薄暗いコックピットの中に1人の男が座っている。髪は紺色だが、パイロットスーツと付属されているヘルメットを装着しているため髪型はよく分からない。しかし顔はよく見えた。目をつぶり、落ち着いたその表情は子供というには成熟しており、大人というには幼さが残る。10代後半という大人の子供の狭間にしかない顔つきだ。
モニター映る景色は漆黒。モニターが落ちているわけではなく、外が宇宙だからだ。真下を除いて。
「偵察機の信号受信――特に異常はみられませんね」
宇宙に負けず劣らずの黒に染まった恒星に放った多数の無人偵察機。そこから送られてくる代りばえしない映像にパイロット――ブラッド・スカイウェイは淡々と遥か上方にいる乗艦に報告を入れた。
『だろうな。誰も好き好んでこんな住みにくそうなところを潜伏先にしないだろ』
通信越しにつまらなそうな声が聞こえる。ブラッドの上官であるランス・アップルトンだ。音声のみのため顔は見えないが、見えていればさぞ眠そうな顔をしているに違いない。
「同感ですね。まあ、だからこそという輩はいそうですが」
『いないことを祈ろう。いたら手間と金がかかる」
「これまた同感です」
苦笑しながら、ブラッドは砂と岩だらけの映像を相も変わらず見続けた。
EDENと呼ばれる大文明があった。それも遠い昔の話。時空震と呼ばれる大厄災によって巨大星間文明だったEDENはその肝といえる星間ネットワークが破壊され瞬く間に衰退・滅亡した。
その後、同じく衰退していた惑星トランスバールにEDENの遺品――ロストテクノロジー白き月が出現。月の聖母シャトヤーンからもたらされた星間航法・通信により、人々はかつての繁栄を取り戻しつつあった。
しかし、広大なトランスバール皇国領土に対し、その監視たる軍隊の数は足りておらず、そのため辺境においては軍外不正規部隊の存在が不可欠だった。
ブラッドの所属する部隊もその一つ。
第1方面軍不正規部隊第3師団37機動部隊『クリスタル・ベル』
物語は彼の部隊が辺境外惑星の調査をしている、ここから始まる。
すぐに専門家による調査隊を、といきたいところだが場所は皇国領土外。軍に追われた犯罪者や海賊が潜伏しているかもしれない。
つまり調査前の敵勢調査というややこしいことをしているのだ。手間のかかる任務ではあるが、敵と遭遇さえしなければ割のいい仕事でもある。敵がいないことに賭け、隊長のランスが他の部隊員に相談もなしに請け負ってきた。が、いつものことなので誰も反論せず――またか、と溜息はついていたのが1人いる――今日に至る。
溜息をついた1人ことブラッドだが、仕事ぶりは部隊内の誰よりも真面目である。というのもCB隊の構成員はほとんど元ストリートチルドレンであり、まともな軍隊経験者がランスとブラッドくらいしかいない。そのためだ。もっとも不真面目というわけではなく、ブラッドがより効率的に動けているだけなのであるが。
「ん?」
今まで反応がなかったレーダーが小さく動く。ブラッドはそれを送ってきた無人偵察機のログを調べる。
(熱源がある、しかも地表にか。これは外れを引いたかな)
外れとはランスの賭けに対してである。
無人惑星であるここの地表に熱源などあるはずはない。
「レーダーに反応あり」
『了解。やれやれ金と手間がかかることになったか』
「それはまだ―――っ!?」
続けようとした言葉をブラッドは言い切れなかった。報告しながら偵察機に現場の捜索をさせようとした瞬間、偵察機からの信号が途絶えたのだ。
明らかに不自然。人為的なものを疑わざるえない。
『……念のため艦の離脱準備はさせておく。こっちの守備はまかせろ』
「了解。偵察機の信号があった現場に向かいます」
『ああ。気をつけろよブラッド』
通信が切れるのも待たず、ブラッドは地表に停めていた愛機であるシヌイを飛翔させた。
今回の任務には調査の他に敵勢勢力の排除も含まれている。
戦闘になる。これは確信。問題は相手がどの程度の規模と練度があるのか。それによっては自分の取るべき行動が大きく変わってくる。頭でいくつかのパターンをシュミレートしながら、ブラッドはシヌイのスラスターを強めた。
偵察機の信号が途絶えた地点に近づくものの、景色が先ほど停泊してたものと同じようなばかりだ。何も変わらず、何も起こらない。
(静かだな。これはマズイかもしれない)
もし相手が存在し、それが武装集団なのだとしたら、とっくに攻撃があってもおかしくない。
それがないということは誘い込まれているのではないか。ブラッドの頭にはそんな不安があった。
とはいえ、確証があるわけでもないのだ。このまま撤退はさすがにできない。
偵察地点は、大きな岩というか壁の向こうだ。それを迂回しながら進み、そこに到着した。
(!?)
ブラッドは息をのむ。そこにあったものは見覚えこそあるものの、さすがに想定していなかったのだ。
(バーメル級、だと!)
正確にはバーメル級巡洋艦。トランスバール皇国軍における主力艦艇の一種である。塗装が黒という点だけが異なるが、姿形は間違えない。
相手が海賊なのかテロリストなのか知らないが、一武装集団が所持している武装にしては逸脱し過ぎだ。
さらにブラッドに追い打ちをかける事態が続く。
付近地表から、目の前の巡洋艦と同じ光が多数浮上してくる。一隻や二隻ではない。
(艦隊クラス……なんなんだこれは?)
