
互いの距離が近づく。900、800、700、600───
「ツチヤ!」
「あいよっ!」
ナカジマの号令と共に、ツチヤは再度赤いボタンを押すと同時に一気にペダルを踏み込んだ。
「くっ!」
強烈なGがナカジマの身体にかかる。通常、ポルシェティーガーの速度は不整地では20㎞/hがせいぜいだ。それをリミッターを一時的に解除する事でモーターを限界以上まで回し、瞬間的な加速を可能にするのがこの急ごしらえの疑似ターボチャージャー。
「行け! 超音速の貴公子!」
ナカジマが叫ぶ。
ポルシェティーガーは急激に加速し、センチュリオンの側面に回り込んだ。更にそのまま背面に回り込もうとする。
その加速は流石に愛里寿にとっても予想外だったようだ。こちらの動きに車体を旋回させようとしてくるが、その動きは今までより一拍ほど遅い。
「ツチヤ、ブレーキを! ホシノは停車した瞬間に撃って!」
「了解!」
ホシノは応答しつつ照準の向こうのセンチュリオンを見た。激しく揺れる車内で、懸命に距離と位置を合わせる。
ついにポルシェティーガーはセンチュリオンの背面に回った。車体が減速する。ホシノはナカジマに言った。
「いける!」
「撃……」
その時、エンジンルームから何かが砕けるような音が響いた。
「わ、わわわっ!?」
操縦席のツチヤの叫び。減速は中途半端なところで止まり、そのまま車体は滑るように横に流れてゆく。
何が起きたのか、ナカジマは即座に理解した。エンジンが遂に限界を迎えたのだ。
「(よりによって、こんな所で!?)」
「撃つよ、ナカジマ!」
状況を察したのだろう。ナカジマの返事を待たずホシノはトリガーを引いた。
轟音と共に88mm砲が火を吹き、センチュリオンに砲弾が向かってゆく。
しかし、それはごく僅かに車体を逸れた。車体の側面に黒い焦げ跡を残し、そのまま彼方へと消える。
「……くそ、悔しいなあ」
ナカジマは無念そうに呟いた。直後、ポルシェティーガーに撃ち込まれるセンチュリオンの砲弾。
残された時間は少ない。ナカジマは通信機を手に取ると、遊園地の中で奮闘する仲間たちに伝えた。
「こちらレオポン。西住さんを狙っていたT-28は撃破できたけど、こっちもダージリンさんと私たち、両方やられちゃった。後はお願いするね」
『……よくやってくれたわ。お疲れ様』
返ってくるエリカの声。ナカジマは彼女に託すように言った。
「大学側の隊長、こっちの動きの数手先を読んでくる。多分……普通にやったら勝てない。逸見さん、気をつけて」
「……驚いたな。危うい所だった」
白旗を上げるポルシェティーガーを見つつ、島田愛里寿は淡々と言った。実際、相手の駆動系が途中で煙を吹かなければ撃破されていたのは愛里寿の側だったかもしれない。それを愛里寿は否定しない。
愛里寿は喉頭マイクに指を添えると、メグミ達に通信を開いた。
「T-28はやられた。こちらは大洗のポルシェティーガーとブラックプリンスを撃破。私もこれから敵勢力を削りつつ遊園地内部に向かう。方針は変更なし。相手を中央広場に集結させ、そこを決戦地とする」
『こちらメグミ、了解』
『同じくアズミ、了解しました』
『こちらルミ、了解!』
中隊長たちからの迅速な応答が返ってくる。
「………」
愛里寿は数秒、もう一人からの応答を待った。
「トウコ、聞こえているか?」
ラーテゾーン付近で修繕を行っている筈のトウコに尋ねる。応答なし。
「……トウコ?」
遊園地北部・ラーテゾーン跡周辺。
「……隊長殿、回収はまだでありましょうか?」
「正直なところ、この暗闇の中で長時間は堪えるであります……」
「皆、大丈夫だ! 作業音が聞こえている。間もなく救援が来るはずだ!」