驚きも度が過ぎると、回り回ってなんでもなくなるらしい。
ブラッドは冷静に、今まで頭にあった『相手はただの武装集団』という概念を遠くに捨てた。
相手が何者であるのかは不明なままだが、とにかく今すべき思考ではなく行動である。
ブラッドは自身の母艦へ通信を入れた。
「こちらブラッド。ランス隊長、相手の規模は想定を大きく上回っています。そちらへ合流しますので、即時撤退を!」
『おおブラッド無事だったか』
通信に応えたランスだが、何故か声が間延びしている。
「いや呑気にしてる場合じゃないですよ。未確認勢力が――」
『艦隊クラス規模っていうんだろ? わかってるよ』
「え?」
ブラッドは『敵が多い』とは言ったが『艦隊クラス』などと言葉にしていない。なのにランスはなぜそれが分かるのか。
『だってこの艦。すでに囲まれかけているからな』
「はあっ!?」
緊迫した雰囲気に場違いな、ブラッドは絶叫が響いた。
重力の弱い恒星から離脱し、母艦近くにブラッドは戻ってきている。レーダーを見ると、ランスの言う通り母艦の周りは未確認勢力でいっぱいだ。唯一の救いはまだ艦砲射程に捕らわれていないところか。
「ランス隊長!」
『戻ったなブラッド。状況は見ての通り。やることはわかっているな?』
長年の付き合いからブラッドはランスの考えを把握できた。
未だ相手から何の通信もない為、相手に敵意があるかは不明。
だが、こちらはすでに包囲下にあるのだ。しかもこんな辺境外に大規模戦力を秘匿している。そんな勢力が見逃してくれると期待するのは危険過ぎだ。
ならば、相手を敵として判断する。そして、ここまで戦力差があるならば、戦域離脱以外に戦略はない。
「艦の後方は受け持ちます」
『俺もグラムで前方に出る。おまえは駆逐艦の処理が終わったらこちらに合流だ』
CB隊の母艦は輸送船の改装機である。足は速いが、防御は弱い。巡洋艦ならば振り切れるが駆逐艦には捕捉される危険がある。
『合流後、一気に突破する』
「了解!」
ブラッドはより一層に集中力を高め、戦場に身を進めた。
数時間後。たった今CB隊が立ち去った宙域に他の艦船と比べて一際大きな黒い艦が移動してきた。ゼルという名の大型艦のブリッジには一人の青年が鎮座している。均整の取れた体格に見事な金色の長髪、そしてその顔つきは年頃の若い娘なら思わず見とれてしまうほど整ったものだった。
彼こそ、この多数の黒い艦隊の総督である。
「突破されたか」
「申し訳ございません」
青年が何気なく出した言葉に彼の側近たる女性が反応した。クセのないラベンダー色の長髪は腰まで届き、左頬に大きな傷があるものの、彼女の美貌を陰らすものでもない。
艦隊運用を任されているのは彼女である。
「気にするな損害は微々たるものだ」
巡洋艦・駆逐艦がそれぞれ2隻轟沈。また駆逐艦3隻が自力航行できないほど破壊されたが、損害はそれだけだ。確かに自軍の総数からすれば微々たるものである。
しかし、目の前の側近が気にしているのはそこではないだろうと青年は分かっていた。
「決起前に我らの存在を皇国に知られるおそれが」
「なに、心配する必要はない。見たところ不正規部隊だったようだ。皇国の愚か者どもにどんな報告をしようと受け入れられることはあるまい」
トランスバール皇国軍の上層部は、主に貴族など特権階級の人材である。つまり、平民は元より不正規部隊など部外者を下にみるような輩ばかりである。
そんな連中の耳にどんな報告をしようと、『辺境外に大艦隊がいた』などと信じてもらえないだろう。
「しかし良い部隊だったな。たった2機の戦闘機がここまでやるとは思わなかった。そう思わないか?」
「はっ……」
側近は深く肯定しなかった。それを認めてしまえば相手が強さによって失敗した、と弁解をしているようで、それが彼女のプライドを刺激していたのだ。
「ぜひ召し抱えたいな。特にあの奇形な戦闘機には興味がある」
青年が奇形と評したのはシヌイの方である。グラム高速戦闘機は皇国でもシルス高速戦闘機と並んで広く使われているが、シヌイの方は存在を聞いたことすらなかった。
「決起が成れば、必ずあちらから頭を垂れてくる事でしょう」
「そうだな。楽しみにしていよう」
口ではそう言いながらも、青年はCB隊が自分から降ってくるとは思っていなかった。
側近は至極優秀であり忠誠心も高いが、その主たる青年への評価が過剰であるのが数少ない欠点だ。
青年は顔を上げ、ブリッジの大型モニターに目をやる。
映るは星々の海。幼少の頃は遠い銀河の果てに夢を馳せたものだが、実際来てみるとそこには希望ではなく、寒さしかなかった。
しかし、それももうすぐ終わる。自分たちを外へ追いやった連中に鉄槌を下す時が近い。
「作戦はすぐだ。頼んだぞシェリー」
「はい。エオニア様」
エオニア・トランスバールとシェリー・ブリストル。
2人の主従が表舞台に立つのはもうすぐである。