暗闇に包まれた知波単学園のチハ車内。弱音を口にする搭乗員に、西絹代は元気よく励ました。
捨て身のオイ車への足止めを敢行して白旗を上げた後、彼女らはずっとこの車内にいた。建物が崩落する音と共に幾つもの瓦礫が当たったようだが、そこは流石は戦車道連盟自慢の強化カーボンコーティングと言えるだろう。車内には損傷はなく。絹代らにも一切怪我はない。
「……おお、光だぞ!」
のぞき窓を塞いでいた瓦礫が撤去されたのだろう。光が差し込み、搭乗員の煤けた顔が見えるようになる。同時に、外からの声が届いた。
「遅くなりました! 戦車道連盟の回収です。皆さん、怪我はありませんか?」
「はっ! 車長以下4名、全員無事であります!」
「分かりました。安全な場所まで牽引しますので、それから出てください」
「了解であります!」
やがて、地面を擦るような音と共にチハは動き始めた。判定装置が働き、今のチハは自走できない。おそらく牽引車か何かで引かれているのだろう。
しばらくそうやって引っ張られた後、上部のハッチが開かれた。
「もう大丈夫です。外へ順番に出てきてください」
「はっ!」
戦車道連盟の腕章を付けたツナギ姿の女性の声に絹代は敬礼で返すと、搭乗員を先に出させて最後に梯子に足をかけた。
「お、おお……!」
外の光景を前にして、絹代は息を呑んだ。
ラーテを模した巨大建造物を中心に各国の超重戦車像が並んでいたはずのその一帯は、まるで怪獣が踏み荒らしたようになっていた。ラーテは半分以上が崩壊し、半開放型のホールのようになってしまっている。
「隊長殿ー!」
「おお、細見! お前も無事だったか!」
「搭乗員含め、全員無事であります!」
自分を呼ぶ横からの声に振り向くと、そこにはドーナツめいた髪型が特徴的な隊員、細見とその搭乗員が並んで敬礼を行っていた。笑顔で絹代は答えると敬礼を返し、今度は背後を見た。
「……!」
高さ数メートルの鉄の巨体。
オイ車は崩れた屋根に車体の半分以上を覆われつつ、そこに居た。屋根にはクレーンが括りつけられ、今から持ち上げられるようだ。
「……辻殿」
複雑な思いが渦巻いている。それを絹代は上手く言葉に出来ず、ただ彼女の名を呟いた。
辻つつじ、彼女の苦渋は理解できた。しかし、彼女のやり方が正しいとも絹代には思えなかった。
クレーンのワイヤーが巻かれる。ゆっくりと屋根が持ち上がり、オイ車の姿を露わにしてゆく。
「……?」
「……隊長、殿?」
絹代の表情に怪訝な影が差した。横の細見が声を震わせる。
オイ車の状態は酷いものだった。装甲のあちこちに亀裂が走り、履帯は壊れかけており、三門の砲身のうち、副砲の一門は根元からへし折れている。
しかし──白旗が上がっていない。
「そんな……」
絹代の口から声が漏れた。判定装置の誤作動のはずだ。そう思った。
その時、オイ車の主砲がゆっくりと持ち上がった。
「っ!?」
耳をつんざく轟音が周囲に響いた。周辺で他の作業を行っていた連盟のスタッフも一様に動きを止め、オイ車に視線を注ぐ。
オイ車のハッチが開き、一人の少女が姿を現した。
『……失礼致しました。先ほどの発砲は、現在の本車輌の状態を示すための空砲であります』
顔に包帯を巻き、旧日本軍服を思わせる知波単のジャケットに身を包んだ少女、辻つつじは拡声器を手に言った。
『こちらは当オイ車車長、辻つつじであります。戦車道連盟の方々に申し上げる。本車輌は損傷こそあるものの、判定装置は働いておらず戦闘の継続は可能。繰り返す、本車輌は戦闘継続可能』
「辻殿……貴女は!」
絹代は歯を噛み締め、拳を握った。
まだ彼女は、諦めてはいない。
『……試合への参加の継続を、許可願いたい』
劇場版カタクチイワシは虎と踊る 第三十六話 終わり
次回「悪魔と道化師」に続く